三章二十二話 『つかの間の休息』
「なるほど、ルークさんは勝手に宿舎を抜け出したと。アルフードさんの言いつけも守らず、勇者殺しを追うために」
「抜け出したとか言うんじゃねぇ。元々俺は監禁された被害者なの、だから脱出したって言え」
「どちらにしても勝手に逃げ出したんですよね?」
「逃げてはない、ちょっとしたおでかけだ」
ウェロディエを打ち倒し、安心感に包まれる四人。
あまりにもティアニーズが事の経緯を言えと迫るので、ルークは嫌々ながらも白状した。結果、結局迫られるハメになり、口うるさく嫌味を言われる事になってしまったのだ。
「それで、何故お二人がここに居るんですか?」
「たまたま、成り行きってやつだ。そこのアホが勇者殺しを捕まえるから手伝えって言ったんだよオイ」
「まさかまた会うなんて思ってもみませんでした。アキンさんは大丈夫なんですか?」
「魔力の使い過ぎで倒れてるだけだ。ちょっとヤバい貧血みたいなもんだぜオイ」
「……それなら良かったです」
ボロボロのルークではなく、ティアニーズは眠っているアキンの顔を心配そうに覗き込む。呼吸は安定しており、顔色も先ほどよりも幾分かはマシになっていた。
アキンをかこうように三人は座り、とりあえずは一旦休む事になった。
疲れを癒すように黙り込み、僅かな休息に体を休める。
しばらく沈黙が流れ、重い腰を上げてアンドラが話を切り出す。
「俺とアキンはここでリタイアする。早くコイツを休ませてやりてぇし、俺ももうクタクタだぜオイ」
「腕利きの魔法使いを知ってます、私が頼めば治療してもらえると思いますけど……どうします?」
「ありがてぇけど断る、俺達はお尋ね者だ、騎士団なんかに会ったら速攻捕まるだろしなオイ」
「分かりました、早くアキンさんを休ませてあげて下さい。アンドラさん達は魔元帥を倒すための力になった、それだけはちゃんと伝えておきますね」
真っ直ぐな褒め言葉に照れたように顔を逸らすアンドラ。誤魔化すように頬を掻き、微笑んだティアニーズから逃れるようにルークを見ると、
「テメェはどうすんだ?」
「ん? 勇者殺しを追うに決まってんだろ。元々アイツをぶっ飛ばすためにここまで来たんだ、魔元帥はそのついでだ」
「ついで、ねぇ。そのボロボロの体でかオイ」
「まだ生きてるし動く、別にこれくらいどうって事ねぇよ」
ルークの言う通り、ウェロディエとの戦いはあくまでも前哨戦でしかない。本来の目的はイリートを一発ぶん殴って牢屋にぶちこむ事で、こんなところで時間を潰している暇などないのだ。
地面に刺した剣に背中を預け、
「おっさん達は早く帰って休んでろ、しゃーねぇから感謝してやる」
「素直に礼を言いやがれってんだオイ。ま、その言葉に甘えて帰る事にするわ、金輪際テメェとは関わりたくねぇしな……ゼッテー不幸に巻き込まれる」
「人を疫病神みたいに言うんじゃねーよ。俺だって好きで不幸になってる訳じゃねーっての」
今思えば、全ての始まりはティアニーズが村にやって来てからだろう。いきなり誘拐され、ドラゴンと戦い、なんやかんやで不幸の連鎖は終わりを見せない。
ふと、そんなティアニーズへと目を向ける。
真剣な眼差しでルークを見つめ、
「私も行きますよ」
「ダメだ、断る、今すぐに帰れ」
「なんで即答するんですか、町までの行き方知らないくせに」
「う、そりゃそうだけど……お前が居るとロクな事にならない」
「私が来なかったら危なかったじゃないですかっ」
「覚えてねぇのになに言ってやがんだ」
即答するルークに、ティアニーズは負けじと顔を近付けて反論。これまでもこういったやり取りはあったが、ティアニーズが引き下がったためしがない。
ルークは迫るティアニーズの額に指を押し付け、
「大体、他の奴らにはなんて言って来たんだよ。あの部屋にはメレスが居た筈だろ」
「だから、なにも覚えてないんですってば。メレスさんが側に居てくれたのは覚えてますけど、気付いたらここに立ってたんです」
「病気だな、記憶喪失だな、今すぐ戻って治療して来い。ついでにその面倒な性格も治してもらって来い」
「ルークさんこそ、傷を治すついで頭の悪さと迷子癖と自分勝手な性格を治してもらったらどうですか?」
「んだと桃頭」
「ティアニーズです、バカ勇者」
アンドラが喧嘩腰の二人の間に割って入り、珍しく大人の威厳を見せ付ける。二人にとってこのやり取りは通常営業なのだが、第三者からすれば面倒な事この上ないのだろう。
一旦二人を引き剥がし、アンドラは人差し指を立てると、
「ここから町まではまだまだ距離がある。馬がねぇんじゃ歩いて行くしかねぇし、適当に進んでも迷子になるだけだぞオイ。大人しく姉ちゃんの言う事聞け」
「ほら、アンドラさんもこう言ってますよ。ルークさんは私が居ないとどこにも行けませんからね」
「テメェ、道案内くらいで調子に乗るんじゃねぇよ」
ティアニーズを睨み付けているルークだが、この状況で一番正しいのはアンドラだろう。
暗い中一人で隣の町まで行けるだけの土地勘なんてないし、迷った場合は迷子なんて可愛い言葉では済まない。
ドヤ顔で言葉を待っているティアニーズを睨み、観念したようにため息を溢した。しかしながら、大人しく言う事を聞くような性格でもないので、
「わーったよ。ただし、あの野郎と戦うのは俺だ。邪魔したらソッコー帰らせるからな」
