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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
八章 精霊の国
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八章三十二話 『選んだ理由』



 ーールーク・ガイトス。

 そんな名前、聞いた事すらない。


「……貴様なのか。私の失ったものは……」


 だが、一つ断言出来た。

 自分が失った記憶は、あの男についてのものなのだと。

 自分がなにを忘れたのかは知らない。あの男とどんな関係で、なにを話して、なにを見て、なにを感じたのかも知らない。


 しかし、頭にとある光景が過った。

 何度倒れても、笑って挑むあの男の姿が。

 知らない光景の筈なのに、自分はそれを一番近くで見ている。


「答えろ、私。あの男は誰だ」


 胸に触れ、アルトは呟く。

 答えはない。記憶のどこを探しても、片隅にすらあの男の顔はない。

 なのに。なぜか、目を逸らす事が出来ない。


「うぉラァァ!!」


 人間は手をかざし、目の前に迫る炎へと真正面から突っ込んだ。極限まで魔法を圧縮すして放つ事により、ヴァイスの放った炎の一点にだけ穴を開けた。

 火の輪くぐりのように穴を通り、続けて水の矢を放つ。


 しかし、矢はヴァイスに届かなかった。

 彼のまとう炎がよほど高温なのか、体に触れる前に音を立てて蒸発してしまったのだ。


「一つ、忠告しておこう。お前の手で俺に触れれば、高温に耐えきれずに燃えるぞ」


「みてぇだな。こっちは殴るしかねぇってのに」


「諦める気はないらしいな。いや……それで良い、お前の全てを俺にぶつけろ。そして見せてみろ、人間の価値を」


「言われなくたってそのつもりだっての。テメェは必ず殴る」


 まただ。

 あの不敵な笑みをアルトは知っている。

 あの笑みは、余裕の現れではない。むしろピンチの時にこそ、あの男は不安を消し飛ばすようにして笑っているのだ。


 ハッキリと言うが、あの男に勝ち目はない。

 たとえ奇跡が起きて一発殴れたとしても、人間一人の力ではそれが精一杯だろう。だがしかし、あの男は勝つために戦っている。

 なんの力もないくせに、本気で精霊に勝とうとしている。


「無駄だ……止めろ」


 そんな言葉が、無意識に口からこぼれた。

 別にあの男がどうなろうと関係ない筈なのに、アルトは傷つく姿を見たくないと思っていた。


「止めろ……! なんで……貴様は誰だ!」


 知らない顔が頭を過る。

 それも一人ではない。あの男の他に、違う男の顔が頭に浮かんでいた。

 目の前の男とは違い、いつも笑っていた。

 笑って、人を助けていた。


 ただでさえ混乱しているというのに、二人目の男が出てきてアルトの頭は、心は限界だった。どちらもまったく知らない筈なのに、どちらも忘れていてはいけない気がしたからだ。


