四章三話 『一期一会』
「ルークさん、見えてきましたよ。あれが、アスト王国の王都『レムルニア』です」
「……でけぇ、すご、とりあえずすご」
荷台から顔を覗かせ、ルークは前方に現れた巨大な壁を目にして思わず声を漏らした。
語彙力の欠片もないけれど、これだけ巨大な壁を初めて見たルークは、今の感情を表すための言葉を持ち合わせてはいなかった。
推定で三十メートルはあるだろうと思われる壁。所々に輝く石がはめ込まれており、恐らく魔除けの魔石というやつだろう。
ゴルゴンゾアにもあったが、正直に言ってそれとは比べ物にならないほどの量が設置してある。
王都、アスト王国の中心に位置する都市で、五大都市の中でも産業や人口、全てにおいて優れているーーまさに王都と呼ぶに相応しい都市だ。
「うぉ! すげーデカイじゃん! 初めて見たけどすっげぇな!」
「うるせぇよ、押すんじゃねぇ!」
「だってよ、あれだろ? 王都だぜ? あの王都だぜ? 俺が思ってたより固そうだ!」
「固そう? あぁ、守りがって事か。つか、押すなっての!」
同様、ウルスはハイテンションでルークの背中に手を置いて荷台から顔を出す。
落下すれば間違いなく馬の後ろ足で蹴り飛ばされるだろうし、冷や汗をかきながら必死に堪えると、『うがー!』と声を上げてウルスを吹き飛ばした。
「なんだよいきなり、落ちた危ねーだろ」
「こっちの台詞だボケ。お前が押すから落ちそうになっただろ」
「まぁまぁ、細けぇ事は気にすんな。人間ってのはそんな簡単に死なねぇからよ」
「溺れて死にかけてた奴に言われたくねぇよ」
「二人とも、あまり騒がないで下さい。田舎者っぽいですよ」
荷台でドタバタと暴れる二人に気付き、馬に股がるティアニーズが首だけを後ろに向けて注意。
田舎者という言葉に若干傷付きながらも、ルークは再び壁へと目を向けた。
「にしてもデケェよな。やっぱ王様が居るからなんか?」
「はい、もし魔獣達が攻めて来ても、ここだけはなんとか守りきらないといけませんから。魔除けの魔石も多すぎるくらいが丁度良いんです」
「ふへー、人間はやっぱ魔獣の事怖がってんだな」
「らしいな、普通の奴あんま見た事ねぇから分かんねぇけど」
既に一週間を共にしているからなのか、ウルスは完全にとけ込んでいる。元々ウザイくらいにフレンドリーだったので、あまり人見知りをしないタイプなのだろう。
馬車は真っ直ぐに門へと進み、王都という事もあってか、検問で行列が出来ていた。
「いっぱい並んでますね。私もこの光景を見るのは久しぶりです」
「そういや、お前王都から来たんだっけか。騎士団のコネで早く入れたりしないの?」
「出来ないです、それに出来たとしてもやりませんよ。皆並んでるのに私達だけ特別扱いはダメです」
「こういう時は変に真面目だよな。職権乱用するくせに」
屁理屈を口にし、ルークはそびえ立つ壁を見上げた。これだけ巨大な建物を目にするのは初めての事なので、思わず生唾を飲み込んだ。
ウルスは既に飽きてしまったのか、大の字で寝転ぶと、
「うんうん、結構結構。そうでなくちゃ探しがいがないってもんだ」
「ん? 探し物ってなんだ?」
「気になる? 気になっちゃう? でも教えなーい」
「お願いだから全力で殴らせて、一回で良いから」
ウザさ全快で両手を広げるウルス。
苛立ち、額に青筋を浮かび上がらせながら、振り上げた拳をなんとかもう片方の手で押さえると、ルークは精神統一するために深呼吸。
こんなところで騒ぎを起こせば間違いなく面倒になる。ルークは学ぶ男なのだ。
「嘘だよ嘘。詳しい事は言えないが、探し物って言うより探し人かな」
「別に聞いてねーだろ、もう興味ねぇし」
「んな冷たい事言うなって。むかーしに別れた親を探してんだ」
「へー、頑張れ」
「おいおい、そこは悲しくなって聞いた事を後悔するところだろ?」
「だから聞いてねーって言ってんだろ」
迫るウルスの頬に掌を押し付けて全力で拒否。
それでも向かって来るので、肘を曲げて力を横に逃がすと、ウルスはそのまま顔面を床に強打した。
鼻っ柱を真っ赤にしながら顔を上げ、
「この野郎、人がせっかく辛くて悲しい過去を暴露しようとしたのによぉ」
