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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
三章 量産型勇者の歩く道
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三章閉話 『王都へ』



 今後の動向を話し合う会議が終わり、部屋を後にしたルークは、何故か町に繰り出していた。

 本当なら一目散に部屋へ戻って二度寝に入りたいところなのだが、ティアニーズに腕を引かれて強制連行されのだ。

 ちなみに、外を歩くという事でソラは無理矢理起こしてある。


「あのさ、俺寝たいんだけど。まだ寝足りないんですけども」


「寝過ぎは逆に体に悪いんですよ。リフレッシュです、魔道具や必要な物を今日中に揃えないといけませんからね」


「別に俺はなんもいらねーよ。お前一人で行けば良いじゃん」


「ダメです、リハビリの意味も込めて運動するべきです」


 朝から何故かハイテンションのティアニーズ。実際には昼なのだが、ルークからすればまだ起きて三十分ほどしか立っていない。

 並んで歩く二人の後ろを、トボトボとついて行くソラは眠そうに目を擦り、


「眠い、私も寝足りないぞ。おんぶしろ」


「断る、つかお前ついて来る必要なかっただろ。宿舎で寝てりゃ良いじゃん」


「ダメです、ソラさんも寝過ぎは良くないですよ。これから忙しくなるんですから、体調管理はちゃんとしないと」


「お前は母親かよ、すげー面倒くせぇぞ」


 とにもかくにも、ティアニーズは二人を逃がすつもりはないらしい。

 ふてくされている二名を他所に、ティアニーズは一人で先を歩く。しかし、後ろがついて来てないと気付けば、無理矢理ルークの手を引いて歩き出した。

 ちなみに、ソラはルークの腰にしがみついて行くのであった。


 三人がまず始めに訪れたのは魔道具屋だった。

 ティアニーズが今までの物では魔元帥達とは戦えないとの事で訪れたのだが、魔道具屋というよりもちょっとお洒落なカフェに近い。

 二階建てで天井が吹き抜けになっており、休憩するスペースにまで大量の魔道具が並べてあった。


「うーん、もうちょっと出力が高いのにしようかなぁ……それとも弾数が多い方が良いのかなぁ。どう思います?」


「知らねーよ、魔道具の良し悪しを俺が分かる訳ねーだろ」


「そういえばそうでしたね、ソラさんはどう思います?」


「私は魔法が使えない、そもそも使う必要がないからな。ティアニーズが良いと思うのを買えば良い」


「もう、二人とも真面目に考えて下さいよ」


 女子特有の『これとこれどっちが良い?』、的な質問にルークは心底面倒くさそうに適当に答える。

 ソラは魔道具に興味すらないのか、一目散に休憩スペースへと歩いて行ってしまった。


「うーん、悩みますね」


「悩まねーよ。決めたら呼べ、俺も向こうで休んでっから」


 並べてある魔道具を凝視するティアニーズを他所に、ルークはソラに続いて休憩スペースへと行こうとする。が、魔道具という言葉でとある事を思い出し、手首についているブレスレットを外すと、


