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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
一章 量産型勇者の誕生
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一章二話 『不幸の始まり』



 次にルークが目を覚ますと、そこは見知らぬ土地だった。

 ガタガタと体が揺さぶられ、木で出来た床に寝転んでいるからなのか、体のあちこちが痛む。

 ゆっくりと上体を起こして辺りを確認すると、どうやら馬車の荷台に乗せられて移動中らしい。


 自分の頭を叩き、抜け落ちている記憶とついでに込み上げる嘔吐感を何とか誤魔化す。が、その答えは直ぐに判明した。


「目が覚めましたか?」


「テメェクソガキ、いきなり殴るとかどんな教育受けてんだよ」


「クソガキじゃありません、ティアニーズです。それと、あの決闘の事を言っているなら勘違いです。貴方が言い出したんですから」


 荷台を引く馬車にまたがり、顔をルークへと向けずに淡々と言葉を繋ぐティアニーズ。

 後ろから殴りたい気持ちを堪え、ルークは背後へと目を向けた。既に村は見えなくなっており、ほとんど村から出た事のないルークは現在地がどこなのか把握出来なかった。


「ちなみに、貴方が気絶して半日ほど立っていますので、走って帰るとかは止めた方が良いですよ」


「騎士様が誘拐かよ。訴えてやるかんな」


「国王直々の命令なので無理です。村長の了承も得ていますから」


「あのババアの言葉なんかどうでも良いんだよ。俺の意見を聞け意見を」


「勇者のくせに文句ばっかり」


「俺は勇者じゃねぇ、ババアが勝手に言ってるだけだ」


 草原の中にある鋪装された道を走る馬車。恐らく彼女の言う通り、今飛び降りたところで村へ帰る事は難しいだろう。

 土地勘がないのに加え、どれだけの距離を歩くか分かったもんじゃない。日は落ち始め、村に着く前に魔獣に襲われるのがオチだ。


 ルークはどうにかこうにかして帰る方法を考え、その方法を思い付く。勇者なんて英雄とは程遠い、極悪非道な行動に。

 背後からティアニーズに近付き、その肩に触れると、


「今すぐ引き返せ。じゃねぇと突き落とす」


「私が落ちたら馬車は横転。勿論、乗っている貴方もただでは済みませんよ」


「うるせぇ、こちとら田舎育ちで鍛えてっから丈夫なんだよ。良いから止めろ」


「断ります。……田舎育ちというのは大した事ないんですね、あの程度の不意打ちにやられるようなので」


 ルークの脅しにも怯まず、それどころか挑発的な態度をとるティアニーズ。

 客観的に見れば優位なのはルークだが、彼女には舵を切るという手段がある。最悪の場合、強引にでもルークをねじ伏せるつもりなのだろう。

 しかし、ティアニーズの挑発に乗せられたルークは、


「ばーか、あれは普段の半分の力すら出してねーし」


「そうですか、私は三割も出してません」


「は? 俺とか二割も出してねーよ。三割であれとかめっちゃ笑える」


「何を言ってるんですか? 私は三割の半分、つまり一割とちょっとしか出していません。よって貴方の負けです」


「俺とか足の小指くらいしか出してねーし。全然まだまだ余裕だったし」


 恐ろしくどうでも良い意地を張るルーク。ティアニーズも同じように対抗しているが、彼女また負けず嫌いなのだろう。

 その後数分間に渡り子供の喧嘩が繰り広げられ、


「私だって貴方を王都に連れて行く事は不本意です。しかし、貴方が勇者である可能性がある以上、この大役は果たさなくてはいけないのです」


「なら心配すんな、俺は間違いなく勇者じゃねぇから」


「何度も言いますが貴方の意見は関係ないです。本物の勇者は周りが決める事なので」


 進行方向だけを見つめ、自分の方を振り返らないティアニーズに、ルークは諦めたように掴んでいた手を離す。それから荷台に積まれている木箱に腰を下ろすと、盛大にため息をついた。


