九章五話 『切り札の順番』
まさかの再会を果たし、一人叫ぶティアニーズ。
とりあえず立ち話もなんだと言う事になり、一行は男の提案に乗り、馬車を降りて焚き火へと移動する事になった。
パチパチと木が弾ける音と、楽しそうな歌声を背景にし、ようやく落ち着けるかと思いきや……。
「……あの、なんでそんなに睨んでるんですか?」
先ほどから、小太りの男がティアニーズを凄い形相で睨み付けていた。その顔を見るだけで明らかなのだが、男はティアニーズを覚えている。それどころか、敵意のようなものを向けていた。
「まさか君があの場にいて、しかもあの青年の知り合いとはね。世界の狭さに驚くばかりだよ」
「えと、あそこにいたんですか?」
「あぁ……というか、ここにいるほとんどがあの場にいた人間だよ。ちなみに、俺の名前はワーチス、よろしく」
「ティアニーズです、よろしくお願いします」
ワーチスと名乗った男は、小太りの男の怪訝な目など気にせずに話を切り出し、全員の顔を見てから頭を下げた。
ちなみに、お姫様はフードをかぶって顔を隠し、楽しそうに体を左右に揺らしてすげーワクワクしてらっしゃる。
「君達は知り合いなのか?」
「いや、知り合いではないよ。なんと言うか、俺達が一方的に知っているだけさ」
「一方的に? 差し支えなければ、聞かせてもらえるか?」
「あぁ、勿論だとも」
なぜかワーチスは嬉しそうに頬を緩め、ネルマクで起きた出来事を語り出した。自分達の行動を他人の視点から語られるというのは中々に恥ずかしく、しかもあれだけド派手に突入したのだ、話が進むに連れ、ティアニーズは居心地の悪さを感じていた。
「流石に驚いたよ。馬に乗って突っ込んで来たかと思えば、俺は勇者だ! って叫んだんだからね」
「ルークがやりそうな事だな。しかしそうか、そこから始まったのか」
「お恥ずかしい限りです……」
「そんな事ないよ。ここにいる全員は、彼の言葉に、行動に、心を動かされた人達なんだ」
照れくさそうに頬をかき、静かに揺れる炎を見つめるワーチス。ティアニーズが首を傾げていると、再び話を始めた。
「恥ずかしい話だけど、正直俺はお金が目当てだった。俺の家は貧乏でね、沢山のお金を一気に稼ぐには、勇者っていう職業はもってこいだったんだよ」
「今は、違うんですか?」
「いや、変わらないよ。お金が貰えないなら、こんな危険な事はしない。生活する上でお金はとても重要だからね」
ワーチスの年齢を考えれば、すでに結婚して子供がいてもなんら不思議はない。お金を稼ぐだけならば、魔獣狩りなんて危険な事をせずとも、もっと安全な職業は他にいくらでもある。
「でも、お金だけじゃないとも思うようになったんだ。なんて言うのかな……この仕事に、やりがいを見たんだ」
「やりがい、ですか?」
「あぁ、初めて人を助けた時にお礼を言われてね。それが、凄く嬉しかった。それもこれも、あの時、あの青年達の喧嘩を見たからなんだ」
ルークとイリート。あの日ネルマクの町で、二人の男は壮絶な殴りあいをした。お互いの意地をかけ、気に入らないものをねじ伏せる道具として、己の拳を選んだのだ。
ルークが初めて、勇者として行った喧嘩でもある。
「ルーク、といったかな? 彼の言葉が胸に刺さったよ。俺はお金さえ手に入ればそれで良いと思ってた。それこそ、他人がどうなろうとね」
「……それは、普通の事だと思います。他人なんかどうでも良くて、自分の利益のために行動するーーそれが、人間の本質だと思います」
「俺もそう思う。今だって変わらないから。けど、格好良かったんだ。それと同時に、勇者になってみたくなった」
「勇者に?」
「あぁ、人を助ける格好良い人間になって見たくなったんだ」
