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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
八章 精霊の国
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八章五十三話 『最強の精霊』



 ルークと別れ、トシ蔵の元へと走るマーシャル。

 実のところ、マーシャルはルークよりも少しだけ早く精霊の世界に帰還していた。というのも、神様がルークとの二人きりの会話を望んだため、一足先に戻っていたのだ。


 その際に、精霊の世界がどうなっているのかを聞き、こうして走っている。神様の話では死んでいないとは言っていたが、この有り様を見て、そんな安心感は消え失せた。


「町が……燃えてる」


 焦げ臭い嫌な臭いが鼻を刺激する。辺り一面が焼き払われ、町と言える光景はもうそこにはない。黒い燃えかすが地面を埋めつくし、かろうじて姿を残している家も、今この瞬間に崩れて行っていた。


 その中を、マーシャルは走る。

 胸の中で暴れる嫌な予感を必死に押し潰し、なんとか足を前に進める。


 しばらく走り、マーシャルは人影を目にした。

 そこへ近付くに連れ、マーシャルの顔色が青ざめて行く。黒い筈の地面が、その人影の周りだけ赤く染まっていた。

 あれは、血だ。


「……ヴァイス様!」


 現実逃避しようとする頭を働かせ、人影へと走りよる。倒れていたのは、ヴァイスだった。背中に穴を開け、ぐったりと力なく倒れていた。意識はないのか、マーシャルが駆け寄っても反応はない。


「そんな、なんでこんな事に……」


 揺するべきは揺すらないべきか、そんな葛藤の中、マーシャルはうつ伏せで寝るヴァイスの口元へと手を伸ばした。掌に当たる僅かな風。まだ、かろうじて生きている。


「良かった、早く治せる人のところに運ばないと……。みんなどこにいるのかな」


 ここへ来るまで、精霊の姿は見当たらなかった。この状況だ、恐らくすでに避難しているのだろう。となると、直ぐにでも治療、というのは難しい。改めて状況を理解し、マーシャルの中に焦りが生まれた。


「と、とにかく運ばないと!」


 出来るだけ傷口に響かないように仰向けに変え、それから上体を起こす。自分の服に血液を付着させながらも、マーシャルはヴァイスの肩に手を回した。一気に立ち上がろうとするが、あまりの重さにふらついてしまう。

 起きている状態と寝ている状態、同じ体重だとしても、後者の方が重いに決まっている。


「私が、やらないと……。他に誰もいないんだもん、私が頑張らないと!」


 体勢を崩しながらも、なんとかマーシャルは立ち上がった。まだかわいていない血に足を滑らせ、転倒しそうになりながらも慎重に足を進める。


 そこへ、声がした。

 背後から、二人の男の声が。


「待てよ、ソイツは置いて行ってもらおうか」


「どうやら気絶してたらしいな。ったく、ムカつく真似してくれるぜ」


 声を聞いただけなのに、全身が震え上がった。

 進めたいた足を止め、振り返ると、そこにはまったく同じ顔をした男が二人いた。ケホケホと咳き込みながら、それでも確かな怒りを瞳に宿して。


 神様から聞いていた敵。

 ーーあれが、魔元帥だ。


「ソイツはこの場で殺す。……つか、テメェ誰だ?」


「誰だって良いだろ、全員殺すんだ。……いや、待て」 


「あ? なんだよーーって、そういう事か。ようやく、ようやくルークを見つけたのか……!」


 目の前の男の顔が、怒りから喜びへと変わる。不気味な笑顔だった。見ているこちらの不安を煽るような、邪悪か笑みだった。

 二人の男は顔を合わせ、それからマーシャルを見る。


「状況が変わった。今すぐあのクソ野郎のところに行きてぇところだが、こっちはヴァイスに三人も殺されてんだ。このまま逃がす訳にはいかねぇな」


「テメェら二人を殺してあのクソ勇者も殺す。それで良いだろ」


「だな。んじゃ、ささっさと済ませるか」


 マーシャルの事なんか関係なく、ウェロディエはすでに戦闘態勢へと入っている。まだ完全には状況を飲み込めておらず、マーシャルは逃げるという当たり前の行動すら起こせずにいた。

