九章十八話 『これからの旅』
「以上が、私の体験した事です。詳しい事は省いていますが、嘘偽りのない真実です」
これまでの旅を語り終え、ティアニーズは静かに頭を下げた。特に話す事を決めていた訳ではないのだが、自然と言葉が溢れて来ていた。情報量としてはとても多いけれど、この旅は、ティアニーズにとって一瞬の出来事だったのだ。
頭を上げると、バシレと目があう。なにも言わずに頷き、
「良くやった。お前のおかけでこの国は間違いなく良い方向へと向かっている。昇進についても考えないとな」
「いえ、ありがたいお話ですが、まだやる事が残っていますので」
「……なるほど、アレイクドルの言う通りだな」
意味ありげな笑みを浮かべ、それからバシレはその場の全員に視線を向ける。半信半疑の者もいれば、ティアニーズとルークの事を良く知る者もおり、反応は千差万別だ。
「とりあえず、事のあらましについては今アレイクドルが話した通りだ。なにも質問がなけりゃ次に行きてぇんだが……」
バシレの視線が、一人の男で止まる。人間ではなかった。二足歩行のライオン、といった方がしっくりくるであろう容姿は、全員が毛に覆われており、野生を感じる鋭い目付きをしていた。
獣人の男は一歩踏み出し、
「第二部隊隊長、オーガルだ。勇者の話は多少は耳に入っていたが、にわかに信じ難い。その男は今どこにいる?」
「ルークさんは……」
一瞬、ティアニーズは躊躇うようにバシレへと目を向けた。ナタレムに命令を出したのはバシレなので、当然、ここに二人がいないのを見て、精霊の国に行っているのであろうと予測している筈だ。
問題は、それをここで行って良いのか、だ。
「ルークについてはあとで話す。お前が疑うのは勝手だが、ここにいるほとんどの奴がアイツと面識がある。性格はともかく、実力についてもな」
「問題ないですよ。私もちょこっとしか面識ないですけど、あれは本物の勇者です」
「そうか。お前が言うんなら信じる」
第二部隊副隊長、ハーデルトが言うと、オーガルは素直に頷いて引き下がった。
とはいえ、オーガルの考えは当然の事だ。騎士団内で噂になっているとはいえ、あの魔元帥を何人も殺しているのだ。騎士団だからこそそれが偉業だという事も分かってはいるだろうが、自分達の出来なかった事を何度もやってのける人間ーーそこに疑問や疑いをかけるのは当たり前である。
ただ、バシレの言う通り、ルークと面識のある人間は、あの男ならやるであろうと予測していたようで、特に驚いている様子はない。
「さて、そんじゃ話を進めるぞ。今聞いてもらったが、魔元帥を殺す手立ては存在する。だが俺達はなーんも分かっちゃいない。そこんとこ、説明頼めるか?」
「はい」
頷き、ティアニーズは深く息を吸う。
それから言葉を放った。
「魔元帥は、全部で八人います。うち六人と私は遭遇しました。全てを把握している訳ではないですが、その能力もある程度は判明しています」
「八人、聞いてた通りだな」
「ウェロディエ、デスト、ウルス、ユラ、ニューソスクス、セイトゥス、そして……」
「ちょっとたんま。ティアニーズは知らないけど、実はこっちで一人保護してる。名前はケレメデよ」
「そ、そうだったんですか!?」
「ま、色々あったのよ色々。その事についてはあとで話すわ。話を続けて」
ティアニーズの話に横槍を入れたメレスは、それだけ言うと話を進めろと手を動かす。いきなり飛び出た新たな魔元帥の名前に混乱しつつも、ティアニーズは改めて話を切り出す。
恐らく、全員が知ってるであろう事実を。
「最後の魔元帥の名はーーメウレス」
メウレス。
その名前は、騎士団であれば全員が知っている名前だ。騎士団最強の男と呼ばれ、第一部隊に所属していた男ーーしかし、その正体は人間ではなく、人類の敵である魔元帥だったのだ。
ティアニーズ自身、未だに信じきれていない部分はある。が、それでも魔王と話すのを目撃しているし、あの赤い瞳がなによりの証拠だ。
その言葉を聞き、アルブレアルが目を伏せた状態で問いかける。
「それは、事実なんだな?」
「分かりません。私は戦った訳ではないので」
「そこは私が保証しよう。一度剣を交えている。あれは正真正銘、人間ではないなにかだ」
「団長が言うんなら……そうなんだろうな」
