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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
八章 精霊の国
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八章二十七話 『レリスト』



「ふんが!!」


 勢い良く振りかぶり、強く握った拳を叩き付ける。見えない壁に拳が激突した瞬間、腕を伝って全身に痺れが回った。プルプルと小刻みに肩を揺らし、真っ赤になった拳に息を吹き掛けながら、


「かってぇ……びくともしねぇ」


 ナタレムの作り出す壁の強度は重々承知の筈のに、なぜかとりあえず殴ってみたアホの子ルーク。短時間とはいえヴァイスの炎を防ぎきった防御を、たかが人間の拳で壊せる訳がないのである。

 とはいえ、壊さなければ始まらない。

 なぜなら、


「うぐ! 潰れる……!」


 四方の壁が迫って来ていたからだ。

 なにも、殴りあいをする必要はない。ナタレムは手を下すつもりがないのか、透明な壁でルークを押し潰してしまうつもりらしい。

 必死に掌を当てて押し返そうとするが、着実に壁は迫る。


「お前、卑怯だぞ! んな事してねぇでかかって来いや!」


 どの口が言うんだ、という突っ込みはなかったものの、マーシャルとレリストは呆れを通り越して可哀想な子を見る目でルークを見ていた。


 ルークは壁を止めるのを諦めると、右手を足元に向け、


「おらぁ!」


 渾身の魔法を地面に向けてぶっぱなした。

 土煙を上げて地面が抉れ、ちょうと人一人分の穴が出来上がる。密閉された空間に充満した土を吸って咳き込みながらも、ルークは穴の中に落下。すぐさま四つん這いになり、今度は前方に向けて炎弾を放った。


「うえっ! いくら腹減ってても土はいらねぇ……!」


 口内に侵入して来た土を吐き捨て、そのまま穴を掘って突き進む。目測で壁がない辺りまで来たと判断すると、次は頭上に穴を空け、勢い良くその穴から飛び出した。

 全身土まみれになりながら、やってやったぜと言わんばかりにナタレムを睨み付ける。


「んな事したって無駄だぞ。つか、お前なにがあった」


 ナタレムは答えない。

 圧死させる事に失敗したが、動揺の色も見えない。

 ただ、虚ろな瞳でルークを見つめていた。


「……ただ記憶を失ったって訳じゃねぇみてぇだな」


 流石に、記憶を失っただけで人はここまで変わらない。ソラも同じように記憶を失ってはいたが、その言動はルークの知るものだった。根本的なところはアルトもソラも同じで、ルークと共に過ごした記憶を限定的に抜き取られた、という感じだった。


 しかし、ナタレムは違う。

 記憶どころか、ナタレムという精霊そのものを失ったと言った方がしっくり来る。

 まるで、別人のようだった。


「答えろよ、なにがあった」


「…………」


「シカトかよ。ったく……」


 恐らく聞こえてはいるが、返事をする気がないようである。ただ命令された事を淡々とこなす、機械にでもなってしまったのかーーそんな疑問すらわいてくる。

 だが、


「関係ねぇ。お前が邪魔するってんならぶん殴って退かすまでだ。二度と忘れられねぇくらい殴ってやるよ」


 どんな理由で記憶を失ったのかは分からない。

 しかし、そんな事はどうでも良い。

 今まで通り、拳を握って立ち向かうだけだ。


 だが、不意に、ナタレムの口が動いた。


「お前は、前の俺を知っているのか?」


「……前の、お前?」


「悪いがもうソイツはいない。俺はどうやらルールを破ったらしいからな」


 他人事のような物言いに、ルークは眉間にシワを寄せた。

 ナタレムは一歩足を踏み出し、静かに手を上げ、


「今の俺は、ただ命令通りに動くだけだ」


「ーー!?」


 瞬間、ルークの体が大きく後方にぶっ飛んだ。

 見えないなにかに弾き飛ばされ、ガードも間に合わず背中から地面に落下。直ぐ様体を起こすが、


「だッーー!」


 今度は横からそれが来た。なにかが触れたと同時に体を丸めるが、それでは遅い。横殴りに吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がる。拳を地面に叩き付けて無理矢理転がる体を止め、