 遅れて、思考が追い付いた。


「ルーク、君……」


「あ? もしかして知り合いなのか? …なら好都合だ、テメェの死体を持って行ってやりゃ、アイツのあのムカつく顔も少しは歪むだろ」


 この男は、ルークを殺すつもりだ。

 そう思った時には、ウェロディエが目の前にいた。

 一瞬だった。目で追う事なんか出来ず、ただ立っている事しか出来なかった。


「ーーーー」


 しかし、ウェロディエの拳が当たる事はなかった。

 自力で回避したのではない。たまたま運良く血に足を滑らせ、しかもヴァイスという重りを抱えていたのが幸いしたのか、本来なら避ける事の出来なかった一撃を回避した。


 ドラゴンの拳が頭上を通り過ぎ、マーシャルは思わず目を閉じた。風圧だけだ体が吹っ飛びそうになり、意識を失ったいるヴァイスにしがみついた。そんな事したって、意味はないと知りながら。


「運の良い野郎だな。いつもなら食ってやるところなんだが、今は状況がわりぃ。呑気に食事を楽しんでる時間はねぇんだわ」


「ルーク君を、殺すの……?」


「たりめーだろ。俺がアイツを殺しちまう前に行かねぇと、楽しみがなくなっちまうだろ。だからよ、余計な手間とらせんな」


 ウェロディエが、拳を振り上げる。

 その瞬間に、マーシャルは動き出した。戦うという選択肢はない。ただでさえ弱いのに、ヴァイスを護りながらでは戦える筈がない。多少の罪悪感に目を瞑り、ヴァイスを引きずりながら走り出す。


 だが、それも無意味だ。

 そんな重荷を背負った状態で逃げれるほど、魔元帥は甘くない。

 戦場は、甘くない。


「余計な手間とらせんなって、言ってんだろ

 うが」


 振り上げた拳が、マーシャルへと迫る。

 当然だが、それを避けるほどの身体能力はない。だから、マーシャルは避けるのをやめた。引きずったいたヴァイスをなんとか突飛ばし、攻撃の範囲内から逃がす。あとは、恐怖から目を逸らすために瞼を下げ、体を丸めた。


 次の瞬間、衝撃があった。

 痛みを感じる時間も、声を上げる暇さえもなく、マーシャルの体は宙を舞う。自分が殴られたのだと気付いた時には、すでに地面に倒れていた。

 数秒遅れて能が痛みを関知し、マーシャルは声にならない叫びを上げた。


「ーーッ!」


 痛かった。ただ痛かった。どこかとかではなく、全身が痛かった。とてもじゃないか耐えられない。意識とは反した涙がこぼれ落ちる。たった一撃で、戦意も、逃げる気も、なにもかもをそぎおとされた。たとえ残っていたとしても、もう、体は動いてくれない。


「まだ生きてんのかよ。精霊ってのは頑丈だな」


 面倒くさそくに呟き、ウェロディエは倒れて踞るマーシャルへと近付く。地面を伝い、足音だけが聞こえた。しかし、だからと言ってなにか出来る事がある訳ではない。叫び、逃げ出す事も出来ない。


 マーシャルは、死を待つ事しか出来ない。


 ーーだが、声がした。


「良く、頑張ったわね」


 声と共に雨が降った。氷の雨が。

 大量の礫はウェロディエに襲いかかり、ウェロディエはドラゴン化させた腕を振るってそれを防ぐ。続けた巨大な氷の塊が放たれると、舌を鳴らしてウェロディエは後ろへと跳躍した。


 踞るマーシャルに、死の淵に立たされたマーシャルに、女が声をかけた。


「大丈夫? ごめんね、遅くなっちゃって。でももう大丈夫よ、私達がどうにかするから」


 女はーーレリストは優しく微笑み、マーシャルの頬を濡らす涙を拭った。続けて現れた男、ナタレムは倒れるヴァイスへと駆け寄り、軽く持ち上げると、


「すまないな、お前のおかげで助かった」


 二人の側まで来ると、返事のないヴァイスを気遣いながら地面に寝かせた。レリストは、そのままマーシャルの肩に触れ、


「ちゃんとした治療はあとで。今はアイツらをどうにかしないとだから」


 触れられた箇所がじんわりと温かくなり、全身を駆け巡っていた痛みが和らぐ。ナタレムもヴァイスの腹部に触れ、同じように治療しているのか、流れていた血が止まり、傷口が塞がって行く。