あの日、ルークがネルマクに行かなければ、恐らくワーチスはイリートに殺されていた。ワーチスだけではなく、小太りの男も、この場にいる全員が、彼に命を奪われていただろう。
本人にその気はなくとも、ワーチスは、勇者に命を救われた一人なのだ。
「あの日終わる筈だった命を、誰かのために使いたくなった。あの金髪の青年を救った彼みたいに、誰かの心を救ってあげたくなったんだ」
言い終えると、ワーチスは照れ笑いを浮かべてティアニーズを見た。ティアニーズはいきなり立ち上がると、ワーチスの手を無理矢理握り、
「素晴らしいです! ワーチスさんのその考え、私も見習いたいくらいです!」
「え、あ、え?」
「貴方のような人が勇者をやるべきなんですよ! それに比べてあの男は……」
「彼は、勇者じゃないのかい?」
「勇者ですよ、ムカつくけど、勇者なんです。でもですね、自分の事しか考えてないんです。ワーチスさんのように、誰かのために頑張る事が出来ない人なんです!」
ティアニーズの勢いに押され、後退りながら困惑の色を浮かべるワーチス。ティアニーズの中にある勇者像、誰かのために命をかけられる人間が、かっちりピッタリ当てはまったのである。
「俺も、そうだよ。お金が貰えなければ、こんな事やらない」
「それでも立派です。あの人なんか、いくらあげても落とし物探しすらしませんよ」
「そ、そうなのかい?」
「そうなんです」
胸をはり、ルークがいないのを良い事にクレームを口にするティアニーズ。だがしかし、事実なのでしょうがない。大金を積まれたとしても、あの男は猫探しすらやらないだろう。
「でも、彼の姿に心を打たれたのは事実だ。今はいないみたいだけど……」
「今は別行動をしてるんです。えと、凄く遠いところで頑張ってます」
「死んだ訳じゃないんだよね?」
「死んだとしても、自分を殺した相手に復讐するために戻って来るような男ですよ」
遠いところをあの世ととらえたのか、ワーチスは少し遠慮がちに問い掛ける。ティアニーズは冗談混じり、いや本気でそう思っているのだが、微笑しながら答えた。
「という事は、噂の勇者は君達で間違いないんだね」
「噂?」
「最近、各地で魔元帥を倒して回っている勇者がいる、という話が耳に入ってね。近くだと、テムランかな」
「多分それ、私達だと思います」
「やっぱりか。そうだと思ったよ」
必死過ぎて、魔元帥と戦うのが当たり前になっていたが、魔元帥を殺すというのは本来、国王自らが誉め称えるほどの行いだ。それをやってしまう勇者が側にいるので気付かなかったが、噂になっていてもおかしくはない。
「詳しい内容は知らないけれど、その話を聞いてここに参加した人間も少なからずいる。君達の、勇気ある行動に心を動かされた人間がね」
「そ、そんな、勇気だなんて……。ただ、必死だったんです。自分達が生き残るのに」
「それでも、だよ。俺達勇者をやっている人間にとって、君達は希望なんだ。前線で戦い、そして勝った人間がいる。あの、魔元帥に」
ティアニーズは、無意識に微笑んでいた。
自分の行動が、誰かの希望になっている。みっともなく足掻いて、地べたを這いずってここまで来て、苦しい想いも沢山した。けれど、その行動が、知らない誰かの心を動かした。自分がそうだったように、あの男と同じように。
こんなにも、嬉しい事はない。遠くて、絶対に追い付けないと思っていた背中に、ほんの少しだけど、近付けた気がしたから。
「君が諦めずに進んで来たからこその結果だ。謙遜する必要はない、胸をはって良いんだ」
肩を叩かれ、アテナが優しい声色でそう言った。
今までの行動は、無駄なんかじゃない。苦痛と悲しみにまみれた旅だったけれど、この旅は、確かにティアニーズを成長させていたのだ。
