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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
八章 精霊の国
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八章三十四話 『はじめてのくっきんぐ』



 ーー夢を、見ていた。


 ここがどこなのかは分からない。

 広い荒野を馬車に乗って進んでいた。

 傍らには小さな布を株ってうずくまる女性。

 全員がその女性を心配そうな表情で見つめーーいや、それだけではない。なにか、焦っているようだった。


 言葉を聞き取る事は出来ない。

 しかし、周りの人間の焦燥感だけは感じとる事が出来た。

 うずくまる女性は心配そうに見つめる女性を退け、直ぐにでも立ち上がろうとしている。だが、全員がそれを必死になって止めていた。


 ーー足りない。


 その夢を見て、なぜかルークはそんな事を思った。


 そしてもう一つ。

 これは、誰かが見ている光景だ。

 まるで誰かに乗り移ったかのように、知らない誰かの目線からその光景を見ている。


 寝ている女性が言った。

 額を汗で濡らし、震える唇を動かして。

 かろうじて聞き取れるくらいの声でーーエリミアス様、と。



「…………」


 目を覚ました瞬間、ルークは見に覚えのない嫌な感覚に顔を歪めた。こんなにも悪い目覚めは、村にいた頃、起きたら村長が隣で寝ていた時以来である。

 しかし、その正体が掴めない。

 先ほど見ていた夢を、思い出す事が出来なかった。


「……つか、ここどこだよ」


 上体を起こし、とりあえず辺りを見渡す。

 新品同様のベッドに寝ていたらしく、どこへ視線を移しても知らないものばかりだった。どこかの部屋、という事だけは分かるが、当然、ルークの知っている部屋ではない。


 頭を押さえ、寝る直前の事を思い出そうと記憶を探る。


「そっか、部屋借りたんだっけか」


 ヴァイスとの戦いを終え、なんとか王と再開する事が出来た。試練とか契約とか訳の分からない話を聞かされ、とりあえず休めと言われて部屋を借りたのである。

 本来であれば塔で寝泊まりする筈だったらしいのだが、ぶっ壊してしまったので適当な民間に追いやられたのだ。


 そして思い出すのは、王の放った言葉だ。


『前の契約者は、まだ存在している。ーー切れていないんだよ、前の契約がな』


 結局、あの言葉の意味を聞き出す事は出来なかった。

 元々答える気などなかったのか、はぐらかされてそのまま王はどこかへ去って行ってしまった。レリストやヴァイスも具体的な内容は知らなかったのか、聞いても分からないの一点張り。ルークは諦め、体を休める事に専念したのだ。


「前の契約者っつーと、始まりの勇者の事だよな。契約が切れてねぇって……生きてるって事か?」


 自分で言っておいて、ルークはそれはないと考えを切り捨てた。

 ソラ、そしてガジールは始まりの勇者の最後を見ている。魔王に負け、命を落とすその瞬間を。記憶のないソラはともかく、ガジールが嘘をつくとは思えない。


「おっさんが嘘つく理由もねぇよな……」


 仮に生きているのなら、姿を隠している理由も分からない。そもそも死んでいないのだから、ルークはソラと契約する事すら出来ない筈だ。

 となると、


「アイツが嘘ついたのか? ……いや、それも意味分かんねぇな」


 昨日会話した限りでは、王はルークを敵視している訳ではないーーと、思う。そんな嘘をついたところで得るものなんてないだろうし、王自身、現状をあまり理解出来ていないようだった。


