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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
四章 王の影
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四章十四話 『敗走』



「ちっとやり過ぎたか?」


 チラリと顔だけを後ろにやり、造り出した武器がルークに降り注いだのを確認すると、結末を見届ける事なくウルスは走り出した。

 あの程度で死んでしまうのならそれまで。

 ルークは、勇者とはその程度の存在だったのだろう。


 元々本気で戦うつもりはなかったし、あくまでも目的は姫様を捕まえて、国王との交渉材料として使う事だ。

 ウルスを産み出した、全ての魔獣を産み出した魔王の封印場所を聞き出すために。


「えーっと、木屑が目印だったっけか」


 視線を下に落とし、ルークの言っていた目印を探す。

 ゴミが散乱しているので目視し辛いが、比較的新しい木屑を探せば問題はないだろう。

 速度を上げ、跳ねるようにして目印を頼りに突き進んで行く。


「追い付けっかな。ま、最悪大通りに出ても力付くでなんとかすっか」


 出来れば目立たずに事を終えたかったが、勇者に会ってしまった時点でそれは叶わないだろう。そうなればあえて姿を晒し、王に自分の存在を知らしめる方が交渉は進みやすいのかもしれない。

 しばらく進むと、前方に走るエリミアスの姿を捉えた。


「見っけたぜ、嬢ちゃん」


「そ、そんな! ルークさんはどうしたのですか!」


「さぁな、生きてるにしろ死んでるにしろ、今は自分の心配をするべきだと思うぜ」


 今から捕らえよとしている人間に忠告を促し、ウルスは壁を蹴って更に加速。

 エリミアスはドレスの裾をたくしあげて懸命に走ってはいるが、魔元帥とただの少女の追いかけっこでは勝負にすらないない。

 飛び上がり、至近距離まで迫って手を伸ばす。


「キャッ!」


 可愛らしい叫び声とともに、エリミアスは頭を下げてヘッドスライディング。

 勢いをつけすぎたためなのか、ウルスはその頭上を通過して壁へと顔面から突っ込んだ。

 立ち上がり、ゴミがついたまま走り去る後ろ姿を見つめ、


「おしとやかな感じなのに、意外と負けん気が強いのな。泥まみれの姫様ってのも悪かねぇ」


 真っ赤になった鼻を擦りながら怪しげに微笑み、ウルスは再び追跡を開始した。

 油断してたとはいえ、本気を出せば少女一人捕まえるくらい訳はない。角を曲がり、再びエリミアスに接近。

 すると、エリミアスの前方から見覚えのある顔が姿をを現した。


「まったく、何度言ったらあの人は分かるの。迷子にならないと気が済まないのかな」


「あの! そこのお方! どうか助けて下さい!」


「え、あ、はい……って、姫様!?」


 ぶつくさと呟くティアニーズだったが、前方から近付くエリミアスの顔を見るなり、体を跳ねて驚きのリアクションをとる。持っていた紙袋をなんとか持ち直し、


「探しましたよ。王も心配していらっしゃいます、さ、早くお城へ戻りましょう」


「城へは戻ります! ですか、その前にあの男を! そして、ルークさんを!」


「ルークさん? 何故姫様がルークさんの名前を……って、ウルスさん?」


 ようやくエリミアスのあとを追うウルスに気付いたのか、ティアニーズは次々と襲い掛かる謎の事態に首を傾げるしかないようだ。

 ウルスは桃色の頭の少女の顔を見て微笑み、無言のまま出現させた剣を放った。


 迫る剣。それを見てティアニーズの顔色が一変した。

 持っていた紙袋を乱暴に投げ捨て、即座に剣を抜くと、鮮やかな一太刀で飛ぶ剣を払いのけた。

 静かに、そして訝しむ目をウルスに向け、


「どういうつもりですか、ウルスさん」


「あっぱれ、殺すつもりがなかったとはいえ、今のを防げるとはなぁ。流石騎士団ってところか」


「話を逸らさないで下さい。私の質問に答えて」


「おうおう、怒った顔もまた可愛いな。んで、その目は俺を敵として認識したって事で良いんだよな?」


 今ウルスの前で剣を構えているのは、ただの少女ではなく騎士としての覚悟を持った少女だ。

 状況は飲み込めずとも、自分が忠誠を誓う主君を守るため、そして培って来た本能がウルスを敵として認識したのだろう。


 いや、実際はそう仕向けたと言った方が正しいだろう。

 あくまでも友達としてではなく、敵として対立する事をウルスは選んだのだ。


「貴方は人を探していた筈です。仮に姫様が探し人だとしても、剣を向けるのはどうかと思いますよ」


「ごもっともだな。今のは本気で当てるつもりはなかったが、男として道理に背く行為だと思うぜ」


「なら、何故狙ったんですか」


「目的のためだ。男として道理を外れたとしても、やらなきゃならない事があるもんでね」


 出来る事なら、ウルスは女性を傷つけなくないと思っている。

 しかし、自分の目的を果たすためとなれば話は別だ。たとえ自分の流儀に反する事になったとしても、産みの親である魔王の復活が叶うのなら、その下らない流儀を簡単に捨てる事の出来る男ーーそれがウルスだ。


