三章十八話 『三人』
微笑み、その青年は真っ直ぐにルークを見据えていた。
今の発言はとんでもなくおかしいけれど、実際にドラゴンを倒したルークだからこそ分かる事があった。
目の前に立つ青年は、あのドラゴンと同一の存在なのだと。
「……なるほど、魔元帥ってのは人間の姿と化け物の姿がある訳か」
「あっちが本当の姿だ。デストを殺したのもお前だろ? 俺達魔元帥に仲間意識なんかないが、あんまり良い気分じゃないっても分かるよな?」
「知るかんなもん。初めに手を出して来たのはアイツの方だ」
「ま、そりゃそうだろうな。デストの奴は短気だし」
仲間意識がないと言う発言の通り、青年は仲間が死んだという事実を聞いてもその飄々とした態度を崩さない。
アンドラとアキンは当たり前のように魔元帥と会話を交わすルークに驚いた様子でいるが、そんな二人を他所に話は進んで行く。
「んで、テメェは俺を殺しに来たって事で良いんだよな」
「そうなるな、油断してたとはいえ俺が殺されるなんてのは初めての経験でよ、お前をこの手で捻り潰さねぇと気が済まねぇんだ」
「殺した、か。んじゃなんでテメェは今そこに居るんだよ」
「俺はちょっと特別でね、本体が死なない限りは死ぬ事はない。当然、今ここに居る俺は本体じゃないがな」
「それをバラしちまって良いのかよ」
ルークの言葉に、青年は両手を広げて鼻を鳴らした。
自信、今の彼から溢れているものはそれだった。
「バレたところで問題ないからバラしたんだよ。ついでに教えてやる、俺は八人居るぞ。ま、今は一人減って七人だがな」
「興味ねぇな、今はテメェにかまけてる暇はない。喧嘩なら後でやってるから今はどっか行け」
「テメェって呼び方はあまり好きじゃない、俺はウェロディエだ。それと一つ質問なんだが……お前と一緒に居た二人はどうした?」
「二人……? 知らねぇな、桃色ならここには居ねぇよ」
違和感のある発言に首を傾げるルーク。
ウェロディエは後ろで立ち尽くしている二人を吟味するように眺め、それから残念そうに肩を落としてため息を吐き出した。
「残念だ、あの女は食っておきたかったんだけどな。俺は女しか食わないって決めててよ、ありゃ中々の上玉だったんだが……本当に残念だ」
「そりゃ残念だったな。テメェが女しか食わねぇってんなら俺達に用はねぇ筈だろ」
「は? なに言ってんだお前。ーーそのちっさい奴、女だぞ」
指をさし、ウェロディエはとぼけた様子でそう呟いた。
ルークとアンドラはその指先へと視線を向けると、誰よりも驚いたように目を見開いているアキンが居た
殺伐とした雰囲気の中に僅かな沈黙が流れる。
そして、
「は、はぁぁぁ!? アキン、おま、女だったのかよオイ!」
「い、いや、僕は男ですってば!」
「嘘つくな、俺の目は誤魔化せない」
必死に手を振りながら反論するアキンだが、ウェロディエは冷静な様子で続ける。
負けじと身ぶり手振りで伝えようとしているけれど、アンドラは顎が外れたように口を開いたまま固まってしまっていた。
ルークは目を細めてアキンを見つめ、次の瞬間には衝撃の行動に走った。
なにを思ったのか理解し難いけれど、アキンの胸に自分の掌を迷う事なく押し付けたのだ。
指先を動かし、その感触を確かめると、
「……柔らけぇ」
「な、なななななにしてるんですか!!」
二つの鼻の穴から赤色の液体を垂れ流し、だらしなく歪んだルークの頬にアキンの拳がジャストミート。『ぶべら!!』と変な声を上げながら体を仰け反らせ、ルークの後頭部が地面に激突。
ブリッジの形になりながらも、その頬は緩んでいた。
「オ、オイ、マジで女なのかよオイ!? いやでもそうだ、お前いつも風呂は別でって言ってたよな? まさか、まさか本当なのかオイ」
「いや、その……すいません。黙ってたけど……僕じゃなくて私なんです……」
「……オイオイオイオイオイオーイオイッ」
衝撃の発言に、アンドラは口から『オイ』しか出て来なくなってしまった。思い当たる節はあったようだが、口調や抽象的な見た目だけでは気づけなかったらしい。
