四章二十話 『武器の魔』
ただひたすらに走っていた。
ウルスをルークに任せたとはいえ、城の外である以上全ての脅威が去ったとは言えない。コルワを先頭に路地を抜け、城への道を警戒心を最大にしてひたすらに走る。
誰一人として振り返る者はいない。
あの場は任せたのだ、勇者に。
「トワイルさん! 信号を上げますか!?」
「いや、それはダメだ。ウルスの仲間がまだいるかもしれない、俺達の居場所を知られてしまう可能性がある」
「ちょっと、コルワ速すぎ! そんでトワイルはもっと速度上げなさいよ」
「無茶言わないで下さいよ。姫様抱えて走るだけでも辛いんですから!」
トワイルの横を並走するティアニーズ。
その後ろを走るメレスは相変わらずの文句を口にしているが、その発言に反応したのはエリミアスだった。
僅かに目を伏せ、躊躇いながらも口を開く。
「あ、あの! 私ってそんなに重いですか? 最近は食事を制限してるつもりなのですが……」
「大丈夫ですよ、姫様は女性として魅力的ですから。誰も太ってるなんて思いません」
「うわ、こんな時にナンパ? たっらしー」
「だったら姫様抱えるの変わってもらえますかね!?」
当然ながら答えは却下である。
危機感の欠片もないのは異常だが、この状況で減らず口を叩けるというのは、ある程度心に余裕があるという事だ。ただ、メレスはこれが通常営業なのでその限りではない。
「私、自分で走ります! 鎖を切って頂けますか?」
「それが、先ほどから試しているんですがビクともしないんです!」
恐らく、エリミアスの手足を繋いでいるのは、ウルスの力によって造り出された鎖だろう。ティアニーズが何度切りつけても切れる気配はなく、一度立ち止まって試す訳にもいかない。
なので、バシレ以外の男であるトワイルが運ぶ事になったのだ。
「申し訳ありませんが、姫様はこのまま俺に抱えられていて下さい。大丈夫、必ずお守りしますから」
「そんな事よりも、ルークさんは大丈夫なのですか!? 何故あの方は着いて来られないのですか!?」
「あの人は……」
一瞬、ティアニーズは言葉を躊躇った。
ほんの少しだけだが、不安の塊が胸を刺激したからだ。けれど、直ぐにその不安を頭から捨てる。
心を落ち着け、抱えられながら心配そうな表情を浮かべるエリミアスに、
「あの人は勇者です、絶対に負けたりはしません。必ず勝って私達に追い付きます」
「え……ルークさんは勇者様なのですか?」
「はい、全然見えないですけど、ああ見えて実は強いんです。だから、姫様は逃げる事だけを考えて下さい」
「わ、分かりました。ルークさんを、皆さんを信じます」
今の言葉は、エリミアスよりも自分に言い聞かせたと言った方が正しいだろう。
いつだって、どんな時だってあの男は襲いかかる危機を乗り越えて来た。乱暴な言葉を使い、ハチャメチャな戦い方で。
今回もそうに違いない。
いや、そうであってほしいのだ。
信頼ではなく、これは願いのような思いだ。
けれど、引き返す事はしない。
あの場はルークに任せたのだから。
そして、これが自分に出来る事なのだから。
(私達が戻るまで、絶対に生きていて下さい……!)
