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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
三章 量産型勇者の歩く道
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三章二十三話 『歩く道』



 謎の笑みを浮かべるアルフードを睨み付け、返答をする事なく口をつぐんでいた。その笑みの意味は分からないけれど、彼がここに来た理由くらいはルークにだって分かる。

 アルフードは腰に手を当て、口を開こうとしないルークに呆れたように、


「えらく嫌われちまったもんだな。こっちはお前に部下を縛り上げられて、その上現場をかき回されたってのに」


「まず一つ、部下を縛り上げたのはテメェがあんな部屋に閉じ込めたからだ。そんで二つ目、俺は俺のやりたいようにやるって言った筈だぞ」


「そうだな、確かに言った。俺も警戒したつもりではいたが、まだまだ爪が甘かったみたいだ」


「テメェの物差しで俺を図るんじゃねぇよ。んで、なにしに来たんだ」


「聞かねぇと分からねぇのか?」


 嫌みな答えにルークはさらに嫌な顔で不機嫌を表す。

 アルフードはルークが答える気がないと分かったのか、視線をティアニーズへと移し、


「お前もだティアニーズ、メレスからお前が消えたって聞いた時には肝を冷やしたぞ」


「すいません、黙って抜け出してしまった事は謝ります。でも……なにも覚えてなくて……」


「覚えてない? まぁ、そりゃそれで良いわ。ここまでの距離を馬無しで俺達より先回りしてんだ、多分俺が知らない力があったって事だろ」


 察しが良いのか適当なのか分からないが、ティアニーズの発言を飲み込んでから勇者の剣へと目をやる。アルフードは申し訳なさそうに肩を落とすティアニーズに強ばった表情を崩し、


