九章二話 『手紙の謎』
シャルルが取り出した一通の手紙。
封筒に宛名などはなく、見た事のない花の絵と、封筒の右下に女性と思われる似顔絵が小さく描かれていた。
花の髪飾りをつけた、女性の絵が。
ティアニーズはとりあえず手紙を手にとり、裏表を確認。
「花の髪飾り……。宛名とかは特にないですね」
「名指しでアンタ達に渡してって言われたからね。誰かの知り合いじゃないの?」
「うーん、私ではないと思います。色んな人とこれまで出会って来ましたけど、花の髪飾りをした人に心当たりはありません」
「そ。他は?」
ティアニーズは思い出すように封筒に描かれた花を見つめるが、記憶のどこを探しても該当するものはない。他の皆も同じようで、シャルルの問い掛けに首を振って答えた。
シャルルはアキンへと視線を移し、
「それじゃあ、知ってるのはアンタだけって事ね」
「アキンさん、お知り合いなんですか?」
「いえ、知り合いっていうほど知ってる訳じゃないです。悪い人と戦ってる時に、一回だけ助けてもらったんです」
「お礼、ですかね」
「助けてもらったのは僕の方ですよ。名前も知らないですし……」
悪い人、というのはヴィランの仲間だった男二人の事だろう。ティアニーズも面識はあるし、アキンに負け、今は騎士団に拘束されている。
「その人が、なんで私達に手紙を?」
「分からないわよ。さっきいきなり現れて、この手紙を渡してって言って、直ぐにどっかに行っちゃったから」
「中はまだ確認してないんですか?」
「一応、アンタ達に渡してって言われてるからね。まったく見てないわ」
シャルルの言う通り、封筒に開封されたあとはない。シャルルもいきなり手紙を渡されたという事もあり、まだ状況を上手く飲み込めていないのだろう。
「とりあえず開けてみますね」
そう言って、ティアニーズは代表として封筒を開ける。中には四つ折りにされた一枚の便箋が入っており、ゆっくりと開いて行く。全員の視線が集まる中、手紙には、ただ一言こう書かれていた。
ーーあの子をよろしくね。
裏返して見ても、他にはなにもない。大きめの便箋にその一言だけが書かれており、花の髪飾りをした女性の名前は記されていなかった。
「あの子って、誰だろう」
「アキンの事じゃないの?」
「ぼ、僕ですか? でもたった一回会っただけですよ? それにさっきも言いましたけど、助けられたのは僕の方です」
「それもそうね。じゃあ、実は知り合いとか」
シャルルの問い掛けに、アキンは難しい顔をして考える。この中で『あの子』が当てはまるとすれば、面識のあるアキンしか考えられない。
数秒間考え、
「あっ、でも、その人誰かに似ていた気がします」
「似ていた?」
「顔つきというか、雰囲気というか……。誰かに似ていたと思うんです。凄く、綺麗な女の人でした」
「この中の誰かですか?」
「うーん、そうじゃないかも……いや、そうなのかも……」
全員の顔を眺め、さらにアキンの表情が強張る。頑張って思い出そうとしているのは伝わって来るのだが、全然思い出せないようで、眉間のシワが増えて行く一方だった。
「アキンさんの知り合いかもしれない、という事だけじゃなにも分かりませんね……。もっとなにかヒントがあれば」
「すみません。でも、絶対に会った事あると思うんです!」
「そもそも手紙を出した意味も分からないな。知り合いならば直に会いに来れば良い。しかし、その人物は手紙を選んだ」
「それもそうですよね」
冷静に推理を進めるアテナの言葉を聞き、ますます手紙の謎が深まる。全員心当たりはないようでーー、
「あの、一つ良いですか?」
行き止まりかと思われた時、一人が手を上げた。手を上げた人物ーーエリミアスは軽く頭を下げ、ティアニーズの手から手紙を受け取った。封筒に描かれた女性の似顔絵を眺め、
「ーー私、この手紙知ってると思います」
「ほ、本当にっ?」
「ぼんやりとですが、思い当たる気がします。どこかで見た事があると思うのです」
エリミアスの発言に、全員がそちらを見つめる。決して上手いとは言えない似顔絵なので、印象には残る方なのだろう。エリミアスは思い出すように似顔絵を凝視し、そして、
「お父様の、部屋……」
「え?」
「思い出したのです! お父様の部屋に、これと同じ似顔絵の描かれた封筒があるのを、見た事があるのです!」
「お父様……という事は、王の部屋か」
エリミアスの父ーーそれはこの国、アスト王国国王であるバシレの事だ。しかし、さらに謎が増えてしまった。なぜ国王であるバシレの部屋に、この似顔絵の描かれた手紙が置かれていたのか。
「その手紙の内容は確認したの?」
「いえ、退屈だったので、お父様の部屋に忍び込んだ事があるのです。その時にたまたま見ただけで、中身までは……。確か、城を抜け出す直前だったと思います」
アテナから授かった、強盗顔負けの忍び込みスキル。王の部屋に忍び込み、城から脱走し、そのスキルの凄さは全員が理解している。ただ、それは置いておこう。
