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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
三章 量産型勇者の歩く道
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三章八話 『突然の来訪者』



 その日の夜、壊れた魔道具やらなんやらの修理を終えた勇者ことルーク・ガイトスは、初めて自分の置かれた状況も悪くはないかもしれないと思っていた。

 あれよあれよと事が進み、なんだかかんだで色々とあり、結果的にこうなってはいるけれど、それも悪くないかもしれないと。

 何故なら、


「さ、さぁ、早く寝るわよ! アンタが言い出したんだからね、真ん中で寝なさいよ!」


「……不本意ですが護衛なので仕方ありません、今回だけですよ」


「わーい、皆で一緒に寝れるね!」


 喜び方はそれぞれだけど、ティアニーズとメレス、そしてコルワは一つのベッドに寝転びながら自らの感情を口にする。

 ルークはベッドの前に立ち、誘う三人を見て、


「いやあのね、一緒に寝るのは構わないしむしろ本望なんだけどベッドちっさくね? これ絶対シングルじゃん、君達三人が寝たらもうぎゅうぎゅうだよね?」


「文句言わないで下さい。今は勇者殺しの件で大勢の騎士団がこのゴルゴンゾアに集まっているんです。なので、部屋が少ないのはしょうがないんです」


「そうよ、もしかして怖じけづいたの? ま、まぁ私ってば魅力的なお姉さんだから、その魅力に当てられたって言うなら仕方ないわね」


「そうじゃねーよ、このベッドじゃまともに寝る事すら出来ねーだろ。お前ら邪魔だから床で寝ろ」


「嫌です」

「嫌よ」

「やだー」


 ルークとしてもこの状況は願ったり叶ったりというやつなのだが、今優先すべきは自分の睡眠なのである。久しぶりにベッドで寝れるのだから出来るだけ疲れを癒したいし、何よりも桃色の髪の少女の寝相にそれを邪魔されるのはなんとしても避けたい。

 しかし譲る気はないようで、メレスはベッドを叩き、


「早く来なさい、明日も早いんだから。夜更かしは肌の敵なの」


「そうですよ、しっかり疲れをとらないと勇者殺しに襲われた時どうするんですか」


「眠いから早く寝よーよ」


「君達が邪魔してる事に気付いてないのかな? どう考えても熟睡なんて出来ねぇだろ」


 なんとか引きずり下ろそうと奮闘するけれど、へばりついてベッドから離れようとはしない。結局、一緒に川の字で寝る事を受け入れてベッドへと突入するが、


「ちょ、ちょっとどこ触ってるのよ!」


「あんまりくっつかないで下さい!」


「だから最初に言っただろ! 絶対に四人とか定員オーバーだから!」


 ティアニーズとメレスの間に入ったルークだったが、密着しているというよりも腕が体に乗っている。出来るだけ体を細めてはみるものの、限られたスペースではその行動ですら無意味である。

 ティアニーズはルークの顔を肘でおしやり、


「そんなに顔を近付けないで下さい。貴方の顔が横にあると寝れません」


「そんなに押さないでよ! こっちに顔が来るじゃない!」


「痛い、痛いから! 顔潰れるから!」


 ティアニーズに押され、今度はメレスの顔が迫る。そんでメレスに押され、再びティアニーズの顔が迫る。ルークの顔は見るも無惨なほどに両脇からの圧力によって潰され、サンドイッチの具のようになっている。