「……貴様も、貴様も、なぜ私の中にいる!」


 なぜ、こんなにも心が揺らぐ。

 あれは人間だ。

 頭に浮かぶ二人の男は、どちらも人間だ。

 一人は目の前でボロボロになりながらも戦う男。

 二人目は、目の前の男と同じように、ボロボロになりながらも笑っている男。


 二人の姿が重なる。

 まったく違う人間なのは間違いない。

 ただ一つ、同じところがあるとすればーー、


「諦めろ……」


 絶対に、諦めなかった事だ。


「う、がーー!」


 青年にヴァイスの拳が直撃し、宙を舞って地面に叩きつけられる。アルトの横で血を吐き散らしながら、青年は立ち上がった。

 思わず、小さな手を伸ばしていた。


「貴様は……なぜそんなになってまで戦う……」


「あ?」


「もう諦めろ……。貴様ではヴァイスに勝てない。意地をはる必要なんてないだろう」


「……お前がんな事言うなんてな。わりぃけど、諦めねぇよ」


 右の胸辺りに火傷を負い、皮膚は黒く焦げていた。しかし青年は戦う意思を見せ、口からこぼれる血を乱暴に拭き取って立ち上がる。

 また、笑っていた。

 また、二人の姿が重なる。


「お前が諦めろなんて言うんじゃねぇ。その顔で弱気な言葉を口にすんじゃねぇ」


「な、に……?」


「もう弱音なんか吐かねぇんだろ、もう下を見たりしねぇんだろ。お前は忘れてんのかもしんねぇけど、俺はハッキリと覚えてんぞ」


「知らん……私はそんな言葉など知らない」


「なら思い出せ」


 それだけ言うと、青年は再びヴァイスに向かって歩き出した。立っている事さえ辛い筈なのに、フラフラとよろけながらも一歩を強く踏み締めている。



 その時だった。

 アルトの頭に、知らない会話が浮かんだのは。


『なぜ、貴様は諦めないのだ? これは貴様だけの問題ではない、他の人間押し付けてしまえば良いだけの話だろう』


『確かに、お前の言う通りかもしれない。俺は弱いからな、お前の力を十分に引き出す事すら出来ない』


『ならば……』


『でも、それは問題じゃないんだよ。俺がやりたい事なんだ、俺が諦めたくないんだ。他の誰でも良いのかもしれない……俺なんかよりも、適切な人間はいるのかもしれない。だとしても、これは俺が選んだ事だ。皆に笑っていてほしいから、誰にも辛い思いはしてほしくないから……弱くても、戦うと決めたんだ。ちっぽけで、叩けば簡単に壊れるんだとしても……俺はーー皆が寄り添える希望になりたいんだ』


 そう言って、男は照れくさそうに笑った。



「……希望」


 思えば、それがあの男の口癖だったような気がする。皆が安心して暮らせるように、笑って毎日を過ごせるように、自分は希望になりたいと言っていた。

 チンピラに喧嘩で負けてしまうような男なのに、言う事だけはいっちょ前だった。


 いつだって、あの男はボロボロだった。

 何度も何度も死にかけて、何度も何度も挑んで、負けた回数なんか数えきれない。

 でも、それでも笑っていた。

 自分が傷ついて誰かが笑えるのなら、それで良いと。


「イカれている、な……」


 無意識にアルトは微笑んでいた。

 知らない筈なのに、懐かしい記憶。



 そして、再び会話が頭に浮かんだ。

 目の前の男との会話だ。


『俺と前の勇者は違う、性格も生き方も全部な。死なねーよ、死んだら俺の目的が果たせなくなっちまう」


『……目的? あぁ、平穏な生活というやつか』


『たりめーだろ、俺は俺のためにしか頑張らない』


 面倒くさそうにため息をつき、青年はそう言った。



 本当に、まったく違う人間だった。

 誰かのために命をかける男と、自分のために命をかける男。アルトの中にある僅かな記憶ですら、二人の違いが明確に出ている。


「……どう育ったら、ここまで真逆の性格になるんだろうな」


 自分より他人を優先する男と、他人より自分を優先する男。

 世間一般的に見れば、前者の方が立派に見えるのかもしれない。しかし、アルトはそうは思わなかった。まったく違う人間ではあるが、とある一点においては、共通する箇所があったからだ。


 どちらの男も、前だけを向いていた。

 自分の信じる道だけを見据え、迷う事なく真っ直ぐと進んでいた。


「……まったく、人間というのは理解出来んな」


 記憶はない。

 二人の男の顔は知らないし、なぜここにいるのかも知らない。

 だが、きっと、同じ理由だったのだろう。

 譲れないものを通すために、ここへ来たのだろう。


 だから、諦めない。

 決して敵わないと分かっていても、譲れないものがあるから。

 そこで諦めてしまえば、自分の選んだ道が嘘になってしまうから。



 ーー多分、青年を選んだ理由はそれだ。



「……理由出来んのは、私も同じか」


 かわいた笑い声を上げ、アルトは顔を上げた。

 ズタボロになりながらも立ち向かう人間に向け、声をかける。


「おい人間、ちょっとこっちへ来い」


「あ? 今忙しいんだよ、話があんならあとでーーってあちぃッ!」


「良いから来い」


「ちょ、ちょっと待ってろ!」


 尻に火を灯しながらも手を上げてヴァイスに一声かけると、青年は不機嫌そうに肩を揺らしながらこちらへと走って来た。

 アルトは腕を組み、白々しい態度で顔を逸らすと、


「おほん。貴様、まさか本当に一人で勝てるとでも思っているのか?」


「たりめーだろ、そのために今頑張ってんだよ」


「無理だな、貴様一人では勝てない」


「んだよ、んな事言うためにわざわざ呼んだのかよ。記憶なくなっても性格わりぃところは変わんねぇな」


 じたんだを踏み、青年は苛立ちながら背を向ける。予想外の反応で返され、アルトは困ったようにあわててふためき、躊躇うように伸ばした腕を引っ込めたが、意を決して青年の腕を掴んだ。