「王の部屋に置かれた手紙……。その女性は、王と知り合いなんでしょうか」
「王だから一方的に知られていてもおかしくはない。ただ、手紙を出すとなると……やはり部屋に置かれていた手紙の内容が気になるな」
「お父様の部屋にある手紙は、基本的に業務関係のものか個人的なものだったと思います。国民からの手紙は、目を通して他の部屋に保管してありますから」
「となると、業務関係か……。騎士団ーーいや、だとしたら私が知らないのはおかしい」
「でも、アテナさんがいない間に入った人なら」
「一応、この国を離れている間も王とは連絡を取り合っていた。私が国を離れていたのも、王からの命令だからな」
サラっとかなり重要な話を聞いた気がするが、今のティアニーズ達の興味は手紙に集約されている。アテナの言葉を軽く流しながら、再び視線は手紙に集まった。
「もう一つの可能性は、個人的な知り合い……か」
「でも、城に頻繁に出入りしている人なら、エリミアスが見た事ないのはおかしいです」
「多分ですけど、私はこの人を知りません」
「個人的な知り合いでもないとなれば……残念だがお手上げだな」
アテナは両手を上げ、ギブアップを告げるように軽く微笑んだ。
業務関係でも、個人的なものでもない手紙。エリミアスが見た事がない以上、城に出入りしていた可能性は低い。そして、アキンの知り合いに似ている。情報はそれなりに揃っているのだが、謎の女性の招待は掴めなかった。
それに、大きな謎が残っている。
「この、あの子っていうのが誰なのかさえ分かれば……」
「個人的な王の知り合いが心配する人物。思い当たるとすれば、エリミアスくらいのものだが」
「お父様なら、きっと会いに来ます」
「うん、私もそんな気がする」
あの娘大好き親父の事だ、もし言いたい事があるのなら自分から来るに決まっている。それでも来ないという事は、帰って来る事を信じ、ルークやティアニーズに娘を託したという意味なのだろう。
「王の知り合いで、アキンさんの知り合いに似ている誰かが、この中にいるって事ですよね? あ、でも……」
「ほとんどがそうだ。騎士団である私とティアニーズ、娘であるエリミアス、封印場所を守っていたケルトもそうだろうな。それに、シャルルの知り合いならばその場で言えば良い。それはアキンも同じ事だ」
「アンドラさん……でもなさそうですよね」
重要なのは、手紙に記された『あの子』だ。
書き方的に女性よりも年下なのは間違いない。今までの情報を元に、全員が推理を進める。
ーーそして、ティアニーズは気付いてしまった。
それと同時に全員が顔を上げ、一人の人物の名前を口にした。
ーールーク、と。
「ルークさんの、知り合い……」
「残る可能性はそれだけだな。しかしだとすると、ルークとその女性の関係は……」
もし、手紙に書かれた『あの子』がルークを指すとすれば、手紙を出した女性はルークの知り合いという事になる。だが、本人に確認のしようがないし、あの男は過去を語るタイプでもないので、真相を確かめる術がないのだ。
「王の知り合いが心配する人物、それがもしルークさんなら……もしかして、凄い人?」
全員が顔を合わせる。
恐らく、まったく同じ事を考えていたのだろう。
全員が口を揃えて『あり得ない』と言った。
「あのルークさんですよ? 態度も口調も悪い、チンピラみたいな人です。というか、チンピラとして歩いていてもなにも違和感ないような人ですよ」
「ルーク様はすごーく変な人ですし、私はガイトスという名を聞いた事がありません」
「全員のルークへの評価はともかく、ルークである可能性はある。だがそうなると、なぜ手紙なんだ?」
ルークに恋をしているティアニーズとエリミアスだが、あの男の性格が最悪だという事は知っている。というか、それを誰よりも近くで見て来たのが、他でもないティアニーズなのだ。それが、実は王と関係ある凄い人の知り合いでしたぁ、とか言われても笑う事しか出来ない。
ただ、
「情報を整理すると、ルークさんにたどり着くのは事実。アキンさん、その人はルークさんに似てましたか?」
「うーん、どうだろう……あぁ!!」
考えていたアキンが、突然大声を上げて立ち上がった。シャルルは体をビクリと跳ねさて驚いたのだが、直ぐに何事もなかったかのように、私ビビッてないですけど?的な顔で背筋を正す。
アキンはティアニーズを見つめ、
「その女の人が言ってたんです! 自分の事を、通りすがりの一般人だって!」
「通りすがりの一般人? …………あぁ!!」
アキンの言葉をそのまま口に出した瞬間、ティアニーズはさらに大きな声を上げた。シャルルはまたまたビビッていたのだが、口笛を吹いて誤魔化している。
「ルークさんも、同じ事言ってた!」
「あの時、魔元帥と戦った時です!」