「キャッ、どさくさに紛れてどこ触ってるんですか!」


「触ってねーよ! お前が押すから体が勝手に動いちゃうの!」


「ヒャッ、耳に息を吹きかけないで!」


「それ呼吸するなって事かな!? つか、お前ら力強過ぎ!」


「女性の体に無許可で触るなんてなにを考えてるんですか!」


「この状況で触らずに済む方法があるなら教えてくれませんかね!?」


 両サイドで繰り広げられる攻防に、ルークはなすすべもなく遊ばれている。男としては非常に羨ましい光景なのだが、いざなってみると実はそうでもなかったりする。

 そして終いには、


「おいコラ猫耳、テメェそこでなにやってやがんだ」


「だって皆楽しそうなのに私だけ仲間外れなんだもん。だからここで寝るね」


「ふざけんな、今すぐコタツで丸くなってこい」


「まだコタツの季節じゃないもん」


 メレスの体を跨いでやって来たコルワだが、何故かルークの腹の上で丸まっている。どうやらここで寝るつもりらしい。

 大前提として仲良くしてはいないのだが、彼女には和気藹々としているように見えたようだ。


「ダメだよコルワ、そんな所で寝たら変な事されちゃうよ」


「変な事ってなぁに?」


「色々と触られるんだよ」


「触らねーよ、触るとしても耳をモフるぐらいだっての」


「ちょっと、どういうつもり? 私という魅力の塊が居るのに、そんな小娘の体を触る気な訳?」


「ちょっと黙っててもらって良いかな? お前の場合どうすれば正解なのか分かんねぇんだ」


 とか言ってる内に、コルワは瞼を閉じて寝息を立てている。疲れているのだろうとか冷静に判断する暇もなく寝るコルワに、ルークはただただため息をつく事しか出来ない。

 ティアニーズとメレスは腹の上の少女を見て、


「私達も早く寝ましょう」


「そうね、夜更かしは美容の敵だわ」


「ねぇ殴って良い? 良いよね、お願いだから一発だけ全力のグーパンで殴らせて」


「うるさいですよ」

「うるさいわよ」


「テメェらのせいだろ! 散々遊ぶだけ遊んで放置ですか!?」


 返事はない。

 ティアニーズの方へ顔を向けると、既に眠りの世界へと入っている。

 メレスの方へ顔を向けると、こちらも同様に眠りの世界へと入っている。

 いたぶるだけいたぶって即座に眠る、この状況は生殺しという言葉がピッタリだろう。


 コッソリ抜け出そうにも両腕は固くロックされており、腹の上には猫の少女が眠っている。なのに、ルークは何もする事が出来ない。

 寂しくはない、寂しくなんてないけれど、


「ねぇ嘘だよね? マジで寝ちゃった感じ? 眠れないんですけど、目覚めちゃったんですけど! メレスさん、あんだけ騒いでたのに何もないの!? ティアニーズさんは寝相の悪さを発揮しないの!?」


 返事はない。三人とも熟睡しているようである。

 天井を見つめていると、一筋の涙が頬を伝う。その涙を拭う事すら出来ない状況に、


「うん、もう寝よ」


 諦め、ルークは大人しく瞳を閉じた。

 この時、ルークはハーレムなんて存在しないのだと悟った。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 そして次の日、窓から差し込む太陽の光に瞼を叩かれ、ルークは目を覚ました。

 それと同時に嫌な汗が全身から吹き出し、目覚ましパンチが飛んで来るのではと警戒心を高める。

 しかし、その一撃はいっこうにやって来ない。


 それどころか、寝る前にあった両腕の暖かさを全く感じない。さらに加えるなら、腹の上にあった筈の重さも感じない。

 うっすらと瞳を開き、辺りを確認すると、


「……あれ、誰も居ない」


 一緒に寝ていた筈の三人の姿が消えており、そこら中に散らばっていた武器もなくなっている。

 妙な違和感に苛まれながらも体を起こすと、ざわざわとした声が耳に入った。


「朝からうるせぇな……」


 恐らく部屋の外、そして建物の中のものだろう。眠さに襲われながらも剣を手にすると、ルークは部屋を後にする。

 部屋を出て階段を下り、声の方へと歩みを進めると、入り口の辺りに人が集まっていた。

 その中には見知った顔もあり、人混みをかき分けてティアニーズへと近付き、


「おい、なんかあったのか? 朝からうるせぇ…………ってコイツ……」


 人混みの中心、扉の前には血だらけの男が倒れていた。顔や肩に切り傷が刻まれており、素人目から見ても生きているのが不思議なくらいだった。

 そして何よりも、ルークはその顔に見覚えがあった。


「昨日の宿に居た奴……だよな」


「アグルさん……彼はそう名乗っていました」


 ティアニーズはルークへと一瞬だけ目をやり、アグルに触れてなにかをしているメレスを見た。恐らく、魔法で治療しているのだろう。

 けれど、


「……ダメね、もう死んでる」


 メレスが呟いた。

 アグルは最後に口を開いてなにか伝えようとしていたが、『奴の狙いは……』と中途半端なところで途切れ、それが言葉として耳に入る事はなかった。

 今、この瞬間、目の前で人の命が失われた。


「勇者殺し……ですか?」


「多分。やり方も傷の形も一緒だし、ここまで来れた事が奇跡だわ」


「おい、今すぐ包囲網をはれ。これ以上は我慢ならねぇ、勇者殺しを捕まえるぞ。死んでも逃がすな、騎士団の名にかけて奴を捕らえる」


 怒りに満ちた声で口を開いたのはアルフードだ。アグルの側に寄り、彼の目を閉じると白い布をかけた。布に血が滲み、どれだけ出血した状態でここまで来たのかをその場の全員が悟った。