「良いですよーだ、私は私で勝手にしますから」
「可愛げのねぇ奴」
「別にルークさんに可愛いなんて言われても嬉しくありませんもん」
拗ねたようにそっぽを向き、相変わらずの強気な態度で口を開くティアニーズ。
なんとか仕返しをしたいルークは考え、悪知恵に関しては頭の回転が早いので直ぐに答えを導き出すと、ティアニーズの目の前へと移動して顔を見つめ、
「お前可愛いな」
「…………へ?」
真剣な眼差しから放たれた言葉に、ティアニーズは顔を真っ赤に染め上げてあからさまな反応を示す。
プルプルと肩と唇を震わせて目を泳がせるティアニーズを見れば、ルークはそれを指差して、
「ほら照れてんじゃん、すげー嬉しがってんじゃん」
「て、照れてなんていませんよ!」
「てぇれぇてぇるぅ、ティアニーズちゃんてぇれぇてぇるぅ」
「その巻き舌で喋るの止めて下さい!」
「だったら認めろや、嬉しくて照れちゃいましたぁてへ! って言えや!」
「照れてないって言ってるでしょ!」
ウザさ全快でからかうルークに、ティアニーズの怒りはついに限界を迎えた。
頬を紅潮させながら叫びを上げ、握り締めた拳がルークの左腕にクリティカルヒット。
あまりの痛さに声を出す事すら出来ず、崩れ落ちるようにルークはその場にひれ伏した。
「まったく、セクハラですよそれ」
「て、テメェ……折れてんだぞ、マジでそれだけは止めなさい……」
「知りません、からかうからそうなるんですよ」
腕の中でなにかが爆発したような痛みが走り、思わず瞳から涙がこぼれ落ちた。顔を逸らして赤くなったのを誤魔化すティアニーズに反撃しようとするが、激痛によって断念。
アンドラは呆れたようにそれを見守り、倒れていたアキンを背負うと、
「ま、後はテメェらの好きにしろ。俺はもう行くぞオイ」
「はい、アキンさんにありがとうございますと伝えておいて下さい」
「おう、アキンも喜ぶだろうぜオイ。ずっと姉ちゃんに礼を言いたかったみたいだしな」
「お礼を言うのは私の方ですよ。立派になったアキンさんと、いつかまた会えるのを楽しみにしてますね」
頭を下げるティアニーズに微笑み、アンドラは背を向けて歩き出した。しばらく歩いたところで止まり、モジモジしながら体を揺さぶり、振り返らずに声を上げた。
「おいルーク! アキンの事だけは礼を言っといてやる。テメェのおかげでコイツは強くなれた、それだけはちゃんと礼を言ってるやるよオイ」
「……俺はなにもしてねぇよ、強くなりたいって努力したのはソイツだ。褒めるならちびっこを褒めてやれ」
「だな、俺もアキンに影響されて礼を言う癖がついちまったぜオイ」
「……寝てるからって変な事すんなよ」
「バ、バカ言え! なんもしねぇよオイ!」
地獄耳なのか、ボソっと呟いた言葉にあからさまな動揺を見せるアンドラ。逃げるように大きな一歩を踏み出すが、背中のアキンを気にするように静かな歩き方へと変更。
そのまま暗闇へと消えて行ってしまった。
二人の背中を見送り、二人は顔を合わせた。
またいつも通り、結局は落ち着くところに落ち着くという事だろう。
ティアニーズは倒れているルークに手を差し伸べ、
「ほら、私達も早く行きましょう。勇者殺しに先を越されたら大変な事になります」
「……分かってるよ、あの野郎はゼッテーにぶん殴る」
ルークはその手を掴み、手繰り寄せて立ち上がった。
剣を抜き、早速歩き出そうとするが、ここである事に気付く。
「なぁ、鞘どこいった?」
「知りませんよ? そこら辺に落ちてないですか?」
「落ちてねーだろ、まいったな……鞘があれば傷治せんのに」
「部屋に忘れて来たとかですかね」
「知らねーよ、持って来たのお前だろ」
周辺を見渡して見るけれど、鞘らしき物は一切見当たらない。
宝石の力を使って治療しようと考えていたが、目論見が外れてルークは肩を落とした。
しかし、無い物ねだりをしている暇もなく、
「しゃーねぇか、このまま行くしか」
「大丈夫なんですか? 今のルークさん凄く弱っちいですよ」
「弱っちいってなんだよ、もうちょい言い方あんだろ」
ティアニーズの言う通りである。左腕を攻撃されれば、たとえ子供でも今のルークは負けてしまうだろう。
さりとて、その程度で怯むほどこの男はやわでなく、痛みに顔を歪めながらも歩き出した。が、
「そっちじゃありませんよ」
「……早く案内しろや」
静かな呟きに不機嫌な顔をし、大人しくティアニーズの後を着いて行くのであった。
しばらく歩みを進め、森だった範囲を抜けようかという頃、ルークは背後から迫るなにかの足音に思わず嫌な汗を滲ませた。
ドタドタと地を鳴らし、確実に背後からこちらに迫る音、それは馬の足音だった。
「ルークさん」
「あぁ、面倒くせぇタイミングで来やがって」
ティアニーズも同じ事を考えていたらしく、同時に振り向いて正体を確認する。
先頭を馬に乗るのは顎髭が特徴的な男、後ろに小隊を引き連れ、その中には顔見知りの魔法使いの姿も見えた。
恐らく、今ルークが一番会いたくない人間だろう。
二人はあっという間に囲まれ、目の前で止まった男が馬から下りる。顎髭に触れながら、仏頂面でルークに近付き、
「よォ、随分と派手に暴れたみたいだな」
アルフードはニヤリと口角を上げ、祝福とはまた違う笑みを浮かべてそう言った。