二章十二話 『同じ目的』
「……大丈夫だ、ゆっくり上がれオイ」
アンドラの合図を期に、地下の牢屋に閉じ込められていた女性達は階段を上がり始めた。
アキンの魔法によって氷の階段と床を作り、先に登ったアンドラが誰も居ない事を確認。先ほどの音で駆け付けると思われたが、恐らく男達の足音や雄叫びにかき消されたのだろう。
「大丈夫ですか?」
「え、あ……はい」
下から女性達を見守りながら問い掛けるティアニーズに、アキンは小さく頷いた。暗く落ち込んだ表情でうつむき、未だに現実を受け入れきれてないようだ。
「この人達……もし僕達が助けられなかったらどうなっていたんですか……?」
「道具として売られていたと思います。それならまだ良いですが、殺されていたかもしれません」
ティアニーズは偽る事なく事実を伝えた。実際に見ているのだから嘘をついたところで無意味だろうし、世の中には目を背けているだけではダメな事があると教えるためだ。
「ちょっとだけ後悔してます。助けたいから来たけど、こんな事になってるなんて……」
「これが現実なんです。世の中には悪意しか持たない存在がいる……だからこそ、私達騎士団は存在するんです」
「怖くないんですか……?」
「怖くない、訳ではありません。でも、多分後悔すると思うんです……目の前で救える命があるのに、恐怖に負けて逃げ出したら私は私を絶対に許せなくなる」
「目の前で救える命……」
「貴方は凄いですよ。経緯はどうであれ、悪意と戦う道を自分で選んだんですから。立派な人です」
そう言って、ティアニーズは微笑んで見せた。
アキンはその顔を見つめ、瞳にたまる涙を抜き取ると、
「まだまだです。僕はもっと強くなって困っている人を救える人になりたい。恥ずかしいですけど……勇者みたいな立派な英雄に……」
「なれますよ。貴方は立ち向かう勇気を持っている、それこそが勇者にとって一番大切な事だから」
「勇気……はい! 落ち込んでしまってすいません、まだやるべき事がありますよね!」
拳を握り、アキンは不安を吹き飛ばすように微笑んだ。彼の中にある揺るぎない意思を見てティアニーズは僅かに口元を緩め、それと同時に自分勝手な鬼畜勇者の顔が頭に浮かび、
「あの人にアキンさんの爪のあかを煎じて飲ませてやりたいですね……」
「あの人?」
「いえ、バカな勇者の話です」
「おーい、お前らも早く登って来い。早くしねーと誰か来ちまうぞオイ」
もしかしたら来てくれるかも、なんて期待薄な願いを捨て、呆れながらティアニーズとアキンは階段を登った。
流石に一つの部屋に収まる人数ではないので、高い人口密度で息が苦しい。
アンドラは女性に囲まれながらニヤニヤし、
「オイアキン、この部屋の壁をぶち抜けオイ。流石にこの人数で屋敷の中をうろちょろすんのには無理がある」
「やってみます」
「出来るだけ静かにお願いしますね」
部屋の壁に触れ、意識を集中するように瞳を閉じるアキン。触れた箇所が白い光を放ち、突然吹き荒れた突風によって壁が勢いよく砕け散った。
流石に音を出すなという指示に従うのは無理だったが、隣接していた空き地が外には広がっていた。
長い間地下に閉じ込められていたからなのか、女性達は差し込む日差しの感覚を確かめるようにその場で立ち尽くしている。
本当なら自由を気が済むまで味わって欲しいところなのだが、そんな余裕はないので、
「早く脱出して下さい。今の音に気付いて敵が来ないとも限らないので」
「そーだそーだ、早く行けよオイ。どこでも好きな所に行ってそれから自由を満喫しろ」
急かすようにティアニーズとアンドラに背中を押され、女性達は慌てて走り出した。
最後に夫婦と子供が走り去るのを見届けると、とりあえずの目的を果たして三人は安心したように息を漏らす。
しかし、屋敷を揺らすほどの足音が耳に入り、
「そりゃ気付かれるか。しゃーねぇ、こっからは真正面からぶっ潰すしかねぇよなオイ。アキン、お前は先に逃げてろ」
「いえ、僕も一緒に戦います。ここで逃げたらお頭の弟子として後悔すると思うので」
「……そうか、えらく男前になったもんだなオイ。まぁ心配すんな、お前は俺が絶対に守ってやるからよ」
「はい! 足を引っ張らないように頑張りますね!」
アンドラに頭を撫でられ、アキンは嬉しそうに微笑む。
その様子に少しだけ和みながら、ティアニーズは剣を一気に引き抜いた。
父の形見である剣を持って、敵である魔元帥を殲滅するために。
戦力はたったの三人。いくら相手が有象無象の集まりだとしても、数に押されてしまえば勝ち目はないだろう。
