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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
一章 量産型勇者の誕生
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一章六話 『いざ、ドラゴン退治』



 その日の夜、ルークは皆が寝静まった頃合いを見極め、足音を殺しながら宿からの脱出を図っていた。

 宿が一つしかない事と、他の部屋が埋まっているとの理由でティアニーズと同じ部屋に泊まる事になり、今は横でスヤスヤと寝息を立てて熟睡している。


(冗談じゃねぇ、ドラゴンと戦うとか自殺行為だろ)


 目的は一つ、村に帰る事だ。

 歩いて帰るのは体力的にも安全面でも得策ではないので、とりあえず馬を盗もうと考えるルーク。

 階段を下りて酒場を抜け、暗殺者顔負けの気配殺しのスキルで宿を脱出。

 村は静けさに包まれており、そこら中に立てられた松明と差し込む月明かりが唯一の光源だ。


(よし、脱出は成功。後は馬を盗んで逃げれば万事解決だ)


 辺りを見渡し、僅かに聞こえる馬の鳴き声を探る。あのマッチョが乗っていた馬があるだろうし、見つけてしまえばこちらの勝ちなのだ。

 勝利を確信したルークは歩き出すーー、


「どちらへ行かれるのですか?」


 突然背後から聞こえた声に全身の筋肉が硬直。機械仕掛けの人形のようにゆっくりと首を動かして振り返ると、爽やかな笑顔で表情を満たす老人が立っていた。

 ルークは悟る。バレたのだと。

 というか、多分待ち伏せていたのだろう。


「えーと、ちょっとトイレに行こうかなぁなんて……」


「トイレなら宿の中にもありますぞ」


「俺ボットン便所得意じゃなくて、あれってすげぇ臭いじゃん?」


「ボットン以外もあります。私の家に」


「……やっぱいいっすわ」


 弁明の余地もなく、ルークは逃げ出す事を諦めた。老人を怪訝な顔で見つめるが、怪しい笑顔を崩す事はない。

 ルークは諦めたように肩を落とし、宿へと引き返そうとするが、


「少し、話をしませんか?」


「別に良いっすけど……」


 逃げられないのであれば戻っても寝るだけ、ほんの少しでも自分が勇者でないと証明出来る可能性があるならと思い、ルークは老人の提案を受け入れた。


 連れられて訪れたのは老人の家。

 ルークは椅子に腰を下ろし、渡された飲み物を一口飲む。


「んで、話ってなんすか? 言っとくけど、俺は勇者じゃねぇぞ」


「貴方は勇者になったのです。今までは違ったかもしれない、けれど今は勇者です」


「良く分かんねぇんだけどよ、勇者ってそんなに大事なのか? 魔獣だって騎士団が狩ってるし、今さら現れたところで意味ないだろ」


「そんな事はありません。少なくとも、今は大丈夫でも必ず勇者の存在は必要になる」


「こっちは良い迷惑だっての。お前らが何かに頼りたい気持ちは分からないでもない……けど、俺じゃなくたって良い筈だ」


「貴方でなければダメなのです。選ばれた貴方でなければ」


 老人はルークの言葉に聞く耳を持たない。恐らく、選ばれたというのは剣の事なのだろうが、実際にルークは触れてすらいないのだ。

 押し付けられ、やりたくもない事をやらされるなど、到底許容出来るものではない。


「近い内に……魔王は必ず復活します。始まりの勇者が施した封印は薄れているのです」


「なにやってんだよ、もっとちゃんと封印しろよな」


「それほどに魔王の力は強大なのですよ。魔王の復活が何時になるのか私にも分かりません。しかし、それは必ずやって来る。明日なのか、それとも一年後なのか、いや……もう既に復活しているかもしれない」


