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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
九章 精霊の反撃
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九章二十七話 『指導者の務め』



 アンドラは以前、デストに殺されかけた事がある。手も足も出ないとはまさにあの事で、魔法も精霊の力もない彼にとって、ただ硬いというシンプルな力はこれ以上ないほどに、分かりやすく不利な相手だった。


 別に、恨みがあった訳ではない。あの勇者のように、やられたら地の果てまで追いかけて仕返しするタイプでもないし、あそこまで清々しく負けたのだーー正直、出来れば会いたくはない相手の一人である。


 ではなぜ、アンドラはここにいるのか。

 答えは簡単。たまたまついた持ち場に、デストが来てしまっただけだ。


「テメェの顔、見覚えあんなァ」


「んだよ、忘れてんのか? 前にテメェに殺されかけた男だよオイ。ま、そん時テメェはルークに殺されたみてぇだけどな」


「……よし、殺す。テメェが誰だろうがぶっ殺す」


 沸点に達する早さだけで言えば、デストはルークよりも上だろう。明らかにブチキレているデストを見て、メレスがため息をつきながらアンドラの後頭部を叩いた。


「なに怒らせてんのよ。私達の役目は時間稼ぎでしょ」


「向こうが勝手にキレただけだろーがオイ。ま、アイツが相手で良かった……と言いてぇところだが……」


 後頭部を押さえながら、ピクピクと頬を痙攣させるデストから、優雅な雰囲気をもつ女性へと目を向けた。ただの一般人、という訳ではないだろう。彼女もまた、魔元帥の一人。

 ーーという事は、


「あれが、ティアニーズの言ってた奴ね。呪いを使うっていう」


「実力が未知数のゼユテルを除けば、正直アイツが一番厄介だぞオイ。傷つけられたらアウト……俺じゃどうにもなんねぇ」


「分かってる。あの女は私がどーにかするから、アンタはあの白頭をお願い」


「俺の話聞いてたかオイ」


「男なら男らしくリベンジしなさいよ」


 無茶な要求をする魔法使いに、アンドラはため息を溢すしかない。

 デストの能力は硬化、それだけ聞けば大した事ないようにも聞こえるが、今のデストの硬度は勇者の剣すらも防ぐレベルだ。当然、なんの力もないアンドラの拳では、砕けるのが関の山だろう。


 とはいえ、もう一人の魔元帥ーーユラの相手が出来る訳でもない。ただの強い盗賊のおじさんでは、敵うわけがないのである。


「……場違い感がすげぇなオイ」


「戦うって言ったのはアンタでしょ? あの子、アキンを守るんでしょ?」


「……わーってる。やれるだけの事はやる」


「私が丹精こめて作ったアレ、使いどころ間違えるんじゃないわよ」


 アンドラは静かに頷くと、臨戦態勢をとった。

 勘違いしてはいけないのは、厄介なのは力だけではない。そもそもの身体能力が桁外れなので、一瞬でも気を抜けば力云々の前に殺されてしまう。なので、多少の心の準備がーー、


「ド派手に決めるわよ」


「ーーえ」


 心の準備を終える前に、メレスが特大の炎玉をぶっぱなした。

 先ほどまで居心地の良い温度だったのに、皮膚を焦がすほどの熱風がアンドラをおそう。バンダナが僅かに燃え、それを慌てて手で叩いて鎮火しているとーー、


「よそ見してんじゃねぇぞ! バンダナ!!」


「どいつもこいつも、ちっとは俺に気遣え!!」


 迷う事なく炎の中を突っ切って来たデスト。本来であれば魔法を使えるメレスを先に始末するべきなのだが、彼の瞳にうつるのはアンドラだけだ。拳を硬く結び、メレスを完全に無視してアンドラへと飛び掛かる。


 ーーメレスはそれを助けもせず、デストの横を通過して走り出した。


「作戦、ちゃんと成功させなさいよ!」


「だぁぁもう! やりゃ良いんだろオイ!」


 苛立ちを吐き捨て、アンドラは左腕を前に出した。拳をこちらに向けて投げるデストの右腕に突き出した左腕を添え、僅かに軌道を逸らすと、そのまま腕を掴んでデストの右側に踏み込みーー、


