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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
三章 量産型勇者の歩く道
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三章三話 『この男、不幸につき』



 走り去るルークへと手を伸ばしたが、その手は空を切った。目にも止まらぬ速さで走り出したかと思えば、数秒で彼の姿を見失う。

 取り残されたティアニーズは、呆気にとられながら走って行った方向を眺める。


「……えーと、誰だアイツ」


「え、あッ、そうです、今日はあの人を紹介するために来たんです」


「紹介……彼氏か!?」


「違います!」


 驚いたように口を開くアルフードに、ティアニーズは食いぎみに反論。先ほどの事もあり、今はそっちの方面に対して過剰な反応を見せてしまうのだ。


 ちなみに『なんだ違うのか』と残念そうに呟くこの男こそ、ティアニーズが所属する第三部隊の隊長である。

 見た目は近所のおっさんだが、その実力は中々に高い。剣術の腕前だけで言えば、騎士団の中でも三本の指に入るだろう。


「そんで、彼氏じゃないならあの男は誰なんだ?」


「勇者です、本物の勇者なんです!」


「な、本当か!? 見た感じそんな風には見えなかったけどな……」


「そ、それはそうなんですけど……実力は本物なんです」


「まぁ、お前がそんな下らない嘘つく奴じゃないってのは分かってる。つっても、あれが勇者か」


 ティアニーズは反論する事も出来ず、苦笑いを浮かべながら頷いた。アルフードの感想も当然で、いきなり騎士団を潰す発言をしたかと思えば、女性を追い回すような勇者など珍しいどころか前代未聞だろう。

 アルフードはルークが走り去った方を見つめ、


「メレスを探すついでにその勇者も探すか。アイツが勇者なら他人事でもねぇだろうしな」


「……またメレスさんサボってるんですか?」


「いつもの事だが今回はちと事情が違う。お前にも協力してもらうぞ」


「はい……?」


 首を傾げながらも、アルフードの神妙な顔つきを見てティアニーズは返事をした。

 ちなみに、メレスとは先ほどの女性の名前である。サボり魔で面倒くさがり、そんな性格が幸いしてか、恋人もおらず現在頑張って婚活中なのである。しかしながら、実は凄い魔法使い。


 二人の探し人は同じ場所に居ると考え、早速捜索を開始しようとした時、前方から男女のペアが歩いて来た。

 少女はティアニーズを見た瞬間に満面の笑みを浮かべ、


「ティア! 久しぶり!」


「うわっ、もしかしてコルワ?」


「そうだよそうだよ、一ヶ月ぶりくらいだよね!」


 猫耳の少女ーーコルワはティアニーズに抱き付き、胸元に顔を埋めながら嬉しそうに口を開く。

 短い銀髪を後ろで一つに結び、着飾っている紺色の服は大きく肩の部分だけが露出している。


 彼女の名前はコルワ・シーフル。年齢もティアニーズと同じで、第三部分に配属された時からの付き合いだ。

 激しく抱擁を迫るコルワを無理矢理剥がし、


「いきなり抱き付いたらビックリするでしょ」


「だって久しぶりで嬉しかったんだもん! 勇者探しに行ってたんだよね? 戻ってきてるって事は見つけたの?」


「うん、本物の勇者だよ。ちょっとアレな人だけどね」


「流石ティア、私の親友だね! 鼻が高くなっちゃうよ!」


 自分の事のように喜び、コルワは誇らしげに胸をはる。久しぶりの親友との再開に頬を緩めていると、コルワの背後から一人の男が顔を覗かせた。

 男はサラサラの金髪を風になびかせ、


「久しぶりだね、元気そうでなによりだよ」


「トワイル副隊長、お久しぶりです」


「いきなり部隊から離れるって聞いた時には驚いたよ、アルフードさんのお世話大変だったんだからね」


「すいません……メレスさんも居るとなると、その苦労お察しします」


 目を細めて怪訝な表情を浮かべるアルフードを他所に、二人は声を小さくして会話を続ける。

 トワイル・マグトル、第三部隊の副隊長で人柄も良く、部下からは好かれ家事もお世話も全てこなす完璧なイケメンである。

 優しげで落ち着いた目尻に、白の服に青色の線が至るところに入っている。腰にある細剣は、彼の家に代々受け継がれている物らしい。


「戻って来たところわりぃんだが、メレスがまた脱走した。つー事で、今から探しに行くぞ」


「またですか、アルフードさんがちゃんと見張ってないからですよ」


「バカ言え、アイツの見張りはお前の役目だろ。て事でお前が悪い」


「はいはい、隊長の指示に従いますよ。そろそろ給料上げて下さいね、アルフードさんとメレスさんのお世話はかなり疲労がたまるので」


 出来の悪い上司という訳ではないが、面倒くさそうなアルフードに対してトワイルは甘受するように頷いた。

 基本的に、アルフードとメレスの不始末は副隊長であるトワイルに押し付けられる。

 それはティアニーズも分かっているので、同情するように、


「いつもお疲れ様です」


「あははは、ティアニーズが戻って来てくれたから少しは楽になるよ。コルワも言う事聞かなくて困ってたんだ」


「そんな事ないよ、私だってちゃんと頑張ってるもん。トワイルが仕事熱心なだけ」


「ダメだよ、お金貰ってるんだからちゃんと働かないと」


 姉のように諭すティアニーズに、コルワは『はーい』と返事をしながら手を上げた。

 我が家のような安心感に包まれ頬が無意識に緩んだ。この感覚はあの勇者と居ても味わえないもので、ティアニーズは心底安心したようだ。


「ほら、こんな所で喋ってねーで行くぞ。俺とトワイル、ティアニーズとコルワ、手分けしてメレスを探す。分かったか?」


 班分けも決まり、本格的に捜索に乗り出そうとした時、東の方の空に緑色の光が輝いた。

 全員がそちらに目を向け、アルフードは顎髭に触れながらため息混じりに呟いた。


「緑の信号……また勇者殺しか」


 空に上がった緑色の光、それは騎士団内で使われる増援要請、または緊急事態発生の信号だった。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「これで良し、もう少ししたらアル達が来るわ」


