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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
九章 精霊の反撃
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九章十一話 『信頼と罪』



 これからの方針が決まり、準備を済ませるために馬車へと戻ったティアニーズ。そこには先ほどと変わらずに横たわるケルトと、暗い表情でケルトを見つめるアキンがいた。


「アキンさん……あの、大丈夫ですか?」


 大丈夫でない事は誰が見ても明白だ。エリミアスが拐われてから、アキンはずっと思い詰めたような顔をしている。

 ティアニーズには、それがなにを意味するかが分かってしまった。


「ごめんなさい。……僕が、もっとちゃんとしてれば」


「そんな事ないです。アキンさんのせいではありません」


 アキンはティアニーズに目を向けず、今にも消えてしまいそうなほどに小さな声で呟く。

 ティアニーズは荷台に上がると、アキンの横に腰を下ろした。


「エリミアスが拐われてしまったのは、私達の責任です。誰かが悪い訳ではありませんよ」


「もっと上手く戦えた筈なのに、僕は全然ダメだった。結局、僕は勇者なんかじゃなかった……」


「アキンさんは立派に戦いました。だからーー」


「僕は立派なんかじゃない!」


 慰めの言葉をかけようとした瞬間、アキンの大声が響き渡る。唇を震わせ、涙は流していないものの、その瞳は大きく揺れていた。

 ティアニーズは、息を飲んだ。

 やっぱり、その顔を知っていたから。


(私も、こんな感じだったのかな)


 自分が弱いせいで、誰かを危険な目にあわせてしまった。自分がもっと強ければ、誰にも負けないくらいの強さがあれば、もっと上手くやれていた筈なのに。

 以前のティアニーズも、同じ事を思っていた。


 無力さから来る罪悪感に押し潰され、自分を見失い、本当に大事なものを捨ててしまった事だってある。

 今のアキンは、ティアニーズと同じなのだ。

 自分のせいで、周りが不幸になると思いこんでいる。


「やっぱり、僕に勇者なんて無理なんです。大事な時に動けないんじゃ、皆さんと一緒にいる資格なんてない」


 なにも、それだけが原因ではない。

 エリミアスが拐われたのはあくまでもきっかけで、恐らくティアニーズの知らない葛藤があったのだろう。安易な言葉で、気持ちが分かるなんて言っちゃいけないのだろう。


「お頭だって、僕が弱いからなにも言ってくれないんだ。僕は、僕はなにも出来ない……弱くて、ダメな人間なんです」


 ルークが苛つく訳だ、とティアニーズは思った。

 落ち込んで、この世の終わりみたいな顔をしている。なにもかも自分の責任で、世の中の悪い事全ての原因が自分だと思っている。


 別に、ティアニーズは苛立っている訳ではない。自分も同じような経験をしているし、なんだったら暴走して町一つを滅ぼしかけた事だってある。

 ただ、なんというか。

 ほんの少し、カチンと来た。


「私達が、アキンさんが悪いなんて一言でも言いましたか?」


「え? いや、そんな事……」


「今から凄く酷い事を言うので、先に謝っておきますね」


 そう言って、ティアニーズは体の向きを変えて正座。アキンの瞳を真っ正直から見据え、


「別に、私はアキンさんに期待なんかしていません。ピンチになったら、必ず助けてくれる凄い人だなんて思ってません」


「え、え……?」


「確かに、アキンさんに頼った事は何度かあります。けど、全部をどうにかしてくれなんて無理難題、押し付けた事は一度もありませんよ」


 困惑し、あたふたと目を泳がせるアキンに、ティアニーズは正面から辛辣な言葉を容赦なくぶつける。それはあの男を前にした時と同じ雰囲気で、今の彼女には遠慮という言葉は存在しない。


「大体、思い上がらないでください。エリミアスが拐われたのは僕のせい? そんな訳ないでしょ。あれだけ人がいて、戦える人がいて、アキンさんは間違いなく上位に入る強さなんです。そのアキンさんが自分を責めたら、私みたいな平凡な人間はどうすれば良いんですか」


