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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
四章 王の影
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四章二話 『新たな同行者』



 現状を改めて整理しよう。

 ルーク達一行はゴルゴンゾアを旅立ち、王都を目指して移動する。その最中、コルワの運転によってルークは極度の乗り物酔いに襲われ、一旦休憩をとる事になった。

 酔いを覚め、食事にしようかという頃、ティアニーズ達は川から流れて来た若者を発見したのであった。


 年齢は恐らくルークと同じくらいだろうか。

 炎のような真っ赤な髪と眉毛、ボロボロの布のようなベージュ色の服。ところどころに赤い斑点が入っており、血ではなく模様だろう。

 それなりに整った顔立ちだとは思うが、長い間川を流れていたらしく、その顔色は真っ青に変色していた。

 と、容姿は一旦置いておくとして、


「と、とりあえず引き上げましょうっ。このままだと危険です」


「お、おう」


「よーし、頑張るぞー。人間釣っちゃった」


 ティアニーズに言われ、慌てて赤髪の青年を引き上げる。水分を大量に吸い込んだ服が体にくっつき、全身が硬直していた。

 若者を引き上げ、野原に寝かせて頬を叩いてみる。が、返事はない。


「も、もしかして死んでるんですか……?」


「さぁな、こんな浅い川で普通溺れるかよ」


「カナヅチなのかもしれません」


 心配そうに赤髪の若者の顔を酸素を覗き込むティアニーズを退け、ルークは胸の辺りに手を置いて鼓動を確かめる。弱々しいけれど、どうやら心臓は動いているようだった。

 この場合、適切な措置は二つ。

 心臓マッサージ、そして、


「人工呼吸だな、よし、行け」


「……なんで私なんですか、普通こういうのは男の人がやるべきです」


「んな事言ってる場合か? 早くしねーとソイツ死んじまうかもだぞ」


「そ、それはそうなんですけど……心の準備が……」


「心配すんな、このくらいキスとしてカウントされねーよ」


 ティアニーズも一応乙女なので、唇同士が触れ合う行為には多少の抵抗があるようだ。

 しかし、今優先すべきは恥じらいではなく人命なので、胸に手を当てて決心するように頷いた。

 ちなみに、ルークは一ミリもやるつもりはない。


「よ、よし、行きますよ、行きますからね」


「早くしろ」


 意を決して若者のに顔を近付けた瞬間、横から呑気な声色で『えいっ』という掛け声が聞こえた。

 そちらに顔を向けると、若者の胸に触れてコルワがなにかをやっている。

 そのなにかというのは、若者の体に電流を流していた。


「ちょ、ちょっとコルワ! なにしてるの!?」


「ん? こういう時ってビリビリさせれば良いんでしょ?」


「違うよ! 濡れてる人にやったら逆効果だよ!」


 若者の体は小刻みに痙攣し、陸に上がった魚のように全身が跳ね上がっている。

 間違った知識という事に気付いていないのか、コルワはその手を退かす気配がない。

 嫌な予感がし、ルークは足音を殺して逃げようとするが、


「逃がしませんよ、どこに行くつもりですか」


「い、いや、メレスに頼もうかなぁって」


「そんな時間ありません、早く止めないと本当に死んでしまいます!」


「分かった、分かったから押すな! 止め、それ以上押したらーー」


 パニックになっているのか、ティアニーズは慌てながらどうにか止めようとルークを押す。当然の事ながら、解決策など持ち合わせている筈もなく、ルークは躓いて若者へとダイブ。

 瞬間、ルークの全身に電流が駆け巡り、視界に大きな火花が散った直後、意識が旅だった。


 数分後、


「いやぁ、マジで助かったぁ! 本当にありがとな、かたじけねぇってやつだ!」


 元気のなくなった赤髪をかきあげ、若者はあっけらかんとした笑顔でそう言った。

 コルワの電流でお陀仏かと思いきや、その数分後には何事もなかったかのように目を覚ましたのだ。


「かたじけねぇじゃねぇよ、テメェのせいで俺まで巻き沿いくらったんだぞ」


「すまんすまん、覚えてないがとりあえずすまん」


「知ってるか、謝罪って何度もすると効果薄れるんだぞ」


「え、そうなの? すまんねぇ」


 若者が目覚めて直ぐにルークも目を覚まし、現在は説教中である。

 元凶であるコルワはとりあえずデコピンを食らわし、押したティアニーズにはチョップ。ルークはやられたら必ずやり返すタイプなのだ。


 全員で若者を囲い、その中心で若者は自分の服を絞っている。今さっきまで死にかけていた男の行動とは思えないが、よほどのバカか肝が座っているかのどちらかだろう。

 脳天に大きなたん瘤を作ったティアニーズは、


「あの、どうして川から流れて来たんですか?」


「ん? 腹減って死にそうだったから魚とろうとしたんだ。したら俺泳ぐの苦手でよ、あっという間に溺れちまったってところだ」


「バカだろ、普通そんな事忘れねーだろ」


「自分の不得意すら忘れちまうほど空腹だったんだよ」


 そこまでの空腹に陥った事のないルークは、能天気な若者に対して呆れる事しか出来ない。

 一足先にメレスとソラはパンにかじりついており、話に参加する気すらないようだ。

 若者に害がないと判断したのか、トワイルが口を開く。


「名前を聞いても良いですか?」


「おっと、そうだったな。命の恩人に対して名乗らねぇなんて男が廃るってもんだ。俺はウルスってんだ、まぁ呼び方は好きにしてくれ」


「分かりました、俺はトワイルといいます。見たところ旅の途中と思いますが……」


 トワイルはウルスの身なりを見て首を傾げる。

 武器らしい物は一切所持しておらず、言葉の通りに食べ物すら持っていないようだ。それでも旅の途中と判断したのは、普通に生きてる人間は空腹で川に飛び込んだりしないからだろう。