「今の何? 何か緑の光が上がってたけど」


「騎士団で使われてる合図。それより死体見ても驚かないのね」


「驚いてるよ、つか、空から死体が降って来たら誰だって驚くだろ」


 横たわる女性の死体を見るなり、ルークは不機嫌な顔をしつつも冷静に口を開く。

 騎士団の宿舎から出てきたので薄々気付いてはいたが、どうやらこの女性もその一人らしい。死体を見て顔色が変わり、面倒くさそうだがちゃんと仕事をしている。


 先ほどまでのふざけた雰囲気もどこかへ消え去り、ルークは改めて死体を眺める。


「なぁ、これって殺人事件なの?」


「私の名前はメレス、お姉さまでも良いわよ」


「ゼッテー嫌だ」


 メレスは路地に入れないように入り口に透明な結界をはると、そのまま死体へと視線を落とした。

 身体中を切り刻まれており、落下の影響で手足が変な方向へ曲がっている。それを見ても顔色一つ変えないメレスに驚きつつ、ルークは横から死体を覗き込んだ。


「こんだけやられてるって事は恨みを持った奴の仕業か? 切った上に落とすとか酷い事するもんだな」


「違う、当たらずとも遠からずってところね。恨みを持った人間の犯行だけど、顔見知りじゃないわ」


「ふーん、何か探偵みたい」

 

「褒めてもデートしかしてあげないわよ」


「十分な褒美なんですけど」


 これだけの惨状を見ながらも軽口を叩けるのは、二人ともある程度イカれているからだろう。

 もう少し近付こうとした時、ルークは何か違和感を覚えた。その違和感に従って顔を上げると、


「ん? 人……?」


 顔までは見えなかったが、建物の上に金色の髪が靡いているのが見えた。目を凝らして見つめるが、その人影は直ぐに消えてしまう。

 メレスは不自然な行動をとるルークを見て、


「どうしたの?」


「いや、何か人が居た気がしただけだ。んな事より、さっき言ってた事……何か知ってんだろ? この人殺しについて」


「何でそう思ったの?」


「意味ありげな言い方してただろ。こんだけ切られてりゃ普通は恨みとかで殺したって思う、けどアンタは違うって断言してた」


「……意外と話聞いてるのね、ただのけだものかと思った」


「知能のあるけだものだ」


 良く分からない反論にメレスは微笑み、立ち上がってルークの顔を見つめた。しばらく視線が交差し、メレスは顔を逸らすと、


「そんなに見つめないでよ……もう」


「テメェが見て来たんだろ!」


「冗談よ冗談。最近流行ってるのよ、とある人達が切り刻まれて殺させる事件が」


 コロコロと表情が変わるメレスに、ルークはほんの少しだけときめいてしまう。しかし、それを知られるのは何だか恥ずかしいので、持っていた剣で自分の頭を叩いて誤魔化すと、


「とある人達ってなんだよ」


「それ以上は言えない……って決まりだけど、結構噂立ってるみたいだから誤魔化しても無駄よね」


「俺今さっきここに来たばっかだから何も知らねぇけど」


「嫌でも知る事になるわよ。騎士団、そしてゴルゴンゾアはこの話題で持ちきりだから」


 そこまで言われると、流石のルークでも気になってしまう。面倒な事に巻き込まれたくないという気持ちを好奇心が上回り、話題について問い質そうとした時、


「あ、やっと見つけましたよルークさん!」


「ん? げ……桃頭」


 最近では一番聞いている声が鼓膜を叩いた。メレスのはった結界を通り抜けてやって来たのは、ティアニーズと見知らぬ顔ぶれだった。

 わざとらしく嫌そうな声を出し、ルークは一歩後退る。

 そんなルークにティアニーズは負けじと迫り、


「もう、どうして貴方は人の言う事を大人しく聞けないんですか!」


「うっせ、俺がどうしようと俺の勝手だろ。つか、それを言うならいきなりぶっ飛ばしたメレスが悪い」


「メレスさん? お久しぶりです! ……って、え」


 無邪気な笑顔を見せるティアニーズだったが、足元に転がる死体に気付き一瞬にして顔色が変化した。

 その背後からやって来た顎髭の男はポリポリと頭を掻き、


「ティアニーズ、あんまり見んな。トワイル、他の奴集めて直ぐに警戒網を引け。んで、そこのお前」


「……え、俺っすか?」


「そう、剣持ったお前だよ。詳しい事情聞きてぇから一緒に来てもらうぞ」


 顎髭の男の指示に頷き、金髪の青年は直ぐに走り出して行った。猫耳の少女は死体から遠ざけるようにティアニーズの手を引き、路地を出て行ってしまう。

 残されたルークは自分を指差してとぼけたように口笛を吹く。


 しかし、突然腕を捕まれたかと思えば拘束され、拘束した本人であるメレスの体が背中に密着する。

 背中にあたる柔らかいものの感触を楽しむ暇もなく、


「さ、一緒に行きましょ。第一発見者さん」


「う、うぃっす」


 ルークはなすすべなく強制連行されるのだった。

 ゴルゴンゾアに来て僅か三十分ほど。爆発に巻き込まれ死体を見つけ、そんでもって第一発見者として事情聴取を受けるという不幸に見舞われたルーク。


 しかしながら、この都市での不幸はまだまだ始まったばかりなのであった。



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