「おいティア、これもついでに魔法入れといてくれ」


「ちょ、いきなり投げないで下さいよっ」


 突然の事で驚いたように肩をビクッと震わせるも、ティアニーズは投げられたブレスレット型の魔道具をキャッチ。

 ティアニーズがルークに上げた物であり、魔元帥との戦闘でルークの命を救った切り札だ。

 ティアニーズはブレスレットを眺め、


「もしかして使ったんですか?」


「あぁ、あのドラゴンの時にな」


「ふーん、使ったんですねぇ。へー、使ったんですかぁ」


「なんだよ、ニヤニヤして気持ちわりぃぞ」


「気持ち悪いとはなんですか、私だって女の子なんですから傷つくんですよ」


 ブレスレットに指を通し、クルクルと回しながらティアニーズの頬は嬉しそうに緩んだ。

 謎の不安感に襲われ、ルークは足早にその場を離れようとするが、


「これで二度目ですね、私の差し上げた魔道具がルークさんの命を救ったのは」


「は? なに言ってんだお前」


「一回目は屋敷でデストと戦った時、そして二度目はドラゴンの魔元帥と戦った時。どちらも『私の!』 魔道具が命を救いました」


「……うぜぇ、礼が欲しいならそう言えよ」


 自分のおかげという箇所を強調するティアニーズに、ルークは眉を痙攣されて息を吐き出す。

 言いたい事があるならどうぞ、的な雰囲気を放ちながら胸をはっている。

 見つめ、ルークは背を向けると、


「助かった、サンキューな」


「ーー! はい、これからも頼って下さいね!」


 一応、ルークは助けられた時にはきちんと礼を言うようにはしている。けれど、なんだかティアニーズに対しては正面切ってありがとうとは伝えられずにいた。

 頭をかきむしり、謎のむず痒さと微笑むティアニーズからから逃れるように、ソラの元へと移動した。


 ルークは知らないが、彼女にとってその言葉はなによりも嬉しいものなのだ。


 伝説の存在である精霊さんはその見る影もなく、机にだらしなく突っ伏していた。

 ルークは机を挟んでその前に座り、ソラの顔を見つめる。あどけなさもありながら、持う雰囲気は少女というよりも老婆に近いだろう。


「なんだ、私に惚れたのか? 残念だが私は人間と愛を育むつもりはないぞ。そんな事したら多くの人間が私に寄って来るからな」


「とんでもねぇレベルの自意識過剰だな。そこまでいくと逆にすげぇよ」


「褒めてもなにも出ないぞ。しょうがないから髪に触れるくらいは許可しよう」


「全部抜いてツルッパゲにすんぞオラ」


 精霊どころか人間として色々とズレているらしい。

 確かに容姿だけ見れば、絶世の美少女と呼べる領域に達しているとは思うけれど、傲慢な態度や自意識過剰を筆頭に、中身が壊滅的に終わっている。

 というか、そもそもルークのタイプはお姉さんなのである。

 ソラは体を起こし、飾ってあったナイフ型の魔道具を手に取ると、


「人間というのは中々面白い物を作るようになったものだな。前の戦争ではこんな物なかったぞ」


「そうなんか? 俺はそこら辺疎いから全然知らねーけどよ」


「前にも魔法の込められた道具は存在した。が、ここまでの種類はなかった筈だ。せいぜい剣程度の物しか私は見た事がない」


「五十年、だっけか? お前が眠ってたの」


「覚えていない、奴を封印してあの村を作った記憶はあるが……どのような戦争だったが、そして前の勇者の顔すらもな」


 ほんの少し、ソラの表情が寂しげに曇った。

 しかし、ここで労いや慰めの言葉をかけてやるほどルークの性格は綺麗ではなく、ソラの顔を見なかった事にしようと首を捻り、


「前の勇者ってどんな奴だったんだ? 顔は知らなくても、どんな奴だったかくらいは覚えてんだろ?」


「そうだな……貴様のような大バカ者だったよ。困っている人間を片っ端から救い、たとえ悪人であろうと見捨てはしなかった」


「話聞いただけで気持ち悪くなるな、それ。俺とは違うタイプのアホだ」


「今考えても何故私が奴に力をかしたのかは分からない。ただ、そんな奴でも本気で殺意を抱いた存在……それが魔王だ」


「魔王ね……。つか、お前が封印したんなら今どこに居るのか分からねぇの?」


