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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
八章 精霊の国
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八章四十四話 『惚れた女』



 破壊の音が、鳴り響く。

 助けを求める声を、痛みを叫ぶ声を、生きるためにもがく声を。

 破壊の音はその全てをかき消して、精霊の国を蹂躙する。


 ドラゴンの咆哮があった。

 耳をつんざような鋭さと、辺りを吹き飛ばす破壊力を以て建ち並ぶ民家を凪ぎ払う。

 精霊は逃げ惑う。ある筈のない、訪れる筈のなかった死の恐怖に迫られ、ただ声を上げて逃げる事しか出来ない。


 男はその中を、笑顔で歩いていた。

 鋭利に尖る八重歯を光らせ、六人の自分を引き連れて。


「冗談はよしてくれよな。こんな簡単に攻めいられて、こんな簡単にぶっ壊せたんじゃ今までの苦労がバカみたいじゃねぇか」


 つまらなさそうに、ウェロディエは呟いた。その言葉に反応するように、同じ顔の、同じ声のウェロディエが頷いた。

 すでに二人がドラゴン化しており、家を破壊しながら自分逹が歩くための道を作っている。


「精霊ってのはこの程度なのか? まだ人間の方が手応えあったぞ」


「こんなんじゃ、人間殺して食う方が暇潰しになるんじゃねぇのか?」


「つっても、人間も人間でカスしかいねぇからなぁ」


 自分と会話するという行為が、どんな感覚なのかは分からない。否定もなく、自分の言葉に同意するように自分が頷く。そもそも、同じ顔をした人物が複数いる時点で頭がおかしくなりそうだが、ウェロディエの場合、そういう風に作られているため、本来の自分を見失う事はないのだろう。


 七人のウェロディエ。

 本体を殺さない限り、本当の意味で彼を殺す事は出来ない。殺された自分を復活する力は、ウェロディエ自身にはないものの、ゼユテルが目覚めた事により、ウェロディエは再び七人となっていた。


「それで、これからどうするんだ?」


「決まってんだろ、全員殺す。そのあとでアイツだ」


「精霊の王はどうする?」


「親父なら真っ先に殺しに行くんだろうけど、俺は俺だ。俺のやり方で、やりたいようにやらせてもらう」


 ドラゴンの足が、家を踏み砕く。まるでオモチャを壊すように、呆気なく家がペチャンコになり、ウェロディエは磨り潰すように足を地面に擦り付けた。

 ウェロディエが浸入して僅か十分ほど。すでに町の五分の一ほどが破壊力されていた。浸入した壁から一直線に塔へと向かい、遮る障害物を全て踏み潰して。


 間違いなく、未曾有の危機だった。

 死ぬ事のない精霊は、その危機への立ち向かい方を知らない。初めて抱く死の恐怖に押し潰され、なにをして良いのか分からず、一ヶ所に集まって互いに互いを励まし合う事しか出来ないのだ。


