四章八話 『王』
他愛ない会話をしつつしばらく歩みを進め、ようやく城の側までやって来た二人。
ここまで来る中で分かったが、やはり少女は世間知らずで純粋、しかしながらどこか歳には似つかわない覚悟のようなものを持っていると感じた。
彼女が外に出たい理由と関係しているのだろうけど、追及する事はせず、ほとんど質問に答えるだけなのだったが。
少女は進行方向を指差し、
「あとはこの道を真っ直ぐに進めば城にたどり着けます。要件は聞きませんが、どうかお気をつけて」
「おう、案内してくれてサンキューな」
「いえ、助けて頂いたので当然の事です。私もルークさんとお話出来て楽しかったので」
「じゃ、まぁ気をつけろよ」
少女に背を向けると、手をヒラヒラと振りながらルークは城へと歩き出し始めた。特に名残惜しさなどはなく、少女との別れは意外と呆気ないものとなる。
……と、思いきや、
「あの、ルークさん」
「ん? まだなんかあんのか?」
「いえ、ルークさん、実は私の事知っているのではありませんか?」
「……え、いや、全然これっぽっちも知らねぇと思うけど。どっかで会った事あるっけ?」
少女の問い掛けに首を傾げ、歩みを戻して少女の顔をジーっと見つめる。記憶力は良くも悪くもないルークだが、これだけ目立つ格好と整った顔立ちとなれば記憶には残る筈だ。しかしながら、頭の隅っこにすら少女の顔は刻まれていない。
「うん、多分知らねぇと思うぞ。ここに来るまでに会った奴の顔は一応覚えてるし、その前はほとんど村から出た事なかったし」
「そう、ですか。すみません、私の勘違いでした。ルークさんを少し疑ってしまった事を許して下さい」
「疑った? 別に気にしてねーよ、なんの事か分かんねぇし。んじゃ行くぞ、急いでっから」
「はい、またどこかでお会い出来るのを楽しみにしてますね」
小さくお辞儀する少女に背を向け、今度こそルークは城に向けて歩き出した。たまに振り返ると、少女はまだ頭を下げている。
若干の違和感はあるが、今重要なのはティアニーズとの勝負なので、その後は振り返る事なく城へと歩くのだった。
少女の言う通りにしばらく歩くと、十メートルはゆうに越える巨大な門へとたどり着く。見上げるだけで首が痛くなりそうな大きさに、ルークは思わず『でか』と驚きの言葉を口にした。
辺りを見渡し、ティアニーズの姿がない事を確認すると、門番らしき男に近付く。
「すんません、ちょっと良いっすか?」
「あぁ、なんだい?」
「トワイルって人の連れなんすけど、中入っても大丈夫っすか?」
「トワイルさんの? 少し待ってくれ」
当たり障りのない挨拶を交わし、門番は小さな小屋へとルークを案内する。
中には大量の武器と男達が座っており、恐らく交代制で門番をしているのだろう。入り口付近で待っていると、紙を持った男がやって来た。
「ええと、ルーク・ガイトスで間違いないかな?」
「はい、そうっす」
「ティアニーズ・アレイクドルと一緒に来ると聞いていたが……一緒ではないのか?」
「あー、ちょっとはぐれちゃって」
ティアニーズが先についていないという知らせを聞き、腰の横で小さくガッツポーズ。
勝ち誇った笑みで勝利の余韻に浸っていると、後ろの扉が開かれて見覚えのある顔ぶれ二人が現れた。
「あの……って、なんでルークさんが先に居るんですかっ?」
「フハハハハ、勝利は俺の勝ちだな」
「なんでと聞いているんです」
「それは、その……あれだ、勘と完璧な頭脳を頼りに進んだらついたんだよ」
全くの嘘である。が、ティアニーズは悔しそうに歯を噛み締め、ムスッとした顔をしながらも、ルークの言った事を信じきっているようだ。
その横に立つソラは、ルークの不自然な反応を疑うように訝しむ視線を向けているが、それを口にする様子はない。
