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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
四章 王の影
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四章二十四話 『少女の覚悟』



 狙いは胸の黒い宝石。

 服は破れ、焼け跡や切り傷を負い、見た目だけなら破壊する事はそう難しくないだろう。

 けれど、相手は魔元帥だ。前の戦争で何人もの命を奪い、挙げ句の果てには一人も殺せなかった存在。


 手負いとはいえ、その脅威が薄れる事はない。

 圧倒的な力、圧倒的な恐怖、それを用いて人類の敵は立ち塞がる。


「ーーッ!」


 ウルスの拳が、ティアニーズの腹へと突き刺さった。体がくの字に折れ、その場で膝をついてうずくまる。

 足を振り上げ、爪先が顔に狙いを済ませてーー、


「はぁーー!」


 うずくまるティアニーズの頭上を飛び越え、トワイルの握った剣がウルスを襲う。宙に浮かぶ斧に阻まれ、そのまま漆黒の斧がその首を刈ろうと迫るが、今度は空から降って来た氷の礫がその鎌を弾き飛ばした。

 明確な隙、それを見た二人は強く柄を握り締め、同時に刃をウルスの肉体へと叩きつけた。


 ふらふらと後退り、僅かに刻まれた切り傷を見てティアニーズは顔をしかめた。完璧に決まった一太刀の筈なのだが、これといって負傷は見受けられない。

 ウルスは切り傷に触れ、


「どうした、んなもんじゃ俺を殺せねぇぞ?」


「……厄介だね、やはり精霊じゃないと有効打にはならないのか」

 

「そんな事ありません。確かに効いてる筈です、ルークさんのつけた傷痕が」


「そうこなくっちゃな、俺を殺すんだろ? だったらもっと攻めて来い、お前らの持ってる力を全部出しきれ!」


 両手を広げると、再び武器の弾幕が出現。切っ先が二人へと向き、一斉に射出。

 しかし、回避行動はとらなかった。

 前衛の役目はただひたすら突っ込む事。こちらには、頼れる魔法使いがついているのだから。


「コルワ!」


「あいさー!」


 気合いの掛け声ののち、炎と雷の蛇が現れる。その長い体をしならせて、ティアニーズとトワイルを守るようにして包み込む。

 全ては防げなかったけれど、残りの数本は各自で斬り落とした。

 連携はまずまず。しかし、やはり攻め手にかけていた。


(なにか、なにか有効打を見つけないと。いつまでも戦っていられる訳じゃない……!)