「テメェとの戦い方は分かってんだよ!」


 渾身の力を振り絞り、デストをぶん投げた。

 ぐるぐると回転しながらぶっ飛んだデストは門に直撃し、重力に引き寄せられて地面に落下。しかし、大した痛みもなさそうに首を鳴らして立ち上がった。


「んなもんか? 俺を殺すのに何日かかんだ、エェ?」


「一日ありゃ十分だ」


「そうだな、テメェらなんざ一日ありゃぶっ殺せる」


「デスト、テメェはなんも分かってねぇみてぇだなオイ」


「アァ?」


 眉を寄せ、アンドラの言葉にあからさまに苛立ちを示すデスト。なにがそんなにムカつくのかは分からないが、彼の場合、人間と話す事事態が苛立ちの原因なのかもしれない。

 だがしかし、それはむしろ好都合だ。


「テメェが最初で良かったぜオイ」


「そりゃ、どういう意味だクソ野郎」


「そのまんまの意味だよ。一番弱くて一番殺しやすい相手から殺す、戦いの基本だろ?」


「言葉を選べよ、バンダナ。そりゃ、俺が一番よえぇって事か?」


「そう言ったんだ。頭もよえぇのか?」


 ブチッ、となにかがキレたような音が聞こえた。

 肩を震わせ、デストが叫ぶ。


「決めた……まずはテメェを殺す!!」


「やってみろや。こちとらただの人間だが、負けるつもりはサラサラねぇぞ」


 アンドラが走り出すと同時に、デストは腰を低くして身構える。後ろからはドカンドカンとメレスが魔法を連続で放つ音が聞こえるが、そのおかけでユラの足を止める事が出来ている。


 ならば、ここが好機。


「門を開けろ!!」


「あ!?」


 アンドラが叫んだ直後、デストの背後の巨大な門がギィィと音を立てて動き出す。ゆっくりと開く門、デストは一瞬、そちらへと目を向けてしまった。


「よそ見、してんじゃねぇぞオイ!」


 先ほど受けた言葉をそのまま返し、力強く地面を蹴って跳躍。デストがアンドラへと視線を戻す頃にはもう、アンドラの靴裏がデストの胸板に直撃していた。鈍い音とともに、僅かに開かれた門の隙間へとデストが吸い込まれて行く。

 アンドラは振り返り、


「死ぬんじゃねぇぞ!!」


「私を誰だと思ってんのよ!」


 それだけ言葉を交わすと、アンドラも門の中へと入って行った。


 作戦通り、デストを中へと引き込むと、門が再び閉まり始める。男らしく後ろ手に親指を立てるメレスの姿を見て、アンドラは笑いながら倒れるデストへと目を向けた。


「ようこそ、人間の砦へ」


「チッ……ハナっからこれが狙いかよ」


「魔元帥がコンビで攻めてくる可能性もあったからなオイ。流石に二人以上を同時に相手して勝てるほど、人間は強かねぇ」


「んで、それがなんだ? わざわざ中へ入れてくれてありがとな、とでも言えば良いのか?」


「バカ言え。ここが、この場所が、テメェの墓場だ」


「ほざけ。門を破壊する手間が省けただけだ。テメェらがなにを企んでいようが、んなの関係ねぇ。全員殺しゃ済む話だろ」


 服についた汚れを払いながら、デストはバカにしたような笑いを口にする。慢心、行き過ぎているほどに彼は自分の力を過信している。ーーいや、違う。それほどまでに、人間を見下しているのだ。