「君がティアニーズ・アレイクドルかい?」
「はい、第三部隊所属のティアニーズ・アレイクドルです。トワイルさんから話は通っていると思いますが……」
「あぁ、聞いているよ。トワイルさんは今客室で待っている。君達三人を案内しよう」
アッサリと城内に入れる事を許可した事に、呆気なさを感じるルーク。
ティアニーズの事を知っているようではないので、それほどまでにトワイルの信用は偉大なものなのだろうか。
ともあれ、入れるのなら問題はない。
「それじゃあついて来てくれ」
「はい、お願いします」
男の後に続いて三人は歩き出す。外にあった巨大な門は通らず、小屋の奥の小さな扉を使って中に入るようだ。
扉を開いてまず始めに見えたのはアホみたいな大きさの噴水と、アホみたいな大きさの中庭……だと思う。
「なんじゃこりゃ、中庭だよねこれ」
「そうですよ、でも、私も初めて来た時は同じ事を思いました」
「金の無駄遣いだな」
左右と前、細部まで手入れされていると思われる石で舗装された道と、その道を示すように様々な花で彩られた花壇。辺りにはリンゴの木らしきものもはえており、赤く食欲をそそるリンゴがなっていた。
目測で図ったたとしても、門から城本体までは歩いて十分超。
中庭にもう一個城が建ちそうなレベルである。
自らの持つ富を主張しているとしか思えないが、国王の趣味なのだろうか。なんて事を考えていると、男が三人の意識を集めるようにわざと咳をした。
男に続いて歩き、ようやく城の内部へと到着。
「やべぇよ、マジもんのメイドだ。存在してたんだな」
「家来か……ふむ、悪くない。私もメイドが欲しいぞ」
「ついて来ないと置いていかれますよ」
本物のメイドを見て興奮するルークと、それとはまた別の意味で興奮しているソラ。男が二人を気にせずに歩き出すので、ティアニーズは急かすように二人の背中を押す。
部屋の数は数えるのもバカらしい。天井の高さも常識の範疇を越えており、通路にはカーペットが引かれていて、掃除は滞りなく行われているようだ。
「こんだけ広かったら迷子とかになんねーの? 部屋とか多すぎて、どれがどの部屋か分かんなくなりそうだし」
「使用人の方々は全ての部屋と城の構造を把握しているらしいですよ。そうですね、流石これだけ広いと私も迷子になりそうです」
「私もこのくらいの屋敷が欲しいぞ。ルーク、買ってくれ」
「バカじゃねぇの、普通に寝て暮らせる場所があれば十分だっての。欲しけりゃ自分で働け」
これだけ大きいとなると、田舎育ちのルークは安心して眠りにつけないだろう。というか、間違いなく迷子になって自分の部屋にすら戻れなくなるのが目に見えている。
廊下を真っ直ぐに進み、一つの部屋の前で足を止めた。
「ここだ、あとの事はトワイルさんに任せる。くれぐれも迷惑にならないように」
「はい、ありがとうございます」
案内を終えると、男は足早に去って行ってしまった。
ティアニーズは頭を下げ、それから扉を開く。中を覗くと、見知った三人の顔がそこにはあった。
「やぁ、意外と早かったね。もう少し遅くなると思ってたけど、ゆっくり話せたのかい?」
「はい、思う存分話せました。心遣いありがとうございます」
「ううん、親に会えるなんてあまりないからね、会える時に会っとくべきだよ」
質素な椅子に腰をかけていたトワイルが立ち上がり、満足そうなティアニーズを見て微笑んだ。
一方、残りの二人はというと、大きなソファに手を広げて座っているメレス。
そしてベッドで跳び跳ねているコルワ。どちらも楽しんでいるようだ。
「おいトワイル、お前ああなるって分かってて俺を行かせただろ」
「ああなる? なんの事かな?」
「その白々しい態度を止めろ。お前のせいでどんだけ面倒だったか」