 四対一とはいえ、こちらが押している訳ではない。手負いの状態なのにも関わらず、恐らく戦力は相手の方が上だろう。

 このまま同じ事を繰り返してもいても、いつかは押され始める。一人でも欠ければ負け。


 ティアニーズは考える。

 なにか、魔元帥を追い込む手はないのかと。


「体力切れは期待するなよ。こっちは腹いっぱい食ってっから、弾がつきるなんてのあり得ない」


「そんなの期待してないよ。君は魔元帥だ、偶然と奇跡が何重に重なったとしても、勝てる見込みが少ないなんて事は分かっている」


「その通りだ。だから見せてみろ、人間の持つ底力ってやつを。お前達の本気を!」


 何故この状況でも笑っていられるのか。

 楽しいのだろう。ティアニーズ達と戦える事を、ウルスは心の底から楽しんでいる。

 じわじわと背後に迫る命の終わりですら、彼は楽しんでいるのだ。


「突っ込みなさい! 私とコルワで守るから!」


 メレスの声の直後、なにもない空間から炎と土の塊が出現し、次の瞬間には炎の鳥と土の牛が出来上がる。

 鳥は空へと舞い上がり、牛はティアニーズとトワイルの間を過ぎてウルスへと突撃。


 しかし、ウルスはこれを素手で真正面から受け止めた。そのまま抱き締めるようにして牛を砕き、顔を上げて空を見上げる。が、


「あれ?」


 そこに炎の鳥の姿はなかった。

 陽動にしては雑なものだが、戦闘においてその雑さが逆に相手の注意を引く事が出来る。

 二人は一気に駆け出し、塵も積もれば山となる作戦を実行に移す。


「またそれか、同じ事を何度もやっても意味なんかねぇぞ!」


「そうとも限らないよ!」


 ウルスは二人を相手に一歩も引けをとらない。至近距離で剣を振り回しても、鎌と並外れた身体能力でそれをやり過ごしている。

 弾き、受け止め、飛び、そして攻めへと転じる。


 ティアニーズはまだ半人前とはいえ、トワイルの実力は本物だ。

 そんな二人を相手に、涼しい顔を浮かべて剣撃を確実に、そして完璧に捌いている。彼の技術が優れている訳ではない。

 恐らく、ルークと同じ本能に任せて戦うタイプなのだろう。


「飛びなさい!」


 背後から聞こえた声に、振り返らずに二人は同時にジャンプ。

 ウルスの目にうつったのはメレスだ。狙いをすますように右の掌を向けている。

 そして放たれるのは、魔力を込めた特大の熱線。


「やべッ!」


 これにはウルスも驚いたように表情を変えるが、時すでに遅く、狭い通路を満たすように熱線が放たれた。

 追撃と言わんばかりに、コルワの造り出した水の槍が追い討ち。爆発とともに、通路は真っ白な煙が蔓延した。


「……今のは流石に効いたぜ」


 しかし、ウルスは腕をクロスしてこれを耐えきった。

 こんなもので殺せれば、魔元帥なんて大層な名前はつけられなかっただろう。

 ウルスは体を焦がす熱に顔をしかめながら、目の前に立つ二人へと目を向けた。今の隙を有効に使わず、ただ立ちつくしている二人に。


 そして、トワイルが小さく呟いた。


「後衛が前に出ないなんて一言も言ってないよ」


「ーーーー!!」


 二人の背後には居る筈の人物が居ない。それに気付き、焦ったように顔を上へと向ける。

 そこにいたのは、既に攻撃準備へと入るメレスとコルワの姿だった。


「特大の、くらわせてあげる」


「どっかーん!」


 圧倒的な量の魔力がメレスの手に集まる。

 魔法に疎いティアニーズでさえ、これから起きる現象を理解して顔が青ざめた。

 仲間なんてお構い無しの一撃。

 文句を言う暇もなく振り返り、トワイルとともに全力で走り出した。


 そして放たれた。

 背を向けていたのでなにがなんだか分からないが、恐らくメレスの得意な炎の魔法と、コルワの大好きな雷の魔法だろう。

 空気を揺らし、建物の壁を意図も簡単にぶち壊す。数メートルに及ぶ亀裂をいれながら、舗装された地面が凹む。その後、遅れて轟音がティアニーズの耳に届いた。


 衝撃波に押し出され、二人は体勢を崩して滑り込む。それから慌てて振り返り、


「や、やり過ぎじゃないですか?」


「修理費、いったい誰に請求される事やら」


 煙に包まれてウルスの姿は見えないが、その威力は周囲に刻まれた破壊の痕がものがたっていた。

 呆れ混じりのため息をついていると、それをやった張本人が背後へと立つ。


「これでも手加減したのよ? 街中でぶっぱなしたら死人出ちゃうし、アンタ達も巻き込んじゃうから」


「うへへ、どう! 見た!? すっごいの出来たよ!」


「意外と気を使ってくれてたんですね。これで殺せてれば良いけど……」


「…………」


 メレスが風を起こし、蔓延していた煙が空へと上っていく。パラパラと瓦礫が落ちる音の中、そこに人影はなかった。

 そして、



「今のは焦ったぜ」



 声がした。前ではない、背後から。


「ーー離れろ!」


 声を上げたのはトワイルだった。

 ティアニーズは突き飛ばされ、かろうじて射程範囲から逃れる。

 しかし、


「逃がすかよ」


 嫌に静かな声が耳に滑り込む。

 そして目にしたのは、ウルスの握る剣がトワイルの腹を貫いた瞬間だった。

 声を上げる暇もなかった。