「だから聞きたくねぇって言ってんだろ。人の過去話なんて聞いても面白くもなんともねぇんだよ」
「ウルスさん、ルークさんは人の過去話どろこか普通の話ですらちゃんと聞かない人です。聞かせたい場合は無理矢理話すのが効果的ですよ」
「いらん情報を与えんな。あと、俺はちゃんと話聞いてるぞ、聞いてるけど全部右から左に流れて行ってるだけだ」
「それじゃあ意味ありません、人の話、特に忠告は良く聞くべきですよ」
この一ヶ月で、ティアニーズはルークがどういう人物なのかをかなり把握したようだ。元々分かりやすい男なので難しくはないのだが、彼を間近で見続けて来た成果と言えるだろう。
説教が始まる気配を察知し、ルークは話を後ろで馬に乗るメレスへと移動した。
「なぁ、お前すげー魔法使いなんだろ? だったら特権とかねぇの?」
「ある、けど王都じゃ使えないわ。交通量多いし、一々そんな事してたら一般人が永遠に入れなくなっちゃうから」
「使えねぇ奴。お前の凄いところ一つも見た事ねぇぞ」
「ムカ……今に見てなさい、私の偉大な力をアンタに見せつけてやるわよ」
大きな胸を揺らし、メレスはルークの子供じみた挑発に乗ってしまう。
とはいえ、彼女の力を見るという事は厄介事に巻き込まれるという事なので、そうはならないでくれと祈るルーク。
それから数十分後、ようやく検問を突破したルーク達は、馬を預けて目的地である王都の地面に足を踏み入れた。
そこかしこで屋台が広がっており、田舎者のルークからすれば騒がし事この上ない。
さらに言えば、見た事のない種族が歩いている。
「なぁ、あのちっこい奴らなに」
「あれはドワーフです。そうですね、低い身長と鍛冶の腕が高いのが特徴的です。ビートさんを覚えてますか? あの人もドワーフに教わったと聞いてます」
小人、という言葉は耳にした事があったものの、やはりルークがドワーフを目にするのは初めての事である。町並みについてはもはや語る事はなく、ゴルゴンゾアでの衝撃は未だに忘れまい。
次にルークが指差したのはトカゲに似た人間、というよりも顔がもはやトカゲそのものである。
「ふーん、じゃああのトカゲみたいなのは?」
「亜人ですね、獣人とは違って爬虫類がベースになってる人達です。硬い鱗と好戦的な性格の方が多い種族です」
「なに、お前もしかして全部覚えてんの?」
「これくらい当然の事ですから。平和な世界を作るには他種族の方とも仲良くするべき、だから私はそこに妥協なんてしたくないんです」
「おう、若いのに立派で結構。そういう人間は大好きだぜ」
ティアニーズの記憶力と野望に呆れていると、背後からウルスが二人の間に顔を出す。
そのまま両手を前に出して二人の間に割って入り、
「志は高く、そのためには妥協しない。それこそが人間の強さってもんだ。やっぱ人間はおもしれぇよな」
「お前だって人間だろーが」
「おう、俺も人間だ。んで、ここまで連れてきてもらってわりぃんだが……俺はここでおさらばさせてもらうぜ」
うんうん、と二度ほど首を縦に振り、それから二人の肩に手を置くウルス。突然のお別れ宣言に驚いたものの、元々彼とは王都に着くまでの仲でしかない。
遅れてやって来たソラ達も合流し、先頭を歩くトワイルが口を開いた。
「無事到着出来てなによりだね。ウルスさん、短い間でしたけど貴方は面白い人でした」
「いやいや、お前も中々面白い奴だったぞ。お前みたいな人間をイケメンって言うんだろうな」
「溺れてたの見つけたの私だよー!」
「おう、そうだな! 獣人もサンキュー、お前は俺の命の恩人だ」
コルワはウルスに頭を撫でられ、顔をくしゃっとして微笑んだ。
ウルスは一歩前に出て振り返り、全員の顔を見渡してから勢い良く頭を下げた。顔を上げ、満面の笑みで表情を満たすと、
「お前達には感謝してもしきれねぇ、本当に助かった。また会えるかは分からねぇが、そん時はよろしくな」
「はい、貴方と共に旅が出来て楽しかったです。両親に会えると良いですね」
「おうよ、これから忙しくなるぜ。まずは王都を駆け回って……ま、後で考えりゃ良いか。ありがとよ、そんでまたな」
丁寧に頭を下げるティアニーズに、ウルスはもう一度頭を下げた。背を向け、今度こそさよならだと後ろ手に手を上げ、そのまま歩いて行ってしまった。