「まぁな、ちと用事があって王都を目指してたんだが……これが参った参った。俺方向音痴でよ、どっちが王都か分からなくなっちまったんだ」


「やっぱバカだ。方向音痴は基本的にバカだからな」


「ルークさん、それは貴方にも当てはまってますよ」


 ティアニーズの適切な指摘を受け、何故かルークは好戦的な態度で『アァ?』と言う。

 基本的にたちの悪い迷子は自分を迷子と認識すらしていないらしい。

 トワイルは二人のやり取りを無視し、話を続ける。


「奇遇ですね、俺達も王都を目指している途中だったんですよ」


「え、そうなの? いやぁ、運命ってのは本当にあるんだな。死にかけの俺を助けてくれた人が同じ目的地を目指してる、うんうん、神様もいきな事してくるぜ」


「運命かどうかは置いておくとして、丁度昼御飯にしようかと思ってたんです。ウルスさんも一緒にどうですか?」


「良いのか!? イケメンで優しいときた、お前絶対にモテるだろ!」


「いえ、普通ですよ。恋愛よりもやらなくてはいけない事がありますから」


 こういう謙虚な姿勢が彼のモテる一因なのだろう。

 何気ないやり取りの中にイケメンオーラを感じつつ、ルーク達は食事中の二人の元へと移動。

 恐らく話を聞いてないであろう二人がルーク達を見るなり、


「遅いぞ、遅いから待ちくたびれて先に食べてしまった」


「本当よ、しっかりとした食事は美容に大事なんだからね。てか、ソイツ誰よ」


「うん、説明すんの面倒だから察して。なんかお前ら色々とすげぇわ」


 近くで人が死にかけていたというのに、かの二人はどんな時でも己の道を進んでいる。

 呆れを通り越して哀れみの目を向け、空腹を満たすために食事を始めた。


「それにしても随分と大人数だなぁ。アンタらなにかの組織か?」


「私達は騎士団です、ちょっとした野暮用があって王都を目指しているんです」


「え、騎士団ってあの騎士団? うーん、これも運命ってやつだな」


「運命?」


「いや、こっちの話だ。それより、べっぴんさんがこれだけ揃ってると、なんかテンション上がるなぁ」


 ティアニーズの言葉を意味ありげに誤魔化し、ウルスは並べられたパンを次々と口に運んで行く。

 遠慮の類いは一切感じられず、欲望に従うように次々と食べ、飛びかからんとするコルワを押し退けて。

 そんな事をすれば精霊と凄い魔法使いが黙ってはいない……と、思いきや、


「ふむ、貴様は中々分かるようだな。私な美貌は世界に名を残すレベルなのだ」


「ふーん、美人か……。ま、分かってはいたけど、人に言われるとやっぱり美人だって認識するわね」


「なぁ、トワイルさんや。コイツらには謙虚って言葉が存在しないの?」


「あはは……ソラさんはともかく、メレスさんはこういう人だから」


 もっと言え、くらいの態度でソラとメレスは満足そうに頷いている。

 ルークもそっちよりの人間なのだが、この二人には敵わないと悟るのであった。


 食事を終え、一同は満腹感に浸りながら一息をつく。

 すると、食べ終えたウルスがおもむろにその場で正座すると、


「本当に助かった。命の救われた上に食べ物まで恵んでくれて……感謝してもしきれねぇってのこの事だ」


「いえ、騎士団として困っている人を助けるのは当たり前の事ですから」


 遠慮がちに手を振り、自らも正座して答えるティアニーズ。

 トワイルも同じように姿勢を正して頭を下げる。

 そんな二人の様子を見るなり、ウルス両手の掌を勢い良く合わせると、


「助けられたついでに頼みなんだが、このまま王都へ同行しても良いか? このままだとまた迷子になっちまいそうでよ」


「俺は構わないですけど……」


「私も大丈夫です」

「ティアが良いなら私もー」

「仕方ないな、もう少しだけ私の美貌を眺める権利をやろう」

「良いわよ、ちょっと変だけど魅力のある男だし」


 指揮を任されたトワイルが答え、全員の意見を聞こうと顔を見る。

 褒められてご満悦な二人、そしてお一人良しの桃色の髪の少女と猫耳。この中で断る人間などおらず、トワイルの視線に頷いた。


 唯一答えなかったルークへと全員の視線は注がれた。嫌だと言っても多数決になると考え、甘受するように頷く。


「わーったよ、勝手にしろ」


「良いのか!? お前ら本当に良い奴だな、見ず知らずの俺にそこまでしてくれるなんて」


「たまたまだ、俺一人だったら絶対に見捨ててたし」


「いや、それが普通だ。でも実際に俺は助けられた、男として礼を言うのは当然なんだよ!」


 涙ぐんで感動するウルスを冷たく突き放し、ルークは用意された水を一気に飲み干した。

 同行が決定し、早速トワイルが班分けを発表する。


「それじゃ、コルワの馬車にソラさんとウルス、そしてルークね。俺の馬車にはティアニーズとメレスさんが乗る」


「まてまて、無理だ、今度こそゲロぶちかますぞ」


「我慢してくれ、今夜の寝床をさがすまでね」

 

 イケメンで謙虚で優しい。しかしながら、その中に若干のドSも入っている事に気付くルーク。

 涙に濡れたウルスの赤い瞳を眺め、これ以上の不幸が起きない事を祈るのであった。



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