「君のような少女が頑張っているんだ、俺達大人が頑張らないとね。いつか産まれて来る子供のためにも」
「お子さんがいるんですか?」
「ちょうど妊娠して半年くらいかな。産まれて来る子供には、平和な世界だけを知っていてほしいんだ」
「やっぱり、ワーチスさんは立派な方です」
ワーチスの横顔を見て、ティアニーズは自分の父親を思い出していた。会った事もない、もう一人の父親ーーアルクルス・アレイクドルの事を。自分が憧れる、もう一人の英雄の事を。
「私の父は、戦争で死にました。今も生きていたらきっと、ワーチスさんと同じ事を言っていた気がします」
「そうか、戦争で……。辛かっただろうね」
「いえ、私にはもう一人の父がいますから。私が憧れる三人のうちの一人なんです」
「父親としては羨ましい限りだよ。俺も、そういう父親になりたいな」
ルーク、アルクルス、サリー、トワイル。ティアニーズが憧れる、四人の英雄の名前だ。今の自分を作り、そしていつか追い付きたい目標でもある。少女にとってそれが、なによりも叶えたい願いなのだ。
ゆらゆらと揺れる炎を見つめながら、そのあとも他愛ない会話が続いた。これまでの旅を思い出すように、体を、心を休ませながら。
すると突然、小太りの男が口を開いた。
「なにが勇気だ、なにが希望だ。私はそんなもの、まったく興味ない」
「ダリアンさん……」
「ワーチス、お前達は私の商売道具なんだ。そしてこれはビジネスだ、私は金さえ手に入ればそれで良い」
ダリアンと呼ばれた小太りの男が、空気を読まずに場の雰囲気をぶち壊す。その顔と言葉には嫌みしかなく、人相も相まって、ティアニーズは一瞬で理解した。この男は、多分嫌われていると。
ワーチスはダリアンに聞こえないよう、小さな声で告げ口をする。
「あの日、演説を邪魔された事を未だに根にもっているんだよ。一応雇い主だけど、小さい男なんだ」
「大丈夫ですよ、小さくてしつこい男にはなれてますから」
しつこさだけで言うのなら、ルークはこの国でも上位に食い込む力をもっている。人間というのは凄いもので、環境に対応する力は計り知れないのだ。
「あの時はすみませんでした。大事な演説の邪魔をしてしまい」
「今さら謝られたところで意味などない。本来なら許してやらんところだが、今の私は機嫌が良い。なにせ、このあとに大きな取り引きが待ち構えているのだからな」
「取り引き、ですか?」
「聞きたいか? 聞きたいのなら話してやろう。小娘、お前も一応騎士団らしいからな」
前までのティアニーズならば、今の言動でイラっとしていただろう。しかし、これよりも遥かにうざいのと長くいたため、この程度では動じない耐久力を身につけていた。
ダリアンは嬉しそうに髭を弄りながら、
「我々はこれから王都へ向かう。そこで王に会い、私の作った勇者軍団を直接売り込むのだ」
「なるほど、だから各地で人助けをしていたのか。その噂が王の耳に入れば、多少の交渉材料になる」
「ほう、そこの蒼髪、中々に鋭いな。それに美しい。どうだね、君も私の勇者軍団に参加しないかね?」
「いえ、遠慮しておきます」
セクハラ親父の誘いを軽く受け流しているのは、他でもない騎士団団長さんである。ティアニーズが騎士団だという事は知っているのだろうけど、流石にアテナが団長という事実には気付いていないようだ。
「傭兵としてでも構わん、王直属の軍団ともなれば、その報酬はたんまりと受け取れるに違いないからな」
「おと……国王と直接お話をさせるのですか?」
「私自ら出向くのだ、当たり前だろう」
素朴な疑問を投げ掛けたのは、他でもないこの国のお姫様である。先ほどからウキウキしており、キャンプの雰囲気が楽しくて仕方がないようである。
