四章六話 『迷子の呪い』
アップルパイを食べ終えた後、何気ない会話に花を咲かせ、つかの間の休息を心行くまで味わったルーク達。
しかし、本来の目的はティアニーズの父親に会う事ではなく国王に会う事なので、一時間ほど休息してから家を出る事にした。
「それじゃあ、気をつけて行って来るんだよ」
「うん、お父さんも体に気をつけてね。次はいつ帰ってこれるか分からないから」
「そうか……寂しくなるな」
サリーに見送られながら家を出た三人は、ティアニーズの名残惜しそうな表情に付き合わされる事になっていた。
仕事上、これが最後の別れになるかもしれない、騎士団とは常にそういう状態にあるのだろう。
「ルーク君達もいつでも来て良いからね」
「多分もう来ないっすよ」
「私はたまに来てやろう。ティアニーズのアップルパイは中々美味だった」
ルークは偽る事なく本音を述べるが、サリーは気にする様子もなく笑顔を浮かべている。
そんな二人の間柄に違和感を感じたのか、ティアニーズが訝しむ様子を見せ、
「ルークさん、お父さんとなにを話したんですか? 様子が変です」
「なんでもねーよ、お前には関係ない」
「気になります、教えて下さい」
「断る。つかとっとと行くぞ。もう十分話ただろ」
踵を返し、ティアニーズの質問から逃れようとするルーク。
しかし、そうは問屋が許す筈もなく、ガッシリと肩を掴まれて拘束されるが、サリーが横から口を挟んだ。
「ティアニーズ、あまりルーク君に迷惑をかけたらダメだよ?」
「迷惑? 大丈夫だよ、かけてるのはこの人なんだから」
「うっせ、お前も相当なもんだぞ」
「分かったから、喧嘩は後にしろ」
これ以上続けさせても終わりが見えないと思ったのか、睨みあう二人の間にソラが割って入り仲裁。
一足先にその場から去ろうとするルークの背中を見つめ、サリーは一言だけ言った。
「約束、頼んだよ」
「……へいへい」
ルークは背中を向けながらやる気のない様子で手を振る。
サリーにとって、その約束はなにを置いてでも守ってもらわなければ困るものの筈なのだが、引き止める事はしなかった。
けれど、その表情は確かに微笑んでいた。
ティアニーズはサリーとルークを交互に見て、
「もう、いっつもあぁなんだから。じゃあねお父さん、行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」
簡単な別れだけを告げると、ティアニーズは駆け足でルークの元へと近付いて行く。
その背中を呆れ気味に見守りながら、
「心配するな、あの男はなんだかんだでやる時はやる男だ」
「そうだね、僕もそう思うよ。娘を、どうかよろしく」
「あぁ、任せておけ」
頭を下げるサリーに微笑みかけ、ソラは二人の背中を追いかける。
時間にしてみれば短いけれど、ティアニーズにとってこの時間は、心を落ち着ける大事なものとなるだろう。
久しぶりの親子と対面は一先ず終わり、ルーク達は応急を目指して進むのであった。
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「……さっきからなんだよ、見てんじゃねぇよ」
「だって気になるんですもん。お父さんとなにを約束したんですか?」
「だから、なんだって良いだろ。つか、約束っていうか勝手に押し付けられただけだ」
「だったら教えてくれても良いじゃないですか」
「やだ、断る、諦めろ」
王宮へ向けて大通りを歩く中、ティアニーズはどうも約束が気になるらしく、先ほどからルークの周りをちょこまかと歩き回っている。
あまりのしつこさに手を振って追い払おうとするが、負けん気の強いティアニーズは諦めない。
「ソラさんは知ってるんですか?」
「あぁ、知ってるというより勝手に聞いただけだがな」
「ズルいです、私だけ仲間外れじゃないですか」
「言ったら私は捨てられるらしいからな、知りたいのならルークに聞け」
「ルークさんは教えてくれないんです」
つきまとう対象をソラへと変更するが、地面に突き刺して捨てられるのが嫌なようで、吹けもしない口笛で誤魔化している。
再びルークの元へと戻るが、
「こっち来んな」
「なんでですか。私が居なかったら王宮まで行けないくせに」
「は? 全然行けるし。あのでけぇ建物だろ? あんだけ目立つんなら案内とかなくても余裕だし」
「へー、あの迷子癖のあるルークさんが」
挑発的な言葉に、ルークは眉をピクリと動かして反応を示す。いつもの事なのだが、ルークは挑発に乗りやすい短絡的な思考の持ち主なのである。
ただ、今回に関してはサリーの言葉が少なからず影響している訳なのだが。
「ならこっからは別行動な、俺は一人で王宮に行ってやるよ」
「良いですよ。どーせルークさんの事ですから、一人で迷子になって王都をさ迷うのは目に見えてますけどねぇ」
「んだとオラ、なら俺が一人でたどり着いたらなんでも言う事聞けよな」
「でしたら、たどり着けなかったらルークさんも言う事を聞いて下さいね」