「ダメだ、分っかんねぇ」


 考える事を放棄し、ルークは手足を投げ出してベッドに寝転んだ。その数秒後、無音の部屋に音が鳴り響く。空腹を告げる音だった。


「腹減った。どんくらい寝てたんだよ俺」


 太陽がないので分からないが、雑草生活も恐らく一週間くらい続いている。まともな栄養補給もままならないままの連戦により、ルークの体は外側も内側もボロボロである。

 重たい体を持ち上げ、ベッドから降りる。

 ルークが思っていたよりも疲労がたまっていたのか、床に足をついた瞬間に体が大きく揺れた。


「頭くらくらすんな……」


 急な立ちくらみに襲われ、とりあえず立ったまま呼吸を落ち着かせようと一点を見つめる。と、部屋の扉が開き、一人の女の子がひょこりと顔を覗かせた。


「あ、起きたんだね。もう体は平気なの?」


 一瞬、目の前で微笑む女の子が誰なのか分からず、顔を見つめたまま硬直。遅れて記憶の底から該当する顔が浮かんで来て、


「マーシャル……なにやってんだお前」


「なにって、ここ私の家だよ? 寝るところなかったから私の家に来た……って、覚えてないの?」


「全然、これっぽっちも」


 どうやら、結構な記憶が吹っ飛んでいるらしい。どうやってここへ来たのかも覚えていないし、ベッドに入った瞬間すら覚えていない。

 よろけるルークにマーシャルが駆け寄り、


「辛いならまだ寝てた方が良いよ?」


「んな事より腹減った……つっても、なんもねぇのか」


「ふふーん、そう言うと思ってご飯作ったんだよっ」


 えっへん、と胸をはって堂々たる態度でマーシャルが宣言。見れば、ピンクなエプロンを身につけているではないか。

 歓喜に包まれて喜びそうになったが、ルークは緩んだ頬を引き締める。


「まさか雑草じゃねぇよな? 草出したらぶん殴るぞ」


「作ってもらってるくせにその態度はどうかと思うよ。けど、ちゃーんと美味しいもの作ったから安心して。色んな精霊に人間の世界のご飯の事聞いたんだからっ」


 かなりの自信作なのか、マーシャルの態度が崩れる事はない。しかしながら、ルークは知っている。こういう自信満々な態度をとる相手こそが、この世界の理を外れたものを作り出してしまうと。


「なに、その不安な顔」


「一つ確認なんだけどさ、お前料理した事あんの?」


「ないよ? だってお腹減らないもん」


「……あ、そう」


「な、なんでベッドに戻るの!」


 食べるという選択肢が一瞬にして消え、ルークは重い体を引きずって再びベッド戻ろうとする。が、それは許さんとマーシャルが手を伸ばし、逃げようとする体をひき止めた。


「だ、大丈夫だよ! ちゃんと味見だってしたから!」


「んじゃもう一つ聞くけどさ、お前人間の料理食った事あんの?」


「一回か二回くらい」


「……あ、そう」


「だから逃げないでよ!」


 どう考えてもまともな料理が出てくるとは思えない。二の腕を掴むマーシャルの手を振り払い、ルークは二度寝の準備へと入ろうとする。しかし、


「ルーク君、試練受けるんでしょ? ちゃんと食べないと体もたないよ」


「お前の料理食って、体調不良になるくらいなら腹ペコで挑んだ方がマシだっての」


「へーきへーき、皆美味しいって言ってくれたから!」


「その皆精霊だよね? 一人でも人間混じってる?」


 結局、マーシャルの勢いに押される形でルークは部屋をあとにした。

 一人暮らしにしては豪華な家なのか、二階建ての立派な木造である。女の子らしく可愛らしい装飾が施されているーー訳ではなく、危なっかしい剣やら斧やらの絵が飾られていた。


 抵抗する気力も失せ、ルークは強引にテーブルへと連れて来られた。まだ料理は並べられておらず、隅々まで綺麗に掃除されたテーブルを見つめてため息を溢した。


「……最近ゲテモノしか食ってねぇ気がする。帰ったら桃頭にアップルパイ頼も」


 ルークの知り合いの中で、恐らく一番料理の腕があるのはティアニーズだ。変な茸を拾ってくる葵髪、なぜか味がなくなる姫様、良くもまぁ、こんなにも個性溢れる面々が揃ったものである。