素早く確実に相手の戦力を削ぎ落とし、なおかつ魔元帥と戦うための体力を残さなくてはならない。
意を固め、部屋の扉を蹴り破ると、
「ぶっぱなせアキン!」
「はい!」
先手必勝である。飛び出した瞬間に方向を定め、アキンの放った風の玉が押し寄せる大群を弾き飛ばす。
前後で道を塞がれては勝算が無くなるので、こちらは常に逃げ道を確保しながら戦わなければならない。
そうなると、遠距離で威力のあるアキンを先頭にして戦うのが得策だろう。
もし、倒し損ねが出た場合は、
「オラオラ! 盗賊勇者様のお通りだぞオイ!」
「ここで貴方達の悪事は終わりです!」
アキンの背後から飛び出した二人が襲いかかる。
アンドラの意外な戦闘技術と、ティアニーズの剣技で意識を刈り取る。即席にしては上出来のコンビネーションを発揮し、瞬く間に退路を確保。
三人は一気に男達を踏みながら走り出した。
「良いかアキン、追ってくる奴らはお前の魔法でぶっ飛ばせ! 前は俺とティアニーズでどうにかすっからよ!」
「分かりました!」
「次、来ます!」
背後から迫る大群に向けて今度は炎の塊を放つ。魔法を発動する前に『ごめんなさい』と呟くアキンだが、その威力には全くの手加減が感じられない。
前方に姿を現した瞬間に加速し、アンドラが勢いを殺さずにそのままドロップキック。
ティアニーズも魔道具を使用しつつ、呆気にとられている男達を一掃した。
思った通り、相手でまともな驚異となりえるのは魔元帥だけのようだ。魔法を使える人間もいなければ、三人に特攻をしかける人間もいない。
アキンの強力な魔法が牽制となり、怒濤の勢いで突き進むティアニーズとアンドラに押し負けている。
(やっぱり、ただの寄せ集め集団でしかない。あのデストと呼ばれていた魔元帥をどうにか出来ればこの人達は戦意を喪失する筈……!)
ここにいる男達はデストを慕っている訳ではなく、恐怖に屈して支えているだけなのだろう。背後にいる巨大な力に頼っているだけの三下。
だから、やはりとどめをさすには魔元帥の討伐が絶対条件となる。
「どうすんだオイ! このまま突き進むのか!?」
「正面玄関を目指しましょう! そこで奴を待ち伏せます!」
「上手く事が運んでくれると良いけどなオイ!」
目の前の男を殴り飛ばし、アンドラは不敵に微笑む。アキンの魔法は迫る男達をなぎ払い、だからこそ安心して前だけを見ていられる。
しかし、これだけ歯ごたえがないという事は、全ての戦力が魔元帥に依存しているという事実を示している。
嫌な予感に眉をひそめながら、されど油断する事はせずに進んで行く。
迷路のような屋敷を走り回り、目の前に現れた巨大な扉をぶち破ると玄関ホールと思われる巨大な空間にたどり着いた。
「……まぁ待ち伏せしてるわな、ピンチだぜオイ」
「構いません、どうせ全員倒すつもりだったので」
「ま、まだまだ魔力は残ってますよ!」
入り口を塞ぐように数十人の男達が待ち伏せていた。
しかし、三人の視線は一人の男に注がれる。
先頭に立ち、明らかに異質な雰囲気を漂わせる白髪の男に。
「まったく、派手に暴れ回りやがって。最初からこれが狙いだったのか、騎士団の女」
「違います。けれど、今は同じ目的を持つ仲間です」
「目的? まさかとは思うが……俺を殺すなんて言わねぇよなァ?」
デストーーそれは五十年前の戦争で大量の人を殺した魔元帥の一人。
二度目の邂逅となるが、その威圧に恐怖する事は避けられない。ティアニーズは生唾を飲み込み、横に立つ二人を見て、
「そのまさかです。私達で貴方を倒します」
「そういうこった、覚悟しろやオイ」
「こ、これ以上女性を苦しめる事は許さないぞ!」
ティアニーズに続き、立ち向かう意思を口にする二人。余裕ぶった態度をとっているアンドラだが、その頬には汗が流れ、尋常ではないほどの殺意を肌身に受けている筈だ。
アキンに至っては高速で膝が揺れ、恐怖を隠す事さえ出来ていない。しかし、その恐怖を勇気で押し潰している。
「そうかそうか……人間のくせに俺にたてつくとはなァ」
苛立ったように舌を鳴らし、デストはティアニーズを睨み付けた。赤い眼光が突き刺さり、向かい合う事を本能が拒む。
「テメェら手出しすんじゃねぇぞ、このゴミどもは俺が殺す。そういう目をした奴らが一番腹立つんだよ」
誰一人として返事を口にする者はいない。
その場の全員が感じ取ったのだ。
戦うための準備が整ったーーいや、殺すための準備が整ったのだと。
三対一なんてのはハンデにすらならない。
一瞬の油断が死に直結する戦い。
それがーー、
「さァて、ゴミ掃除の時間だ」