 剣を抜き、飛び散る鮮血に構わず、その傷口へと蹴りが叩き込まれる。


 振り返り、そのまま振り上げた剣がメレスの右肩と左腕を斬り裂いた。続けてコルワの腹に拳がめり込み、離れ際に脇腹を剣が通りすぎる。

 血。

 視界を埋め尽くしたのは血液だった。


「み、んな」


 トン。

 静かな音とともに、腹部になにかが入りこんできた。冷たさ、そして遅れて熱と痛みがやって来る。

 刺された。

 そう気付いた時には、身体中の力が抜けていた。


「悪いな。お前が最後に目にしたのは、ルークじゃなくて俺の顔だ」


 ぐらりと、体がゆっくりと傾く。父のかたみが手からこぼれた落ちる。視界が霞み、自分がなにをしていたのかすら曖昧になる。

 見知った顔が、何人も目の前で倒れている。体から血を流し、青ざめた顔で呼吸を乱している。

 暗く、暗くなっていく。


 これが死ぬという事なのだろうか。

 なにも出来ず、なにも掴めず、どこまでも暗い世界へ引きずりこまれて行くような感覚。多少の痛みはあるけれど、眠りに落ちる時と大差はない。

 このまま、このまま眠ってしまうのもーー、


『ーー来い』


 声が聞こえた。

 多分、知っている人間の声だろう。

 何故だか分からないが、その声を聞くだけで安心にも似た感情がわいてくる。


『ーーて来い』


 しつこい、そんな感覚がある。

 いつも屁理屈ばかりで、なにかやるのは自分のため。人なんか二の次で、自分さえ良ければそれで良い。

 そんな男の声だ。


『ーーいて来い』


 けれど、嫌ではない。

 きっと、ティアニーズはこの声の主を嫌いではないのだ。ムカつくし、人として最低な箇所を集めたような人間だ。本来ならば、一緒に行動する事さえ拒むような人間。

 でも、それでもーー、


『ついて来い』


 その男は。

 ティアニーズ・アレイクドルの憧れている人間だ。

 自分の歩く道の先で、待ってくれている。


「まだ、終われない!!」


「なに!?」


 視界が鮮明になる。それと同時に痛みを再確認し、激痛が腹の中をかき回す。でも動ける。体は動くし、まだ命だってある。

 なのに、諦める事なんて出来るものか。

 ティアニーズは腹に刺さった剣を素手で握り締め、


「メレスさん!!」


 構わず、痛みを払い退けるようにして叫びを上げた。

 その声に呼ばれるようにして、魔女が立ち上がる。


「私の偉大な力、まだ見せてなかったわね……!」


 力のない表情だが、確かに微笑んでいた。

 この時、ウルスは何故か剣を離さなかった。何度も立ち向かうティアニーズに驚いたのか、それとも別の理由なのかは分からない。

 けれどそのおかげで、メレスの放った炎の塊が、ウルスの体を大きく吹っ飛ばした。


「バッ、グゥ……!」

 

 次に立ち上がったのはコルワだ。

 腹を抑え、苦痛に顔を歪めながら雷の槍を一直線に飛ばす。着弾、そしてウルスの胸の宝石の亀裂が広がる。

 さらに、いつのまにか立ち上がっていたトワイルの剣に触れ、雷をまとわせる。


「こんなところで死んだら……アルフードさんに怒られる、かな」


 駆け出し、雷を帯びた剣をその胸の宝石へと突き出す。砕けばしないけれど、確かに僅かなヒビが入った。

 唇を噛み、瞼を下げて意を決すると、ティアニーズは腹に刺さった剣を一気に引き抜いた。


「ッ! ……メレスさん、水です。水でウルスさんを閉じ込めて下さい!」


「りょーかい!」


 ティアニーズの指示通り、メレスの操作する水が球体になり、ウルスの体をその中へと閉じ込める。

 しかし、ウルスだってなにもしない訳ではない。。

 最後の足掻きなのか、今までとは比べ物にならない量の武器が出現し、全ての武器が一斉に射出される。


 全員満身創痍だ。全てを避ける事は叶わない。体のあちこちに切り傷を追い、それでも生きようと必死に抗う。

 だから諦めない。

 腹から抜いた剣を握り締め、一気に弾幕の中へと飛び込む。


(追い付く……あの人に、私は必ず追い付いて見せる!)


 一歩足を踏み出すごとに、寿命がすり減っていくような感覚がにつつまれる。武器を払う事はしない。見極め、あとは運に身を任せてひたすら突き進む。

 この剣が、唯一残された逆転の方法だから。


「やっちゃえ、ティア!」


 倒れながら、コルワが呟く。


「行くんだ、あとは君に任せるよ」


 壁にもたれかかりながら、傷口を抑えてトワイルが呟く。


「おいしいとこ、全部持っていきなさい」


 炎の壁を作り出し、体を掠める武器にも構わず、メレスは二人を守っていた。


 地を蹴って一気に跳躍。

 彼の言っていた通り、水の中では身動きがとれないらしい。飛び上がった瞬間に視線が交差し、その顔を見てティアニーズは一瞬躊躇う。

 笑っていたからだ。

 これから起きる出来事を受け入れるように。


 強く、改めて強を握り締める。

 ウルスの造り出した剣。

 それを真っ直ぐにーー、


「これで、終わりだァァ!」


 水を突き抜け、ティアニーズの一撃が胸の宝石を貫いた。



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