「ま、待て!」


「しつけーな、今忙しいんだっての」


「わ、私が力を貸してやる! ……かもしれない」


「……は?」


 訳の分からない物言いに青年は首をかしげ、アルトの顔をまじまじと見つめた。至近距離で見つめられ、照れたように視線を明後日の方向に送ると、


「なに、お前記憶戻ったの?」


「戻っていない。貴様などまったく知らん」


「んじゃ、なんでだよ」


「知らん。だが、強いて言うのなら……私がそうしたいと思ったからだ」


 僅かに微笑み、アルトはそう言った。

 なにか、合理的な理由がある訳ではない。

 そうしたいから。

 多分、記憶を失う前の自分なら、そうしていたと思うから。


 青年は微笑むアルトの顔を見つめ、少し考えてーー、


「いや別に良いわ」


「……………………………………………………え?」


 またまた予想外の反応に、アルトは口を大きく開けてフリーズ。とても不細工な顔をしているのだが、本人は青年の発言を飲み込むのに精一杯だった。

 しかし、青年はそんなの気にせずに言葉を続ける。


「見てろって言ったばっかじゃねぇか」


「い、いやしかしだな……」


「お前になにがあったかは知らねぇけど、今はお前の力を借りる気はねぇの」


「私の力なしでヴァイスに勝てる訳がないだろう」


「んじゃなにが出来んの?」


 言われ、アルトは本日二度目のフリーズ。

 力を貸すとは言ったものの、具体的になにをするのかは考えていなかった。力を貸す方法はあるのだが、今のアルトは契約している事すら忘れているのだ。

 勿論、青年は知っていて今の発言である。


「どうしてもってんなら、盾にしてやるけど」


「ふ、ふざけるな! あんな炎くらったらひとたまりもないわ!」


「だろ? だから大人しく見てろ。どうにかすっからよ」


「ま、まて!」


「それに……俺は一人なんて一言も言ってねぇぞ」


 そう言って青年が笑った瞬間、足元が激しく揺れた。立つことすらままならず、アルトは体勢を崩して青年の腰にしがみつく。

 青年は天井を見上げ、


「ようやくかよ、おっせぇっての」


「……なにをした。まさかまたレリストの仕業か?」


「さぁな、そのうち分かるんじゃねぇの?」


 次第に地響きが激しくなって行く。王の間だけではない、塔自体が外部からの刺激によって揺れているのだ。

 適当な態度の青年に対し、ヴァイスは警戒するように炎を揺らす。


 その、直後だった。


「ーー!?」


 バゴン!!という激しい爆発音が生じ、ヴァイスが背にしていた壁が一瞬にして崩壊した。飛び交う破片を炎で防御し、ヴァイスは直ぐに振り返る。

 崩れた壁。外の風が流れ込み、光が射し込むーー事はなく、その代わりに、黒い巨大ななにかが視界を満たした。


 ヴァイスの動きが止まる。

 恐らく、それは予想外だったのだろう。

 壊れた壁から見える景色ーーそこにいたのは、巨大な翼を羽ばたかせる黒い鱗のドラゴンだった。


 その名をーー、


「いっけぇぇぇぇ! トシ蔵!!」


 ドラゴンの上で少女が叫ぶ。

 その声を聞き、ドラゴンがバカみたいなでかさの手を振り上げた。


「ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁい」


 大きく開いた口から放たれる謝罪の言葉。

 ただ喋っただけなのだが、スリュードが起こす竜巻並の風が発生。砕けた鉱石の欠片が風に乗って辺りに飛び散り、青年やアルトは慌てて身を低くして回避。


 しかし、ドラゴンが吹き飛ばしたのはそれだけではない。


 ヴァイスのまとっていた炎を、無理矢理ひっぺがしたのだ。

 次の瞬間、ドラゴンの腕が振り下ろされた。


「くッーー」


 ヴァイスは咄嗟に腕でガードしようとしたが、トシ蔵のスイングはガードもろとも地面を突き破って吹っ飛ばした。王の間全体が崩壊を始め、当然、アルトの立っていた床も崩れ始める。


 遥か下に落ちていくヴァイス。

 アルトは青年の腰にしがみつきながらそれを見ていた。

 決着はついた。いくらヴァイスが強いと言っても、この高さから、しかもドラゴンにぶん殴られた勢いで地面に激突すれば意識を保つ事は難しい。恐らく死なないとは思うがーー、