 しかし。

 こんなところで、精霊は終わらない。


「コイツらをぶっ潰しゃ良いんだよな? んなの楽勝じゃんかよ」


「油断するな。奴らは精霊ではないが、精霊を殺す力をもっている」


 ウェロディエの前に、二人の男が降り立った。

 一人の男は風に乗り、好戦的な態度と視線で倒すべき相手を睨み付けている。もう一人の男は、なにもない筈の空中に立ち、至って冷静な様子で戦況を確かめている。


 スリュード、そしてナタレムだ。


「随分と派手にやってくれちゃって。シルフィが直すって言ったって、こりゃ手伝わされるわね」


「それが王の命令ならば……いや、自分逹の住む場所を直すのは当たり前の事か」


 ウェロディエの背後に、男と女が降り立った。

 女は氷の巨人の肩に乗り、破壊された町中を見て大きなため息をつく。男は全身を炎で包み、自虐的な笑みを浮かべていた。


 レリストと、ヴァイスだ。


 現れた四人の精霊を見つめ、ウェロディエは嬉しそうに笑う。その笑みに含まれた悪意が、さらに肥大化した。


「いきなり上級精霊が四人も来るとはなぁ。ヴァイス、レリスト、スリュード、ナタレム、ちゃんとお前逹の事は記憶にあるぜ」


 一人のウェロディエが動く。

 それを合図にしたかのように、他のウェロディエの腕が歪な音をたて、ドラゴンの腕へと変化して行く。


「記憶にはあるが、こうして会うのは初めてだよな。自己紹介しといてやる。魔元帥ウェロディエ。お前らを殺す、魔獣だ」


「お前逹の名前など興味ない。お前がウェロディエだろうがゼユテルだろうが、この精霊の国に土足で足を踏み入れたんだ……そのまま帰れると思うなよ」


「随分と大きく出たな、ヴァイス。お前は王の側にずっといるんだと思ってたよ」


「いるさ。俺の命は王のためにある。王ために生き、王のために全てを使う。ーー戦う、それがシルフィの意思だ」


「ようやくやる気出したって事か。でもよ、盛り上がってるところ悪いが、お前逹はただの前座だ」


 ウェロディエの笑みが、より一層深まった。

 瞳の奥に、底知れぬ悪意を燃やしながら、


「ルーク・ガイトス。あのクソ勇者はどこだーーッ!!」


 叫び、そして激突した。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「シルフィ! 避難させると言っても、逃げ場はどこにもないぞ!」


「一旦町の外へと誘導させる。他の精霊を巻き込む危険性があっては、ヴァイス逹が全力で戦えない。幸い、精霊逹は一ヶ所に集まっている、私逹はそこへ行くぞ」


「分かった」


 先ほどまでの取り乱した姿が嘘のように、シルフィは冷静に状況を見極めている。

 塔を飛び出したアルトとシルフィは、シルフィの力によって精霊を見る事で、彼らの位置を把握する事に成功していた。他の上級精霊にも指示を出し、離れてしまった精霊を外に逃がす事を最優先にするーーとりあえずの行動方針はそれで決まった。


 走りながら、アルトは巨大な爆発音が響いた方へと視線を移す。


「始まったな。少しでも時間を稼いでくれると良いが……」


「あの四人ならば大丈夫ーーと言いたいところだが、ゼユテルが目覚めた今、奴らの力は私の想像の上を行っている。どうなるかは……正直、分からない」


「うつ向くな、貴様がうつ向いていては他の精霊が見るべき先を見失う。今、貴様は王だろう、前だけを見て進め」


「ーーあぁ、そうだな」


 走りながら、アルトは微笑みかける。不安に染まりそうだったシルフィの顔の緊張がほんの少しだが和らぎ、前を向いて足を進める。

 この二人に、戦う力はない。

 しかし、それは戦わない理由にはならない。

 やれる事を、自分の手で見つけて進むしかないのだ。


 息を切らして走り、二人はようやく避難している場所までたどり着いた。怪我をしている精霊もおり、頭から血を流し、苦しそうに卯なり声を上げる精霊もいた。自分の足で立ち、必死に声をかける精霊もいるがーー全員が、絶望を瞳に宿している。

 シルフィは、息を整える暇もなく、彼らへと歩みよる。


「皆、大丈夫か?」


「お、王?」


 一人の精霊が声を上げる。ここにいる筈のないシルフィの顔を前にし、緊張と不安、その二つが表情に表れる。しかし、王の前という事が優先されたのか、次々に膝を地面にーー、


「膝をつくな。折れてはならない、自らの足で、地を踏むのだ」


 男の肩を掴み、沈みかけた体を支える。

 男だけではなく、シルフィの言葉を聞き、その場にいる精霊全員が震える足を止めた。


「こうなったのは、全て私のせいだ。私の弱さが、精霊の国に滅びをもたらした」


 一瞬だが、シルフィは目を伏せた。シルフィを見つめる男から目を逸らし、地面へと視線を向ける。だが、直ぐに顔を上げ、精霊を、民を見つめる。曇りのない、王の瞳で。


「しかし、今はうつ向いている場合ではない。たとえ絶望しか前になくとも、我々は顔を上げて歩くしかないんだ。全てが終わったら、私の罪を告白する。だから今は、今だけは……私を信じてくれないだろうか」