 アルフードの指示に従い、騎士団は動き出す。


 数人がアグルの死体を運ぶ中、ティアニーズとルークだけがその場に立ち尽くしていた。

 彼女の手は震えていて、けれど表情は怒りで満たされていた。


「許せない……どれだけの人の命を奪えば……」


「お前が気負ってもなにも変わらねぇだろ。死んだ人間は生き返らねぇ、今やるべき事をやれ」


「そんな事分かってます、分かってるけど……そんな簡単に割り切れるほど私は強くない」


「だったら休んでろ、今のお前が居たって足手まといになるだけだ。気持ち落ちつかせてからでもーー」


 そこまで言って、ルークは言葉を失った。

 開かれた扉の向こう、大通りまで一直線に伸びる道の先にそれを見たからだ。

 金髪の男ーーイリートがこちらを見て静かな笑みを浮かべていたから。


 証拠もなにもないけれど、ルークは彼の目を見て全てを理解した。こじつけで大した確証なんてない、それでも、彼がアグルを殺した張本人なのだと。

 冷めた瞳なのに、口元だけは歪に歪んでいるのを見て。


「……クソが、これだからイケメンは信用ならねぇんだよ」


「……どうかしましたか?」


「なんでもねぇ、お前は騎士団の奴らと他探してろ」


 ルークは自分の中で暴れまわる怒りを感じていた。何故そこまで自分が怒っているのかは分からない、分からないがあの瞳を見ると妙に苛つくーーそれだけは分かったから。

 そして、あの男が心底気に食わないと。


 去ろうとするイリートを見ると、ルークは迷いもせずに宿舎を飛び出した。背中に投げ掛けられるティアニーズの言葉を無視して。

 聞こえたのは『待って!』という言葉だった。


 走りながら違和感を覚える。目の前を走るイリートは逃げているいう訳ではなく、ルークが追いかけて来ているのか確認しながらペースを調整しているようだった。

 誘い込まれている、そう理解しながらもルークは追う事を止めなかった。


「……待てや、クソ金髪」


 数分間に渡り走り回った挙げ句たどり着いたのは、人気のない路地だった。

 イリートは奥で立ち止まり、ルークを待つようにこちらを見ている。そのたたずまい、そして仕草一つが嫌に怒りを刺激する。


「彼……アグルって名前だっけかな? まぁなんでも良いや、だってもう死んだんだろう?」


「あぁ、さっき俺達の目の前で死んだ。全部テメェの仕業なんだろ」


「どうしてそう思うんだい?」


「理由なんかねぇよ、テメェのその目が人殺しの目をしてたからだ」


 静かに言葉吐き出すルークに、イリートは手を叩いて絶賛するように微笑んだ。拍手の音だけが静まり返った路地に響き、やがて音が鳴り止むと、


「僕としても不本意なんだよね、勇者殺しって名前は。僕はただ、名前だけの偽物を駆逐してるだけなのにさ」


「んな事どうだって良いんだよ。興味ねぇ事をペラペラと喋ってんじゃねぇぞクソが」


「……まぁ聞きなよ。だってそうだろ? 力も無いくせに、ただの偽善者のくせに勇者を名乗るなんて許せないんだ。勇者は一人だけで良い、この世界に英雄は一人で十分なんだ……」


 うつむき、肩を小刻みに震わせながらイリートは口を開いく。

 笑っているようで、怒っているようで、気味の悪い様子にルークはわざとらしくえずいた。


「だから僕が掃除する、本物の勇者である僕が。偽物の勇者を裁くんだ」


「テメェにその資格はねぇだろ。やってる事はただの殺人鬼となに一つ変わらねぇ」


「あるよ、だって僕はーー」


 この瞬間、ルークは初めて他人に対して僅かな恐怖を抱いた。笑顔とは本来喜びの感情を表すものであって、決して恐怖を抱かせるものではない。

 けれど、それは間違いなく笑顔だ。

 心の底からの喜びを表現している。

 そして、


「勇者なんだから」



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