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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
三章 量産型勇者の歩く道
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三章十四話 『逃亡者と逃走者』



 走る、走る、走る。

 周りの目など気にせずに、ルークはただひたすらに走っていた。一応脱走した身なのでバレてはいないとはいえ、本来なら隠れるべきなのだが、今はその必要もないだろう。


 あらかじめ決められていたのか、それとも各自の判断なのかは分からないが、町をうろつく騎士団員は一斉に信号に向かって走り出している。しかしながら、走る方向が違う者もいる事を考えると、恐らく逃走経路を塞ぐようにして移動しているのだろう。


(まずいな……このままだと先に騎士団に捕らわれちまう。どうにかして先回りしねぇと……)


 走りながら、ルークは己の土地勘のなさを呪った。

 ある程度の場所は把握出来てるとは言え、町の構造を完璧に理解している騎士団と比べればルークが走って先回り出来る可能性は限りなく低い。

 かといって、適当に走って遭遇出来るほどイリートの警戒心は低くはないだろう。


(どうする、何か策を考えねぇと……なんか手掛かりとかねぇのかよ……!)


 彼の言動を思い出したところで、なにか手掛かりが掴める訳でもない。信号が上がったのは東の空なので、そちらの入り口から町の外へと逃げ出す可能性もあるが、イリートに限ってそんな単純な行動はしないだろう。

 そうなると、とれる手段は一つだけで、


(しゃーねぇ、俺の悪運にかけてみるしかねぇか)


 ここに来るまで、いや村を出発してからのルークの悪運は望む望まないを省いても、頼るにたる可能性である。不幸、そして悪運が重なり、ドラゴンとの遭遇やデストの情報を手に入れられたと言っても過言ではない。


 しかし、それに頼るという事は自分の不幸を認める事であり、恐らくこれから先も続くであろう出来事と向き合う事にもなってしまう。

 けれど、今はそんな事を言っている場合ではないのも事実で、


「うっし、決めた」


 早めの決断を下すと、ルークは前を走っていた騎士団から離れ、三人ほどの集団の後ろへとくっつく事にした。

 人数も少ないという事と、ちょっと弱そうだからという理由からである。


 心の中で頼むぞと祈りながら進む事数分、信号の発生源に近付くにつれて騎士団の人数も多くなり、怒声のような声が増えてくる。

 前を走る三人は集まっている所には行かず、細い路地へと入って行ったので、ルークもその後に続く。


「だ、誰だ君は!?」


「ただの一般人だよ、良いから進め!」


「い、いや、しかしだね」


「今はそんな事気にしてる場合じゃねぇだろ!」


 ルークに気付いた若い男を強引に納得させると、背中を押して無理矢理に前を向かせる。反応を見るに、まだ脱走して人間とは気付かれていないのだろうけど、この非常時に後をついて来る男は怪しさしかない。


 迷路のようにいりくんだ路地をひたすら走り回り、角を曲がった瞬間に若い男が足を止めた。つられてルークも立ち止まり、何故歩みを止めたのかを理解した。


「これは……血、か?」


 ピチャッという音が聞こえ、視線を足元へと落とすと、まだ乾ききっていない血液が広がっていた。さらに顔を上げて目線を進行方向へと向けると、背中から血を流して数人の騎士団が倒れていた。

 手には筒状の魔道具が握られており、恐らく信号を上げようとして殺されたのだろう。


「なんて事だ……固まって離れるな。良いか、君も我々の側に居るんだぞ」


「わーってるよ」


 緊張感のない返事をするが、ほの頬には汗が滲んでおり、男の指示に従って出来るだけ近づくルーク。

 周りは騒がしいほどの怒声が響き渡っている筈なのに、路地にだけは嫌な静寂が流れていた。それだけ集中力が研ぎ澄まされているのか、別のなにかなのか。


 分からない、分からないけれど、気を抜くという行為が寿命を削る事だけは分かった。

 倒れている騎士団員へと近付いて生死を確認するが、男は首を横に振った。


「辺りの警戒を頼む、俺は信号弾を上げーー」


 魔道具を掴んで信号を上げようとした瞬間、男の手から魔道具がこぼれ落ちた。

 いや、魔道具ではない、男の手首が地面へ落ちたのだ。


「ーー逃げろ!」


 なにが起きたのかは分からなかったけれど、ルークは本能的に叫びを上げていた。一番近くにいた男を突き飛ばして自分も後ろへと下がる。


 しかし、時は既に遅かった。


 突然現れた青年は手にした剣で一人の首を斬り落とし、続けて手首を失って叫びを上げようとした男の胸を貫いた。最後の一人は逃げようと走り出すが、血で足を滑らせて倒れてしまう。そして、青年は容赦なくその背中を斬り捨てた。