一週間ちょっとという短い時間だったが、赤髪の台風男は去って行ったのだった。
ウルスの姿を最後まで見送り、ルークとソラ以外は名残惜しそうに息を吐いた。
ともあれ、いつまでも別れを惜しんでいる訳にもいかず、ルーク達にもここでやらなければならない事がある。
明らかに一つだけ別格の存在感を主張する建物、王宮へと目を向け、
「あそこに行くんだよな? 王様ってのは無駄に金使ってんな」
「使用人やら護衛を全てあの城に住ませているからね。王様っていうのは常に命を狙われてる……やり過ぎくらいが丁度良いんだよ」
「税金泥棒が、貧乏人の事も考えやがれってんだ」
「はは、それを言われると俺達も罪悪感を覚えるかな。さて、早速王宮に行こう……と、言いたいところだけど……」
これから会う人物に対して既に嫌悪感を表しているルーク。そんなルークを苦笑しつつあしらうと、トワイルはティアニーズへと目を向けた。
「ティアニーズ、君はお父さんに会ってきな。二ヶ月も家を空けていたんだ、お父さんもきっと心配しているよ」
「で、ですが、それは私個人の思いなので……」
「時には個人の思いを優先する事も必要だよ。特に君のお父さんは過保護だからね、顔くらい見せる時間はあるよ」
「トワイルさんがそうおっしゃるのなら……お言葉に甘えて良いですか……?」
「うん、後の事は俺達でやっておくよ。メレスさん、コルワ、そしてソラさん、先に王宮へ行こう」
なんだか感動的な雰囲気になりつつあるが、ここで一人だけ名前を呼ばれていない男が挙手。
基本的に空気を読む事はしない男なので、ルークは当たり前のように口を挟む。
「俺は? 名前呼ばれてないんだけど」
「ルークはティアニーズと一緒に行ってくれ。自分の娘が勇者を連れて来たと、それを誰よりも先に伝えるべきだ」
「断る、なんで俺が一緒に行かなきゃならねぇんだよ。面倒くせぇ、俺も早くソファで休みてぇ」
「ダメだ、彼女がした事は歴史に名を残すくらいの偉業なんだ。それを親に報告するくらいは付き合ってくれても良いだろ?」
「なら私もそちらに同行しよう。本当なら馬車も同じ物に乗りたかったんだ、それくらいのわがままは許されるだろう?」
断固拒否の姿勢を見せるルークを押し退け、その背後からソラが顔を覗かせる。
この時点で察してはいるが、この先なにを言おうとルークの意見が通る事はないだろう。
「……分かりました、もしもの事を考えてソラさんは二人と一緒に行って下さい」
「ふむ、了解しよう」
「それと……メレスさん」
ソラの満足そうな頷きを確認し、トワイルは首を横へと向けた。
暗殺者顔負けの忍び足で離脱しようとしていたらしいが、バレてゆっくりと振り返る。バレたのでは仕方ないと良いだけに開き直り、
「服買いに行きたいから私も別行動するわね」
「絶対にダメです、貴女の考えている事くらいお見通しですよ」
「なんでよ、良いじゃない! 私だってたまには自由が欲しいの!」
「仕事サボってる人がなに言ってるんですか。俺はアルフードさんほど優しくありませんよ」
「アルだって全然優しくないわよ。ぶーぶー、トワイルのケチー」
「はいはい、なんとでも言って下さい」
口を尖らせて拗ねるメレスを完全に無視し、トワイルは襟首をしっかりとホールド。借りてきた猫のように首をすぼめるメレスを引きずりながら、
「それじゃ、後は頼むね。用事が終わったら王宮で合流しよう、ゆっくりで良いよ」
「じゃーねー! また後でね!」
「はい、また後で。ありがとうございます」
トワイルに引きずられながら、三人はそう言って人混みの中へと消えて行った。
何一つ納得出来ていないけれど、どうやら行くべき場所は確定してしまったらしい。
肩を落として哀愁漂うルークに対し、ティアニーズは微笑んでこう言った。
「それでは行きましょう。ここから歩いて近くなので、それほど疲れませんよ」
「そういう事言ってるんじゃないんだけどね」
「なにをしている、過ぎた事をぐちぐちと言うなどみっともないぞ」
結局、いつも通りに土地勘のないルークに自由などなく、渋々ついて行く事になってしまったのだった。




