四章九話 『空気の読めないあの子』
たった一言、それだけでルークは全身が震え上がる感覚を覚えていた。男は口を開いただけで、なにかをする素振りなど全く見せてはいない。
けれど、今ので理解してしまった。
これが王。
一つの国をまとめる男の姿なのだと。
口を開く事も出来ずに立ちつくしていると、横をすり抜けてトワイルが前に出る。その場の全員の視線が彼に集中するが、その表情を崩す事はない。
方膝をつき、深く頭を下げると、
「王、お久しぶりです、またこうしてお会い出来て光栄です。時間を作って下さった事に心からお礼申し上げます」
「あまり固くなるなトワイル。俺がそういうかたっくるしいのが苦手だって分かってる筈だぞ。いつも通りにしろ」
「ですが……」
「良いから、これは命令だ。面倒な言葉も固いしきたりもいらん、用件を伝えろ」
王の言葉に小さく頷くと、トワイルは立ち上がって再び頭を下げる。先ほどよりも柔らかな表情にはなっているが、その顔は忠誠心を忘れてはいない。
今のやりとりで少しだけ王のイメージが崩れたが、トワイルは言葉を続ける。
「はい。ではお言葉に甘えて……。今日時間作って頂いたのは他でもありません、本物の勇者をお連れしました」
単刀直入に述べるトワイル。
その言葉に反応して声を上げる者は居なかったが、全員の視線がルークに注がれた。
この場で顔を知られていないのはルークとソラだけ。そしてソラは見た目だけなら華奢な少女。ルークが勇者だという答えは簡単に出せる。
「ほう、お前が本物の勇者か……名前は?」
「……ルーク・ガイトス」
「ガイトス……か。聞かない名だな、どこの出身だ?」
「東の田舎の村っす」
全てを見透かされたような瞳にとらえられ、ルークの全身の筋肉が硬直して強張る。フレンドリーに言葉を投げ掛けてはいるが、言葉の一つ一つから得体の知れないものが溢れだしている。
ただ、純粋にこの場に居る事を本能が拒んでいた。
「まぁそんな固くなるな。国王って名前を貰っちゃいるが、俺は親父に押し付けられただけだからな。俺自身この立場に納得している訳じゃない」
「そう、なんすか。大変っすね」
「他人事だな、まぁそりゃそうか。それで、トワイルの言葉を疑うって訳じゃないが、お前が本物の勇者だって証拠はあるのか?」
手すりに肘をつき、王はルークからトワイルへと目を移す。
トワイル小さい「はい」と返事をすると、ティアニーズに前へ出るように合図を送る。
息を飲み、緊張で震える拳を握り締め、
「第三部隊所属、ティアニーズ・アレイクドルです」
「あぁ、久しぶりだな。面倒な役目を押し付けちまってわりぃな。んでアレイクドル、ソイツが勇者だって証拠は?」
「王都に来るまでの旅路の中、ルーク・ガイトスは魔元帥を一人討伐しました。私がこの目で見ています」
「……魔元帥か、嘘くせぇが……そうだな、お前の目は嘘をついてはいない」
「はい、嘘ではありまけん。この目で、彼が魔元帥を討伐する瞬間を見届けました」
王は目尻をほんの少しだけ動かし、驚きを押さえるようにして呟く。
震え声のティアニーズの発言に声を上げたのは、この場に集まった騎士団の面々である。戦争が一旦終わり、その後は魔元帥の目撃談すらまとまに手に入れる事が出来ていなかった。
しかし、目の前の特徴のない男がそれを倒した。これにはやはり驚きを隠せないようだ。
ルークはさほど気にしてはいないけれど、本来なら王直々に称え、勲章を貰えるレベルの偉業なのだ。
ざわざわと騒がしくなる中、王がゆっくりと口を開く。