「まったく、今夜中にはこの町を出たかったのに……どうして君は僕の邪魔をするんだい?」


 背中は剣についた血を払い、倒れていた男を蹴り飛ばしてルークの方へと顔を向ける。

 忘れもしない、忘れたくもない。

 この男を探すためにここまで来たのだから。


「探したぞ、クソ金髪……!」


「君は後で殺すと言った筈だけど? 今は君なんかよりも大事な事があるんだよ」


「勇者の集まりってやつか? そこに行って勇者を殺しまくるんだろ」


「そうか、騎士団はそこまで僕の事を掴んでいたんだね。迷惑だけど、やっぱり大したものだよ」


 無意識にこぼれ落ちた笑みを拭いさり、ルークは宿舎で強奪した剣を構える。

 青年、イリートは相変わらずの静かな笑みを浮かべ、その呪われた剣を肩に乗せた。


「逃がすかよ、テメェは今ここでぶちのめす」


「その剣でかい? 君の言う勇者の剣はどこへいったんだい?」


「あんな物なくたってテメェごときこの剣で十分なんだよ」


「そうだね、あんな偽物では僕を殺す事なんて出来やしない。いや……君では無理だね」


 向かいあって尚、ルークの中の怒りが刺激される。なにがそんなに気に入らないのか、何故こんなにもムカつくのか、ルーク自身もその理由は分かっていない。

 ただ単純に、目の前の男がいけすかないという理由だけでルークはここに立っている。


「あぁそうだ、彼女はまだ生きてるかい? メレスがいるからまだ死んではいないと思うけど……もしかして、君はそのために来たのかな?」


「アイツは関係ねぇよ、俺は俺のためにここへ来たんだ。テメェとの勝負の続きをするためにな」


「酷い男だね。彼女は君を庇うために戦って呪いを受けたんだよ? なら、彼女のために戦うべきじゃないのかな」


「呪いをかけたのはテメェだろ。それに、呪いだってテメェをぶっ飛ばした後にその剣を壊せばそれで済む話だろ」


 呪いの効力を失わせる方法、それは呪いの元を断つ事だとメレスは言っていた。この場合、殺すべきなのはイリートではなくて持っている剣と考えて間違いだろう。

 必要ならば彼を殺すとという手段もとるが、それはルークの望むところではない。


「そうだね、それで呪いは消せるよ。けど、それが出来るとでも?」


「やるさ、どの道テメェを逃がすつもりはねぇよ」


「困るな、君と遊んでいる暇はないのに。残念だけど君を殺すのは後だ、流石にこの場に何人も駆け付けられたら僕でも逃げられないからね」


 イリートの余裕な表情を見るに、負けるつもりなど毛頭ないのだろう。それに加え、今の彼は戦うという手段を選ぼうとはしていない。

 イリートはルークに背を向け、その場から離脱しようとするが、


「逃がすかって言ってんだろ!」


 胸元に手を突っ込んでナイフを取り出すと、それをそのままイリートに向かって投げ付ける。振り向き様に剣で弾かれるが、ルークはその隙に一気に前進。落ちていた血まみれの魔道具を拾い上げると、目を閉じてイリートに向かって信号弾を放った。