「お待たせ! 見た目は変なかもしれないけど、初めてにしては上出来だと思うの!」


「良いか小娘、料理の見た目ってのは味の次に重要なんだよ。キモい見た目だったら食欲失せるだろーが」


「私の方がルーク君より年上ですぅ」


 頬を膨らませながらマーシャルがやって来た。

 少しでも恐怖をなくそうと目を閉じると、皿がテーブルに乗せられた音が耳に入る。とりあえず、匂いを嗅いでみる。


「……変な匂いはしねぇな。動いてる気配もねぇし、べちゃべちゃした音も聞こえねぇ」


「ルーク君、それは凄く失礼だと思うの」


 ベシ、と暗闇の中で頭を叩かれた。

 生唾を飲み込み、ルークは意を決して目を開く。

 そこにはーー、


「あ、れ……? めっちゃ普通じゃん」


 皿の上に並べられていたのは、数種類のパンである。邪悪なオーラが漂っている訳でもなく、むしろキラキラと輝いていた。出来立てなのか湯気が上がっており、挟んであるレタスのみずみずしさが見ているだけで伝わって来る。


 どうだ、と言わんばかりに腰に手を当て、


「お肉とかは手に入れられなかったから、小麦粉? っていうのを使って作ってみたの。どうかな?」


「見た目だけなら百点だな。悔しいけど旨そうって思っちまった」


「ほ、ほんとに!? よかったぁ」


 えへへ、と嬉しそうにはにかみ、頬をかくマーシャル。

 だが、安心は出来ない。見た目は美味しそうでも味は壊滅的、もしくは遅効性の効果がある可能性も考えられる。

 無意識に震える右手を左手で抑え、ゆっくりと手を伸ばす。


「…………」


 パンを掴み、そのまま口元まで運ぶ。残り数センチの攻防を経て、最終的に勝ったのは食欲だった。目を閉じ、ルークはパンを口に放りこんで噛み締めた。

 一回、二回、三回、とパンを噛み、口内に広がるなにかに感覚を研ぎ澄ませる。


 そしてーー、


「……う、うめぇ」


 思わず声がもれた。

 以前エリミアスとデートした時にもパンを食べたが、マーシャルの作ったパンはそれを遥かに越えている。外はサクサク、中はふんわりというパンの醍醐味をきちんと再現出来ており、何度噛んでも甘味が尽きずに広がる。


 マーシャルは目をキラキラと輝かせ、


「ほ、ほんとに!? 嘘じゃない!?」


「め、めっちゃうめぇよこれ! え、もう意識飛んでるとかじゃないよね!?」


 夢ならばそれでも良いーーと思えるほどの美味しさである。人間の世界でもこのパンに勝てるパンは数少ない。そしてこの瞬間、ルークの中ではマーシャルのパンが一位になった。

 頬張っていたパンを飲み込み、次々と口に運んで行く。雑草しか食べていなかった反動なのか、食べる手が止まってくれない。


「そ、そんなに食べたら喉につまっちゃうよ?」


「お前すげーな、人間の世界でパン屋とかやりゃ良いのに。かなり売れると思うぞ」


「パン屋さんか……それも良いかも!」


 数日ぶりのちゃんとした食事。以前にも餓死しかけた事があったが、それを上回る達成感と満腹感である。


「……なるほど、これがパンか。私も一つもらおう」


 ルークが食べまくっていると、突然横から小さな手が伸びて来た。

 手を止め、そちらを見ると、


「なにやってんだお前」


「ア、アルト様?」


「ふむ、中々うまいなこれは」


 いつの間にか、アルトが隣の椅子に座っていた。当たり前のように溶け込み、パンをむしゃむしゃと食べている。マーシャルの驚きようを見る限り、初めからいた訳ではないようだ。