「ルーク・ガイトス、今の話は全て本当か? お前は魔元帥を倒したのか?」
「まぁ、一応。たまたま成り行きで」
「なるほど、全部信じてやる……とはいかねぇが、嘘はついてねぇようだな」
半信半疑だが、一応はルークが勇者であると納得したようである。以外とアッサリいった事に肩の荷を下ろし、ルークは安堵の息を漏らした。
しかしそんな中、一人の少女が意義ありと言いたげに手を上げた。
「ちょっと待てよ。アンタが勇者だって? 全然強そうじゃねぇじゃんか。さっきから見てたけど、覇気もなんも感じねぇぞ」
「……ええと、誰だお前」
「アタシはリエル・ナートマン、第四部隊所属だ」
明らかに喧嘩腰の発言だが、ルークは苛立ちを一旦押さえて冷静に答える。
黒の短髪に鋭い目付き、口を開く度に尖った八重歯が見え隠れしている。歳はティアニーズと同じくらいで、腰についている細剣に手をかけながら好戦的な態度を隠す様子はない。
「こら、客人にいきなりそんな言い方はないだろう。悪いね、コイツ反抗期なんだ」
「誰が反抗期だバーカ」
リエルの頭を鷲掴みにし、隣に立つ男が一歩前に踏み出した。
眼鏡をかけているからなのか、博識っぽい印象を受ける。柔らかく落ち着いて目尻に、真ん中で分けた緑色の髪。
男はリエルを押し退け、
「僕は第四部隊を任されているミールだ。君が勇者かどうかは置いておくとして、部下の無礼を許して欲しい」
「あぁ、いや、別に良いっすよ。全然気にしてないんで」
「嘘つけ、王の前だからって良い子ぶるんじゃねぇよ。お前もだぞミール」
「はいはい、あとで説教してあげるから今は黙っててね」
勿論、気にしてないなんてのは全くの嘘である。
二人きりだったら間違いなく反論しているし、最悪ぶん殴るまであるだろう。ただ、こんなところで暴れれば数秒で取り押さえられるだろし、そこまでバカではない。
ミールに押さえ付けられるリエルを、ざまぁみろと思いながら眺めていると、
「丁度良いか、俺はアルブレイル。第一部隊の隊長だ。よろしくな」
「ど、どうも」
「なら私も。ハーデルトよ、第六部隊の副隊長を任されているわ。隊長は今日出払ってるけど、よろしくね」
「う、ういっす」
ゴツい大男に続いて、色気の漂う女性が名乗りを上げる。
筋骨隆々とした体型で、ガタイが良いというかなんというか、体の全てが筋肉で出来ているのではと思うほどにマッチョである。左目に刻まれた切り傷と背負っている身の丈ほどの大剣も相まって、脳筋という言葉が頭を過る。
続いて女性の方だが、スラッとして凹凸がハッキリとした体つきなのだが、化粧のせいか色気が半端ない。艶目いた唇と誘うような瞳、肩にかかるくらい茶髪に目を引かれる。
ハーデルトは小さくなっているメレスを見ると、
「あら、そちらにいらすのはメレスさんじゃありませんか? 相変わらず下品な服着てますねぇ」
「気持ち悪いからその敬語やめなさいよ。ちょっと色気があるからって調子に乗っちゃって、私の方が大きいんだからね」
「胸の大きさに頼る時点で貴女の底が知れてるわ。どうせゴルゴンゾアでも大した殿方と出会えなかったのでしょ?」
「は、はァ? アンタには関係ないわよ、放っときなさい。アンタより先に結婚してやるわよ!」
どうやらなにかしらの因縁があるらしく、ハーデルトの言葉にメレスは過剰な反応を示す。図星を投げつけられて顔を真っ赤にさせ、プンスカしながらコルワの後ろへと隠れた。
勝ち誇ったように胸をはり、ハーデルトは元の位置へと戻る。
その後も自己紹介が続き、その場に集まった全員が名乗りを上げて行く。しかし、ルークの脳ミソは最初の四人を覚えるので限界へと達し、途中から右から左に受け流していた。