 だが、それで良い。

 アンドラの言った通り、これはデストだからこそ成功する作戦なのだから。


「んじゃま、始めますか」


「あ?」


「オイオイ、まさかこれで終わりなんて思っちゃいねぇだろうな?」


 辺りを見渡し、アンドラは手を上げる。デストの視線は上げられた手の指先に向けられ、


「テメェの力は厄介だが、硬いと分かってりゃそれなりの戦い方がある」


「なにが、言いてぇ……」


「かてぇだけ、って事だよ。要するにーー」


 アンドラが腕を振り下ろすと同時に、デストがその異変に気付いた。辺りに建ち並ぶ民家の屋根、花壇の影、どこからともなく、数十人の兵士が姿を現した。

 全員が一斉に手を上げ、


「人間の敵じゃねぇって事だ、オイ」


 合図の直後、怒涛の勢いで魔法が放たれた。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 両者の剣がぶつかりあい、激しい風圧と共に音が鳴り響いた。しかし、それは鉄同士がぶつかった音にしては低く、鈍器のようなものが激突したような音にも聞こえた。


「メウレス、お前は最初から俺達を騙すために騎士団に入ったのか?」


「それを聞いてどうするんですか? 今さら知ったところで、貴方は俺を殺す事を躊躇ったりはしない」


「あぁ、そうだな。だが、知る権利はある」


 体格だけを見れば、力の差は歴然。屈強な大男のアルブレイルに対し、メウレスは一般的な成人男性そのものだ。しかし、アルブレイルの身の丈ほどある剣を受け止め、押される事もなく、無表情のままで淡々と言葉を繋いでいる。


「権利、ですか。……そうですよ、俺は、初めからそのつもりで騎士団に入った」


 体を回転させて勢いを逃がし、メウレスがアルブレイルの左側へと回り込む。そのまま回転した勢いで左腕を切り落とそうとするが、アルブレイルは冷静に一歩引き、剣を斜めに構え、左腕に添えてそれを防ぐ。


「今までなにもしなかったのはなぜだ? お前の力があれば、何人もの人間を殺せた筈だ」


「俺の目的はあくまでもゼユテルの復活。あの男が寝ている場所さえ分かれば、それで良かったんです」


「なるほど、その目的が叶ったから、もう騎士団は用なしという訳か」


「いえ、そうじゃない。アルブレイルさん、俺は、本当に貴方に感謝している」


 アルブレイルが腕の力だけでメウレスを剣ごとぶっ飛ばすが、なんなく着地して体勢を整える。口に手を当て、何度か咳き込み、


「俺が唯一、人間で尊敬しているのは貴方だけだ。身寄りのない俺を拾い、ここまで育ててくれた事には感謝しています」


「それも全部、お前の策略だろう? 騎士団に入るための」


「いえ、最初は騎士団に属するつもりはなかった。そんな事しなくても、やろうと思えば力付くでどうにでもなりましたから」


「随分と自信があるんだな。ではなぜ、それをしなかった?」


 突っ込み、メウレスが剣の連撃を放つ。常人であれば目で追う事すら難しいであろう剣捌きを全て見極め、巨大な剣の面積を生かして大きな動きもなくそれをいなす。


「戦い方を学ぶためです。俺達は強いーーだが、ゼユテルは人間に負けた。精霊の力があったとはいえ、正直驚きましたよ」


「魔元帥に褒めてもらえるとはな。光栄なこった」


 メウレスの連撃を捌きながらなんとか反撃の機会を伺うが、攻めいる隙がない。僅かに生まれた隙でさえ、メウレスはそれをあえて作る事で罠にはめようとしている。ーーそれは全て、アルブレイルが教えた事だ。


「だから、戦い方を学ぶ事にした。ただ強いだけではなく、人間の心の在り方を。沢山学べましたよ、俺の知らなかった技術を」


「指導者としては身に余るほどの言葉だな。こうして、殺しあう仲になっていなければな」


 強引に剣を弾き、渾身の一撃を振り下ろした。技術もクソもない、力付くの一撃だ。剣先が地面にめり込み、高く砂ぼこりが舞う。メウレスはその中に姿を眩まして死角から攻めようとしたが、アルブレイルが自分を中心にして剣を振り回したため、再び大きく吹き飛ばされた。