「……そんな目しても無理なもんは無理」


 老人の上目遣いでは心を動かす事は出来ず、それどころか余計にやる気を失せるルーク。

 確かに、魔王が復活すれば世界は窮地に陥るのだろう。五十年前の戦争でルークの住む村は巻き込まれなかったが、今回も大丈夫だとは限らない。

 しかし、


「俺は普通に、平凡に平穏に平和に暮らしたいんだ。刺激なんていらない、普通が何よりも一番良いに決まってる」


「世界はそれを許さない。貴方が勇者である限りは」


「だったら、俺は世界が終わる瞬間まで平穏に生きる。終わるって事は、そういう運命だったんだろ」


 コップの中身を全てを飲み干し、ルークは机に置く。

 彼の願いは、ただ普通に暮らす事だ。

 特に理由はないけれど、人間として当たり前の日常が送れればそれで良いのだ。

 老人は小さく息を吐き、初めて表情を変えた。


「貴方の、両親の事を知りたくはありませんか? 貴方を捨てた両親の事を」


「ーー! テメェ、何でそれを知ってんだ……!」


 心音が高鳴り、老人を睨み付けた。

 そう、ルークは両親の顔を知らない。物心ついた時には故郷の村に居て、親は村長が代わりにやっていたのだ。

 誰も語ろうとはしないから、ルークも深く聞こうとはしなかった。

 けれど、何故か目の前の老人をそれを知っている。


「答えろ、お前何を知ってやがる」


「言った筈です、我々には予言の書があると。そこには始まりの勇者が死んでからの事が全て書かれているのです。貴方が両親に捨てられ、今日この場に現れる事が」


「だったらソイツを今すぐ見せろ。そんな便利物があんなら勇者に頼る必要もねぇだろ」


「それは出来ません。我々には契約があるので。それに、予言の書に書かれているのは貴方が現れるまでの事です。その先は記してありませんよ」


 ぶら下げる餌への食い付きが思った以上に良かったのか、老人は髭にまみれた口元を歪ませる。

 ルークは椅子を倒しながら立ち上がり、机に手をついた。


「ざけんな、んな事信じられる訳ねぇだろ。勇者やって欲しいんならお前が知ってる事を全部話せッ」


「ですから、それは出来ません。しかし、貴方がドラゴンを倒す事が出来たのなら、私が知っている全てをお話しましょう」


「そうやってまた俺を騙すのか? 剣だってテメェらが仕組んだ事だろ」


「違います。剣は貴方を選んだ、始まりの勇者と同じように。それは剣の意識なのです」


「ただのボロい棒だろ。生きてるみたいに言うんじゃねぇ」


「生きていますよ、だからこの場所までやって来た。そして我々を造り、村を作ったのです」


 先ほどから訳の分からない事ばかりを告げる老人に、ルークは顔をしかめて『クソ』と苛立ちを吐き捨てた。

 言うつもりがないのか、それともからかっているのか。真実は分からないけれど、老人の怪しげな表情はどちらともとれる。


「分かった、俺がドラゴンを倒したら知ってる事全部吐け」


「はい、それが我々の役目です」


「必ずだぞ、ゼッテー言えよ。言わなかったらこの村滅ぼすかんな」


「どうぞお好きに。貴方に出来るのであれば」


 実態の掴めない口調に、ルークは乗せられていると理解しながら用件を飲み込んだ。

 これ以上は無駄に怒りを刺激されると判断し、ルークはその家を後にする。ここで話合うくらいならば、早くドラゴンを倒してしまった方が得策だからと判断して。


「その頃には……」


 老人の呟きが耳に入るも、全てを無視してルークは宿へと戻るのだった。



 次の日、ルークはスッキリとした目覚めを味わう事もせず、隣で寝ているティアニーズの額へと全力チョップ。

 物理的な目覚まし時計によって瞼を持ち上げたティアニーズは額を押さえ、


「い、いきなり何するんですか!?」


「うるせぇ起きろ」


「人を起こす時はもう少し優しくするべきです。それに女性の顔を殴るとはどういうつもりですか」


「だからうるせぇっての。早くドラゴン退治に行くぞ」


「え……は、はい」


 あれほど嫌がっていたのに自ら行くぞと言うルークに違和感を覚えたのか、ティアニーズはジンジンと痛む額を擦りながら頷く。

 ベッドの横に置いておいた勇者の剣(仮)を握り締めると、ルークは一足先に宿を飛び出す。


 宿の外に出ると少し数が減ったようだが、ご丁寧に村人全員のお出迎えが待っていた。村人達を率いるように先頭に立つ老人へと目を向け、


「約束守れよ」


「勿論ですとも」


 後から駆け付けたティアニーズは会話の内容が分からずに首を傾げる。

 それから案内によって馬車へと移動し、荷台へと乗り込むが、ドラゴンの元まで連れて行ってくれるのは勿論、


「よろしくね、勇者様」


「よろしくねーよ。何でお前なんだよ、他にも居るだろ」


 オカマ疑惑のあるマッチョだった。馬の操作に自信があるのか、それとも別の理由なのか。別の理由だった場合ルークは貞操の危機に陥るので、考えかけた脳みそを無理矢理停止させ、村人達の見送りに包まれながら馬車は出発した。


 マッチョの話だと、ドラゴンの住む山は村から少し北に行った所にあり、ここら辺では魔獣が潜んでいる事で有名らしい。

 草原を抜け、木々に囲まれた森を抜け、所々に枯れた木が生えている山が視界に入る。


「ここよ、ドラゴン以外にも魔獣が居るから死なないように気をつけてね」


「いちいちウインクすんな気持ち悪い」


「あ、これこれ、村長から渡してくれって頼まれたのよ。その剣の鞘」


 ボロボロの剣にはそぐわないほどに青色の宝石が埋め込まれた鞘を受け取り、ルーク剣をおさめた。

 マッチョは最後に再びウインクを決め、


「アタシは貴方達が帰って来るまで何時までもここで待ってるわ」


「いや、んな大袈裟な……」


「絶対に待ってるから」


 物を言わせぬマッチョの態度に、ルークは頬をひきつらせながらも頷く。その顔を見て大きく首を縦に振ると、マッチョは馬車へと戻って行った。


「……んじゃ、ドラゴン退治に行きますか」


「はい、気を引き締めて行きましょう」


 視線を山へと移し、ルークとティアニーズはやるべき事を確かめる。

 そして、山へと足を踏み入れるのだった。



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