一瞬だけ振り返り、ルークが今も戦っているであろう方向を見る。それを最後に、ティアニーズは前だけを見て走り続けた。
そして、
「あの、皆さん! 少し私の話を聞いて下さい!」
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「おらおらどーした、勇者ってのはそんなもんなのか?」
「クソが……遠くから剣投げてねぇで近寄って来いや!」
「バーカ、ヤベェって分かってんのに近付く奴がいるかよ」
一方その頃、魔元帥討伐を任されたルークは攻めあぐねていた。
というのも、ウルスが戦い方を完全に遠距離に変えたからである。ルークは近付いて斬るしか脳がないし、斬撃を飛ばすという方法もあるけれど、こんな早い段階で体力をごっそり持っていかれる事は避けたい。
なので、どうにかこうにか近付こうとしているけれど、そこら辺は培って来た戦闘経験者の差と言えるだろう。ウルスは上手く距離感を調整していた。
苛々は降り積もるばかりである。
「クソッタレが、近付かねぇと斬れもしねぇじゃんか」
『加護を使うか?』
「いやダメだ。五分でけりをつけれるって確信が持てるまでは温存しとく」
『そうか、ならばどうにかして接近する策を考えねばな』
ルークの切り札であるソラからの加護。
使用時間が限られている上、それを使ったからといって事が上手く運ぶとは限らない。不確定要素が強い今、迂闊に使うという選択肢は選べない。
「どうした? 作戦会議は終わったのか? なら、遠慮なく攻めてくぞ!」
言葉の通り、ウルスの周囲を漂う無数の武器が一斉にルークに向かって飛び交う。昼間の時とは違い、その速度も数も比べ物にならない。
走り回りつつ回避し、避けれない物は斬り落とす。
「クッ、数が多い上にはえぇ!」
「当たり前だろ、こっちは腹いっぱいにして備えてたんだ。昼間の時とは別人だと思え」
武器を払いのけつつ接近を試みようものなら、ウルスは近付いた分だけ離れて行く。自分の武器を操りながら遠目で眺め、自分にとって一番やりやすい距離を保つ。
戦い続けたからこそ、その感覚を得るに至ったのだろう。
「だぁぁもう! こっち来て戦えやこの野郎!」
「バカ言ってんな、お前の方から近付いてくりゃ良いだろ?」
「テメェがこっちに来い!」
剣を叩き落とし、踏み砕いて猛抗議するルーク。なんとも自分勝手な発言で、殺されに来いと言っているようなものである。
当然、そんな挑発に乗る筈もなく、ルークとは対照的にウルスは冷静に武器を操っている。
走りながら武器を斬り捨て、
「ソラ! お前もなんか考えろ」
『一旦落ち着け。冷静さをかけば、勝てる勝負も勝てなくなるぞ』
「んな事分かってんだよ!」
『はぁ、分かっていないから怒鳴っているのだろう。奴の力は武器の生成、そして操作と見て間違いない』
どうやっているのかは分からないが、ため息が耳元で聞こえた。剣なので顔も見えないけれど、恐らく相当呆れているのだろう。
身を屈めて二本の剣をかわし、目の前に現れた槍を掴んでへし折り、
「つーか待て、あんだけの数を同時に操れるって事かッ?」
『良いところに目をつけたな。あれだけの数を同時に操るとなると、恐らく相当集中力がいる筈だ。ただ真っ直ぐに飛ばすのとはわけが違うからな』
「今動かしてる数が操れる限界って事か?」
『いや、そうではないだろうな。逃げ回る貴様を完璧に追い回しているのを見るに、細かく操れるのはこれで限界、そう見た方が良い。そしてもう一つ、これだけの数を同時に操作しているんだ、何かしらの癖が出ている筈だ』
一旦足を止め、ルークは接近をする事を止めた。体を捻って剣を振り回し、数本の剣を一気に破壊。囲まれないように気をはりながら走る。
『癖というのは意図して隠せるものではない。特に集中している時にはな。奴の集中を邪魔するかその癖を見抜く、どちらが良い?』
「癖っつったってんなの分かる訳ねぇだろ! 全部の武器を目で追ってるほど余裕はねぇよ!」
『ならば私が見よう。貴様は避ける事だけに全神経を使え。あわよくば奴の力が底を尽きる事も、ついでに祈っておくと良い』
動きのパターンを見極めるのは全てソラに託し、ルークは回避に集中する事にした。どこから見ているのかは分からないけれど、今はこの優位な状況を利用するしかないだろう。
二対一という状況を。
「ッぶね!」
「……動きが変わったな」
ウルスはルークの動きを冷静に見極めている。先ほどまでは意地でも近付くという気迫を放っていたが、今は無理に接近する事はせずに、どちらかといえば保守的な立ち回りをしている。
実感そうなのだが、その動きは全くの別ものと言えるだろう。
「……! ウラァ!」