「それで、なにがあったのか報告してくれ」


「はい、私も全てを把握している訳ではありませんが、先ほど魔元帥の一人と交戦し、それを打ち倒しました」


「お前がか?」


「いえ、ルークさんです」


 その言葉を聞いた瞬間、二人を囲んでいた団員達が一斉に驚きの声を上げた。半信半疑な者も居るが、焼け野原となった地を見て認めざるを得ないのだろう。

 魔元帥とは人間とって最大の脅威で、思い描く恐怖その物である。前の戦争では一人も殺す事が出来ず、その事で騎士団も一時期は国民から反感を買っていた事だってあった。


 だからこそ、目の前の特段変わったところのない青年がそれをやったと聞いたとて、そう簡単に受け入れる事は出来ない。

 しかし、これにはアルフード、そしてメレスまでもが目を見開く。

 そんな中、倒した本人であるルークはその声に浸るでもなく、自らの功績を自慢するでもなく、


「んな事どうだって良いだろ。つか、テメェ知ってたんじゃねぇのか? だから俺をあの町から出したくなかったんだろ」


「……そうだな、確かに魔元帥がうろいてるって話は知ってた。だが、本当に倒したってのは流石に驚いたぜ」


「褒めたって俺はテメェの言う事なんざ聞かねぇぞ」


「分かってるよ、お前がその程度なら俺だって苦労してねぇ。だが、礼はちゃんと言わねぇとな」


 言って、アルフードは腰に当てていた手を股の横で伸ばす。続いて馬から下りたメレスがその横へ並び、二人は揃って深々と頭を下げた。


「アスト王国騎士団第三部隊隊長アルフード、その名を持ってルーク・ガイトスに礼を言う。人類の脅威を退けてくれて、本当にありがとう」


「本当に勇者だったのね、一応立場があるからお礼言っといてあげる」


 予想外の動きに、これにはルークも二人のつむじを見つめて固まってしまう。

 なにもなければそれはそれでムカつくが、これほどまでに行儀良く頭を下げられるとは思っていなかったからだ。

 たじろぎ、珍しく慌てた様子で、


「なんだよ、いきなり気持ちわりぃぞ。頭下げたからって俺はアイツを追うのを止めねぇかんな」


「バカ野郎、騎士団の部隊長を任されてっから一応形だけちゃんとしただけだ。それとこれとはまた話は別だ」


「バカとはなんだ、もっと頭下げてろよ。そんでついでに大量の報酬をよこしやがれ」


「調子乗んな、報酬が欲しけりゃそれなりの態度をとりやがれ」


「んだとクソ髭、それなりの態度とるのはテメェの方だろうが。地面に頭擦り付けて靴舐めろ」


「んだとクソガキ、お前が俺の靴舐めやがれ。ついでに磨いて新品にして俺に献上しろ」


 先ほどまでの態度はどこへやら、ルークの暴言に反応するようにアルフードも負けじと言い返す。一応、歳的にはアルフードの方が上の筈だが、これではどちらが大人か分かったもんじゃない。

 メレスは唇を突き出して面倒くさそうに見守ってるだけなので、こんな時に止める役を担うのはティアニーズしかおらず、


「ちょっと落ち着いて下さいっ、話が逸れてますよ。二人とも大人なんですから普通に話し合って下さい」


「俺はこれが普通だ、お前だって分かってんだろ」


「分かってます、貴方が子供なのは分かってますけど、これ以上時間を無駄に使うのはルークさんも嫌な筈です」


「……クソ、わーったよ、大人しく頭下げたから許してやる」


 ティアニーズに諭され、腕を組んで不満を垂らしながらも、納得したように受け入れる。

 アルフードは今までの話を流すようにわざとらしく咳こみ、


「お前もこれで分かったんじゃねぇのか? どう足掻いたって逃げる事なんて出来ねぇって事が」


「…………」


「黙りこむって事は理解してんだな、魔元帥は必ずお前を狙ってこれからも来るぞ。それがお前の運命だからだ」


 こればかりはなにも言い返せず、ルークは口を閉ざして眉間にシワを寄せた。

 今だからこそ分かるが、ルークが村を出発してから降りかかる不幸には全て魔元帥が関係していた。


 デスト、そして二人のウェロディエ。

 望まぬところでルークは狙われ、望まぬところでルークは大きな渦の中に巻き込まれていたのだ。

 言い訳など出来ず、経験した自分が誰よりも分かっている事なのだから。


「お前の願いはなんだっけか……あぁ、普通に平凡に暮らす事だったか? このまま逃げて普通に暮らせると思うか?」


「……まどろっこしい言い方してんじゃねぇよ、言いたい事があんなら言え」


「言いたい事なら伝えた筈だ、勇者になれってな」


「俺だって言った筈だ、ゼッテー嫌だって」


「……いい加減お前も分かってんだろ? この状況を切り抜けて、自分の望みを果たす唯一の方法が」


 今までの威勢もどこかへ行ってしまい、ルークはただアルフードの言葉を受け入れる事しか出来ない。

 ルークの望みである平凡、それを勝ち取る方法は一つしかないと、そんな事はとっくの昔に分かっていたから。


「俺がそれをやるとでも思ってんのかよ」


「決めるのはお前だ、逃げる事も目を逸らす事も出来ない。どの道を歩いたってお前の前には必ず奴らが立ち塞がるぞ」


「アンタが決めなさい、自分で選ぶの、歩く道を」


「ルークさん……」


 メレスとティアニーズが見つめる。

 方法は分かっている、というかそれしか見つからないのだ。

 しかし、それはとんでもなく面倒で、とんでもなく平凡とはかけ離れた道でしかない。


 最初から気付いていて、それでも子供のようにわがままを口にして目を逸らして来た。

 自分は勇者なんて存在、英雄なんて皆から称えられる存在ではないと誰よりも知っていたから。


「…………」


 勇気なんてない、優しくなんてない、誰よりも自分が大事で、なによりも自分を優先するーーそれがルーク・ガイトスという男だ。

 そんな自分が、世界を救う人間になれる筈がない。

 だって、ルークの思い描く勇者とは正反対な人間、それこそが自分だから。


 けれど、もし、それしか方法がないのなら。

 そこ方法でしか、自分の望む道を歩く事が出来ないのなら。


 肩を落とし、空を見上げてため息を吐き出す。

 今から言う事は自分らしくなく、考えただけで吐き気をもよおすレベルの発言だ。


「俺はーー」


 口を開き、ルークは自らが歩く道を決めた。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 朝日が差し込み、鶏が元気な鳴き声を上げていた。その声は朝の始まりを告げ、静かな町が活気を取り戻すきっかけとなる掛け声だ。