 ルークの質問にソラは黙って首を横に振った。

 封印されている今、魔王を斬って全てを終わらせるという手段は使えないらしい。こういうセコい考えが浮かんで来るところも、前の勇者とルークの違うところなのだろう。


「ルーク、始めに言っておくが……これからの戦いは厳しくなるぞ。私の施した封印は今も力を失っている」


「んな事分かってるよ、面倒くさすぎて吐きそうだ」


「それなら良いんだ、私は貴様を守るために全ての力を使う。二度もパートナーを失うのはそれなりにこたえるからな」


「俺と前の勇者は違う、性格も生き方も全部な。死なねーよ、死んだら俺の目的が果たせなくなっちまう」


「……目的? あぁ、平穏な生活というやつか」


「たりめーだろ、俺は俺のためにしか頑張らない」


 戦う理由として、これほど自分勝手なものはないだろう。誰かを救うためではなく、自分の生活を守るため、そうでないとルークのやる気はわいて来ないのだ。

 呆れたように緩んだ頬をしめなおし、ソラは持っていた魔道具を元の場所に戻す。


「奴もそれだけ振り切っていたら……今も生きていたのかもしれないな。まぁいい、過ぎた事を言ってもなにも変わらない、私は私のやるべき事をやるだけだ」


「ま、ほどよく頑張るよ。面倒なのは変わらねぇけどな」


「期待しているぞ、勇者」


「勇者って呼ぶんじゃねぇ、鳥肌立って気持ち悪くなる」


「貴様は勇者だ、勇者と呼んでなにが悪い。勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者ゆーしゃーゆーしゃーゆーしゃー」


「わざとやってんだろオイ」


 勇者と言う単語を投げ掛けられ、全身が心地の悪い震えに包まれるルーク。

 呪文のように勇者と連呼するソラの額にデコピンをかまして黙らせると、買い物を済ませたティアニーズが満面の笑みで戻ってきた。


「お待たせしました、お話の邪魔しちゃいましたか?」


「いんや、終わったんなら早く戻ろーぜ」


「く……その暴力癖を直せ。魔王を倒す前に私の体が朽ち果てる」


「止めて欲しがったらそのふざけた態度を改めろ」


 額を押さえるソラに睨みをきかし、ルークはティアニーズが持っていたブレスレットを奪う。そのまま手にはめて感触を確かめると、一足先に店から出て行った。


「どうしたんですか?」


「ティアニーズ、これから私を守る事に全身全霊を捧げろ。魔王に殺される前にルークに殺される」


「は、はい……?」


 事情を把握していないティアニーズは首を傾げ、涙目で助けを求めるソラにとりあえず頷く。

 それから店主に頭を下げると、二人はルークに続いて店を後にしたのだった。


 その後、三人は町を色々と宛もなく歩き回っていた。

 初めは必要な道具を買い揃えていたのだが、途中からは女性物の服を見て回る事に変わっていた。

 旅の準備、というよりもデートに近い。


「ルークさん! あれ食べましょう!」


「いや、お前本来の目的忘れてるよね」


「ふむ、中々うまそうだな。私も食べたい」


「お前に関しては自分で歩けよ、俺にしがみついてんじゃねぇよ」


 腰にまとわりつくソラを引きずりながら、三人は屋台でちょっとした昼飯を買って食べる事になった。

 完全に本来の目的から逸れ、妹の買い物に付き合うお兄ちゃん的な立場のルーク。金は全てティアニーズが出すので問題はないが、付き合わされるだけというのは中々に辛いのだ。


 結局、旅に必要な物質は少ししか買う事はなく、乙女心に火がついたティアニーズに引きずり回され、ルークは日が沈む頃合いまで付き合わされるのだった。

 騎士団に所属しているとはいえ、こういうところはやはり年頃の少女なのだろう。


「……疲れた、明日から王都に行くんだよね、結構遠いんだよね。疲れ増えちゃったよ俺」


「だらしないですね、これくらいでねを上げるなんて。私なんてまだまだ歩けちゃいますよ」


「はいはい、お前は終始楽しそうだったからねー。付き合わされる俺の身にもなれ」


「息抜きです。これからの事を考えたら、こうやって思い切り遊べるのは最後になるかもしれませんから」

 

