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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
九章 精霊の反撃
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九章一話 『一通の手紙』


 ルークと別れた直後からのお話です。





 空から落ちて来た光に、三人は吸い込まれて行ってしまった。姿が見えなくなる直前、なにか叫んでいたような気もするが、いつもの事なので放置。いや、気になったとしても助ける事は出来ない。

 光の柱が消えるのと同時に、ルークの姿も消えてしまったのだから。


 静かな風が辺りを吹き抜け、草の揺れる音だけが鼓膜を叩く。

 桃色の髪の少女ーーティアニーズ・アレイクドルは、空を見上げてポツリと呟いた。


「……行っちゃいましたね」


「そう、ですね」


 ティアニーズが呟くと、隣に立っていたエリミアスも同じように青空へと視線を移し、同意するように少し寂しげな横顔でそう言った。


 これまで、ティアニーズはルークとずっと一緒だった。離れて戦う事は何回かあったものの、こうして別れを告げるのは初めての体験である。

 あの背中があったから、ここまで来る事が出来た。間違った道に足を踏み入れてしまった時も、あの男がいたからやり直す事が出来た。


 なんと言うか、そう、


「少し、寂しいかな」


 思わず本音が飛び出していた。

 あの男ならやり遂げるという確信はあるけれど、やはり不安は拭いきれない。直ぐに無茶するし、人に言う事聞かないし、ルークの場合、精霊でも問答無用でぶん殴るだろう。不安材料は数えきれないほどあるが、なによりもーー好きな人と離れる事が、一番辛かった。


「大丈夫ですか?」


「う、うん。大丈夫だよ、ルークさんはなんだかんだでやる人だから」


「そうではないのです」


 ぎこちなく微笑んではみるが、エリミアスはティアニーズの嘘を見ぬいたのか、ハッキリと告げる。当たり前だ、同じ男に恋をしている以上、エリミアスだって同じ事を考えている。


「私は、凄く不安で寂しいです。ルーク様ならやってくださるという確信はあります。けれど、それとこれとは話が別なのです」


「……うん。それは、私も同じだよ。けど、ルークさんが決めた事だから。どーせ私がなに言っても聞かなかっただろうし……それに……」


 ティアニーズは自分の頬を叩き、気持ちを入れかえる。不安はなくならないし、寂しいという気持ちもなくならない。ーーただ、だからといって、ここで沈んでいる訳にはいかないのだ。


「私達にはやるべき事がある。帰って来たルークさんに笑われないように、今やれる事をやろ?」


「は、はい! ルーク様を笑顔で迎えられるように、もっともっと強くなりましょう!」


 ティアニーズが笑顔を浮かべると、エリミアスは嬉しそうに微笑んでその手を握り締めた。


 あの時、決めたのだ。

 人には出来る事と出来ない事があって、ティアニーズは特別な人間ではない。だから、自分のやれる事を精一杯やり遂げる。もう二度と、立ち止まる訳にはいかない。


「アテナさん、いつ頃出発するんですか?」


「出来れば明日にも出発したいな。私達、特にティアニーズ、君の持つ情報を一刻でも早く騎士団で共有したい。一番魔元帥と戦っているのは君だからな」


「はい、魔元帥の能力は把握してます」


「相手の戦法が分かれば、精霊がいなくとも人間の力である程度は戦える筈だ。ルークがいない以上、人間の力でこの国を守るしかない」


「今まで、ルークさんに頼りきりでしたから。今度は私達騎士団の番です」


「あぁ、民間人ばかりに良い格好はさせられない。私にも騎士団団長としての面目もあるからな」


 ルークは、勇者はいない。

 それはどうしようもない事実で、受け入れるしかないのだ。あの男が帰って来るまでは、人間の力でどうにかするしかない。ずっと頼ってきたから、今度は、騎士団が守る番なのだ。