「今出来るのはこれくらいだ。本格的な治療をするのなら、もっとちゃんとしたゆっくり休める場所が好ましいな」


「だったら作れば良いじゃない。あのチンピラをぶっ飛ばして。……ヴァイスが、残り二人まで減らしたくれたみたいだし」


「まったく、驚かされるな。正真正銘、お前は最強の精霊だよ」


 応急措置を済ませると、二人はマーシャルの前に立ち、ウェロディエと向き合う。ウェロディエは邪魔が入り、先ほどまでよりもさらに激怒しているようだった。


「テメェら、逃げたんじゃねぇのか」


「逃げる訳ないでしょ。ヴァイスが頑張って時間を稼いでくれたんだもの、あとは私達がやらないと」


「ナタレム、あんだけボロクソにやられたのにまだやんのか?」


「当然だ。俺はまだ生きている、ならば、戦わないという選択肢はない」


 二人の言葉を聞き、意思を目にし、ウェロディエは呆れたように大きなため息をついた。それから顔を上げ、鋭利な牙を口角から覗かせ、


「どいつもこいつも、無駄な足掻きばっかしてんじゃねぇよ」


「無駄かどうかは私達が決める事。それに……勇者君が来てるんでしょ? だったら情けない真似は出来ないじゃない」


「またクソ勇者か……。やっぱ、アイツを殺さねぇと意味がねぇなァ。テメェらの希望を、根こそぎ奪い取らねぇと」


「残念だけど、それは無理ね」


 バカにするように、挑発するようにレリストは笑った。絶対に無理だと、お前には不可能だと言うように。


「簡単に消えるようなものなら、私達はここまでやらない。簡単に消えないから、消せないから、私達は立ち上がれるの」


「戯れ言だな。アイツも、テメェらもここで死ぬ」


「死なないわよ。戦わなくたって良い筈なのに、逃げたって良い筈なのに。勇者君には、その自由がある筈なのに、戦う事を選んだ。神に会って、全部聞いた筈なのに、やっぱり……勇者君に託して良かった」


 レリストは一人頷き、一瞬だけ目を伏せた。しかし直ぐに顔を上げ、


「人間があんなに頑張ってるんだもの、精霊がうつ向いている訳にはいかない。私達は精霊だから……こういう時こそ、格好つけないとね」


 マーシャルは顔を上げ、レリストの笑顔を見た。不安なんかなくて、心の底から笑っていた。今がどれだけ危機的状況かを理解して、それでも微笑んでいた。

 あの男がいる。ルークがいる。勇者が、いる。

 それだけで、十分なのだ。


「それだよ、その顔だ。ルークと関わる奴は全員その顔をする。それが、苛つくんだよッ……!」


「あら、奇遇ね。私も初めて見た時はムカついたわ。でもね、気付くと勇者君に影響されれた。勇者君には、人を変える力があるのよ」


「くだらねぇ、くだらなぇな。テメェら二人になにが出来る」


「いつ、二人だんて言った?」


「あぁ?」


「特別ゲストもいるわよ。ーーほら、そこに」


 レリストが、ウェロディエの背後を指差す。ウェロディエは首をひねり、何の気なしにそちらへと顔を向けた。

 瞬間、レリストは微笑んだ。

 引っ掛かってやんの、と。


「先手必勝!」


 特大の氷を精製し、ウェロディエ達に向けて放った。ウェロディエは直ぐ様顔を戻して迎撃しようとするが、踏み出した直後、なにかに衝突したように足が止まる。ナタレムの力である見えない壁、それに囲まれ、完全に動きを封じられていた。


「テメェら……!」


「油断大敵、ちゃんと足元も見なさい」


 直撃の瞬間に壁が消え、氷の塊がウェロディエを吹っ飛ばす。咄嗟に防御して勢いを殺したのだろうが、全ての威力を消す事は出来ない、

 宙に浮かぶ二人のウェロディエ。レリストは右側へと視線を移し、


「ナタレム! まずは右をどうにかする!」


「分かった、任せろ」


 ナタレムが一歩引くと、レリストが前に出る。接近戦では圧倒的に不利、であれば、二人が出来るのは遠距離から一方的になぶる事。幸い、レリストもナタレムも、そんな戦い方を得意としている。


 ウェロディエが着地すると同時に再びナタレムが動きを拘束し、レリストが氷を放つ。先ほどよりも一回り大きな氷を二発、三発四発と続けて。だが、身動きのとれないウェロディエの代わりに、もう一人のウェロディエが動いた。真っ直ぐと進む氷を叩き壊し、もう一人の自分を守るように立ち塞がる。