「遊びって言ったね、完全に遊んでたんだね。無理矢理にでも逃げときゃ良かった」


 旅の下準備……ではなくてショッピングに付き合わされ、沈む夕日を見てルーク達は宿舎への帰路についていた。

 満足そうに両手に買い物袋をぶら下げるティアニーズ、若干顔色が悪いルーク。そんでもってルークの背中で寝ているソラ。

 疲労の度合いが違うのは、心の持ちようだろうか。


「ルークさん、二人でドラゴン退治に行った時の事を覚えていますか?」


「あ? まぁ、一応」


「あの事、私はルークさんと世界を救うと言いました。けど……正直、本当に出来るかどうか不安でした」


「あん時お前おかしかったからな」


 ルークの言葉に感化され、ティアニーズは世界を救うと言っていた。そのテンションがダメな方向に働いてルークは死にかけたのだが、今となっては良い思い出だ……とはならない。

 揺れる瞳で夕日を見つめながら、ティアニーズは静かに口を開く。


「でもですね、ルークさんがデストを倒した時、この人となら本当にやれるかもって思ったんです」


「……そうかよ」


「それが今回の件で確証に変わりました。私とルークさん、そしてソラさんなら必ず成し遂げられます」


「やる気十分なのは構わねぇけど、お前の場合変な方向に突っ走るからなぁ……」


「そ、それは私も分かってます。改善出来るように頑張ります」


 照れたようを目を伏せ、ティアニーズはほんの少しだけ歩く歩幅を大きくする。

 ルークもそれに遅れまいと速度を上げ、ティアニーズの背中を追いかける。


「私は、今まで父のやれなかった事をやりたかったんです。そのためには地位と力が必要で、誰かを助けるのは二の次になっていました」


「そういやそんな事言ってたな」


「でも今は違います、心の底から世界を救いたいと思ってる。皆に笑顔で居て欲しい、私みたいに大事な人を失う悲しみを背負わせなくはない……」


 ティアニーズの父親は戦争で命を落とした。

 だからこそ彼女は騎士団に入り、父の無念をはらすために今日まで戦ってきた。

 その心を、強ばっていた心を僅かなりとも溶いたのは、紛れもなくルークなのだろう。


「だから、私は戦います。辛くて困難で、多分泣く事もあるかもしれません。けど、私にはルークさんがいます。頑張れると思うんです」


 走り、ティアニーズは立ち止まって振り返った。夕日に桃色の髪が照らされ、先ほどとは違い大人びた表情で微笑む。

 ルークの見た事のない笑顔。

 いや、これが彼女の本当の笑顔なのかもしれない。


「私がルークさんを支えます、辛くて立ち止まりそうになったら、私が背中を押します。同じ道を並んで歩きたいんです」


「…………」


「だから、一緒に戦ってくれますか?」


 買い物袋を左手に持ち変え、ティアニーズはその細い手を差し出す。

 立ち止まり、ルークは瞳を見つめた。

 息を吸い、頬を緩めると、


「両手塞がってるから握手はまた今度な」


「な、それくらいどうにかして下さいよっ」


「だったらお前がコイツ運ぶか?」


「無理だって分かってるくせ……。性格悪いですよ」


「んなの今さらだろ」


 適当な言い訳を口にし、ルークは差し出された手を握る事はなかった。

 うつ向いて肩を落とすティアニーズの横を通り過ぎ、今度はルークが足を止めた。

 振り返り、たった一言だけ告げた。


「ついて来い」


「ーーはい!」


 多くの言葉はいらなかった。

 たった一言、それだけでティアニーズは良かったのだろう。

 まだ横を並んで歩く事は出来ないかもしれないけど、後ろを歩く事は出来るのだから。


 夕日に照らされながら、三人は歩く。


 こうして、ルークの始まりの物語は終わりを告げた。

 自分勝手でだらしなく、ひねくれた事しか言えない勇者。

 彼の物語はまだ始まったばかりなのだ。


 ルーク・ガイトスの歩く道。


 ーー量産型勇者の英雄譚は。



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