確信をもって言うアテナに、アルブレアルは小さな声で答えた。彼の感情は分からない。部下に裏切られた事に対する悲しみなのか、魔元帥だと見抜けなかった事に対する罪悪感なのかーーともかく、以前のアルブレアルの姿はなかった。
「メウレスさんについては、私もほとんど分かっていません。私が出会った魔元帥の中で、唯一能力を知らない相手です」
「分からねぇもんについて議論しても仕方ねぇな。メウレスの事は一旦置いておくとして、まずは初めて会った魔元帥について話してくれ」
「分かりました。名前はウェロディエ、有する力は分身です」
「分身っつーと、あの増えるやつか?」
「はい。ウェロディエは自分を七人に分身させられると推測しています。分身を殺しても意味はなく、本体を殺さない限りは生き続けます」
ティアニーズとルークが初めて会った魔元帥。全ての始まりと言っても過言ではなく、今だから分かるが、あの時点で魔元帥との因縁は始まっていたのだろう。
「そしてもう一つ、魔元帥には姿が二つあると思われます。ウェロディエのもう一つの姿は、赤紫の鱗をもったドラゴンです」
「赤紫のドラゴン? それって、なんかの報告書になかったっけ?」
「私も参加していましたが、以前討伐隊を組み、攻めた事があります。結果は酷いものでしたが……」
「ふーん、そうなんだ。ごめんね、嫌な事を思い出させちゃって」
「いえ、大丈夫です」
ひらひらと手を振り、あまり悪びれた様子がないのは第八部隊隊長、フィルム・アーシボックだ。全体的に青をメインとした衣服に身を包んでおり、特徴的な腰まで伸びる赤毛がさらに目立っている。そしてその横、フィルムとは対照的に、無表情で立つ赤毛のおさげの女性ーー妹である、フィルト・アーシボックだ。姉妹で隊長と副隊長をやっており、まったく似ていないと騎士団内ではある意味有名である。
ほぼ初対面の相手に話しかけられ、ティアニーズは緊張しながらも話を続ける。
「人間の姿については、すみません、あまり知らないです。強硬な鱗、鋭い牙と歯、そして他のドラゴンもですが、広範囲に炎を吐きます」
「対策は?」
「鱗に阻まれてまず剣は通りません。炎に気を付けつつ、遠距離から炎で攻めるのが効果的かと。魔元帥には、魔法が効くので」
ティアニーズの話を聞き、熱心にメモをとる者もいれば、覚えるのを諦めている者もいる。ちなみにだが、お姫様は後ろから頑張れーとパワーを送ってらっしゃる。
「二人目はデスト。白髪の頬に切り傷が入った男で、とても好戦的です。有する能力は硬化、とにかく硬いです。以前のデストならなんとかなったと思いますが、今のデストには、勇者の剣さえ弾くほどの硬度があります」
「なるほど、それは面倒ね。武器がダメとなると、私達魔法使いの出番かしら?」
「あくまでも硬いのは皮膚だと思うので、熱で倒すのがもっとも効率的かと。二つ目の姿に関しては……恐らく巨大化します。完成する前に倒してしまったので分かりませんが」
ハーデルトの疑問に、ティアニーズは過去の記憶を探りつつ返答する。今思えば、あの姿は怒りによって変身が上手くいかず、暴走してしまった結果なのだろう。
「三人目は……ウルス。赤髪の、人間が大好きな魔元帥です」
「以前、王都に攻めて来た魔元帥だね」
「有する力は、創造。あらゆる武器を作り出す事が出来ます。二つ目の姿については分かりませんが、恐らく……人間にとってもっとも厄介な魔元帥です」
相づちをうつミールに僅かに視線を移し、直ぐにバシレへと戻した。あえてトワイルを殺した事には触れず、次の魔元帥の話へと移る。
「四人目はユラ、女性の魔元帥です。この魔元帥は呪いを得意としています。発動条件は定かではないですが、恐らく体のどこかを傷つける事かと」
「その件はリエルから聞いているよ。部下を助けてくれてありがとう」
「いえ、リエルさんには助けていただきましたから。有する力は強化、身体中に黒い紋様が浮かび、自身の身体能力を何倍にも高めます。二つ目の姿は今言った通り、紋様に包まれた状態です」
「中々面倒な相手だな。傷つけられたらアウト、けど身体能力を強化して襲って来る」
「ユラについては、具体的な対策はありません。怪我を避け、いかに手早く核を破壊出来るかの勝負になると思います」