「おい、まずはナタレムを殺せ。レリストは放置で良い」


「分かってるっての。テメェはそこで見てろ」


 ウェロディエ同士の会話を聞き、レリストは気を引き締め直すように振り返った。その時、マーシャルと目があう。満身創痍の中、マーシャルはなんとか言葉をひねりそう出した。


「頑張って、ください」


「任せない。行くわよ!!」


 伝えたい事は、ちゃんと伝えたい。

 声のボリュームを間違えたかと思うほどの大声でレリストが叫び、再び氷の塊を放った。大きさを調整する暇も余裕もないのか、大小様々な氷が飛び交う。


 その中を、ウェロディエは進む。

 一発でも避ければ背後に捕らえられているウェロディエに当たるため、全てを叩き落とさなくてはならない。だが、ウェロディエにとって、そんなのは苦ではない。ドラゴン化させた二つの腕を以てすれば。


 ゆっくりと、着実に距離が縮まる。

 レリストの氷では、時間稼ぎにしかならない。そんなの、レリストだって分かっている筈だ。

 だが、それでも手を休めずに続ける。


「いい加減無駄だって気付け」


「うっさい、何度も同じ事言わせないで!」


「そうかよ、なら、とっとと死ね。テメェらに費やしてる時間なんてねぇんだ」


 ウェロディエの動きが鋭さを増した。

 氷を砕く手が早まり、前に進む速度が上がる。レリストもなんとかしようとするが、精製する速度よりもウェロディエの方が速い。


 二人の距離が、縮まる。

 接近戦になれば、こちらは圧倒的に不利。マーシャルとヴァイスを庇いながらでは、自由に戦う事すら出来ない。

 どうあっても、近付けさせる訳にはいかない。


 ーー本来ならば。


 レリストは、笑っていた。

 その笑みを、マーシャルは見逃さなかった。


「言ったでしょ。特別ゲストが、いるって」


 言った直後、レリストは手を止めて振り返った。それと同時にナタレムも振り返り、マーシャルとヴァイスを抱えて全力で走り出す。

 その奇行に、マーシャルは疑問を覚えた。

 そして、それはウェロディエも同じだ。


 一つ違う点を上げるとすれば、マーシャルは気付いたのだ。

 もう一人の特別ゲストーー友人の存在に。


「ーーなッ」


 瞬間、辺りに影が落ちた。雲一つない精霊の国では、自然に影が落ちる事はまずない。であれば、それは自然現象ではないという事だ。ウェロディエは空を見上げ、驚きの表情を浮かべる。

 だが、遅い。

 もう、遅い。


 ーー漆黒のドラゴンが、拳を握っていた。


「やっちゃえ、トシ蔵」


 マーシャルの掛け声と共に、ドラゴンーートシ蔵の拳が地に落ちる。その拳はウェロディエを容赦なく叩き潰し、地面をド派手にぶっ壊した。周囲数キロまでその威力は広がり、地面を埋め尽くしていた萌えかすが宙に舞った。亀裂なんてもんじゃない。激しい地響きと共に地面が盛り上がり、その風圧はマーシャル達さえも巻き込んだ。


 咄嗟にナタレムが壁を作り、その回りをレリストが特大の氷でおおったが、それさえも突破して突風が届いた。レリストとナタレムが怪我人二人に覆い被さり、風が止むまで待つ。やがて騒音と風が止むと、嘘みたいな静けさが訪れた。


 レリストは体を起こし、殺風景になった辺りを見渡す。その常識はずれの威力にかわいた笑いを浮かべ、


「さ、流石にやり過ぎたわね、こりゃ」


「前言撤回だ、最強の精霊は別にいたな」


 静寂の中、トシ蔵が拳を上げる。拳にひき肉がくっついている、とかはなく、拳を上げると、光の粒が大空へと登って行った。魔元帥を一方的に殺した漆黒のドラゴンーートシ蔵の体が光に包まれ、ゆっくりと人間の姿に戻って行く。