「あ、それ俺のパンだぞ。勝手に食ってんじゃねぇよ」


「バカ者、マーシャルは私の作った精霊だぞ。つまりマーシャルの作ったものは全て私のものだ」


「んなの知るか。これは俺の飯、精霊は腹へらねーんだろ」


「腹は減らん。しかし味覚はある」


 パン争奪戦が始まり、瞬く間に並べていたパンは残り一個となった。ルークとアルトは同時に手を伸ばし、


「その手を退けろ」


「断る。貴様は人間だろう、ここは精霊である私に譲るべきだ」


「偉い精霊なんだろ? だったら人間に施しを与えろや」


「私は偉い精霊だが施しは与えん。私のものは私のもの、貴様のものは私のものだ」


「バカ言ってんじゃねぇ、世の中のものは全部俺のものだ」


 自己中同士が争うとこうなるらしい。どちらの言い分もアホだが、本気で言っているので手のつけようがない。

 にらみ合い、火花を散らし、


「寄越せ!」


「ざけんな! これは俺のだっての! お前は牛乳でも飲んでろ!」


「牛乳? それはあれか、甘くて白い液体の事か?」


「あ? 覚えてんのか?」


「いや覚えていない。しかし……私の体がそれを欲しているのだ」


「んじゃお前牛乳ね、俺パン食べるから」


「牛乳もパンも私のものだ!」


 おやつを取り合う兄妹とように、二人は下らない争いを継続。本当に記憶を失っているのか疑問になるくらいに、この光景は通常営業である。掴み合いの喧嘩に発展しかけ、マーシャルが慌てて間に入った。二人の手が緩んだ一瞬の隙にパンを取り上げ、


「喧嘩するなら私が食べちゃうからね」


 と言って、最後のパンを口の中に放りこんだのだった。


 それから数分後、満腹になったルークはソファーにだらしなく寝転んでいた。アルトは最後までブーブー文句を言っていたが、マーシャルが牛乳をどこからか持って来たので、今はそれを夢中で飲んでいる。


「んで、お前なにしに来たんだよ」


「なに、とはなんだ。貴様に会いに来たに決まっているだろう」


「寂しくなっちゃったの?」


「バカ者、試練の事だ」


 牛乳を飲み干し、口の回りに白い髭をはやしながらアルトがそう言った。空になったコップを差し出し、マーシャルがそのコップに牛乳を新たに注ぐ。


「貴様、試練を受けるのだろう?」


「あー、そういやそんな話したっけか」


「わざわざ迎えに来てやったんだ。さっさと支度を済ませろ」


「は? もうやんの?」


「今日、このあと直ぐにだ」


 休日のおっさんのように腹をボリボリとかくルーク。久しぶりの休みに体はニートモードなので、


「やだ、まだ休みたい」


「ダメだよルーク君、自分でやるって言ったんだから」


「やらざるを得ない状況に追い込まれただけだ。つか、あれからどんくらい寝てた?」


「うーん……多分二日くらいじゃないかな? たまーに見に行った時うなされてたけど、変な夢でも見てたの?」


「夢……」


 牛乳を次々と注ぐマーシャルに言われ、ルークは今朝見た夢の事思い出していた。断片的で、モヤがかかっていたのであまり詳しかは思い出せないが、なぜかあの夢は他人事ではないような気がしていた。

 それに、


「エリミアス……」


 夢の中でうずくまる女性が口にした名前。

 聞き間違えでなければ、それはルークの良く知るお姫様の名前だ。あれがただの夢ならば気にしないが、もしそうではなかった場合……。


「……しゃーねぇ、行くか」


 予定よりもかなり長くこちらに滞在してしまっている。その上まともに時間も分からない状態だ。下手したら一ヶ月過ぎているーーなんて事もあるかもしれない。面倒くさそうに顔を歪めながらも、ルークは立ち上がった。


「んで、どこに行きゃ良いんだ? あの塔ぶっ壊しちまったけど」


「それは、私が案内します」


 透き通る心地よい音とともに、玄関の扉が開かれた。

 そこに立っていたのは、真っ黒な長髪の女性。身につけているワンピースのような服も黒で全身を黒一色で包んでいる。そのせいなのか、細く白い手足が印象的だった。

 そしてなによりも、めっちゃ美人である。


「え、誰?」


 まったく知らない登場人物に首を傾げていると、マーシャルが飛び上がってその女性へと駆け寄って行った。そのまま抱きつき、


「やっぱ可愛いよ! ーートシ蔵!」


 その名前を口にした。

 抱き付かれた女性は照れたように、遠慮がちにマーシャルを抱き締め、目を点にするルークへと視線を移す。

 女性は頬を染め、


「あの、トシ蔵です」


 はにかみ、頭を下げて自己紹介した。



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