アキンは何度も頭を下げ、少しだけ涙ぐみながらウェロディエを睨み付け、
「確かに僕は女です。でも、男の人に負けないくらいに強くなりたくて、男として生きると決めたんです! だから、僕を食べてもマズイですよ!」
「……お前らバカだろ? ちっさいのもちと反論がズレてるぞ」
これに至ってはウェロディエが正論である。心持ちではなくて体で味が変わるという趣旨の事を言っていたのだろうけど、アキンにそれは伝わっていなかったようだ。
変な空気になりつつある中、ルークは頭についた土を払いながら体を起こし、
「つー事はだ、このちびっこを差し出せば俺を見逃すって事か?」
「バカ野郎! アキンは女だぞ、んな事させるかよオイ!」
「うっせぇ男女平等だ! ちびっこがムシャムシャされれば生き延びられんだぞ!」
「ムシャムシャって可愛く言ってもダメなものはダメだ! アキンは絶対に渡さねぇからなオイ!」
「僕も食べられるのは嫌です! マズイですもん、心は男ですから!」
不意打ちのクズ発言にアンドラがとんでもない反応速度を発揮。ルークとアンドラはお互いの胸ぐらを掴んで揺さぶりあい、何故かそこにアキンも参加し始めた。
クズ勇者のお父さん、そして食べられたくない少女の戦いは熾烈を極め、縺れ合いながら三人は頭をくっつける。
「ッたく、人間ってのはどいつもこいつもこうなのか……」
敵である筈のウェロディエは呆気にとられ、面倒くさそうにうつ向いた。が、ルークはその瞬間を見逃さなかった。
小さく、一言だけこう呟いた。
「やっちまえ」
「はい!」
呟きの後、ルークとアンドラは横へと飛び、残されたアキンの掌から放たれた特大の氷の礫がウェロディエを襲う。
元々意図していた訳ではないが、窮地に立たされた時の機転の早さはルークの取り柄と言えるだろう。そして、それに対応出来る二人も。
しかし、
「もうちっと良い作戦はなかったのか?」
ウェロディエの右腕に変化が起きた。いや、変化ではなく、本来の姿に戻ったと言うべきだろうか。
右腕だけが巨大化し、先ほどまで見ていたドラゴンの物へと変貌を遂げ、右腕を横へ振っただけで礫を粉々に砕いたのだ。
「お前が男だろうがなんだろうが関係ない、こっちにはお前を殺す理由があるからな」
「理由? 俺がテメェを殺したからか?」
「それもある。が、もっとも重要なのはそこじゃない」
ドラゴン化した腕を振り上げ、器用に人差し指を突き立てる。それをそのままルークに向け、
「元々俺はあの剣をぶっ壊すために山にこもってたんだよ。色々と理由があって村には近付けなかったが、お前はそれを邪魔した」
「……あの村の連中はもう居ねぇぞ。理由は分からねぇが、跡形もなく消えちまった」
「当たり前だろ、あれはアイツが自分を守るために作り出しただけの存在だ。持ち主が見つかって守る必要がなくなったんだ、存在する意味がない」
「アイツ……? さっきからなに言ってやがんだテメェ」
「……薄々思ってはいたが、その分だとまだ完全に力を取り戻したって訳じゃないみたいだな。そりゃそうか、じゃないとアイツらの力を借りる必要もないもんな」
話の流れが分からず怪訝な表情を浮かべるルークを他所に、ウェロディエは一人で納得したように頷く。
アンドラとアキンに至っては、話の流れどころかなにについて語っているのかすら分からないようで、静かに二人を見守っている。
「まぁとにかく、俺らを殺せる手段をみすみす生かしておく訳にはいかないって事だ。力がないにせよ、放っておくと驚異になるのは間違いからな。んで、剣はどこに居る?」
「別にあれが壊れようが俺には関係ねぇけど、喋ったからって見逃してくれる訳じゃねぇんだろ?」
「あぁ、お前も剣も殺す。心配するな、どうせ人間は全部死ぬ事になるんだからな」
「なら教える理由はねぇな、仮に見逃してくれるんだとしてもゼッテーに嫌だ。俺は人に指図されんのが一番嫌いなんだよ」
迷う事なく即答し、ルークは不機嫌を現すように腰に手を当てて舌を出した。
ウェロディエはニヤリと口角を歪め、それからルークと同様に即答した。