 ネルマクーーこの町で今日、勇者の集いが行われる。


 ゴルゴンゾアが近くにあるという事もあり、ネルマクの朝は早い。人通りも多く、立ち寄るのは商人か旅人くらいだが、新鮮な野菜などが売り出されていて、それなりに賑わっている。


 そんなネルマクの町の中心の広場、噴水の周りに沢山の人々が集まっていた。

 豪華な装飾の施された衣服に身を包んだ太った男は、あらかじめ置いておいた木箱に乗り、一人だけ高い場所から声を張り上げる。


「諸君、今日は良く集まってくれた。昨今、魔獣どもの動きが活発になり、出来損ないの騎士団は手が回らずに我々は窮地に立たされている」


 突然始まった演説に人々は目を向け、拳を突き上げて力説する男は視線に満足したように微笑む。


「だから私は今日、この場所から世界を救おうと思う。諸君らに集まってもらったのは他でもない、勇者を集め、世界を破壊しようとする魔獣どもを絶滅するためだ!」


 ちらほらと拍手の音が聞こえるが、どうやら男の予想していた反応とは違ったらしく、男は軽く首を傾げる。

 それもその筈、この場に集まった多くは世界など興味はなく、男の持つ金が目当てだからだ。


 本当に世界を救いたいという信念を持って参加している者も居るだろうけど、ほとんどが報酬に目が眩んで集まった人間ばかりなのである。

 そんな中、報酬でも名誉でもなく、全く違う感情を持って参加した男が居た。

 金髪の青年は周りを見渡し、


(どいつもこいつも金が目当てか……勇者としてあるまじき行為だよ。だから、だから僕がちゃんと掃除しなくちゃいけないんだ)


 イリートにとって、今視界に映るのは偽物のゴミ以下の存在でしかない。

 勇者とは皆を導く存在でなくてはならず、金でしか動かない奴らが勇者と名乗るのは許せる事ではないのだ。


(でも、そうだね、ここから始めるって言葉は僕もそう思うよ。始めるんだ、偽物を排除して、僕が勇者として世界を救う物語を)


 偽物なんていらない、英雄は、勇者はこの世界にたった一人だけ存在すれば良いのだ。

 人を救うための覚悟のない人間が溢れるこの世界を変える。偽物を殺し、この場所で自分が勇者だと全員に知らしめる。

 そのために、イリートはここに来たのだから。


「さぁ、始めようか、裁きの時間だ」


 小さく呟き、呪われた剣へと手をかける。

 殺す順番なんてどうでも良くて、どうせ全員殺すのだから。

 静かにその剣を抜き、目の前の男の首を刈り取るーー、



「ちょっと待てぇぇぇい!」



 怒声のような声がした直後、馬に乗った二人組が姿を現した。その馬は止まる事なく突き進み、速度を上げて噴水に激突。

 乗っていた二人は投げ出され、丁度演説していた男の真横に落下した。

 馬は直ぐ様立ち上がって体を震わせ水を払う。


「いってぇ……もうちょっとマシな止まり方なかったのかよ」


「贅沢言わないで下さい、アルフードさんの馬は私の言う事聞いてくれないんです」


「お前のテクニックの問題だろ、メレスが傷治してくれてなかったら死んでた」


「ならメレスさんにお礼を言わないとですね」


 イリートは、その二人を知っていた。

 赤い宝石が埋め込まれた剣を握り、腰を叩きながら文句を言う青年。

 その青年に負けじと反論し、早く行けと背中を押す桃色の髪の少女。


「ーーな、に」


 イリートは思わず握った剣から手を離す。

 青年は嫌そうに押されるがまま演説する男の元へ行き、男を押し倒して木箱の上に乗る。

 息を大きく吸い込み、手にしている剣を振り上げると、



「俺が勇者だぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 耳をつんざくような声とともに青年は宣言し、その声は空へと上がって行った。



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