「僕は、そんなつもりは……」


「そんなつもりなくても、私には嫌みにしか聞こえません。こんな僕が弱いんだから、私みたいな人間はもっと弱いって言ってるようにしか聞こえません」


「ち、違います! 僕はただ、弱い自分が嫌なだけで……」


「私の方がもっと弱いですよ。少しですけど、ソラさんの力があってこの様です。本当なら一番前に出て戦わないといけないのに、エリミアスに助けてもらいました」


 ティアニーズの弾丸トークは止まらない。先ほどまでとは違う理由で泣きそうになっているアキンなのだが、涙を流す隙すらない速度で言葉が放たれる。


「それに、アキンさんがあの時、魔獣の群れを魔法で止めてくれていなければ、死傷者が出ていたかもしれないんですよ? 主に私辺りが、死んでいたと思います」


「あ、あの、ティアニーズさん……」


「守られた側の気持ち、考えた事ありますか? 守ってくれた人が自分を責めてたら、守られた人間はさらに自分を責めるんです」


「えと、とりあえず落ち着いて……」


「私、凄く惨めです。今回はそこそこ頑張ったと思ったのに、私以上に頑張ってたアキンさんがそう思ってるならどうすれば良いんですか?」


「ち、近いですっ」


「ウルスさんをアテナさんに任せて、エリミアスを守るために引いたのに、結局連れ去られてしまった私は、どうすれば良いんですか?」


 気付けば、唇が触れあいそうな距離まで顔を近付けていた。ほんのりと頬を染めて後退るアキンだったが、その顔にはさっきまでの暗さはない。逆に、ティアニーズの自虐的な言葉を聞き、可哀想とすら思っているような顔だ。


「ごめんなさい、少し感情的になっちゃいました」


 とりあえず言いたい事を言ったので、ティアニーズは退散。元の位置に戻ると、体の力を抜くように足を崩した。


「前にルークさんが言った事、覚えていますか? 私達が、初めて会った時の事です」


「……はい、覚えてます」


「守る方も、守られる方も知ってる人が、本当に強いんだーーそう、言ってました」


 ティアニーズが初めてアキンと出会った町で、別れ際、ルークはそんな言葉を口にした。魔元帥と戦い、ボロボロに負けた少女に対し、青年はそう言ったのだ。


「今のアキンさんなら、分かると思います。何時からかは分からないですけど、今のアキンさんは、誰かを守る側なんですよ」


「僕が、守る側……」


「守られる方も、意外と辛いんです。自分のせいであの人は傷付いている、自分がもっと強ければ、あの人が傷つく必要なんてないのに……。そう、思った事、ありませんか?」


「……あります。何度も、何度も」


「守る方だって辛いんです。自分が負けたら、あの人が死んでしまう。自分が弱かったら、あの人を傷つけてしまう。それも、ありませんか?」


「……今が、そうです」


 うつ向き、膝の上で拳を握り締めながらアキンが言う。守られた事があって、守った事がある。その両方の気持ちが分かるからこそ、本当の意味で人を助ける事が出来る。

 あの時のルークに、そこまで深い考えがあったのかは分からない。だが少なくとも、ティアニーズはそう捉えた。


「あのバカ勇者とは違って、きっと、アキンさんは両方の気持ちが分かる筈です。だから、弱いなんて言わないでください」


「…………」


「その言葉を聞いて一番悲しむのは、エリミアスだから」


 自分が拐われたせいでアキンが落ち込んでいると知れば、エリミアスは間違いなく自分を責めるだろう。理由はない。そういう性格の少女なのだ。


「弱いとか強いとか、勇者だからとかそうじゃないからとか、そんな理由で一緒にいるんじゃありません。ーー私達を、見損なわないで」


 多分、ティアニーズがカチンと来た一番の理由はそれだ。アキンが弱くても強くても、そんなのは関係ない。仲間だから、友達だから、こうして一緒に行動しているのだ。


「アキンさんがどれだけ弱くても、足手まといになっても、責めたりなんかしません。それに、私が言うのもなんですけど……一緒にいるのに、資格なんていらないんです」


 一緒にいたいから、側にいる。

 資格とか責任とか、そんなのは抜きにして、ティアニーズはあの男の側にいたいと思ったのだ。


「それに、まだ負けてまけん。エリミアスと約束しましたから。必ず、助けに行くって」


「でも、どこにいるかも分からないんじゃ助けようが……」


「それでも、それでも助けます。もう二度と、約束を破るような人間にはなりたくないんです。それに……」


 あの男なら、絶対に諦めない。

 状況は異なるが、相手がどこにいようと必ず見つけ出して復讐するような男なのだ。だから、たとえ地の果てだろうが、ティアニーズ・アレイクドルは必ず助けに行く。


 うつ向くアキンに手を差し伸べ、


「でも、私一人では無理です。どうしようもないくらいに弱いので。だから、力を貸してください」


 期待はしていないと言いながら、助けを求める。自分の行動の矛盾に気付いていながらも、ティアニーズは手を伸ばす。

 合理性なんか関係ない。

 その時々に思った事を、やりたい事をやると決めたから。


「勝負はこれからです。今回は負けてしまいましたけど、次は負けません」


「また、僕は力になれないかもしれない……」


「その時はその時です。周りの誰かに助けを求めましょう。なにも、一人で全部をやり遂げる必要なんてないんですから」


「でも、それじゃあお頭は認めてくれない……」


「だから、ですよ」


 ティアニーズを見つめるアキンの瞳が、僅かに光を取り戻す。その奥に込められた想いを理解しながら、ティアニーズは口を開いた。


「一人でなんでもかんでもやろうとするからですよ。アキンさんはまだ子供です、一人でやれる事なんかたかが知れてるんです。きっとアンドラさんは、そんな強さを求めてない」