言葉ではなく、力を使って。
「ーーッ!」
ドラゴン化した右の拳が三人に襲いかかった。
空気を切り裂き、ただ拳を突き出しただけなのに轟音が耳をつんざくように響き渡る。
三人は同時に全力で横へ飛ぶ事でなんとか回避したが、横を掠めた拳は地面を大きく抉り、砂ボコりを巻き上げる。
「まぁ答えはどっちでも良いわな。お前は答えて死ぬか答えずに死ぬかのどっちかしかないんだ、ちっさいのは食べるとして……二人は粉々に砕いて調味料にしてやるよ」
今度は左腕がドラゴンの物へと変化。
飛び、そして両の拳を合わせると、叩き潰すようにして振り下ろされた。
狙いはアンドラだった。いくら彼の身体能力が優れていると言っても、避けれる速度ではなかった。
けれど、
「お頭は僕が守ります!」
立ち上がるのと同時に、アキンはウェロディエに向かって魔法を放つ。吹き荒れる風は倒れた木や土を巻き上げて巨大な塊となり、周囲の風を取り込みながら腕へと直撃。
ほんの少しだけだが軌道が逸れ、その隙にルークがアンドラに向かって走り出した。
ほほタックルの勢いでアンドラの胸に飛び込むと、耳元で聞こえた『ぐえッ!』という悲痛な叫びを無視して頭上にある拳から逃れる。
背中にぶち当たる風圧に吹き飛ばされ、数メートル吹っ飛んだところでようやく止まった。
「大丈夫ですかッ!?」
「いってぇ……テメェな、もうちょっと優しく出来ねぇのかよオイ」
「うるせぇ、助けてやっただけでもありがたいと思いやがれってんだ」
駆け寄って来たアキンの無事を確かめ、ルークはアンドラに手を差しのべる。一瞬、躊躇するような素振りを見せたが、その手をしっかりと掴んだ。
「まったく、テメェと居ると散々な目にばっかあうぞオイ」
「知るかよ、俺だって好んで不幸になってる訳じゃねぇんだ」
「本ッ当に面倒だが……しゃーねぇな、今回だけは手を貸してやる」
「……は?」
予想外の提案にルークは思わず間抜けな声で返事をしてしまう。
アンドラはそんなルークを鼻で笑い、こちらに歩いて来るウェロディエを睨み付けながらバンダナを締め直すと、
「テメェがどうなろうが知ったこっちゃねぇが、魔元帥には前にやられた借りがある。そのまま生きてくなんてごめんだぜオイ」
「後悔すんなよ」
「バカ言ってんじゃねぇよオイ、俺は自分の生き方に後悔した事なんざ一回もねぇ」
「勝手にしろ、死んだら骨くらいは拾って捨ててやるからよ」
ぶっきらぼうに答えるルークだったが、その表情は確かに微笑んでいた。彼のしてきた事は知らないが、アンドラのその生き方に僅かな親近感を覚えたからだ。
アンドラはルークから視線を逸らし、やる気満々のアキンを見つめ、
「アキン、お前が女だって黙ってたのは別に良い。でもな、そうと知っちまったからにはこの戦いには巻き込めねぇよオイ」
「嫌です、僕だって戦います! 女だからって弱いと思われるのは嫌なんです……だから、僕はもっともっと強くならなくちゃいけない」
「んな事言ったって相手は魔元帥だぞオイ。前に戦った時に分かっただろ、負けるってのは死ぬって事なんだよオイ」
「止めとけ、覚悟決まった顔してやがる。もうなに言っても聞きやしねぇよ」
どうにかしてアキンを逃がしたいお父さんを手で制止し、瞳に強い意思を宿しているアキンを見る。
ルークは思わず嫌な顔をした。
その姿が、今も寝ている桃色の髪の少女の姿と重なって見えてしまったから。
頭を振って度々浮かんで来る顔を弾き出し、アキンの額に指を押し付ける。息を吐き出し、珍しく真剣な表情を浮かべ、
「戦えるんのか?」
「はい、戦えます。僕は守られてばかりです……だから、今度は誰かを守れるような強い人間になりたいんです!」
「分かった、もうなにも言わねぇよ。おっさんもそれで良いだろ」
納得したという訳ではなさそうだが、アンドラは甘受するようにしかめっ面になりながら頷いた。
迫るウェロディエは相も変わらず殺意をバラ巻いている。
見つめ、そしてルークは呟いた。
「んじゃ、ドラゴン退治といきますか」