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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
三章 量産型勇者の歩く道
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三章十二話 『度重なる困難』



「まったく、なにも説明しないのはアンタの悪いところよ」


「今のコイツにはなにを言ったって聞く耳を持たねぇと思ったんだよ」


「だからって……やるこっちの身にもなりなさいよね」


 頬を膨らませて不満を漏らすメレスを他所に、アルフードはルークが完全に意識を失った事を確認すると、締め付けていた腕を離した。

 多少強引という事は分かっているが、この状態で言う事を聞かせるには仕方ないだろ。


「オイ、コイツを空いてる部屋に運んどいてくれ。多分起きたら逃げ出すだろうから、しっかり見張っとけよ」


「はい、分かりました」


 通りかかった数人の部下を呼び止め、横たわっているルークを運び出す事を指示。付き合いは短いけれど、ルークがどんな性格なのかある程度は理解しているようだ。

 分かりやすいという理由以上に、昔の自分の姿と重なって見えたからだろう。


 部下がルークを運んで行く姿を見送ると、部屋に転がっていた剣へと目を向ける。軽い気持ちで持ち上げようとするが、


「やっぱびくともしねぇな、これをあんだけ軽々と放れるって事は……そういう事なんだろうな」


「それ、どうするの? 私達じゃ運べないわよ?」


「仕方ねぇからこの部屋に置いておく。アイツも武器無しでイリートに挑むほどバカじゃねぇだろ」

 

「短絡的ね、かけても良いわ、絶対にアイツは抜け出すわよ。武器のあるなしは関係なく」


「……だろうな、アイツはバカだろうし。見張りを多めにつけとく、そんで逃げ出されたら俺の不始末で片付ける」


 剣を持ち上げるのを諦めると、今も苦しそうにしているティアニーズの横へと近付き、その頬に優しく触れた。

 背中に刺さるメレスの視線に気付くと、名残惜しそうにしながら手を引っ込め、


「話がある」


「知ってる、だからここに来たんでしょ? アイツを気絶させたのもそのため?」


「ちげーよ、うるさいからだ」


「良い歳こいてツンデレのつもり?」


「良いから聞け、真面目な話だ」


 からかうようにニヤニヤと笑みを浮かべるメレスを適当にあしらうと、アルフードは先ほどまでルークが座っていた椅子に腰をかける。

 寝ているティアニーズへと目を向け、意識がない事を確認すると改めて話を始めた。


「二日前、外に見回りに行かせた小隊が消息不明になった。トワイルに確認しに行かせたが……残ってたのは血と僅かな物資だった」


「最近アンタが忙しそうにしてたのってその件があったから? だから勇者殺しにまで手が回らなかったと」


「言い訳はしたくねぇが、正直勇者殺しなんかよりもそっちの方が重要だったんだ。トワイルが見たのは足跡、ドラゴンの物だったよ」


「ドラゴン? 嘘でしょ? たかがドラゴンに小隊一つが潰されるなんて」


「たかがドラゴンじゃないとしたら? 前にティアニーズを同行させた任務の時、あの時も小隊二つが潰された」


 信じられないといった様子のメレスに、アルフードは直ぐに切り返す。顎髭に触れ、記憶を探るように天井を見つめると、


「あの時、俺はティアニーズの話をちゃんと聞くべきだった。嘘をつくような奴じゃないってのは分かってたし、初めてドラゴンと会った恐怖で誇張されてると思ってた」


「……アンタの言いたい事は分かった。それで、その魔元帥がゴルゴンゾアの近くに来てるって事?」


「多分な。普通、一般的に知られてるドラゴンは鱗が緑だ。けどたまに違う目撃情報が入る、前の戦争にも参加してた赤紫の鱗のドラゴン……魔元帥の一人がな」


 自分で発した言葉に、アルフードは肩を落として大きなため息をついた。

 魔元帥という単語は戦争を知っている者、それ以外の人間が聞いたとしても恐怖の対象でしかない。最近までは目撃情報などほとんどなかったのだが、ここ数日になって目撃証言が増えていた。


「同じ時期に目撃証言が増え始めた、同じ時間に色々な場所でな。勇者殺しを捕らえるって名目はあったが、俺達第三部隊がここに派遣されたのもそのためだ」


「私も話だけは聞いた事ある……けど、そのドラゴンの魔元帥ってそんなに速度が速いの? 同じ時間に他の場所で姿が見られるなんてあり得るの?」


「あり得てる、それが事実だ。そもそも、魔元帥を俺達の想像の範疇で語る事自体が間違ってるんだろうよ」


「同じ姿のドラゴン、魔元帥がアスト王国の様々な場所で姿を確認され始めてる。同じ時間に違った場所で目撃された理屈は置いておくとして、五十年もパッタリと消えてた魔元帥が今になって活動を再開したって事は……」