 意志が固まり、町の中へと戻ろうとした時、分かりやすく嫌そうなため息が聞こえた。その主、アンドラは肩を落とし、


「はぁ……なんでこんな事になっちまったんかなぁ、オイ」


「アンドラさんにも来てもらいますからね」


「わーってるっての。王都、騎士団……聞くだけでため息が止まらねぇぜオイ」


「心配するな、君の功績は私達が良く知っている。君の過去がどんなものかは知らないが、私がどうにか口をきいてやる」


「団長様の言葉、ありがてぇなぁ……」


 アテナの言葉にアンドラは笑うが、まったく笑顔になっていなかった。むしろ今にも泣き出しそうな顔で、頬をピクピクと痙攣させている。

 その姿を見て、ティアニーズはとある事を思い出した。


「あの、もしかして……アルフードさんに会いたくないんですか?」


「ギクッ……そ、そんな訳ねぇだろオイ!」


「今ギクッて言いましたよね? 珍しいですよ、ギクッて口に出す人」


「う、うるせぇぞオイ! ビビッてなんかないやい!」


 完全にビビり中のアンドラ。世紀の大悪党、割りと名の知れた盗賊の筈なのだが、こうして見ると、どこにでもいそうな冴えないおっさんである。

 二人のやり取りを眺め、アテナが口を挟む。


「アルフードがどうかしたのか?」


「アンドラさんとアルフードさん、兄弟なんですよ」


「ほう、そうなのか?」


「おう、一応。長い事会ってねぇけどなオイ」


 騎士団団長なのだから、当然、第三部隊隊長のアルフードの事は知っている。しかし、これだけ行動を共にしても気付かないくらいに似ておらず、アテナはアルフードの顔をまじまじと見つめ、


「ふむ、まったく似ていないな」


「良く言われるぜオイ。けど正真正銘俺はアイツの兄貴だ。同じ釜で飯食って、同じ親に育てられて……そんで、捨てられた」


「……両親の顔は、覚えているのか?」


「そりゃもうハッキリとな。今どこでなにしてんのかは知らねぇけど。アイツも、同じだと思うぜオイ」


 ルーク、アキン、アンドラの三人は、親に捨てられている。顔も名前も知らないルークとアキンに対し、アンドラには両親と過ごした僅かな記憶があるらしい。

 幼い子供が、親に捨てられる。それがどんな気持ちなのかは、ティアニーズには分からない。


「そのあと、ガジールさんに拾われたんですか?」


「おう。アイツと二人でたまたまここに来てよ、食い物盗んで、逃げてたんだよオイ。そん時だ、親父に出会ったのは」


「その時から仲悪かったんですか?」


「喧嘩はしょっちゅうしてたな。でも、そりゃどこの兄弟も同じだと思うぜオイ。アイツは騎士団になりたくて、俺はそんなのどうでも良かった。ただ、自由に生きて行きたかったんだよ」


 僅かに見えた、アンドラの本心。

 アンドラは自分に視線が集中している事に気付き、恥ずかしくなったのか、全員の視線から逃れるように足を進め、


「俺の事なんかどうだって良いだろオイ。とっとと戻ってこれからの事を考えんぞ」


「お、お頭!」


 逃げようとするアンドラを追い掛けて先回りすると、少年のような少女、アキンがアンドラの前に立ち塞がる。


「お頭が騎士団になっていたら、僕はずっと一人でした。だから、僕はお頭が盗賊になって良かったと思ってます!」


「お、おう」


「でも、大事な弟さんとは仲良くしないとダメですよ」


 子供に説教させるお父さん。いつものアンドラならば、ペコペコと頭を下げていたかもしれない。だが、今回は違った。ばつの悪そうに眉間にシワを寄せ、言葉をつまらせていた。


「お頭?」


「いや、なんでもねぇよオイ。ちょっと親父のところに行って来る、アキンはこいつらと宿に戻ってろ」


 そう言うと、アキンの言葉も聞かずにアンドラは行ってしまった。寂しそうに肩を落とすアキン。ティアニーズはアテナに駆け寄り、


「アンドラさん、なにかあったんですかね」


「彼は、善人ではない。むしろ悪党だ。その罪の意識が、アキンと向き合う事を邪魔しているんだよ」


「…………」


 ここ、テムランでの戦いで、アンドラは底なしの悪党ーーヴィランと戦っている。結果は聞いていないが、恐らく、アンドラはあの男を殺したのだろう。純粋に慕ってくれるアキンと、人を殺してしまったアンドラ。