「貴方のおかげで、俺はここまで強くなれた。ありがとうございます」


「皮肉なものだな。敵を自分の手で育て、俺はそれに最後まで気付く事が出来なかった」


「無理もないですよ。俺は、俺のこの体は人間のものだ。たとえ精霊であっても、俺が魔元帥だと見抜く事は出来なかった」


「そうじゃない、そうじゃないんだよ」


 剣を肩に乗せ、ゆっくりとメウレスへと歩いて行く。異常なまでに大きな足音が鳴り響き、メウレスは警戒するように顔をしかめた。


「お前が魔元帥? そんな事はどうだって良い。俺の罪は、指導者としてお前を正しい道に導いてやる事が出来なかった事だ」


「正しい、道?」


「お前は俺に感謝していると言ったな。だが、それは間違いだ。俺が教えてやれたのは技術だけ、それ以外の事はなにも教えてやれなかった」


 一歩、また一歩と迫る。

 距離が縮まるに連れ、メウレスは自分の筋肉が硬直するのを感じていた。


「人間の強さは技術なんかじゃない。俺は、お前にそれを教えてやる事が出来なかった。それが、俺の落ち度だ」


「学びましたよ、他でもない貴方から」 


「だとしたら、お前は勘違いしている。もし本当に分かっているんだとしたら、お前はそっちに立っていないからだ」


 なぜ、そんなにも自信をもって言えるのかは分からない。別に、メウレスは人間に恨みがある訳ではない。自分は人間を殺すために生まれたから、ただ殺しているだけだ。難しい理由なんてなくて、合理的な理由なんてなくて、シンプルに、そのために生まれたから。


「俺は俺が許せない。お前に間違った道を歩ませてしまった事が」


「俺が歩く道は、初めから一つしかない」


「それはお前の視野が狭いからだ。……お前に新たな道を示してやれなかった……その理由は間違いなく俺だ。俺の……」


 アルブレイルの目付きが、明らかに変わった。暗く落ち込んでいた表情に光が戻り、豪快な笑顔へと変わる。

 メウレスはそれを見て、思わず笑っていた。それと同時に、今まで以上に警戒心を引き上げる。


 だが、遅かった。

 気付いた時には、それが目の前にいた。


 ーー筋肉が、迫っていた。


「俺の、筋肉が足りなかったからだぁぁぁぁぁ!!」


 叫び、剣が振り下ろされる。

 回避は間に合わないと判断してなんとか剣で防御するが、その一太刀を受けた瞬間、体が沈むような感覚があった。立っている地面が沈み、地面に足がめり込んでいた。


「俺の筋肉がもっと強靭であったのなら、お前は道を間違えなかった! 俺の筋肉がもっと輝いていたのなら、お前は道を間違えなかった! 俺の筋肉が、俺の筋肉が、お前をそうさせた!!」


 斬ると言うよりは、叩きつけると言った方が正しい。避ける事も出来ないほどの速さで、でたらめな重さの一撃が何度も何度も振り下ろされる。しかも、それは放たれる事に力強さを増し、メウレスは、防ぐことしか出来ない。


 アルブレイルには、これがある。

 技術とかそんなの関係なく、覆せるほどの筋肉が。本人は筋肉がどうだとか言っているが、本質はそこではない。過剰なまでの自信、筋肉への信頼と期待、その全てが鍛練から来ておりーー要するに、自分を、自分の積み上げて来た筋肉を信頼しきっているのだ。


 どんなピンチでも、俺の筋肉ならば乗り越えられると。

 俺の筋肉が、負ける筈がないと。


「筋肉ぅぅぅーー」


 剣の殴打が止み、メウレスは顔を上げた。

 しかし、そこに剣はなく、ズザザァァァ!!と妙な音が鼓膜を叩いた。見れば、地面を抉りながら剣が迫って来ていた。


「スマァァァァァァッシュ!」


 かち上げるように振り回された剣が、メウレスを襲う。間一髪のところで防いだが、ほぼ打撃に近い一撃を受け、口角から血を溢してメウレスの体が数十メートル吹っ飛んだ。

 受け身をとる事すら出来ず、空に投げされた体が地面に叩きつけられる。


 筋肉は言う。

 ニヤリと笑い、かつての教え子に、告げる。


「これが最後の授業だ。もう一度、俺の筋肉を見ろ。一瞬たりとも目を離すなよ、もし目を離したのなら……それがお前の、お前の筋肉が終わる時だ!」



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