 きっと精霊逹は、シルフィがなにを言っているのか分かっていない。なぜこんな状況になったのか、攻めて来たのは誰なのか、なに一つ分かっていない。しかし、王は言った。

 なにも喋る事は出来ないけれど、自分を信じてくれと。事情を説明せず、正体の分からないものから目を逸らし、自分に従ってくれと。


 自分勝手だと、思う人もいるかもしれない。

 本当にこうなった責任がシルフィにあるのなら、そもそも彼女の言葉が真実なのかすら怪しい。

 けれど、今はこれしかないのだ。

 全てを話している時間はない。


「言いたい事は、山ほどあるだろう。不安も、文句もあるだろう。今までずっと心に止め、言う事の出来なかった言葉もあるだろう。私は、その全てを受け入れる。たが、今は……頼む、私を信じてくれ」


 アルトは、頭を下げるシルフィを見つめる。なにも言わず、ただ彼女の言葉を、行動を、その目に刻む。


「私はきっと、王には向いていない。自分に与えられた役目の重圧、それに耐えきれる自信がなかった。だから目を閉じ、耳を塞ぎ、皆の声を遠ざけて来た。しかし、それではダメなんだ。たとえ逃げても、なにも変わらない……本当に変えたいのなら、行動するしかなかったんだ……!」


 シルフィの罪は、目を逸らした事だ。

 民のためだと言い聞かせ、死んで行く人間を、失われて行く命を、なにをするでもなく見過ごして来た事だ。

 それでは、意味がない。


 その責任は心を締め付け、いつかきっと本人を滅ぼしてしまう。

 逃げる事なんか出来ない。

 実際、そうだった。

 あの人間の青年が、罪を償わせるためにやって来た。


 でも、だからこそ。

 シルフィは気づく事が出来た。

 前に進む勇気を、もつ事が出来た。


 だからーー、


「もう一度、私にチャンスをくれ。王になる、チャンスを……!」


 王である事を選び、人間の命を見捨てた。

 しかしそれは、結局自分の願いでしかなかった。王だからと言い訳をして、民を守るためだと理由をつけて。

 だから、ここから始める。


 もう一度、精霊の王になるために。


「ど、どうすれば良いのですかっ?」


 一人の男が呟く。掠れた声で、震える声で。

 王の前で自分の言葉を発するーーそれはきっと、下級精霊からすれば、とてつもないプレッシャーなのだろう。

 だが、男は言った。

 小さな勇気をもって。


 シルフィは頭を上げ、男の瞳を見据える。


「私の指示に従ってくれ。今、ヴァイス逹が足止めをしている。そのうちに逃げるのだ、外へと」


「で、ですが、外へ出るための道は……」


「問題ない、私が作る。皆の道は、私が作る」


 王の顔を見て、声を聞いて、精霊逹にあった絶望が僅かに和らいだ。シルフィは安心したように息をもらすが、直ぐ様表情を切り返え、


「とにかく壁まで急ごう。全員私に着いて来てくれ。上級精霊は下級精霊の警護を、なにがあっても必ず護れ」


 頷く上級精霊逹。

 その心強い頷きにシルフィは頬を緩め、優しい笑顔を浮かべた。息つく暇もなく、アルト逹は壁際へとーー、


「なーー!?」


 轟音とともに、空からなにかが降って来た。落ち来たなにかはすぐ側にあった家の屋根をぶち破り、その衝撃波だけで付近の民家を根こそぎ吹っ飛ばす。


 風を防ぐため、腕で顔を覆うアルト。

 そこへ、


「久しぶりだな、アルト」


「お前、は……」


 空から、男が降って来た。着地と同時に亀裂が広がり、激しい地響きが起こる。右腕が緑色の鱗に包まれており、指先には肉を抉るための爪。人間の腕ではない。それは、ドラゴンの腕だった。