 自分は本当にここにいて良いのかと、思ってしまったのかもしれない。


「人の心というのは、そんな簡単に変わるものではない。アンドラは、守るべき存在が出来てしまった。それはきっと、なにも良い事だけではないんだ」


「……少しだけ、分かる気がします。自分はここにいて良いのかって、不安になる気持ちが」


 誰よりもルークの側にいたからこそ、彼の凄さを知っている。誰よりもルークの側にいたからこそ、ティアニーズは自分の弱さを悔いた。自分はここにいて良いのか、ここにいる資格があるのか、そう、何度も思った。

 でも、


「そんなの、関係ないんです。誰かの側にいるのに、資格なんていらない。私はあの人の側にいたいから、あの人の道の先が見たいから、どんな思いをしたって、横に立つって決めたんです」


「……強く、なったな」


「強くなれって、説教されましたから」


 あの男の側にいれば、ティアニーズは傷つく。

 弱い自分を攻めて、なにも出来ない自分が嫌になってーーそんな苦しい思いを、何度もするのだろう。でも、もう逃げないと決めたから。

 それが、ルークを巻き込んでしまった自分への、罰だから。


「アンドラさんも、きっと大丈夫です。もしダメになりそうだったら、私が殴って改心させます」


「気付いているか? 今の言葉、ルークが使いそうだぞ」


「ルークさんは、人を改心させたりしませんよ。ムカつくから殴るだけです」


「その言葉を聞く限り、とてもじゃないが勇者とは思えないな」


 冗談交じりにそう言って微笑むと、アテナは頬を緩めて小さく笑った。

 あの男が側にいなくても、彼の残したものはある。

 だから、ティアニーズは、どこまでも進んで行けるのだ。自分の選んだ、自分だけの道を。



 落ち込むアキンを連れ、宿へと戻る一行。

 アンドラの異変に気付き、先ほどからアキンは泣きそうな顔をしていた。


「大丈夫ですか?」


「は、はい。もしかして僕、お頭になにかしちゃったのかな……」


「そんな事ないですよ。アンドラさんはアキンさんを誇りに思ってます。アキンさんか一人で戦って勝ったって聞いた時、誰よりも喜んでましたから」


「そ、それは……僕一人の力じゃないんです。その、なんて言うか……」


 言い辛そうに目を伏せ、チラリとケルトへ視線を送る。ケルトは気付いていないようで、ただ前だけを見て歩いていた。

 エリミアスはその視線に気付き、


「ケルトさんが、どうかしましたか?」


「あの、僕が勇者だって言ったら信じますか?」


「信じるもなにも、アキンさんは十分勇者だと思いますよ?」


「そ、そうじゃなくて……」


 歯切れの悪いアキンの言葉に、ティアニーズとエリミアスは顔を合わせた。それもその筈、アキンが言っている事に対し、二人の捉え方はまったく違うのだから。


 まさか思うまい。

 ーーこの小さな女の子が、本物の勇者だとは。


「……やっぱり、良いです」


 アキンは説明する事を諦め、とぼとぼと歩いて行ってしまった。どうやら、問題があるのはアンドラだけではないらしい。父親と娘、そのどちらも、なにか抱えているものがあるようだ。