「ごめんごめん、ティアニーズの父親は心配性だからね。君が行く事で少しでも安心感を与えられたらって思ったんだ」
どうやら全てトワイルの策略だったらしい。
性格が良いのか悪いのか分からないが、トワイルはいつもの調子で笑みを浮かべている。
ルークはたまった疲れを癒すように近くのソファに腰を下ろすと、柔らか素材で体が沈む。
「うわ、このソファすげぇな。めっちゃ柔らけぇぞ。あれだ、人をダメにするソファだ」
「なに言ってるのよ、こんなので私がダメになる訳ないでしょ」
「だったらその顔どうにかしろ。ダメって文字を表した顔になってんぞ」
「ふっかふかだよ! ティアも一緒に跳ねようよ!」
「ダメだよ、あんまり騒いだら」
違うソファでくつろぐメレスが偉そうに言うが、その顔はやる気やらなんやらを全てそぎおとされたような顔である。
ぴょんぴょんと跳び跳ねるコルワをティアが叱り、全員が集まった事を確認すると、トワイルが手を叩いて注目を集めた。
「さ、全員揃った事だし、早速国王のところへ行こうか」
「え、もうちょい休ませてくれよ。付き合わされて疲れてんだ」
「ダメだ、忙しい中時間を作って下さっているんだ。それに、もう他の人達は集まっている」
「集まってる? 俺達の他にも誰か居んの?」
「あぁ、任務で出払っている人達は覗いて、集められるだけ隊長と副隊長を集まってる」
ここでようやく自分が今から王に会うという実感がわき、ルークはちょっとした不安感に襲われる。
恐らく、普通に暮らしていれば一生会わなかったであろう人物だ。多少の緊張も仕方ない。
「ほら、メレスさんもコルワも、崩れた服をちゃんと直してからにして下さいよ」
「はいはい、私のセクシービームで悩殺しちゃうからね」
「はーい、またあとでいっぱい遊ぼーっと」
珍しくトワイルの指示に素直に従い、二人はソファとベッドから離れる。
この二人に関しては緊張感からは無縁そうなので理解出来なかったようだが、ルークの異変に気付いたティアニーズが声をかける。
「大丈夫ですか? そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ、いきなり怒鳴ったりするような方ではないので」
「別にそんな心配してねーよ。つか、緊張もしてねーし。王とか余裕だし、ただの偉いおっさんだろ? 余裕余裕」
「はいはいそうですね。なら早く行きましょう」
とりあえず強がるのが癖になってしまっているルークを軽くあしらい、ティアニーズは呆れ混じりにため息をついた。
そして、ルーク達一向は国王の元へと移動を開始した。
たどり着いたルークの頭には、王の間、そんな言葉が過る。
既にルークの知る住居や構造物の概念は崩されているので、大したリアクションはとれないが、この部屋だけはまた違った空気感がある。
集まった人間は男女問わずに数名。名前も顔も知らないがただ一つ、まとっている雰囲気が異常だという事は理解出来た。
恐らく、トワイルが言っていた隊長や副隊長だろう。
全員が達人の域に達てしている強者、素人のルークの目にはそううつった。
「…………」
渇いた唇を湿らせ、ルークは真っ直ぐに視線の先を見る。
巨大な広間は両壁がガラス張りになっており、ところどころに巨大な支柱が立ち並んでいる。赤をメインとした装飾が支柱に施されているが、あれは趣味なのだろうか。
入り口から伸びる赤色のカーペットの先、そこには明らかに一つだけ作りの違う椅子が置かれていた。
その椅子に座る男、あれが王だろう。
思っていたよりも年齢は若く見える。しかし、男のまとう空気は歴戦の戦士が持つものとはまた違う強さを放っている。
王はルークに向け、こう言った。
「良く来たな」