「クソ、見えねぇってのは厄介だな……」


 舌を鳴らし、揺れる脳みそを止めるために自分の頭を叩いた。

 見えないというだけで、これほど大きなアドバンテージになるとは。ほぼ予備動作はなし、どこから攻撃が来るのかも分からない。

 いくら逃げるのが得意とはいえ、逃げる対象が見えないんじゃどうしようもなかった。


 ルークが立ち上がろうとすると、


「うがッ!!」


 今度は背中に衝撃があった。なんとか堪えて踏みとどまるが、顔面に壁が激闘。頭を大きく弾かれ、体が大きくのけ反る。

 空を見上げ、意識に一瞬の空白が生まれた。


 ーー気付いた時には、目の前にナタレムがいた。


「やべーー」


 咄嗟に腕をクロスして防御しようとしたが、ナタレムの拳はそれをすり抜けてルークの顔面き到達。右の頬を打ち抜かれ、再び体が後ろに吹っ飛んだ。

 口内に血の味が広がり、空中で体を強引に捻ってなんとか着地。口角から溢れる血を拭い、


「やりにくいな、こんちくしょォが」


「お前のやり方に付き合う必要はない。一方的に殴らせてもらう」


 言葉の通り、会話は最小限だった。

 ナタレムの右に瞳が動き、ルークは左側に腕を構える。だが、それは罠だった。あからさまな罠にまんまとはめられ、前方から迫る壁が腹部にめり込む。どうやら、大きさもある程度調節出来るらしい。人間の拳くらいのなにかがみぞおちに食い込んだ。


 勝手に膝が折れ、腹を抑えてうずくまる。


「ゴホッゴホッ……うえ……」


 胃の中の物が喉まで上がって来たが、そこは気合いでなんとか押し戻した。嫌な思いをしてまで食った雑草を、貴重なエネルギーをここで吐き出す訳にはいかない。

 震える膝に渇を入れ、拳を握って足を引きずりながらも立ち上がる。


「そんなんで俺を殺すつもりかよ……」


「言った筈だ、お前に付き合う必要はない。確実に弱らせてから殺す」


「気持ちわりぃぞその口調。前のもうざかったけど、今のはその十倍くらいムカつく」


 力なく微笑み、追い込まれているというのに減らず口を吐き出した。

 ナタレムは眉一つ動かさず、再び手を上げる。

 あの動作に意味はない。どこから攻撃が来るのか悟られないようにするためのカモフラージュ。であれば、


「そう何度もやられっかよ!」


 握り締めた拳を振り回す。開いた掌から四方に土がばらまかれ、ルークはニヤリと微笑んだ。

 動きがあったのは右側だ。宙に浮いていた土が押されるようにしてルークに迫る。その一瞬を、この男は見逃さない。


「デリァァ!!」


 持ち前の反射神経を生かし、すれすれのところで後ろに飛んで回避する事に成功した。拳を突き上げ、


「どうだ見たか! こんなもんーー」


 声高らかに勝利宣言を口にしようとしたが、途中で言葉が途切れる。額になにかがぶつかり、完全に無防備だったルークの体が後ろに倒れた。

 額のど真ん中が裂け、血が流れ落ちる。


「……お前はバカなのか? 土が地面に落ちてから打てば良いだけの話だ。それに、お前は土を見てから動かなければならない。なら、出来るだけ土の動きが小さくなる壁で良い、お前はそれを目で捉えられないからな」


 秘策破れたり。

 一瞬だがどうにかなったと思ったが、呆気なく攻略されてしまった。

 恥ずかしさを誤魔化すように、ルークは額を拭って何事もなかったかのように体を起こした。


「クソ、良い作戦だと思ったのによ」


 やはり、そう簡単にはいかない。

 レリストの時のように使える罠はないし、口八丁で丸め込めるような相手でもない。見えない壁をどうにかして攻略しなければならないのだが、今のルークにはその手立てがない。


