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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
九章 精霊の反撃
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九章十話 『行き先』



 夜が明け、日が上る。

 暗闇に包まれていた世界は光に包まれ、新しい一日の始まりを告げる。朝日とは本来、浴びた人間の動きを活性化させるものなのだが、ここにいる人間に限っては、その現象は当てはまらないようだ。


「…………」


 重苦しい沈黙が続く。誰一人口を開く者はおらず、横たわる女性を見つめていた。

 馬車の荷台に毛布を敷き、そこに寝ているのはケルトだ。弱々しい呼吸の音が、彼女の容態の悪さを表している。


「結論から言おう。原因はまったく分からない、魔法での治療も無意味だ」


 誰もが知っていた事実を、アテナが改めて口にする。これといった驚きがないのは、それ以上に混乱するような状況に立たされているからだ。ただ、ケルトが心配ではない訳ではない。


「出来る限りの事は試してみたが、効果は見ての通りだ。外傷はなく、恐らくだが……内側に欠陥があるのだろう」


「内側……という事は……」


「あぁ、親であるナタレムになにかがあったんだ。その影響で、ケルトはこうなっている」


 怪我をしている訳でもなく、かといって風邪をひいている訳でもない。アテナや他の魔法使いが治療を施したものの、めざましい成果はほとんどなかった。となると、精霊独自のものという結論にいたる。そしてそれはーー、


「ルークさんにも、なにかあったって事ですよね」


「一緒に行動している以上、そうなるな。まだケルトが生きているのを見るに、死んではいないと思うが……」


 親であるナタレムの身になにか異変があった。だから、子であるケルトの体にも影響が出ている。それはつまり、共に精霊の国に行ったルークにも危険が迫っているという事だ。


「残念だが、私達に出来る事はなにもない。手の施しようがないんだ」


 ケルトが倒れ、エリミアスが連れ去られた。

 怪我人は多くいるが、魔元帥を相手にして死者は出ていないので戦果的には申し分ないのだが、失ったものが多すぎる。

 ティアニーズ達が言葉をなくし、ケルトをただ見つめていると、ワーチスがやって来た。


「とりあえず、こちらの治療は終わったよ。幸い、重症を負った者はいなかった。……いや、すまない、君達は……」


「いえ、誰も死ななかっただけで十分です。最悪、全滅していた可能性もありましたから」


「彼女、大丈夫なのかい?」


「今のところは、なんとも……」


 顔を覗かせ、ケルトの様子を確認するワーチスだったが、まったく状況が変わっていないのを確かめると、小さく息を吐いた。そのまま荷台に上がり、


「彼女は、いったい何者なんだい? 魔法が効かない人間なんて聞いた事がない」


「えと……ケルトさんは、人間じゃないんです。ソラさんと、剣と同じ精霊なんです」


「精霊……。一応、目にした事だから信じてはいたんだけど……目の前にすると、その、人間とまったく変わらないんだね。治せる見込みはあるのかい?」


「……ないです。少なくとも、私達に出来る言葉はなにも」


 こればかりは、ティアニーズ達がどうにか出来る事ではない。精霊の国に行けない以上、ルークに任せるしかないのだ。状況はなに一つ分からないが、あの男に、託すしかないのだ。