「…………」


「アンドラさんだってそうです。私も、ルークさんも、エリミアスも、アテナさんも。アキンさんも知っている筈です、これまでの戦いは、決して一人では乗り越えられなかった事を」


 誰か一人でも欠けていたら、テムランでの勝利は得られなかった。ルークだけでも、ソラだけでも、アンドラだけでも、恐らくーーいや、間違いなく無理だったと断言しよう。

 みんながいたから、みんなだったから、あの奇跡的な結果を作り出せたのだ。


「私の、この世で一番嫌いな人が言ってました。人間の強さは、繋がりだって」


「繋がり……?」


「力を合わせるって事ですよ。一人で無理なら二人で、二人で無理なら三人で。とても簡単なんです。完璧な人なんていないんですから」


 差し出した手を、アキンが見つめる。

 そこで、気付いたのだ。

 ティアニーズの手が、震えている事に。


「ーーーー」


 友達が拐われて、平気な訳がない。

 いくら変わったとはいえ、人間の本質はそんな簡単には変化しない。今すぐにでも走り出して、世界中を探し回りたいに決まっている。宛なんかなくても、要領が悪くても、こんなところでじっとしてられる訳がない。


 それでも、ティアニーズは感情を押し殺した。

 ティアニーズ一人が騒いだところで、状況はなに一つ変わらない。だから、こうして全員で手を取り合う事を選んだのだ。


 ゆっくりと、アキンの唇が動く。


「ティアニーズさんは、弱いのが嫌じゃないんですか?」


「嫌ですよ、今でも自分に腹が立つくらいに」


「だったら、なんで……」


「そんな事言い出したらきりがないですから。理想の自分になんてなれない……だから、今の自分が出来る事を、精一杯やると決めたんです」


 ピクリと、僅かにケルトの手が動いた。

 苦しそうに必死に息を吸いながら、エリミアスの名前を口にする。意識なんかない筈で、ろくに喋れる状況でもない筈だ。それでも、助けたい大事な人の名前を口にした。


 もしかしたら、一番辛いのはケルトかもしれない。大事な人が連れ去られたというに、それに気づく事も出来ず、動く事も出来ない。理由の分からない苦痛に蝕まれ、ただ寝ている事しか出来ない。

 そんなの、耐えられる訳がない。


「ケルトさん……」


 僅かに動いたケルトの指先に触れ、アキンはティアニーズを見る。未だに消えないほんの少しの罪悪感を瞳に宿しながらも、その手を握り締めた。


「僕に出来る事なんか少ししかないけど、それでも頑張ります。勇者に、なるために」


「勇者になんてならなくて良いんです。そもそも、どんな人がちゃんとした勇者かなんて、誰にも分かりませんから。アキンさんはアキンさんのままで、そのままで良いんです」


 世界を救えば、勇者になれるのだろうか。だったら、あの自分勝手な男は勇者ではないし、始まりの勇者だって世界を救った訳ではない。彼がやったのは、あくまでも先伸ばしにしただけだ。


 人にはそれぞれの理想があって、それぞれの勇気がある。

 本物の勇者は、自分で決めれば良い。


「では、早速働いてもらいますよ。もう少ししたら王都に向けて主発するので、荷物の積み込みを手伝ってください」


「情けない姿を見せちゃったらから、ここで挽回しないと!」


 力強く拳を握り締め、アキンは立ち上がる。全ての不安が消えた訳ではないけれど、再び立ち上がるだけの力は戻ったようである。


「よーし、頑張るぞ!」


 寝ているケルトを起こさないよう、小さな声でやる気を見せると、そのまま荷台から飛び降りて走り去って行ってしまった。

 ティアニーズもあとに続いて荷台を降りーー、


「盗み聞きなんて、趣味悪いですね」


 アキンが去って行ったのを確認すると、隠れていたアンドラが姿を現す。なんとも言えない表情をしており、どうやら会話を全部聞かれていたようだ。


「本当だったら、この役目はアンドラさんの筈です」


「どの面下げて励ませってんだよオイ」


「その面ですよ。アキンさんが大好きな、その顔でです」


 色んな人に声をかけ、小さな体で次々と荷物を運び込んで行くアキン。その姿を見つめながら、


「アキンさんは、貴方を信用しています。貴方がこれまでにどんな罪を犯して来たのかは知らない……けど、私もそれなりには信頼しているつもりです」


「それなり、ねぇ。初めて会った時の事を考えりゃ、まぁ妥協出来るレベルだなオイ」


 ボリボリと頭をかきむしり、アンドラは背を向ける。去って行く最中、ギリギリ聞き取れるくらいの声の大きさで、


「俺の罪は消えねぇ。分かっちゃいたが、アイツに信頼されるような男じゃねぇんだよ」


 それだけ言って、アンドラはどこかへ行ってしまった。

 そこかしこで色々な声がする中、ティアニーズはやりきれない思いに襲われ、声を殺して叫ぶのだった。



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