「あ、そうなのです!」


 アキンの小さな背中を見つめていると、突然思い出したようにエリミアスが手を叩いた。足を止め、ティアニーズを見つめると、


「私、ケルトさんに特訓してもらうのです! 良かったらご一緒にいかがですか?」


「と、特訓?」


「はい! 今までは見ているだけだったので、今度からは皆さんと一緒に戦いたいのです!」


「そ、それは嬉しいけど……。いくらなんでも危険だと思うよ?」


「やるったらやるのです!」


 両の拳を握りしめ、身を乗り出して力説。キラキラと目を輝かせ、本人はめちゃくちゃやる気のようである。

 ティアニーズは困ったようにケルトへと目を向けるが、


「ティアニーズさん、私は諦めました」


 ただ、一言だけそう言った。

 一度言い出したら聞かない、この姫様はかなり頑固者なのである。人の役に立ちたいという想いが強すぎるため、若干暴走しがちだが、本人には善意しかない。

 ティアニーズは諦めたように、肩を落とした。


「う、うん。じゃあ、私も一緒に特訓しようかな。でも、絶対に危ない事はしちゃダメだよ?」


「分かってるのです!」


「絶対に分かってないよね? はぁ……不安だなぁ」


 やる気と熱意は伝わって来るのだが、なにせこの姫様には前科がある。城を無断で抜け出し、着いてきてしまったという前科が。この瞬間、ティアニーズの中で、お姉さんとして頑張ろう、という気持ちが生まれたのだった。


 しばらく歩き、ようやく宿についたティアニーズ達。扉を開けて中に入ると、一人の女性がこちらを見て手を上げた。


「あ、やっと来た。遅いから探しに行こうとしてたのよ」


「シャルルさん? どうしたんですか?」


 テーブルに突っ伏して待っていたのはマーシャル。中々の時間待たされていたのか、若干顔がやつれていた。その横には一足先に戻ったアキンがおり、その頃には、いつもの通りの様子だった。


「それで、その……えと……」


「?」


「アイツは、もう行っちゃったの?」


「アイツ?」


「う……ル、ルークの事よ!」


 誰の事か分かっていてわざとらしく分からないふりをすると、シャルルがバン!とテーブルを叩いて立ち上がった。その顔は赤く染まっており、見るからに照れていた。


「行きましたよ。見送り、本当にしなくて良かったんですか?」


「い、良いのよ。どうせまた会えるんだし……」


「会ったら泣いちゃうから、ですか?」


「違う!!」


 自分を落ちつけようと水の入ったコップに手を伸ばしたのだが、ティアニーズの言葉を聞いた瞬間、手が荒ぶってコップが跳躍。慌ててキャッチしたものの、シャルルは水を頭からかぶってしまった。

 本人には悪いが、ルークが人をからかう気持ちが少し分かってしまった。


「あの、なんかすみません」


「べ、別に気にしてない。動揺もしてないし、アイツの心配もしてないから」


「……私って、あんな感じなのかな」


 シャルルを見て、ティアニーズの頭にツンデレという言葉が過る。何度かルークに言われ、その度に否定して来たのだが、もし自分もシャルルと同じように反応していたのなら……ぜーんぶバレバレである。

 恥ずかしさから、ティアニーズは頭を抱えた。


「それで、大丈夫そうなの?」


「大丈夫だと思います。ルークさんですから」


「ま、心配はしてないわよ。アイツの事だから、今回も上手くやるんでしょうね」


 言って、二人は顔を合わせて微笑んだ。

 色々とあるけれど、全員が共通するルークのイメージは、クズーーではなく、なんだかんだでどうにかする男だ。無謀に見えても、最後には目的を達成してみせる男なのだ。

 ただまぁ、クズという認識は勿論ある。


「最後に、なにか言ってた?」


「うーん。最後までツンデレだって言ってましたよ」


「あんのバカ……! 誰がツンデレなのよ! まだデレてないじゃない!」


「今のは聞かなかった事にしときますね」


「いつかデレーー」

「ダメだよ、エリミアス」


 容赦なく疑問を口にしようとしたエリミアスだったが、ティアニーズがその口に掌を押し当てて阻止。シャルルが可哀想なのもあるが、なによりも、一番自分が哀れになってしまうのだから。


「それで、今日はどうしたんですか? 町の復興を手伝ってる筈では」


「あぁ、そうそう、さっきまでみんなと一緒にいたんだけど」


 シャルルはポケットに手を突っ込み、そこからなにかを取り出した。取り出したなにかーー手紙をテーブルに置き、


「花の髪飾りをした女の人が、アンタ達に渡してだって」



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