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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
三章 量産型勇者の歩く道
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三章二十六話 『勇者VS勇者殺し』



 技術、経験、潜り抜けて来た修羅場、それを考えればどちらが優れているかのは明白だ。

 いくら魔元帥と三度戦闘を行っていると言えど、幾多あまたの戦場を潜り抜けて来た歴戦の戦士とルークでは勝負にならないだろう。


 しかし、その差を埋める事の出来るものがあるとすれば、それは意思の力ではないだろうか。

 少なくとも、ティアニーズはそう思っている。

 けれど、ルークはそんな乙女ちっくな考えの持ち主ではないのである。


「オラァ!!」


「グゥ……!」


 つばぜり合いの末、イリートを剣ごと後方へ突き飛ばす。間髪入れずに一気に距離をつめると、相手が構えるよりも早く懐へと潜り込み、剣の面の部分を胸板へと叩き付る。

 息を漏らし、喉がつまるような声を上げながらイリートは再び吹っ飛んだ。


「おいガキ、やっぱ人は斬れねぇのか?」


『無理だ、私が斬れるのは貴様らの言うところの魔獣と、生き物以外の物だ』


「そうか、まぁ戦う方法はいくらでもあるし良いか。一発は拳で殴らねぇと気が済まねぇし」


 圧倒的な戦力差を覆す方法、それは自分の力を借りる事である。卑怯と言われようが借り物と言われようが、ルークはそんな事気にしない。

 何故なら、それを使っている時点で自分の力となっているのだから。


「……何故だ、いきなりなんでそんなに強くなった!」


「教えねーよ、言ったところでテメェは納得しねぇだろ。んな事良いからかかって来い」


「借り物のくせに、与えられただけのくせに、たまたま選ばれただけのくせに……僕を見下すな!」


「たまたまだろうがなんだろうが、んな事関係ねぇだろ。持ってる物と使える物全部使ってぶつける、それが喧嘩だ」


 当然ながら話など聞く耳も持たず、イリートは飛び出して剣を凪ぎ払うように横一閃に振る。

 ルークはそれを飛んで回避し、若干飛びすぎた事に驚きながらも体勢を整え、落下する勢いを使って振り下ろす。


「ッ……!」


 剣と剣がぶつかり合い、激しい風と金属音が響き渡る。

 本来ならば、イリートは今の一撃を受け止める事はしなかっただろう。しかし、初撃で見せた叩き付けが記憶に刻まれている事に加え、ルークがどちらを選択するか分からない以上、斬れずともガードするしかないのだ。


 着地した瞬間、ルークは地面に爪先を食い込ませ、砂を巻き上げた。子供騙しに過ぎないが、その子供騙しこそが命の取り合いでは最大の効力を発揮する。

 イリートが僅かに目を細めるのを目視し、剣を左手に持ち帰ると、


「う、ラァァァァ!」


 右の拳を硬く締め、雄叫びとともに渾身の右ストレートを顔面へと叩き付ける。

 強化された身体能力から繰り出された拳は、イリートの体を軽々と弾き飛ばし、口の端から血を溢して背中から地面に落下した。

 握った拳をそのまま胸の前に持って来てガッツポーズ。


「うッし、とりあえず一発」


『軸もブレブレで褒められたもんじゃないが、及第点と言ったところだろう』


「うっせ、打ち方なんかどうだって良いんだよ」


 少女の嫌みに顔をしかめ、倒れているイリートへと近付く。

 イリートは血を吐き捨て、服の袖で顎に垂れる血を乱暴に拭き取ると、


「なるほど、彼女の恩恵を受けているのか。本当に、どこまで僕を苛つかせれば気が済むんだ君は!」


「勝手に苛ついてんのはテメェの方だろ。こっちはテメェに肩ぶったぎられてんだ、まだまだこんなもんじゃねぇぞ」


 今のイリートには、前回戦った時の冷静さは見られない。剣がルークを選んだ事がそんなに気に入らないのか、それとも他の理由があるのか。どちらにせよ、本来の動きではない事は確かだろう。