動きを最小限に抑え、少ない動作攻撃をかわしつつ破壊する。その度に新たな武器が補充されているが、それを目で追う事はしない。自分の周囲にある物だけを追い、そして叩き落とす。
これはルークの独壇場だ。
攻めるのではなく逃げる事には長けている。逃げ続けて来た生き方と、元々の才能。そしてそれを発揮するだけの経験と状況。
それが、生きる事にのみ特化したルークの力なのだ。
『ルーク、私の指示通りに動け』
「アァ? もう終わったのかッ」
『あぁ、あとは貴様が私を信頼しているかどうかだ』
「……しょーがねぇから信用してやる」
『フッ……素直じゃない奴だ。まずは三時の方向へ走れ、そのあとは剣を弾きつつ左だ』
小さく頷き、ルークはソラの指示に従って走り出す。
相手の動きが予想出来ているのはいえ、瞬時に対応するのはそれなり難しい。けれど、この男はそれをやってのける。
凪ぎ払い、斬り下ろし、止まる事なく足を動かす。
『次は上から来るぞ。下がって避けろ、そして今度は右側からだ』
「おう!」
頭上から落下する刃を後ろへ飛んでかわし、着地と同時に体の向きを変えると、前進しながら剣を払いのけつつ右側へとダッシュ。
それを見ていたウルスは目を細め、小さく呟いた。
「……やるじゃねぇか」
余裕がある訳ではない。
ギリギリのやり取りの中で僅かでも前に進み、ソラの指示通りに動いたとしても、全てを防げる訳ではない。腕を掠め、頬を切り裂き、足を挫き、なおも前へと突き進む。
身体中に小さな切り傷を作りながらも、ルークは足を止める事はしない。頭に響くソラの声に任せ、いつか訪れるであろう好機のために気持ちを落ち着かせる。
堪え、押し留め、されど鋭く増していく。
手繰り寄せるのだ、命を、生を。
そして、その時はやって来た。
『ルーク、三秒後に飛べ。前から来る剣を踏み台にするんだ。そのあとは分かるな?』
「あぁ、あとはーーぶっ飛ばす!」
ソラのカウントに合わせて地面を蹴り、眼前に迫る剣を踏み台にして更に跳躍。その瞬間、ルークとウルスの視線が交差した。
相変わらずの笑みを浮かべてヘラヘラしているけれど、ルークの頬も何故か無意識に微笑んでいた。
振り上げ、落下の勢いを使って渾身の一撃を振り下ろす。
ウルスは剣を出現させてそれを防いだ。
「来てやったぞおい……!」
「やっとか、待ちくたびれて寝そうになっちまったぜ……!」
「言ってろ、直ぐにぶちのめして地面を舐めさせてやっからよ!」
「やれるもんならやってみろ、俺は靴を舐めさせてやるけどな!」
謎の張り合いののち、激しい音を響かせてウルスが距離をとろうとする。が、ルークはすかさず地面から足が離れた瞬間を見極め、一気に距離を詰めて左肩に向かって剣を振り上げた。
「浅い……!」
「おかえし……だ!」
離れ際、肩から血を飛び散らすウルスの背後から三本の剣がルーク目掛けて射出。
二本を打ちのめすが、この至近距離で全てをいなす言葉の叶わず、残りの一本がルークの脇腹を掠めた。
お互いの剣が届く距離で睨み合い、
「接近戦なら勝てるとでも思ったのか?」
「接近戦だろうが遠距離だろうが、テメェをぶちのめす事には変わりねぇよ」
「そうかい、ならお望み通りにやってやるよ。ほれ、かかって来い」
「んだと……舐めやがって!」
『おい待て、ルーク!』
招き入れるように手を広げるウルス。
ルークはその子供じみた挑発に乗ってしまい、ソラの声を無視して突っ込んだ。
ウルスは防御する体勢をとろうとはしない。それならばと、ルークはお構い無しに剣を振り回すーー、
「ーーーー!?」
違和感の塊が、形を持ってルークの頬を掠めた。いや、それだけではない。腕や足、致命傷にはならないものの、体の至るところを剣が掠める。
バランスを崩し、転がるようにして後ろへ下がる。
そして目にした。ウルスの体を。
「近寄ってほしかったんだろ? だったら側によってやるから来いよ。ま、これでハグしたら全身血まみれになるだろうけどな」
「んだよそりゃ……どこの大道芸人だよ」
「あんな手品と一緒にすんな。俺のは本物だぜ」
ガシャガシャと鉄が擦れる音を出しながら、ウルス広げた手に二本の斧を握りしめた。
いや、問題はそこではないだろう。
ウルスの胸、そして腹から、数本の剣が服を突き破ってはえていた。
そう、はえているのだ。体の内側から飛び出るようにして、刃物が姿を現している。血は流れておらず、まるで体がそういう作りだとでも言いたげに。
「さぁて、こっからが本番だ。まだまだ根ェ上げんなよ、勇者」
月明かりがウルスの体から出ている剣に反射し、なんとも表現し難い光景がそこにはある。
いや、一言で簡単に表せてしまう。
単純に、ただ単純に、化け物だと。