腕を組み、卯なり声を上げながら考えるオーガル。たてがみがユラユラと揺れ、こんな時だというのに、モフりたい気分に襲われていた。それは当然、後ろの姫様と盗賊見習いも同じである。
「五人目はニューソスクス。好戦的ではありますが、デストとは違い、戦いを楽しんでいる様子がありました。有する力は、爆発。身体中から光りの玉を放ち、それを任意のタイミングで爆発させる事が出来ます」
「威力は?」
「人一人が簡単に木っ端微塵にぶっ飛ぶレベルの破壊力。ま、私は無事だったけど」
「それを言うなら私もだけど」
なぜかいがみ合うメレスとハーデルト。実際に戦ったティアニーズだから分かるが、不意討ちであの爆発を受け、当たり前のように走り回っていたあの二人はただの化け物だ。
ティアニーズは苦笑いしつつ、
「は、話を進めますね。二つ目の姿については分かりません。威力も厄介ですが、もっとも厄介なのは自爆する事です。全身が武器だと思った方が良いです」
「遠距離も近距離も出来て、なおかつ規格外の威力。お姉ちゃん、勝手に自爆特攻しないでね」
「しないよ。ちょっとやってみたいけど我慢する。うん、私ってば出来る子だから」
「どうだか」
フィルトの無表情から放たれた嫌みに、フィルムは少しだけ残念そうに肩を落とす。彼女の事はあまりしらないが、直感で後先を考えないルークタイプだと理解した。
「六人目はセイトゥス。有する力は泥です。説明すると難しいんですが、全身が泥になります」
「泥って、あの泥か?」
「水分を含んだ土です。全身が泥になった状態では、まず物理的な攻撃や魔法は効きません。唯一有効なのが核への攻撃ですが、泥に紛れて見つけるのも困難かと」
「それでもお前達は倒した、だな?」
「はい。これは出来る人間が限定されたやり方ですが、範囲攻撃でセイトゥスを一旦粉々にしました。その中から核を見つけ、砕くというやり方でなんとか」
「それも魔法使いが必要だね。武器で叩くだけの私じゃ無理かぁ……」
冷静に情報を引き出すバシレに比べ、先ほどからフィルムは自分が戦う事しか考えていないようだ。彼女の言葉からして魔法は苦手なようで、肩を落として妹のフィルトにもたれかかった。
「私の知る魔元帥では最後になりますが、メウレスさんです。メウレスさんに関しては、力も二つ目の姿も分かりません。正直、なに一つ分かっていないのが現状です」
「力なしであの強さだ、あれからもっと強くなるんならお手上げだぞ」
「あら、隊長にして珍しく弱気な発言ですね」
「知ってるか? ライオンは実はビビりなんだよ」
恥ずかしげもなく自分がビビりだと主張するライオンさん。隣に立つハーデルトがからかうようにたてがみを指先で揺らすと、少し照れたように顔を逸らした。ビビりだけではなく、照れ屋なライオンらしい。
「あとは、メレスさんが知る魔元帥ですけど……」
「見た目はちっこいガキ、小動物みたいな。でも、間違いなく魔元帥よ」
「力とかは分かってるんですか?」
「なーんも分かってない。名前はケレメデって言うらしいけど。強いて言うならーー無敵かしら」
「む、無敵?」
子供が好きそうな単語を口に出したメレスだが、冗談を言っている気配はない。むしろ自分でもなにがなんだか分かっていないらしく、
「こっちの攻撃がなに一つ効かないのよ。殴っても燃やしても、本人は無表情で『痛くない』の一点張り」
「でも、捕らえたんですよね?」
「ま、そこは私のミラクルパワーでね」
「たまたまよ。偶然に偶然が重なって、なにも分からないけど倒せたの」
ドヤ顔で功績を語るメレスだったが、当然それをハーデルトが見過ごす筈がなく、バカにしたように鼻を鳴らした。睨みあい、シャー!威嚇する二人を無視し、
「なにも効かない魔元帥……せめて能力が分かれば」
「あ、そうだ。私のミラクルパワーもそうだけど、ルークの拳骨も痛がってたわよ?」
「ルークさん? ……ていうか、もしかして知らないの私だけですか?」
「さ、さぁ、どうかしらねー」
あからさまに顔を逸らし、下手くそな口笛をふくメレス。背後のエリミアスにも確認のために目を向けたが、こちらも下手くそな演技で『今初めて聞きました!』的なのを装っており、どうやら知らなかったのはティアニーズだけのようだ。