 別に忠誠がある訳ではない。

 けれど、男として、親に恩義を返す事は当然の事なのだ。


「ええと、貴女は……?」


「騎士団第三部隊所属のティアニーズです。王の命を受け、姫様を探していたんですよ」


「そうなのですか、ご迷惑をおかけしまいすみません……。ですが、お叱りならちゃんと受けます! それより今はルークさんを!」


「大丈夫です、私が姫様をお守りしますから。落ち着いて、状況を教えて頂けますか?」


 気が動転しているのか、焦っているエリミアスを落ち着けるように、ティアニーズは柔らかな口調で微笑みかけた。

 エリミアスは胸に手を当て、震える唇を噛み締める事で自分を落ち着かせる。


「先ほど、私はあの方に追われているところをルークさんに助けて頂いたのです。ルークさんは私を逃がし、そして……」


「大体状況は把握しました、大丈夫ですよ、ルークさんは死なないですから」


「でも、あの方は自分を魔元帥だとおっしゃっていましたっ」


「魔元帥……!」


 魔元帥という単語を聞き、ティアニーズの顔色が変わった。その脅威を一瞬にして理解したのだろう。

 明確な敵意と殺意、それを向けられてなお、ウルスは笑みを崩さずに、


「全部正しいぞ、俺は魔元帥だ。疑うのは自由だが、そう思って向かって来るのをオススメする」


「疑いませんよ、今の貴方は確信を持てる異様な空気をまとっていますから。それで、ルークさんは?」


「死んだ、と思うぜ。残念だがな」


 即答した。確証はないけれど、ティアニーズの反応が見たかったから。

 しかし、ウルスの予想はことごとく越えられる事になる。

 ティアニーズはため息をこぼし、エリミアスを後ろへと下げ、不敵に微笑むと、


「バカ言わないで下さい、あの人がそう簡単に死ぬ訳ないです。仮に死んだとしても、神様を殴ってでも戻ってくるような人ですよ」


 一切の疑いなど感じられず、ティアニーズはそう言いきった。

 ルークが死ぬなんて微塵も考えていないのか、自信に満ちた瞳で、これ以上ないほどの信頼を寄せている。

 戦友とも違う、愛情とも違う、二人の異様な関係をウルスは感じ取り、思わず吹き出してしまった。


「クッ、ハハハハハ。そうだな、そりゃそうだ。良いねお前達の関係は、俺のまだ知らない人間の強さってのを見せてくれそうだ」


「なにがおかしいんですか。それと、私とルークさんはただの仲間です。変な深読みはしないで下さい」


「わりぃわりぃ、ちょっと楽しくなっちまってな。んで、やる気満々の様子だが……俺としちゃその嬢ちゃんさえ渡してくれればそれで良い」


「無理ですね、姫様を渡すという選択肢はあり得ません。貴方と戦い、今ここで滅ぼします」


「ルークといいお前といい、昨日まで同じ釜の飯を食ってた奴に容赦ねぇなァ」


「魔元帥だと分かった時点で貴方は人類の敵です。たとえどれだけ優しい心の持ち主だとしても、それは変わりません」


 ティアニーズの覚悟を身に受け、ウルスはやれやれといった様子で手を上げる。

 たとえ友達だろうが、目の前に立つウルスを斬るのに、今の彼女は一切の躊躇いすらないのだろう。

 ウルスは込み上げる笑いを堪え、


「なら手加減はなしだ。俺も本気で殺しに行くぞ」


「当然です。姫様は下がっていて」


「わ、私は……やはり邪魔ですよね」


 シュンとした様子でエリミアスは少し離れたところまで下がる。

 手を上げ、造り上げた三本の剣が宙を舞い、空気を切り裂いてティアニーズへと射出。


「宙に浮く剣……それが貴方の力ですか!」


 地を踏み締め、体を捻りながら二本の剣を叩き落とすティアニーズ。最後の一本は頭上から真下に落下するが、ティアニーズは腕を振り上げ、籠手から放たれる炎の玉で一撃を凌いだ。