 構え、みたび剣が激突する。


「君は努力をしてきたのか!? 勇者になるため、人々を救うため、自分の身を削って己を鍛え上げてきたのか!」


「は? んな事する訳ねーだろ、こちとら巻き込まれて無理矢理勇者押し付けられてんだ、面倒くさくてたまらねぇんだよ!」


「何故だ! 努力してきた僕じゃなくて、なんで君が選ばれた! 人を救うという意思すらない君が!」


「んなの……俺が知りてぇよ!」


 剣を傾け、力の流れをずらしてイリートの体勢を崩す。がら空きになった腹に束を打ち付け、離れ際に横腹へと爪先を食い込ませる。

 しかし、イリートは僅かに怯んだだけで再び剣を構えて向かって来る。


「どうせ君の事だ、今までなにも考えずに努力すらもせずに生きて来たんだろう!」


「良く分かってんじゃねぇか、確かにその通りだ! でも、だからなんだってんだ」


「僕は努力してきたんだ、魔獣を殺すために、世界を救う事だけを考えて!」


「そりゃご苦労なこったなァ! 」


 二人の剣撃が交わり、その度に周りで見守る人々の表情がピクリと反応する。イリートの覚悟、そして努力がかいまみえたからだろう。

 執念にも似たその思いは、彼の持つ力を最大限に引き出す。


「なのに、何故努力もしていない君なんだ! 世界を救う事をこれっぽっちも考えていない君なんだよ!」


「確かに、俺は今でも世界を救いたいなんてアホな事は思っちゃいない。だからなんだよ、人の上部だけ見て俺の人生を否定してんじゃねぇ!」


 弾き、そして再び激突。

 お互いの剣が交わる度に、その実力差は明白に現れる。

 イリートの培って来た努力、ルークのたぐい稀な才能と少女の恩恵。いくら冷静さを失っているといえど、その体には鍛練の記憶が刻み込まれている。


 イリートを中心に熱風が広がった。

 それは周りの人間すらも巻き込む規模で、目の前に立つルークは防御の体勢をとるが吹き飛ばされる。その隙に距離をつめられ、突き出された呪われた剣がルークの頬を掠める。


「僕は世界を救いたいんだ、目の前で困っている人を救いたいんだ! そのための努力を一時も休んだ事はない、だからムカつくんだよ、大した努力もせずに自分が勇者だと名乗る君達が!」


「何度も言わせんじゃねぇぞ金髪、テメェだけが努力してんじゃねぇんだ、テメェだけが辛い思いしてんじゃねぇんだ、ここに居る奴らの全てを知らねぇくせに、勝手に思い込んで決め付けてんじゃねぇよ!」