 ティアニーズ達がやるべきは、


「気持ちを切り替えましょう。ここで悩んでいても仕方ありません。今は、エリミアスを探す事に集中します」


「そうだな、今やれる事を一つ一つこなしていこう。ワーチス、外の様子はどうなっている?」


「辺りを確認したけど、門? と思われるものはなにもなかったよ。魔獣の気配もないし、とりあえずは安心して良い」


「ありがとう。それだけ分かれば十分だ。ワーチス、皆を集めてくれ、私達の持っている情報を共有したい」


 打つ手がない以上、ここで悩んでいても仕方がない。深呼吸をして立ち上がると、ティアニーズ達はケルトを残して荷台を飛び出した。

 外には既に勇者達が待っており、怪我をしている者もいるが、その顔つきは少しも衰えてはいなかった。


 アテナは前に出ると、声を上げて視線を集める。


「黙っていてすまない。私の名前はアテナ・マイレード、騎士団の団長を努めている」


 突然の宣言に、勇者達の顔が驚きに染まる。

 先にエリミアスの存在に気付いていたワーチスだが、これには驚いたように微笑した。


「私達はこれまで多くの魔元帥と戦って来た。君達を見込んで情報を共有したい。先に言っておくが、情報を得たところで勝てるとは限らない。何度も戦って来た私達でこの様だ、魔元帥は、君達が思っている以上の存在なんだ」


 昨夜の出来事で、魔元帥と対面した者は少ない。しかしながら、あれだけの魔獣を操れるともなれば、認識を改めるしかない。自分がなにと戦っているのか、きちんと理解するべきなのだ。

 ただの魔獣を相手にする気持ちでは、簡単に命を失ってしまう。それを、彼らは知らなくてはならない。


「ティアニーズ、頼めるか?」


「はい。ティアニーズ・アレイクドル、騎士団の第三部隊所属です。私がこれまで出会った魔元帥は七人。とてもじゃないですが、勝てたとは言えません。それでも、こうして生き残っています」


 ウェロディエ、デスト、ウルス、ユラ、ニューソスクス、スリュード。ティアニーズはこれまで、七人の魔元帥と出会った。もう一人は現在騎士団に捕らえられているが、彼女はその事実を知らない。


「それも全て、一人の男のおかげです。その人は精霊と契約して、何度も生き残って来ました。けど、無傷ではありません。何度も死にかけて、負けた事だってある。酷い事を言うようですが、精霊と契約しても勝てない事があるんです。皆さんでは、話にならない。こうして生きている事を、奇跡だと思ってください」


 攻めて来たのがウルスではなく、他の魔元帥だったのなら。人を殺す事をなんとも思わず、むしろそれを快楽と捉えている魔元帥だっている。不意討ちで生き残れたのは、紛れもない奇跡なのだ。


「私も、皆さんと同じです。なんの取り柄もなくて、どこにでもいる平凡な人間です。私がこれまで生き残れたのは、奇跡なんです。でも、奇跡を引き寄せたのは意思の力だと、少なくとも私はそう思っています」


 ティアニーズが、こうして生きている。平凡な少女が、何度も死線を潜り抜けている。確かに奇跡かもしれないが、奇跡は起こるものではなく、起こすものなのだ。

 だから、知ってほしい。

 たとえ平凡だとしても、それは諦める理由にはならないと。


「皆さんが勇者をやるのは勝手です。魔獣と戦い、人を助けるのも勝手です。けど、ここから先は違う。誰かではなく、自分を優先しなければ、間違いなく死にます。私達と関わるとは、そういう事なんです」


 踏み出し、ティアニーズは言う。

 こんな事、言えるような立場ではないと分かっていながら。


「覚悟がない人は言ってください。一人でもいるのなら、私達はここを去ります。これ以上、皆さんを巻き込む訳にはいきませんから」


 これは、強制出来る事ではない。

 ルークを巻き込んでしまったティアニーズだからこそ、もう二度と、そんな罪は犯したくないのだ。自分で選び、自分で踏み出さなくてはならない。


 ただの勇者として生きるのか、それともーー英雄になるために戦うのか。


「直ぐに答えを出してとは言いません。けれど、時間がないのも事実です。大事な友達を、助けないといけませんから」


 拐われたエリミアスの状況が分からない以上、行動は直ぐにでも起こしたい。連れ去ったからにはなにか目的がある筈なので、直ぐに殺されるとは思えないが、相手はあの魔元帥だ。確証なんでどこにもない。