 新たに剣を造りだし、


「さぁて、おっぱじめっか!」


「望むところです!」


 挨拶がてらのやり合いは終わり。

 今の状態では、遠距離からの攻撃をしたところで効果はないと判断し、ウルスは接近戦に切り替える。

 体を丸め、最大限まで溜めて一気に飛び出すーー、


「ーーーー!?」


 瞬間、背後からの気配によって全身の毛が逆立った。

 振り返り、視界に入り込んだ男の姿を見て、危機的状態を察知しながらもウルスは微笑む。そして、その人物の名を口にした。


「ルーク!!」


「逃げてんじゃ、ねぇぞ!!」


 振り返った直後には剣を振り上げており、避けるのは不可能だと判断。咄嗟に二本の剣をクロスしてガードを試みるが、ルークの剣がそれを意図も簡単に破壊した。

 切っ先が左肩へと食い込み、なんとか後ろへと飛んで回避行動をとるも、切り傷から鮮血が飛び散る。


「ッ! いてぇじゃねぇか、いきなり背後から切りつけるとか男としてどうなんだ」


「逃げた奴がなに抜かしてやがる。俺に背中を向けるのがわりぃんだよ!」


「確かにな。そんな事より、やっぱ生きてたか」


「たりめーだろ、あの程度で殺せるとか思ってんじゃねぇぞ」


 期待していたと言えばそうだが、体のあちこちに切り傷を負って血を流しているものの、ルークの態度はそのダメージを感じさせない。

 前後で挟まれ、端から見ればどちらが有利かは明白だ。

 しかし、ウルスは肩から流れる血に目をやり、


「勇者と騎士、相手にとって不足なしってか」


「余裕ぶってられんのも今のうちだぞ。テメェの宝石ぶっ壊してやるからよ」


「そら楽しみだな、やってみろ。言っとくが本気出した俺はつえぇぞ?」


 押し込めていた殺気を放ち、多少怯むかと思いきや、ルークは全く気にする素振りもなく真正面から突っ込んで来た。

 迎撃するために剣を製造しようとするが、


「……あれ」


「隙ありだボケ!」


「うぉッ!!」


 剣の形になる事はなく、砕ける音だけが響いた。上体を全力で後ろへと逸らして剣撃を回避すると、そのままバック転をして距離をとった。

 自分の掌を見つめ、それから腹に手を当てる。


「やべぇな、もう使いきっちまった」


「あ? なに言ってんだテメェ」


 ウルスの能力、それは食べたエネルギーを消費して武器を造り出す事だ。厳密に言えば食べ物だではなく、鉄や木、土やレンガだろうが取り込んでしまえばエネルギーに変換出来るのだが、ここ数日はほとんど食べていない。


 ルーク達とともに移動していたため、食料は限られている上に目の前で鉄をかじる訳にもいかない。

 なので、溜め込んだエネルギーが切れ、現在すっからかんなのである。

 腹が減ってはなんとやら、まさにその状態なのだ。


「どうした、もしかしてさっきの力はもう使えねぇのか?」


「…………」


 ウルスは無言のまま口を開かない。

 しかし、それは肯定しているようなものなので、次の瞬間にはルークの顔が恐ろしい笑みで満たされた。

 不気味な『ケケケケ』という笑い声を口の端からもらし、


「うっし、処刑の時間だ」


「どっちが魔元帥か分かったもんじゃねぇな」


 端的に言えばピンチというやつだ。

 能力を使えない今、魔法と体一つで挑んだところで勝ち目は薄いだろう。それに加え、先ほどの口振りからしてルークはまだ奥の手を残している。

 そうなれば、ウルスがとるべき行動はただ一つ。


「退散!」


「あ、ちょ、テメ、また逃げる気か!」


「勇気ある撤退だ!」


「男らしさはどこ行ったんだよ! クソが、ティア!」


 背中に浴びせられるルークの文句を全て無視し、ウルスは進行方向をティアニーズの方へと向けて走り出す。

 構えるティアニーズを視界に捉え、


「逃がしません!」


「いんや逃げる! だが目的は果たさせてもらうぞ!」


「目的ーーマズイ、姫様!」


 ティアニーズがなにをしようとしているのか気づくよりも早く、足の裏に突風を巻き起こして特大のジャンプ。軽々とその頭上を越えて通り過ぎると、綺麗にエリミアスの横へと着地した。


「ピッタリだな。そんでもって、先に謝っとく」


「ーーえ」


 エリミアスがなにかを言うより早く、その首筋に手刀を叩き付けた。ガクリと体から力が抜け落ちたエリミアスを腰に担ぎ上げ、後ろから迫る二人に手を振って再び逃走を開始。

 ルークはすれ違い様、立ち尽くしているティアニーズの背中を叩き、


「信号弾だ! 増援を呼べ!」


「え……はい!」


「クソ、逃がすかよ!」


「やっぱそう簡単には諦めてくれねぇか」


 裏をかいて隙をついたとはいえ、こちらは手負いの上に人を一人担ぎながら走っている。

 このまま逃げたとしてま捕まるだろうし、大通りに出ればそれはそれで騒ぎになってしまう。


 ウルスは少し考え、追い掛けて来るルークに僅かに目を向けた。そして、再び足の裏に風を集中させて飛び上がると、足りない分は壁を蹴って建物の頂上まで到達した。


「な、テメェセコいぞ! ソラ、お前の力でなんとかなんねぇのかよ!」


「お前も魔法使えば良いだろ?」


「使えねぇんだよクソが!」


 ルークは下で剣に向けて暴言を吐いているが、恐らくソラと会話をしているのだろう。

 ウルスは恐る恐る顔を覗かせ、


「ルーク! 今回はお前の勝ちって事にしといてやるよ!」


「ざけんな! 下りて来て勝負しやがれ!」


「なぁに心配すんな、また直ぐに会う事になるだろうからよ。んじゃ、またな、姫様は貰ってくぞ」


 下で騒いでいるルークに向けて爽やかに手を振り、空に上がる緑色の光を横目にウルスはその場を去って行った。



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