ティアニーズは哀れみの目を向け、
「そんなに上手く行きますかね?」
「行くに決まっとる。なんのためにここまで回りくどい方法をとったと思っているんだ。だが我慢しよう、これもビジネスだ」
「ちなみに、ダリアンさんは戦えるんですか?」
「私は参謀だ。この頭脳を武器にして的確な指示を出し、多くの戦を勝利に導いて来た」
「……」
無言のままワーチスを見ると、首を振って苦笑い。典型的な態度だけ大きい使えないおっさんらしい。しかし、これだけの人数を養えているあたり、少しは名の知れた富豪なのだろう。ティアニーズは知らないけど。
ガハハハ、と汚い笑い声を上げるダリアンを無視し、アテナが疑問を口にする。
「それはそうと、王都へ行くのですか?」
「あぁ、ついでに困っている人がいれば救おう。噂は、交渉材料は多ければ多いほど良い」
ティアニーズとアテナは顔をあわせ、なにか閃いたように頷いた。それから確認をとるように他のメンバーへと視線を送り、了解を得ると、
「あの、私達も王都へ行く途中なんです。良ければ一緒に行動しませんか?」
「私が、お前達と? それは冗談か? 勇者軍団に参加するからともかく……」
「ティアニーズは騎士団です。騎士団が一人でもいれば、交渉が成功する確率上がるのでは? それにもしかしたら、貴方の人柄の良さを報告してくれるかも……」
「む、確かにそうだな」
ちょろいおっさんだ。わざと声を小さくし、一人言のように呟く事で、これは秘密だという印象をうえつける。ダリアンよりか、アテナの方がやり手である。
「小娘、名前はなんといった?」
「ティアニーズ・アレイクドルです」
「よし、アレイクドル、私と共に行動する事を許可しよう。ただし、分かっているな?」
「はい。見たままを、聞いたままをそのまま王にお伝えします」
「良い心意気だ。この私が褒めてやろう」
「わーい、嬉しいなぁ」
皮肉を言ったつもりなのだが、ダリアンには通用しなかったようだ。とりあえず適当な言葉で喜びを表し、ダリアン率いる勇者軍団との旅が確定した。
調子乗りまくりのダリアン、それを苦笑いしながら見つめるワーチス。
アテナはティアニーズの手を引き、二人から離れると、
「彼らは少し危機感がないようだ。どこまでの噂を聞いているのかは分からないが、もし魔王の復活を知らないのなら……」
「以前よりも魔獣の動きは活発になっています。いくらワーチスさん達が手練れでも、あの時と同じように囲まれたら、手の打ちようがありません」
「あぁ、私達が守るしかないな。ダリアンがあの様子では、不安しかない。それに、ここにいる者達の志を無下には出来ない」
「戦力は少しでも多い方が良い、ですよね?」
魔王が復活した今、騎士団だけでは人手が足りない。そうなった時、ダリアンのように利用しやすく、なおかつお金があって人集めがしやすい人材は喉から手が出るほど欲しいのだ。
それに理由はどうであれ、彼らがこれまで行った来た人助けにより、救われた命があるのは事実だ。金の亡者であるダリアンはともかく、本当に世界を救おうと戦う人間を、無駄死にさせる事は出来ない。
ダリアンには、掌で踊ってもらおう。
「あの、なんで騎士団団長だって言わないんですか?」
「ん? あぁ、それはだな……」
話を終え、皆の元へ戻ろうとする中、ティアニーズは疑問を口にした。エリミアスはともかく、アテナが身分を明かせば、ダリアンは掌を擦って火を起こすだろう。
アテナは人差し指を立て、悪い笑みを浮かべると、
「交渉に置いて重要なのは、カードを出す順番なんだ。相手のカードを全て引き出し、こちらの最後の手を叩きつける。切り札とは、最後までとっておくものなのだよ」
と、格の違いを見せつけるのだった。