そして、最後にアルブレイルが自分の後ろにか居た青年を押し出し、
「おら、お前もちゃんと挨拶しろ。これから一緒に任務を行うかもしれないんだ」
「分かりました。メウレス、それが俺の名前だ。所属は第一部隊、これからよろしく」
淡白な挨拶だけを口にし、青年は再びアルブレイルの後ろへと戻って行く。
ガヤガヤと各々が好きな事を口にし出す中、ティアニーズがルークの耳元に近付き、
「ルークさん、あの人が騎士団最強と呼ばれている方です」
「え、アイツが? めっちゃ普通じゃん」
「人は見た目によらないって言葉を知らないんですか? とにかく、喧嘩とか売ったらダメですよ」
「お前は俺をなんだと思ってんのさ」
いらぬ忠告をはねのけ、ルークは再びメウレスと名乗った青年に目を向ける。
特徴を上げろと言われても、特記すべき箇所が一つもない。これだけの個性豊かな面々の中、彼だけがなにも感じない。
それが恐ろしいと言えばそうなのだが、ティアニーズの言う通り、人は見た目によらないという事なのだろう。
「おい、一応ここ王の間なんだぞ。俺の存在を忘れて勝手に話を進めるな」
「はいはい、すいませんね。王が寂しがりなの忘れてましたよ」
「ナタレム、お前打ち首な。あとで首洗って待っとけ」
「おぉ怖い怖い。逃げる準備しとかないと」
ナタレムと呼ばれた長髪の男は肩をすぼめ、わざとらしく汗を拭う仕草をとる。
恐らく、さっき自己紹介していたのだと思うが、ルークの記憶には全くない。飄々とした態度で王に接しているのを見るに、近しい人間なのだろう。
王は注目を集めるために手を叩き、
「お前らのせいで話がズレちまった。話を元に戻すが、ルーク・ガイトス、お前が勇者だってのは認めよう。トワイルとアレイクドルが言ってんだ、疑う余地はないだろうよ。が、問題はお前じゃない」
「問題? なんかあるんすか?」
「問題っていうか、疑問だな。その後ろの子供は誰だ?」
王の視線はルークの後ろに立つソラへと向けられた。
話を聞いていなかったのか、突然話題を振られて『私か?』と自分を指差す始末である。多分、途中で飽きて寝ていたのだろう。
呆れつつソラを見ると、
「えーっと、コイツは……」
「良い、私自ら名乗る。貴様は下がっていろ」
「いや、あの、マジで頼むから面倒だけは起こすなよ」
「なにを言っている、私がそんな事する訳ないだろ」
「そんな事しかしないと思うから言ってるんだよ」
小声で注意を促すルークを手で押し退け、ソラは騎士団と王のちょうどど真ん中まで歩みを進める。
嫌な予感しかしない。不穏という言葉がソラの周りにだけ渦巻いている、
コホン、と喉を鳴らし、ソラは王へと目をやる。
偉そうに胸をはり、そりゃもうありったけのドヤ顔を浮かべると、
「私の名前なソラ。貴様ら人間が崇め奉る、それはもう偉くて偉大な存在である精霊だ。そして、私こそが勇者の剣だ」
やりきった、と言わんばかりにソラは満足げに鼻を鳴らす。
その反面、ルークとティアニーズは額に手を当ててやりやがったと思いながら絶望にうちひしがれる。
今の行動は明らかな侮辱行為であり、いくらルークでも一国の王に対してあんな態度はとらない。次の瞬間に首を切られてもおかしくはないだろう。
しかし、王はソラの言葉を飲み込むように頷き、
「なるほど、お前が勇者の剣か。親父から聞いてはいたが……まさか子供だとは思わなかった。会えて光栄だ、精霊よ」
疑う事も激情に駆られる事もなく、王はソラに対して頭を下げた。