「お、おい貴様! なにをしている!」


 不意に、アルトの体が宙に浮かんだ。

 反射的に叫ぶが、もうなにもかも遅い。

 しがみついていた青年が、飛び降りた。


「バカーー」


 喋るよりも早く、嫌な浮遊感が全身を包む。口を開けて喋ろうとするが風がそれを遮り、なにも出来ずに口内の水分を奪われるだけだ。

 だが、青年は空中でもがき、


「まだ、終わってねぇぞ!」


 逆さまになりながらも崩れる鉱石を足場にし、蹴っ飛ばしてさらに加速する。

 落ちる速度が速まり、アルトはしがみつく腕に力を入れて全力で叫んだ。


「き、貴様はバカなのか!? いや大バカ者だ! もう決着はついただろう!」


「まだついてねぇ! 俺はアイツをぶん殴ってねぇんだよ!」


「そ、そんな事のために飛び降りたのか! バカ者! このまま落ちれば間違いなく死ぬぞ!」


「うるせぇ! 殴らねぇと気が済まねぇんだよ!」


「そんなの私が知るか! 今すぐ引き返せ!」


 まぁ当たり前だが、引き返せる訳がない。

 アルトが文句を叫んでいる間にも、青年はあの手この手で落下する速度を速めている。普通に落ちただけならば、もしかしたら助かっていたかもしれない。だが、バカみたいな加速があるので、もう助かる見込みはゼロである。


「着地はどうするつもりだ!」


「んなのあとでどうにでもなんだろ!」


「き、貴様! まさかとは思うが、なにも考えていないな!」


「殴って着地する! 簡単だろ!」


「一瞬でも助けようと思った私がバカだったよ!」


 記憶があればもう少し違う行動をとっていたかもーーとか考えているが、仮にあったとしても結局は巻き込まれていただろう。

 刻一刻と地面が迫る中、青年は先に落ちているヴァイスを見据える。


 ヴァイスは青年に気付き、驚いたように目を見開いた。


「お前……正気か!」


「俺はいつだって正気だ!」


「……まったく、ここまでとはな」


 最後の瞬間、ヴァイスは僅かに笑った。

 その笑みがなにを意味するのかは分からない。ただ、アルトはその笑顔を見て、なぜか自然と微笑んでいた。


 記憶にはない。けれど、きっと記憶を無くす前の自分は、こんなイカれた毎日を送っていたのだろう。こんなイカれた行動の中でさえ、声を上げて『行け!』と言っていたのだろう。


 だから、


「ーー行け、ルーク」


 青年が拳を振り上げる。

 ヴァイスに抵抗する様子はなく、その拳を受け入れるように目を閉じていた。


「オラァァァ!!」


 ーー雄叫びを上げ、振り下ろした拳がヴァイスの顔面を吹っ飛ばした。


 あとは着地ーーなのだが、


「トシ蔵! キャッチ!」


 当然の如く着地の方法なんて考えていないので、青年はトシ蔵に向かって全力で手を振った。慌ててマーシャルが指示を出し、トシ蔵が手を伸ばすと、出来るだけ落下の勢いを殺すようにして三人を救い上げた。


 巨大なドラゴンの掌の上で、ようやくアルトは大の字に寝転んだ。

 その横で、青年は疲れはてた様子で息を吐く。


「あっぶね……」


「それはこちらの台詞だ。まったく、今でも信じられん……私がーー貴様のような男と行動を共にしていたなど」


「俺を選んだのはお前な」


「そうなのか? ……そうか、ならば……文句は言えんな」


 小さく微笑み、アルトはソラを見上げた。

 不思議と後悔はなかった。きっと、記憶を失う前の自分も同じだったのだろう。

 今ならば分かる。なぜ、自分がこの男を選んだのか。


 似ていたのだ。

 あの男と、ルーク・ガイトスという人間の在り方が。


「……おい、ルーク・ガイトス」


「んだよ、まだ意識あんのかよ」


「正直、自分でも驚いているがな」


 首だけを動かし、ヴァイスが青年を見る。

 戦う意思はないーーというかもう動けないのだろう。


「認めてやる」


「あ?」


「お前を、認めると言ったんだ」


 空へと視線を移し、小さく呟くヴァイス。


「ーーーー」


「んだよ、聞こえねぇよ」


 最後の一言を、青年は風に流されて聞き取る事が出来なかったらしい。

 ムスっとした表情の青年の横で、アルトはただ一人、その言葉を聞いて笑っていた。


 ヴァイスはこう言った。


 ーーお前の勝ちだ、と。



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