 そこまで言って、メレスは口をつぐんだ。言葉の続きは安易に予想出来たし、アルフードだってその考えが頭を過った。

 けれど、認めたくはなかったというのが本音だ。しかし、それは騎士団として必ず向き合わなければならない事実で、


「魔王の復活が近い……そう考えるべきだろうな」


「……ま、普通はそうなるわよね。それに、ルークが現れたタイミングを考えても、世界が変わり始めてるのは明白だわ」


「しかも悪い方向にな。今は魔元帥の目撃情報だけで済んではいるが、奴らが本格的に動き出すとなると俺達も腹をくくらなくちゃならねぇ」


「目的は間違いなく魔王の復活よね。奴らは封印されてる場所を知ってるの?」


「知らねぇと思う。騎士団の中でもそれは重要機密だ、俺もなにも聞かされてねぇからな」


 ルークが現れ、魔元帥の目撃談が明らかに増えてきている。それはすなわち、始まりの勇者が最後のに残した言葉が現実に起きているという事だ。

 どうして彼にそれが分かったのかは不明だが、今重要なのはそこではない。


 五十年に起きた戦争の続きが、再び起きようとしているのかもしれない。

 だからこそ、アルフードはどうあってもルークを死なせる訳にはいかないのだ。唯一の希望である本物の勇者を。


「でも、魔元帥が活動を再開したんならルークに戦わせるべきじゃないの?」


「俺だって本当ならそうしたい。が、今のアイツが戦っても死ぬだけだ。勇者として戦う覚悟や意思があるならまだしも、アイツはまだ他人事だと思ってやがる。そんな奴を戦地に送る訳にはいかねぇ」


「自分勝手なのね、戦えって言ったり待ってろって言ったり、ルークが苛々するのも分かる」


「それが俺達騎士団のやるべき事だ。感情論に流されて現実から目を逸らさせてもなにも変わらねぇ、アイツは勇者なんだ、戦うしかねぇんだよ」


「本人が嫌だと言っても? 勇者とはいえ、普通の男の子だとしても?」


 珍しくメレスの瞳が真っ直ぐにアルフードの顔を捉えた。

 アルフードだって、本当ならそんな事はしたくないに決まっている。つい先日まで普通に暮らしていた青年に、世界の全てを背負わせるなんてのは当事者からすれば迷惑でしかない。


 けれど、そうする事でしか世界を救えないのなら。

 たとえ望まない事だとしても、彼しか頼れる人間が居ないとしたら。

 アルフードはメレスを見つめ、静かに口を開いた。


「それが俺達の仕事だ。世界を守るためだったらなんだって利用する、たとえそれが女子供だとしてもだ。それが、そんな理不尽こそが戦争なんだよ」


「ま、私はアンタに従うわよ隊長さん。責任とか面倒な事全部押し付けられるし」


「だったら黙って働け、下らねぇ婚活パーティーなんかで有給を使うな」


「嫌よ、いつ死ぬか分からないんだから結婚の一つくらいはしておきたいの」


 ちなみに、昨日メレスが宿舎から逃げ出したのは婚活パーティーに参加するためである。これまでも何度かそう言って逃げ出していたが、これだけ危険な状況に置かれながらも優先する辺り、彼女にとっては重要な事なのだろう。

 その証拠に、それだけは譲れないと言いたげに鼻を鳴らして腕を組んでいる。


 アルフードはそれを見て諦めたように苦笑いを浮かべ、部屋に訪れた理由を終わらせると部屋を出ようとする。

 しかし、行く手を阻むようにメレスが扉の前に手を出した。


「それで、ルークの事はどうするの? まさかこのままずっと閉じ込めておく……なんて言わないわよね?」


「たりめーだろ、イリートを捕まえたら隙を見て王都まで強制連行する。その時はお前に護衛を任せるからな」


「さっき言ってた意思とか自覚はどうするつもり?」


「今のアイツを説得するのは不可能だろうよ。アイツが自分自身で気付いて選ぶしか道はねぇ」


「ほんと、昔のアンタと親父さんを見てる気分。アンタならルークの気持ちが分かるんじゃないの?」


 手を引っ込め、メレスはやれやれといった様子で手を上げる。嫌味ったらしく言葉を吐き、それを聞いて顔をしかめたアルフードに爽やかな笑みを向けた。

 嫌な思い出を刺激され、アルフードはわざとらしく舌を鳴らすと、


「俺は親父に言われて無理矢理騎士団に入れられた。そりゃ最初は逃げ出したりもしたが、最後は自分で戦う道を選んで今ここに居る。逃げる事は悪くねぇ、悪くはねぇが……目を逸らす事だけはやっちゃいけねぇんだ」


「親父の受け売りね、あのちっこいアルフードさんがこんなに立派になっちゃって……お姉さん悲しい」


「歳はお前の方が下だろうが。俺はもう行く、さっきトワイルからそれらしい奴を見つけたって連絡が入った」


「そ、一応気をつけてって言っといてあげる」


「お前に言われなくても油断はしねぇよ」


 最後まで憎たらしい態度で接するメレスに、アルフードは適当に言葉を吐いて扉を開いた。外で待っていた部下に指示を出し、ルークを運んだ事を確認すると、


「メレス、ティアニーズを頼んだぞ」


「言われなくてもそうするわ。二日、それ以上はいくら私でも無理よ」


「十分だ、それだけありゃ捕まえた後にショッピングが出来る」


 減らず口を叩き、足早に寝室を後にした。

 しかし、言葉とは裏腹にアルフードの表情は、部下を傷つけられた事によって殺意にも似た怒りにまみれていた。



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