「上等だ、後で泣いて謝っても許してやらねぇかんな」
「貴方は謝っても許すような人ではないと知ってますぅ。なので絶対に謝りません」
何度も何度も申し訳ないのだが、やはりこの二人はどんな状況に居ても変わらないようだ。
睨み合い、至近距離で火花が散るほどに視線をぶつける二人。
ソラはやれやれといった様子で目を細め、
「私はルークについて行くぞ」
「ダメだ、ついて来んな」
「ダメです、ソラさんは私と一緒です」
「……貴様らが勝手に頭の悪い争いをするのは構わんが、そこに私を巻き込むな」
「うるせぇ」
「うるさいです」
こうなってしまっては止められる者はおらず、仲が良いんだか悪いんだか分からないが、ルークとティアニーズの言葉が重なる。
一度決めたらなにがなんでも動かない、この二人の共通点はそこにあるのかもしれない。
「お前はティアについて行け。俺は一人で十分だ」
「ソラさんは私について来て下さい。ルークさんは一人で来るべきです」
「いやだから、私が貴様らの言う事に従う理由は……」
「良いな?」
「良いですよね?」
足並みを揃えてソラに詰め寄り、有無を言わせぬ態度で眉間にシワを寄せる二人。
これには流石のソラも気圧され、大きなため息を吐き出した。一度瞼を下げ、やる気のない瞳を露にすると、
「分かった、私はティアニーズと一緒に行く事にする」
「うし、最初からそうすりゃ良いんだよ」
「決まりですね、ルークさんが私に泣きつく未来が簡単に予想出来ます」
「は? お前こそ俺を褒め称えて最後には泣きながら命令に従う姿が見えるけどな」
「む、そんな事ありません」
「そんな事はあるんだよ」
完全に部外者とかしたソラも止める気力はないらしく、収まる気配のない下らない争いを見守る事に決めたようだ。
ティアニーズは勢い良く鼻息を吐き出し、目的地である城を指差す。
「ルークさんが先に行って下さい。私達が先行したら後をつける可能性があるので」
「なに言ってんだお前。んなセコい手使う訳ねぇだろ」
「どうだか」
セコさとズルさ、そして性格の悪さの塊であるルーク。
発言に一切の信憑性などないけれど、本人はやる気満々のご様子である。
これ以上言い合いをしてもラチがあかないと判断し、ルークは体を捻って進行方向を決定。
「ゼッテー約束守れよ」
「当然です、騎士団として誓いましょう」
「今言ったかんな、泣いても許さねぇかんな!」
「言いましたよ! 泣きませんから!」
歩き出しながらも顔だけはティアニーズの方に向け、最後まで喧嘩腰を止めないルーク。
それは二人の姿が見えなくなるまで続き、やがて人混みに紛れたところでようやくルークは前を向き、肩で風を切りながら歩き出したのだった。
それから数分後、ルークは一人で腕を組ながら考え事をしていた。
当然、理由は現在地が分からなくなったからである。
「……いやいや、迷子じゃねぇし。全然余裕だし」
本人はこう言っているが、完全にぐうの音も出ないほどに迷子だ。
ティアニーズには土地勘があり、普通に目指したのでは勝てないと判断し、知りもしない近道を探して路地に迷い込んだルーク。
そんな事をすれば迷子になる事は目に見えていて、暗い路地を一人でさ迷っているのが現在の状況である。
この男は暗い路地に迷い込む呪いにでもかけられているのだろうか。
そんな事考える勇者さん。
ともあれ、
「目的地は決まってんだ。それにあんだけでけぇ建物なんだし、方向さえ分かればなんとかなんだろ」
危機感などは皆無。根拠のない自信に従い、とりあえず城の方角に向けて歩みを進めていた。
そんな時、前方から何人かの男の声が耳に入る。
「なぁ嬢ちゃん、俺達と遊ぼうぜ」
「ちょっとくらい良いだろ? 別に変な事しないからさ」
「俺達面白い所いっぱい知ってんだぜ?」
「すいません、私は行かなければならない場所があるので。誘って頂いて申し訳まりませんが、またの機会にして下さい」
恐らくナンパというやつだろう。
典型的な男のチンピラ三人が一人の少女に詰め寄り、少女は明らかに嫌がっている。
黄色のドレスに高そうなティアラ、あれだけ目立つ格好して路地に迷い込めば当然の事だろう。
(……触らぬ神に祟りなし。ゼッテー面倒になるから逃げよ)
即座に離脱を決定し、振り帰って来た道を戻ろうとする。普通なら助けるべきなのだが、この男にそんな良心や正義感など存在しない。
たとえ少女にどんな未来が待ち受けていようと、興味の欠片すらないのだ。
しかし、
「あの、そこの殿方。助けて頂けませんか?」
「「「アァ?」」」
運命とは残酷なもので、少女はルークを見つけるなり迷わず声をかけた。
チンピラは見事なハモりを見せて声を上げ、体を逸らしながらルークへと目を向ける。
背中に刺さる視線。
「……待てよテメェ、嬢ちゃんが呼んでるぜ?」
(……なんなのよ、なんでいっつもこうなるのさ。勇者になっても変わんねぇじゃん)
どうやら、この男は他の呪いもかかっているらしい。
面倒な事、そして不幸が襲いかかる呪いが。