「皆さんで話しあってください。それまで私達はーー」


「なにを言っているんだ貴様は。戦うに決まっているだろう」


 一人の男が、ティアニーズの言葉を遮った。頭に過剰な量の包帯を巻き、だらしない腹を揺らす男ーーダリアンだった。


「拐われたのが姫なんだろう? そして拐ったのが魔元帥。魔元帥を殺し、姫を助けるーーそうすれば、私のビジネスは成功間違いなしだ」


「そんな簡単な話ではありません。それに、貴方は戦えないですよね?」


「いや、ダリアンさん言う通りだよ、ティアニーズ」


 一人やる気満々の子デブに、ティアニーズが辛辣な言葉を浴びせる。しかし、それを否定したのは他でもない、戦う側のワーチスだった。


「正直、いきなり過ぎて実感がわいていないのが本音だね。でも、勇者とした戦うと決めた時、それなりの覚悟はしたつもりだよ」


「貴方には、ご家族がいる筈です……」


「あぁ、妻も子供もいる。ーーだからだよ、だから戦うんだ。俺の大事な人を護るには、魔元帥を殺すのが一番手っ取り早い」


 目を伏せるティアニーズに対し、ワーチスは笑って見せた。その笑みには不安なんかなくて、むしろ嬉しそうだった。


「それに、君がこうして生きているんだ、俺達にも生き残る可能性があるって事だろう?」


「それは、本当に運が良かったからで……」


「だったら、奇跡を起こせば良い。神様なんてのがいるのかは分からないけど、ここにいる全員、それなりの事はしてきたんだ。奇跡の一つや二つ、起きてもおかしくはないさ」


 ちなみに神様は実在する。しかしながら、奇跡なんて起こすような存在ではなく、流れをただ見守るニートようなものだ。神頼みとは、この世界ではまったく意味がない。


「本当に、良いんですか?」


「俺は、ね。みんながどうかは分からないけど」


 そう言って、ワーチスは黙りこむ皆へと視線を向ける。嫌みのように聞こえるが、強制するような強さは言葉に宿ってはいない。全員の意見をあくまでも尊重する、という事なのだろう。


 長い沈黙のあと、一人の男が手を上げた。


「俺もやります。今逃げたら、ここまでなんのために命を賭けて来たのか分からなくなっちゃいますから」


 その言葉を期に、次々と声が上がる。恐怖で声が震えている者もいるが、決して周りに流された訳ではない。自分の意思で、戦う道を選んだのだ。

 アテナはため息をつき、ティアニーズの肩に手を乗せた。


「どうやら、私は勘違いしていたようだな。彼らは事態を軽視している訳ではない。……まったく、ルークを見て戦う理由は人それぞれだと理解していた筈なんだがな」


「あの人は特別ですよ。自分の平穏のために、命を賭けて世界を救おうなんて普通はしません」


「そうだな。だが、これで道は決まった」


 誰かのためだろうが、自分のためだろうが、世界を救うのに不純な動機なんてない。重要なのは、前に進む意思。自分の目的を叶えるために、どれだけのものを賭けられるかなのだ。