「まさか覚えてねぇのか? まぁ、それでも別に良いか。探したぞ、あのクソ勇者はどこだ?」


「クソ勇者……? ルークの、事か」


「そうだよ。お前と一緒にいると思ったんだが……見たところ違うみてぇだな」


 親しげ、という訳ではないが、目の前の男ーーウェロディエはアルトを見て笑みを浮かべる。

 記憶にはない。しかし、体が覚えている。

 ウェロディエを、魔元帥を。


「それと……そこにいるのは王様だよな? 初めましてって言った方が良いか? つっても、お前の顔は良く知ってるぜ……親父が、お前を殺したがってる」


「ゼユテルの欠片ーー魔元帥か……!」


「その呼び方は好きじゃねぇな。確かに俺は、俺達は親父の魂の欠片だが……俺にはウェロディエって名前がある。親父とは別人だ」


 ドラゴン化した腕を握り、そして開く。

 あんなものを食らえば、間違いなく体は引き裂かれてしまうだろう。そんなアルトの心配を他所に、ウェロディエは脅える精霊逹へと目を向けた。


「大漁大漁、これだけ食えば腹もふくれんだろ」


「やらしはしないぞ」


「お前になにが出来るってんだ、なぁ、王様よォ。お前の力は俺には効かない。そんなんで勝てるのか?」


「だとしても、ここで逃げる訳にはいかないんだ。私は王として、お前の前に立ち塞がる」


 抗うように、シルフィは足を前に出した。今にも泣き出しそうな精霊逹を背にし、王は民を守るためにその勇気を振り絞る。

 額を流れる汗を拭い、アルトも前に出る。


「アルト、お前は後回しだ。あのクソ勇者と一緒に殺してやるよ」


「残念だったな、ルークはここにはいない。そしてもう二度と、会う事は出来ない」


「……なに言ってんだ、お前」


「ルークは、もう戦わせない。貴様逹魔元帥を殺すのは精霊だ、もう、人間には戦わさせない」


「今さらなに言ってんだ。元々こうなったのはお前逹のせいだろーが。今さら善人ぶったところでおせぇんだよ」


「貴様の言う事は正しい。だが、これが私の選んだ道だ。偽善だろうがなんだろうが、ケリをつけるのは人間ではない、精霊だ!」


 ウェロディエが笑った。ニヤリと、不気味に口角を上げて、苛立ちを混じらせて。

 その笑みを見た瞬間、全身に鳥肌が立つのを感じた。それでも、恐怖にすくむ足を踏み出した。


「……なら、殺しとかねぇとな。どの道全員食うつもりだったんだ、順番はどうだって良い。アルト、お前の死体を見たら、クソ勇者はなんて言うだろうかなァ」


 一際大きな笑みのあと、ウェロディエが動いた。両腕をドラゴン化させ、その鋭利な爪を光らせ、アルトに迫る。当然、アルトにはそれを回避するだけの運動能力はない。シルフィしかり、その場の全員、今から動いたところで間に合わない。


 確定した死。

 次の瞬間には、全身をズタボロな引き裂かれる。

 ーーが、


「おいテメェ、俺の惚れた女になにしてんだゴラァ」


 男の威圧的な言葉の直後、直進していたウェロディエの体が横からの衝撃によって大きく吹っ飛んだ。不可視の一撃ーー風の塊を受け、アルトの命を奪う筈だった爪は届かなかった。


「きさ、ま……」


「情けねぇところ見せちまったな。やっぱ男は強くねぇと。勝ってつえぇところを見せてなんぼだよなァ」


 先ほどの、なにかが降って来た家。無惨にも潰された家の中から、屋根の残骸を吹き飛ばして一人の男が姿を現した。ゆらゆらと歩き、硬直していたアルトへと迫る。


「油断しちまった。あの人間の時に学んだつもりだったんだけどよォ、性格ってのは直ぐには直らねぇもんだな」


 肩に手を当て、ゴキゴキと骨を鳴らす。

 男の周囲に、僅かな風が漂う。


 吹き飛ばされたウェロディエが体を起こし、


「なんだ、テメェ」


「誰だって良いだろ、テメェなんぞに名乗る名前はねぇ」


 男は、スリュードはアルトの前に立ち、その悪い目付きをウェロディエに向けた。


「俺の惚れた女を殺そうとしたんだ……ぶっ殺される覚悟は出来てんだろうなァ?」



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