「分かるさ、だってそうだろ! 僕は強い、強さとは鍛練の証だ。金や富のためにしか戦えない奴らとは違う!」


「いい加減気付け、テメェだって他の奴らとなにも変わらねぇ、自分勝手に自分のやりたい事をやってるだけだろ!」


 突如として現れた炎の鞭がルークに襲いかかる。いや、炎だけではない。その鞭は僅かに雷を纏い、しなる度に嫌な音が響き渡る。

 切り裂き、身を低くしてかわし、ほんの少しの活路を見出だして進む。


「確かにテメェの努力はすげぇんだろうよ、俺なんかが真似出来るレベルじゃねぇんだろうよ! だからって、他人の努力を否定して良い理由にはならねぇだろ!」


「黙れ! 与えられただけの分際で、何一つ勝ち取ってないくせに! 君は良いよね、どうせなに不自由なく育って来たんだろう!?」


「不自由なら腐るほどある! ここに居るのだってその結果だ!」


 数本の鞭が一つに纏まり、巨大な一本の大木のような姿へと変わる。ルークの頭上目掛けて振り下ろされ、その威力は後ろで見守る勇者達を少しも気にしていないようだった。

 剣に光が集まる。

 放たれる一撃は魔元帥でさえも葬る事の出来る斬撃だ。

 炎の鞭を一瞬にして切り裂き、


「ようやっと分かったぜ、なんでテメェの事がこんなに気に食わねぇのか!」


「なんの話をしているんだ、早く諦めてその剣を僕に渡せ!」


「テメェは俺と似てるんだ……自分だけがやってると思ってる、自分だけが不幸だと思ってる、他の奴らはなにもしねぇくせに自分に全てを押し付けてる、そう思ってんだろ!」


「だってそうじゃないか、誰もやらないから僕がやるしかないじゃないか! 偽物で溢れた世界を変えられるのは僕だけだろ! 下らない偽善にまみれた世界を!」


「偽善のなにが悪い! 人を助けるって行為に間違いなんかねぇだろ! 自分で自分の歩く道を選んだくせに、文句ばっか垂れてんじゃねぇよガキが!」


 ルークはこんな事望んではいない。

 訳も分からないまま村から連れ出され、お前は勇者だからと剣を押し付けられ、戦うしかないと他の道を選ぶ権利すら与えられずにいた。

 前の戦争のツケを、ルークたった一人に押し付けられた。

 

 何故自分なんだと思った。他の奴らがやれば良いだろと思った。

 けれど、文句を言ったところでなにも変わらず、逸れた道を歩こうとしても元の道に戻された。

 だから選んだのだ、自分で戦う道を。


「テメェが決めたんだろ、世界を救うって決めたんだろ! だったら戦えよ、他の奴らなんて関係ねぇだろ! 他人にかまけてその努力を否定してる暇があんなら、自分自身を見直す時間だってあっただろ!」


「僕にしか出来ないんだ、この腐った世界を変えられるのは僕だけなんだ。偽物が溢れているから、なにも救えずに世界は腐って行くんだ! 何度考えたってその考えは変わらない!」


「だから、だからなんだってんだよ! テメェの欲望に他人を巻き込んでんじゃねぇ! 良いか良く聞け、テメェは間違ってる」


 切り上げ、切り下げ、横へ凪ぎ払う。

 剣と剣が触れ合う度に、ルークはその実力差を痛感していた。

 実力が拮抗している訳ではない。単純な剣撃のやり取りでは、いくら恩恵を受けているといってもルークは素人だ。

 その差は誰がどうみても明らかで、どちらが上かなんてのは分かりきっている。

 けれど、押されているのはイリートだ。


「テメェ以外の勇者を殺したってなんも変わらねぇよ、んな事したってテメェの願いが果たされる訳じゃない。世界を救いたいんなら戦う相手は他にいるだろ!」


「分かってる、分かっているさそんな事は! 悪いのは魔獣どもだ、でも許せない。なにも救えない、救おうともしない勇者達が! 僕の家族を見殺しにした勇者どもが!」


 その言葉に、ルークの手が止まった。

 瞬間、形成された氷の塊がルークの腹を直撃。砕け、その後ろから現れた炎に体を大きく弾き飛ばされる。

 内臓が潰れたような衝撃に、口から赤い液体が溢れ出す。


「僕の住んでいた村は魔獣によって全員殺された、運良く生き残ったのは僕だけだよ。その時、勇者は誰一人として戦わなかった。恐怖に飲まれ、戦う事を放棄して逃げ出したんだよ……そんな、そんな偽物はいらない、なにも救えない勇者は勇者じゃない!」