「では、私達と共に戦ってください。ですがその前に、私達が殺すべき相手の名を言います。全ての元凶、魔獣の王、その名はーーゼユテルです」



 それから数十分後、これまでの事、魔元帥の事、ここへ来た経緯を話し終えたティアニーズは、疲労を吐き出すように息をもらし、原っぱにへたりこんだ。


「つ、疲れた……」


「お疲れ様。君のような若い子が騎士団なら、この国も安全だね」


 一旦解散となり、ティアニーズの周りに数人が集まった。ワーチス率いる勇者が数人と、アテナとアンドラだ。

 ティアニーズは辺りを見渡し、約一名足りない事に気付く。


「あの、アキンさんは?」


「ケルトの様子を見ている。……さて、アンドラ、なぜアキンがあんな様子なのか、なにか心当たりはないか?」


「んなの、ある訳ねーだろオイ。俺だって知りてぇよ」


 ぶっきらぼうに答え、拗ねたように顔を逸らすアンドラ。やはり二人の関係は上手くいっていないようで、むしろ以前よりも拗れてしまったように見える。


「多分、エリミアスやケルトを守れなかった自分を責めてんだと思うぜオイ。ったく、アキンのせいじゃねえってのによ」


「だったら、そう言ってあげれば良いじゃないですか」


「そ、それはそうなんだけどよ……なんつーか、声がかけづれぇっつーかよ……ともかく、今はエリミアスの事だろーがオイ」


「話し、逸らしましたね」


「逸らしたな」


「うっせぇ!」


 アンドラとアキン、二人の問題の解決はまだ先のようである。

 とりあえずおじさんをからかったところで、話を本題へと移す。


「エリミアスの事なんだが……正直、なにからやるべきか皆目見当もつかないな」


「どこへ連れて行かれたのか、なにも分かりませんからね……」


 目的はともかく、どこへ行ったのかさえ分かれば行動を起こせるのだが、いかんせん情報が少な過ぎる。ゼユテル達がどこで潜伏しているのか分からないし、同じ場所でじっとしているとも限らない。


「ケルトがいれば、ある程度近付けば魔元帥の居場所が分かりそうなものなんだがな……」


「望み薄、ですね。せめてなにか手がかりがあれば……うーん、全然分からない」


 手がかりどころか、掴むべき影すらない。今まで向こうからやって来てくれていたので、探す手間はなかったのだが、今回はそうはいかない。

 それもその筈、国を上げて何年も捜索しても見つからなかった相手を、この人数で探せる訳がないのである。


「それはそうと、君達は王都に行くつもりだったんだよね?」


「はい。私達が持っている情報を国王に報告するのと、あとはちょっと確かめたい事があって」


「なら、まずは王都を目指さないかい?」


 手詰まりで顔をしかめていると、ワーチスが手を上げて言った。


「この人数でアスト王国全体を探し回るには無理がある。だったら、まずは王都に戻って、状況を説明して手を借りるべきなんじゃないかな?」


「それはそう、ですけど……」


「それまでエリミアスが生きているとは限らない、だな」


 なによりも優先すべきは、エリミアスの命だ。ここから王都まで、どれだけの時間がかかるか正確には分からないが、それまでウルスがなにもしないとも限らない。


「それに、エリミアスが拐われたと知れば、あの王がどうするか……」


「暴れますね、すごーく暴れますね」


 あの娘大好きパパの事だ、エリミアスが拐われたと知れば、間違いなく雄叫びをあげるに決まっている。流石に死刑とか横暴な事にはならないと思うが、そうなったバシレに冷静な判断を下せるとは思えない。

 だが、宛がないのも事実なのである。


「王都への道すがら、立ち寄った町で情報収集する事も出来る。ただの一般人ならともかく、姫様なら目立つと思うしね」


「雲を掴むような話だが、一番現実味があるのはその方法だな」


「それに、拐ったって事はなにか目的があるって事だ。俺はあの魔元帥がどんな男かは知らないけど、ティアニーズ、君になら分かるんじゃないかい?」


 殺さない、というのはあくまでもティアニーズの希望的観測だ。ウルスはエリミアスを気に入っているので、彼が進んで殺す事はまずないだろうが、ゼユテルが命令をした場合、容赦なく命を奪うだろう。


 ティアニーズは眉間にシワを寄せ、卯なり声を上げた末、


「分かりました。とりあえず王都を目指しましょう。ここでじっとしていても状況は変わりませんから」


「よし、だったら直ぐにも出発しようか。ここにいては、また奴らがいつ襲って来るか分かったもんじゃない」


「怪我をしている人には悪いですが、そうですね。今は一歩でも前に進むべきです」


 という訳で、エリミアス散策は一旦後回し。

 王都を目指すという事で、ティアニーズと勇者達の方針は決定したのだった。



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