 黒髪、黒い衣服に身を包んだ少女に変わり、


「マーシャル!!」


 自分の行いの凄さを確かめるでもなく、トシ蔵は慌ててマーシャルへと駆け寄った。マーシャルはレリストに肩を借りて立ち上がり、


「トシ蔵……」


「良かった、良かった! マーシャルが無事で本当に良かった!」


「い、痛いよっ。まだ怪我してるから」


「あ、ご、ごめんね」


 いきなり抱き締められ、マーシャルは苦悶の表情で仰け反った。トシ蔵は直ぐ様離れて労るように手を添えると、安堵したように息をもらした。


「でも、なんでトシ蔵がここにいるんですか?」


「たまたま会ったのよ。避難し遅れたらしくてね」


「マーシャルがまだ逃げてなかったらどうしようって思って、ずっと探してたの。そしたら、レリスト様とナタレム様にお会いして……」


「でもまさかここまで凄いとはね。ちょっとやり過ぎ感はあるけど」


「ご、ごめんなさい! あの人達がマーシャルを傷付けたって思ったら、力加減とか出来なくて……」


「良いのよ、君のおかけで助かったんだから」


 ペコペコと何度も頭を下げ、漆黒のドラゴンは体を縮ませる。レリストは労うようにトシ蔵の肩を叩き、その功績を絶賛した。

 申し訳なさそうにうつ向くトシ蔵に、マーシャルは笑いかける。


「ありがとね、トシ蔵」


「ううん、遅くなっちゃってごめんね。本当に、マーシャルが無事で良かった」


「ちゃんと助けに来てくれたじゃん、それだけで十分だよ」 


「そ、そんなの当たり前だよ! だ、だって……マーシャルは、私の友達だからっ」


 少し照れたようにはにかむトシ蔵に、マーシャルも照れくさそうにしながら頷いた。あおくさいというかなんというか、若さを見せつけられ、レリストは不服そうに顔を逸らした。


「良いなぁ、私も友達欲しいなぁ」


「あ、あの、レリスト様さえよければ、私が友達になりますよ!」


「本当に? 私って結構面倒な性格してるわよ?」


「関係ないです。だって、レリスト様の事好きですから!」


 どストレートに気持ちを伝えられ、レリストは困惑したのように眉を寄せる。それでも嬉しかったのか、軽く頬を赤らめながらマーシャルの目を見た。

 二人は顔を合わせーー、


「なに勝手に終わらせてんだ」


 なにもかもをねじ伏せて、その声がした。

 煙の中から現れた男ーーウェロディエ。

 先ほどの攻撃の範囲内にいた筈なのにーー。


「逃げろ!」


 ナタレムが咄嗟に叫んだ。しかし、ウェロディエはその速度を上回る。完全に油断していたため、誰も動けなかった。狙いは、トシ蔵。完全にドラゴンとなったウェロディエの、鋭く尖る爪が迫る。

 もう、間に合わーー、


「心配するな、俺がいる」


 瞬間、辺りを熱が包んだ。

 熱風が一瞬にして広がり、炎の柱が空高く伸びる。ーー否、柱ではない、巨大な炎の剣だ。

 それを握りしめ、男はウェロディエを見る。

 唯一動くこの出来た炎の精霊が、炎剣を容赦なく振り下ろした。


「ーーか」


 最後の言葉は、聞き取れなかった。

 ウェロディエがなにか言うよりも早く、ヴァイスの炎がドラゴンの体を真っ二つに引き裂いた。切ったというよりも熱で切断したと言った方が正しいか。

 切断されたウェロディエの体が左右に倒れ、焦げ臭いにおいを放ちながら光の粒となる。やがて全てが光になり、空へと上がって行った。


 マーシャル達が動いたのは、なにもかもが終わったあとだった。振り返り、レリストが慌てて体を支える。


「ちょ、ちょっと大丈夫なの!?」


「悪いが、あまり大きな声を出さないでくれ。傷口に響く」


「もう、あんまり無茶しないでよね。自分がどんな状態なのか分かってるの?」


「あぁ、分かっているさ。だが……まだ最強の精霊の座は譲れない」


 レリストにもたれ掛かりながら、ヴァイスは再び目を閉じた。七人のウェロディエのうち、四人を殺し、最強の精霊は眠りの世界へと落ちる。

 ようやく、ようやく訪れた勝利。


 だが、まだ終わってはいない。

 あの男が、戦っている。


「あとは任せたわよ、勇者君」


 勇者の青年の事を想い、レリストは呟く。

 それを聞き、マーシャルは笑って言った。


「大丈夫ですよ。今のルーク君は、誰にも負けませんから」


 一足先に、決着のついた一つの戦場。

 精霊の国を巻き込む戦いは、終わりに向けて動き出していた。


 希望と呼ばれる、勇者の手によって。



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