 仰向けに倒れ、空を見上げながらルークは舌を鳴らす。

 立ち上がり、口の中に溜まった血を吐き捨てる。

 それは、ルークが一番嫌いなものだから。

 他人の過去話なんて、興味すらないのだ。


「知らねーよ、テメェがどんな生い立ちで、どんな不幸に巻き込まれたかなんて興味ない。過去ばっか振り返ってんじゃねぇぞ」


「僕にとっては全てだった、勇者に憧れていたんだ。全てを救い、全てに希望を与える存在、勇者はそうでなくちゃいけないんだ。逃げる事なんて許されない」


「……テメェの理想を他人に押し付けんな。お前はお前、他人は他人だろ。それぞれの生き方があってやり方がある、誰かの一歩を邪魔すんな」


「邪魔じゃない、僕は正しているんだ。勇者のあるべき姿を皆に教えているんだ! 僕の歩く道は勇者の道、正しい本物の勇者の道だ」


 イリートが手を上げ、それにつられるようにして炎が空へと上っていく。弾け、小さな炎が流星のように降り注ぐ。

 もう、形振り構っていられないのだろう。

 狙いはルークだけではなく、その場の全員が憎悪と殺意の対象になっている。

 ルークは呟いた。静かに、怒りを置き去りにして。


「おいガキ」


『なんだ』


「力借せ」


『任せろ』


 両手で剣を握り、全力でフルスイング。

 剣から溢れる光は傘のように空へと広がり、触れた魔法を消し去った。たった一つの取りこぼしもなく、全ての炎を一瞬にして消滅させたのだ。

 踏み出し、再び切っ先をイリートへと向ける。


「これが勇者だ」


「な、に……!」


「テメェは正しいんだろうよ、勇者ってのはバカみたいに他人を救いまくるイカれた奴だ。なにも救えない奴は勇者ですらない。でも、だからってテメェが誰かを殺して良い理由にはならない」


「なら、偽物で溢れたこの世界を放っておけって言うのか! そんなんじゃ変わらない、変えないといけないんだ!」


「前を向け、テメェが生きてるのは今だろ。下らねぇ過去に囚われて後ろを振り返ったってなにもない、自分の歩いて来たクソみたいな足跡があるだけだ」


 ルークは自分が本物の勇者だとは思っていない。ルークの思い描く勇者と、自分の歩んで来た道は全く異なる道だからだ。

 恐らく、それはイリートに近いものだろう。

 だからこそ分かる、似た者同士だからこそ。


「お前は本物じゃない、お前の歩いて来た道を振り返ったってあんのは死体の山だけだろ。間違ったやり方で世界を救えるとでも思ってんのか? お前の考えは間違ってねぇよ、けど、やり方を間違った」


「だったら、だったらどうすれば良いんだ! 殺しても殺しても世界は変わらない、他に方法があるなら教えてくれよ!」


「……んなの自分で考えろ、勇者ってのは救う存在だ、誰かを殺すなんて方法はとらない。お前の答えはお前で見つけろ、俺は俺の選んだ道を歩くだけだ」


 ティアニーズの時と同様に、これはとんでもないブーメランだ。結局分からないから答えは本人に丸投げし、自分は安全な位置から高みの見物。

 しかし、それも正しいのかもしれない。

 自分の歩く道は自分で選び、納得出来るまで考える。

 ルーク自身が、そうだったように。


 結局のところ、ルークは自分の事しか考えていない。

 今だって、イリートが歩く道の邪魔をしているのだから。

 けれど、それでも、それを分かっていながら剣を納めないのは、ルークがどこまでも自分勝手で、自分は良くて他人はダメ、そんなクズの思考の持ち主だからだ。


『ルーク、残念な知らせだ。もう五分たったぞ』


「え? マジで?」

 

『マジだ、貴様が下らない言葉に反論しているからだぞ』


「まぁ良いや、後は俺一人でやる」


『お、おい、ちょっと待てっ』


 体を包んでいた違和感がなくなり、しかしルークは受け入れるように呟く。そして、剣を地面に突き刺さして武器を持たずにイリートへと歩き出す。

 背後から投げ掛けられる少女の声を無視して。


「借り物で与えられたのが気に入らねぇんだろ? だったら素手でやってやるよ」


「なんのつもりだ、僕を舐めているのか!」


「舐めてねぇよ、剣の力が時間切れなだけだ。お前もそれ捨てろ、誰かからの貰い物なんだろ」


「……良いだろう、僕の強さを証明する良い機会だ。僕は間違ってなんかいない、僕が本物の勇者だって事を!」


「もうお前と言い合いする気はねぇよ。曲げられねぇ引き返せねぇ、だったらぶん殴って立ち止まらせてやる」


 拳を合わせ、ルークは武器を捨てたイリートに感心したように微笑む。

 小細工なし、正真正銘の泥臭い殴り合い。

 勇者と勇者殺しではなく、お互いの意地を突き通すための戦い。


 拳を握り、二の男は意地を乗せて振るった。



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