 路地に緑の閃光が広がり、暗い路地という事もあって目眩ましとしての効果は絶大だ。

 僅かに目を開き、地面に広がる血を踏む音を頼りに飛び出すと、ルークは全力で剣を振り下ろす。


「また目眩ましかい……君は芸がないね」


「それに何度も引っ掛かってるテメェはなんなんだろうなァ」


 しかし、その一撃は防がれた。

 剣ではなく、イリートの周りを覆う風の壁によって。

 押し込もうと力を込めるが、次の瞬間には壁が弾け、発生した風圧によってルークの体は後方へと吹き飛ばされた。


「ッ! 魔法相手だとやりづれぇ……」


 空中でもがきながら体の向きを変え、背中からの落下はなんとか阻止。片膝をついて呼吸を整えると、握っていた魔道具を投げ捨てた。

 鞘があれば魔法とも渡りあえるが、今手元にはない。後悔しつつも無い物は無いと頭を切り替え、間髪入れずに飛び出した。


「まだまだァ!」


「残念だけどこんな所で時間を潰している暇なんてないんだ、今の閃光で人が駆け付けてくるかもしれないしね」


「んな事知ったこっちゃねぇんだよ!」


 イリートは戦う気はないらしく、ルークの一撃を受け止めずに後ろへ跳躍する事で回避し、着地と同時に彼の背後から無数の炎の鞭が現れた。

 しなり、熱を撒き散らしながらルークへと迫るーーが、それは横へと逸れた。


「な、にーー!」


「言った筈だよ、君にかまけている暇はないと」


 ルークの眼前で鞭は進行方向を変え、風を切りながら壁へと叩き付けられた。レンガで出来た外壁をぶち抜いて瓦礫が飛び交い、ルークは慌てて後ろへと下がる。

 そして気付く。

 彼の狙いが攻撃ではなく、道を塞ぐ事だったということに。


「な、テメェ! 逃げんてんじゃねぇ!」


「君の相手は後回しだ。今は他に殺すべき相手が沢山いるからね」


「ふざけんな! 俺の相手をしやがれ!」


 瓦礫の向こうから聞こえる声に苛立ってじたんだ踏み、逃がすまいと瓦礫を登り始める。

 剣を突き刺しながら頂上までたどり着くと、


「……単純だね、もう少し後先を考えるべきだ」


「や、べ……!」


 イリートの姿はまだそこにあった。それどころか、姿を現したルークに狙いをすませるように右腕を構えていたのだ。

 イリートの手になにかが集まる。

 やがてそれは形を持ち、巨大な炎の塊へと変化した。


「これで死ぬようなら僕が相手をする価値もない」


 呟き、そして炎の塊はルークに向かって射出された。

 防ぐ事は不可能、ならばと剣を手放し、ルークは全力で飛んだ。前でも後ろでもなく、横ーーつまり壊れた建物の中へとダイブ。


 全身を焦がすような熱が背中を襲い、髪の毛が焦げる嫌な臭いが鼻を刺激する。着地と同時に前へと転がり、即座に体を起こしてダッシュすると、目の前に現れた扉にドロップキックをかまして大通りへと飛び出した。


「ゴホ、ガホ……ぐゥ……喉が……」


 熱を多く吸い込んだのか、喉に焼けるような痛みが走る。それに加えて前転した際に左肩を打ち付けたらしく、服に血が滲んでいた。

 しかし、手足はちゃんとくっついてるしどこの骨も折れてはいない。無事を確認し、集まる人を他所に再び路地へと引き返す。


「クソ……あの野郎どこに行きやがった……」


 燃え盛る炎の中、目を凝らしてイリートの姿を確認するがどこにも見当たらない。

 煙を吸い込まないように口に手を当てて炎の中へ突っ込み、最後にイリートが立っていた所まで行くが、姿どころか痕跡すら跡形もなく消え去っていた。


「また逃げられた……ッたく、ちょこまかちょこまかしやがって……」


 舌を鳴らしながら言葉を吐き捨てるが、居ないものは居ないと頭を切り替える。

 今ので間違いなく騎士団はこの場所にやって来るだろうし、もしバレればルークは連れ戻されるに決まっている。

 なので、とる行動は逃げの一手のみ。


 しかし、ただ逃げるだけではイリートに追い付く事は出来ない。今一番大事なのは、さほど距離を離されていないこの状況でいかに接近出来るかだ。

 足早に路地を進みながら思考を重ねる。


(逃げるっつったてそう遠くには行ってねぇ筈だ。それに、今の騒ぎで人が集まる……そうなりゃリスクを背負ってまで遠くに行く必要はなくなる)


 イリートの目的はなにか。

 彼は何故逃げているのか。

 それさえ分かってしまえば、後は全てを繋げるだけだ。


(今夜中に町を出るって事はあらかじめ準備してたって事だ。どの入り口から出るにしろ、近くの町に行くための手段は必ず用意してる筈。だとすりゃ、行くべき場所は一つ……!)


 イリートは自分が使命手配される事を予期していなかった筈だ。という事は、普通にこの町を出るつもりだったと考えて間違いだろう。

 そして、その手段はルークの知っている限り一つだけ。


 目的地である勇者の集まりがある町は馬車で行っても半日かかると言っていたし、その距離を徒歩で行くとは考えてづらい。

 ルークが目指す場所、それは一番近くの馬小屋である。



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