あれは、ルークと共にとある町を訪れた時の事だ。剣狩りを探している途中、ティアニーズは魔元帥であるデストに捕まり、そこへ助けに来たのがアキンとアンドラだった。なんとか三人で抵抗したのだが、その力の差になすすべもなく殺されそうになった時、ルークとビートが現れた。
その時、確かにルークは口にしていた。
ーー自分の事を、通りすがりの一般人だと。
「通りすがりの一般人……そうだよ、ルークさんも言ってた」
たまたま、と言われればそれまでなのだが、偶然にしては出来すぎている。手紙の内容、ルークの言葉、これまでの情報をまとめた結果、二人が知り合いーーという答えにたどり着くのは、極自然な事だろう。
盛り上がる二人を見て、まったくついて行けてない他の面々は首を傾げる。エリミアスは手紙を差し出し、
「ですが、それと手紙になにか関係があるのですか?」
「そう、だよね。手紙、手紙、手紙ーー」
ティアニーズの奥底に眠っていた記憶が、その言葉と合致した。エリミアスが持っていた手紙を引ったくり、ティアニーズは震える手で内容を確認する。それから自分自身も半信半疑な中、脳裏に過った考えを口にした。
「なんで、私がルークさんの住む村に行ったのか、皆さんは知っていますか?」
「……そういえば、聞いていなかったな。ルークが東の村に住んでいたのは知っているが」
ここにいるほとんどの人物は、ルークが自分を勇者だと認めたあとに出会った人々ばかりだ。なぜそうなったのか、そもそもなぜ旅に出たのか、それを知る者は少ない。きっと、疑問に思っていた筈だ。あんな性格の男が、自分から旅に出る訳がないと。
「手紙が、来たんです。王の元に一通の手紙が。そこには本物の勇者がいる場所が書かれていて、私はその勇者に会う命令を受けました」
「なるほど、それがルークだったという訳か。……まさ、か」
自分って言って気付いたのか、アテナの表情が驚きで満たされる。まだ気付いていない面々に向け、ティアニーズは手紙を見せつけた。
「もし、その手紙を出した人物が、この手紙を書いた人物と同じだとすれば? 王の部屋に手紙が残されていた理由にも、説明がつきます」
ルークが旅立つ全ての元凶となったものーーそれは、王の元に送られた一通の手紙だ。その手紙から、全てが始まったのだ。その手紙があったからティアニーズは東の村に行き、ルークと出会い、そして旅に出た。
業務関係でも、個人的なものでもないーー勇者について、書かれた手紙。
「勇者について書かれた手紙だから、残していた。王の知り合いではないから、エリミアスは知らない。その女性はルークに似ていて、旅立つ原因を作った。……なにもかもが、ティアニーズの語った事に繋がっているな」
「まだ、確証がある訳ではありません。疑問は山ほどあります。なんでその女性は、ルークさんが勇者になるって知っていたんでしょう……」
「それは、恐らく違います」
そこで、長らく黙っていたケルトが口を開いた。途中から完全に気配を消していたため、シャルルは悲鳴を上げて後退る。しかし、ケルトはまったく気にせず、
「あの男は、本来勇者になる人間ではなかった。その手紙の真実は私には分かりませんが、一つだけ分かる事があります」
「それは、なんですか?」
「ルーク・ガイトスは初めから勇者だったのではなく、その手紙のせいで、勇者になってしまったんです」
淡々と語るケルトに、ティアニーズは言葉の意味が分からずに首を傾げる。だが、たった一人だけ、真実を知る少女ーーアキンだけが、顔を逸らしていた。
「その人物が、なにを思って手紙を出したのかは分かりません。けれど、その手紙が、結果的にあの男を勇者にしたんです」
「……ケルトさんは、なにを知っているんですか?」
「私から言えるのはこれだけです。まだ確証がないので。しかし、あの男が戻って来れば、全てが明らかになります」
そう言って、ケルトは再び口を閉ざしてしまった。結局、なにを言いたかったのか分からないまま話が終了したので、不完全燃焼となり、ティアニーズの中にモヤモヤとしたなにかが生まれてしまった。
だがしかし、話は前に進んだ。
そして、新たな疑問が生まれた。
「ルークさんと、どんな関係なんだろう」
「東の村という具体的な位置を知らせていたんだ、少なくともルークを知る人物には間違いない」
「村長じゃないって言ってたけど……だとしたら……」
謎が解け、謎が増える。
ただハッキリと言える事は、ルークはただの人間だ。彼の周りが勝手に動いてしまったために、この大きな物語の歯車に、ルーク・ガイトスは組み込まれてしまったのだ。
全員が頭を悩ませる中、アテナが区切るように手を叩いた。
「これ以上考えても仕方がない。どのみち私達は王都に戻るんだ、その時確かめれば良い」
「はい。王に見せてもらいましょう。そして確かめるんです。本当にこの手紙の主が、ルークさんが旅立つ原因となった人物なのか」
王都を目指すという方針は変わらない。
ただ、戻るための理由が一つ増えただけだ。
「…………」
その中で、たった一人。
アキンはなにも言わず、うつ向いているのだった。