「はぁ、もう良いです。……ともかく、私が知っている魔元帥の情報は以上です。あとは……」
「魔王、だな?」
全ての魔獣の親であり、全ての元凶である男。その単語が出た瞬間、室内の空気が入れ替わるように凍りついた。魔元帥だけでも手一杯ーーいや、むしろ手が足りないくらいなのに、さらにその上がいる。ため息ではなく、顔がひきつる形で不安を表した。
「名前は、ゼユテル。分かっているのはそれだけです」
「直接会ったんだよね?」
「はい、一度だけですが。でも、会ったというより見ただけと言った方が正しいです」
「なにか感じなかったの? いかつさってゆーか、邪悪なオーラみたいなの」
とぼけた顔で頭の悪さを披露するフィルムに、フィルトが初めて表情を変えた。本人はふざけているつもりなんてないのだろうが、残念な姉をもつ妹はやれやれと言いたげに眉を寄せた。
しかし、実際に会っているティアニーズからすれば、それはとても大きな問題なのだ。あの驚異を口で伝えられたのなら、どれだけ楽だったか。
「なにも、感じませんでした。まとう空気だけで言えば、魔元帥の方が圧倒的に不気味です。ですが、あの男は、ゼユテルにはなにもない」
「アテナ、お前はどうだった?」
「ティアニーズの言葉の通りです。相対した状況でも、私はあれの驚異を正確に理解する事が出来なかった。なにも感じない、その言葉が一番適切かと」
「お前がそう言うんなら、あながち間違っちゃいないんだろうな。適の親玉っつーからどんなのかと思ったが……」
かなり抽象的な感想だが、バシレは納得したように頷く。驚異を理解出来ないというのは、ゼユテルが弱い訳ではない。むしろその逆なのだ。同じ次元に立っていないから、その驚異を理解する事が出来ない。
魔獣とか、精霊とか、人間とか、そんなのは関係ない。
ゼユテルという男は、人間が到底理解する事の出来ない領域に立っているのだ。
「ゼユテルに魔元帥。分かっちゃいたが、化け物の集団だな」
「奴らを殺す方法は一つ、体のどこかにある核を壊す事です。核とは黒い宝石で、それを破壊すれば魔元帥は死にます」
「人間に、それは出来るのか?」
「難しいです。けれど、出来ない訳ではありません。魔法なら、核を砕く事が出来ます。簡単ではありませんが……」
あくまでも有効的というだけで、魔法を使えれば勝てる訳ではない。精霊の一撃に比べれば塵のようなもので、いかに積もっても届かない可能性だってある。しかし、精霊の力がない以上、戦う手段はそれしかないのだ。
「魔法か。なら俺達第二部隊の出番だな」
「二度戦ってるから分かるけど、魔法も戦えるってだけであんまり意味はないわよ。私レベルの魔法使いでも、ね」
「でもやるしかない。今までなかった情報を得て、戦う手段も殺す手段も得た。なら、あとは戦って勝つだけだろ」
「アンタのところのライオン、どっからどう見ても肉体派なのに」
「人、ううん、ライオンも見た目によらないのよ」
強気に宣言するオーガル。しかし、二人の魔法使いによってそれは茶化されてしまった。だがその意見に賛同する者は多く、歓声にも似た力強い頷きが王の間を満たした。
そんな中、一人の少女が手を上げた。
ずっとタイミングを伺っていたようで、周りの反応を気にするように。
「エリミアス? どうしたの?」
「あ、あの、実は皆さんに言わなくてはならない事があるのです」
「言わなくちゃいけない事?」
「ティアニーズさん達は知っている事なのですが……」
ばつの悪そうに、エリミアスはもじもじと指先同士を擦りあわせる。首を傾げるティアニーズの顔を見つめ、それから意を決したようにーー、
「私! ゼユテルに会ったのです!」
姫様の宣言に、王の間が静まりかえる。
ティアニーズからすれば、なんだそんな事か、で済ませてしまえるが、それは本人から聞いていたからである。
しかしながら、あえてこの場で宣言したという事は、それなりの意味があるという事で……、
「も、もしかして……みんな、知らないの?」
「えへへ……ずっと黙っていましたっ」
照れたように頭をかくエリミアス。
とても可愛らしい。可愛いらしいのだが。
お父さんは、そんな場合ではなかった。
「な、なんじゃそりゃぁぁぁぁぁ!!」
恐らく、こんな大声で叫んだ王様は彼が初めてだろう。