「ざけんな、こっちはいい迷惑だっての。すがるもんがないからって俺を巻き込むんじゃねぇよ」


「……すがる?」


「お前らの英雄像を俺に押し付けんなって言ってんだ。勝手に騒いで勝手に役目を押し付けて、勇者を好んでやってる奴らがいるんだから、ソイツらに任せりゃ良いだろ」


「私、いやアスト王国だって本当はそうしたいんですよ。でも、下らない趣味感覚で英雄を名乗り、盗賊のような行いをする者までいる……そんな偽物には任せられないんです」


 僅かに息を詰まらせる様子を見せ、ティアニーズは寂しげな横顔を見せる。ルークはその横顔を見てこう思うーー『どうでもいい』と。

 本当に、心底どうでもいいと思っていた。

 そもそも、ルーク・ガイトスという男は自分以外がどうなろうと興味がない。


 自分が良ければいいし、世界が滅んでも自分が生きて平穏に暮らせるならそれで構わないとさえ考えている。

 そんな男に寂しげな横顔を見せて同情心を誘うなど無意味なのである。


「始まりの勇者が最後に残した言葉、それくらいは貴方も知ってますよね?」


「ババアにうるさく聞かされたよ」


「その言葉……いえ予言通り、最近魔獣たちの動きが活発になっています。騎士団はそれを見て、魔王の復活が近いと考えました」


「ふーん。仮に復活したとして、それをどうにかすんのがお前らの仕事だろ」


「無理なんですよ。本物の勇者でない限り、魔王には太刀打ち出来ない。それは五十年前の魔人大戦が物語っています」


 ルークが知る限り、魔人大戦で多くの人間が死んだ。その強大過ぎる力に人間軍は押され、いくつかの都市も壊滅したと聞く。

 騎士団は何とか応戦しようと他種族と同盟を組んだが、魔王とその軍勢はそれをことごとく打ち崩し、瞬く間に人間軍は劣勢となった。


 それほどの戦力差をたった一人で覆したのが、英雄と呼ばれている始まりの勇者だ。

 それだけの力を受け継ぐ者がいると分かれば、何が何でも頼りたくなるのは頷ける。

 しかし、


「だからって俺みたいな一般市民を頼るとはどうかと思うぞ。自分で言うのもなんだけど、薪割るくらいしか取り柄ねーし」


「別に期待はしていません。ただ、もし本物だった場合、私の昇級がかかっているんです」


「んだよ、お前も自分のためじゃんか」


「当たり前です。でなければこんな所まで来ませんよ」


 嫌味で言ったつもりだったのだが、ティアニーズは否定するでもなく頷く。ただ、ルークはそれを責める事はしなかった。

 当然、それを追及出来るほど立派な人間ではないのだから。


(しゃーねぇ、王都に行って俺が勇者じゃないって事を証明するしかねぇか。うん、ついでに慰謝料で金請求すっか。そんで村出て一人で暮らそ)


 馬車から逃げ出す事を諦め、ルークは適当に投げ捨てられていた布を床に広げ、その上に寝転んだ。

 その時、背後から迫る何かが目に入る。

 上下逆さまで良くは分からないが、数匹の馬が迫って来ているように見えた。


 体勢を変えて再び見るが、馬の集団は明らかにこちらに向かって来ている。

 ーー馬に股がる男達が鋭く光る剣を握り締めて。

 すなわち、


「盗賊です! 速度を上げるので掴まっていて下さい!」


「えっ? て、ウォッ!」


 言葉の直後、急激に速度を上げた事によって重力が体に襲いかかる。激しい揺れと共に体勢を崩し、馬車の外へ投げ出されそうになるが、寸前のところで足を踏ん張って堪える。

 遅れて状況を理解したルークは駆け足で振り返り、


「盗賊って、何で俺達を狙ってんだよ!」


「知りません! ここら辺だと馬車が珍しいんじゃないですか!? だから金目の物を持っているんだと思ったんですよ!」


「理由なんてどうだって良い、もっと速度を上げろ!」


「貴方が聞いたんでしょ!」


 減らず口を叩きながらも、ティアニーズは馬を刺激して速度を上げようとする。が、荷台を引いているこちらが不利なのは明らかで、次第に迫る盗賊の集団との距離が縮まって行く。

 ルークは落ちている物を適当に投げては見るが、掠る事すらないまま落下。

 抵抗しようにも武器はなく、投げようにもルークの投擲能力では仕留める事は難しい。ただ見ている事しか出来ず、馬とティアニーズの頑張りに期待するしかないのだ。


 しかし、ルークの認識は甘かった。

 後方から迫る集団のみに意識を奪われ、他が厳かになっていた。

 荷台の中に居るので仕方ないが、もう少しだけ周囲に気を配るべきだった。

 何故なら、



「伏せて!」



 ティアニーズの叫びをかきけすように、ルークの真横から衝撃が走った。張り巡らされた布をぶち破り、支えていた木の骨をへし折り、それは姿を現した。

 馬の頭部である。

 横から迫る盗賊の中が、何の躊躇いもなく突っ込んで来たのだ。


「ーー!? バッ」


 何を言おとしたのかルーク自身も分からなかった。ただ、突っ込んで来た物の正体を把握するのと同時に、ルークの体は反対側の布を破って荷台の外へと放り出された。

 右半身に走る鈍痛と体を包む浮遊感に意識を奪われながら、ルークの体は地面に叩き付けられる。


 そのまま二度三度と跳ねたところで停止。

 大破した荷台の破片が付近に飛び散り、頬を掠めた。ティアニーズは馬から飛び降りて何とか回避したようで、踞るルークへと駆け寄る。


「だ、大丈夫ですかッ?」


「めっちゃいてぇ……マジで金請求するかんな」


「良かった、生きてるみたいですね」


 全身を叩く痛みに顔を歪めながらも生きている事を確認。引きずるように体を起こすルークを見て、ティアニーズは安堵の息を漏らした。

 しかし、直ぐにその瞳は鋭さを取り戻し、片膝をつきながら剣に手をかける。


「まずい状況になりましたね……これは」


「ッたく、だから村の外に出るんのは嫌なんだよ」


 舌を鳴らし、首をひねって辺りを確認。骨に異常はないようだが、それ以上に厄介な出来事に巻き込まれていると気付く。


「さぁて、金出しな。ねぇちゃん達よォ」


 馬に股がる五人の男達。頭に薄汚れたバンダナを巻き、握り締めた刃こぼれしている剣に太陽の光を反射させ、狙いをすますようにルーク達にその光を当てる。


 目が覚めて僅か数分。

 ルークは絶体絶命のピンチに陥るのだった。



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