 だが、ルークは考えていた。

 現状を打破する作戦を。

 この状況を覆すための一手を。

 一発で良いのだ。近づいて全力で殴る方法を。


 そのためにも、時間は必要だ。

 であれば、なんとかして考えるだけの時間を稼がなければならないのだが……。


「なるほど、俺の力は理解した。新しい記憶との齟齬はない」


 コンコン、と自分の頭を叩き、確かめるようにナタレムは頷く。

 肩を上下させて呼吸するルークに対し、ナタレムは静かな呼吸で、


「今の俺がやれる事は把握した。もう確認は不要だ、本気で殺しに行く」


 ナタレムが動く。

 それよりも早く反応し、腰をかがめて土を掴むーー、



「勝手に終わらせてんじゃねぇぞォォ!!」



 背後からの怒号。反応が、完全に遅れた。

 全てがスローモーションになり、ルークの目にはっきりとそれがうつった。

 振り返ると、そこには跳躍したスリュードがいた。

 血走った赤い瞳でこちらを睨み付け、右腕を振り上げてーー、


「まだ、勝負は終わっちゃいねぇ!」


 動けなかった。防御も、回避も間に合わない。

 なにも出来ない。迫るそれを、ただ見つめる事しか出来ない。


 そしてーー激突した。


 スリュードが腕を振るうと同時に、拳にまとっていた風が竜へと姿を変える。

 真っ直ぐと、ただ真っ直ぐと突き進み、ルークの胴体に直撃した。


 声を上げる事すら叶わない。一瞬の痛みのあとには、もう体が浮かんでいた。

 ナタレムの横を通り過ぎ、何度もバウンドして数メートル先までルークの体は吹っ飛んだ。意識がぐちゃぐちゃになり、かろうじて失う事はなかったが、その分痛みを確かに感じていた。


「まだ負けちゃいねぇ! なに勝手に勝った気になってやがんだ、俺はギブアップなんかしてねぇぞ!」


 肩で風を切りながら、スリュードは足を進める。地面に横たわっているからなのか、スリュードの足音が嫌に大きく聞こえた。

 途切れそうな意識を必死に繋ぎ止め、血へどを吐きながら両腕で体を支える。


「ぐ……テメェ……!」


「別にあれを責める気はねぇ。テメェの口車に乗っちまった俺がわりぃんだしよォ、一瞬とはいえテメェの言葉に納得しちまった。けどよォ、勝負を勝手に終わらせんのはいただけねぇなァ」


「気絶してただろーが……」


「バカ野郎、喧嘩ってのは参ったって言うまで続くんだよ。俺は参ったなんて言ってねぇ、つまり、まだ喧嘩の最中だって事だ!」


 ダン!と一際大きな足音のあと、スリュードが走り出した。

 なんとか立ち上がろうとするが、体が言う事を聞いてくれない。頭を強く打ち、その上何回も回転し、痛みで感覚が麻痺していた。

 その隙に、スリュードが迫る。振り上げた爪先が、腹部に突き刺さった。


「ばッーー!?」


「オラオラどーした! 素手の喧嘩なんだろ、もっと気合い入れてかかって来いやァ!」


 体がくの字に折れ、今度こそ胃液が口から漏れだした。

 スリュードはうずくまるルークの髪を掴み、容赦なく顔面に拳を叩きつける。


「最初の一撃で意識が飛んじまったからよォ、正確には何発やられたかは覚えてねぇ。だから勘でやるぞ、今さらギブアップしてもおせぇかんなァ!」


 拳打の連打があった。

 抵抗する力のないルークの体に、何発も拳が打ち込まれる。腹に、胸に、肩に、顔に、一発も避ける事が出来ず、一発も回避する事が出来ない。

 雨のように降り注ぐ痛みを、歯を食い縛って耐える事しか出来なかった。


 全身をしこたま殴られ、左目は腫れた瞼で塞がっていた。

 頭から、腕から血を流し、息をしているのかすら分からない状態だった。しかし、スリュードは躊躇う事なく拳を振り上げ、動かなくなったルークを投げ捨てた。


「ギブアップか? あぁわりぃ、口の中切れて喋れねぇか」


「……だ…………」


「あ? 聞こえねぇよ」


「まだ、だっつってんだクソ野郎……」


「……テメェ」


 地面に横たわりながらも、ルークはかろうじて動く顔の筋肉を使って笑顔を作った。

 まだ、諦めていない。

 スダボロで、指一つ動かせなくても、まだ生きている。

 だから、まだ負けてない。


 ほんの少し、驚いたように顔を歪めるスリュード。

 そんなスリュードの肩を、ナタレムが叩いた。


「早く殺せ。やらないのなら俺が殺す」


「邪魔すんじゃねぇ、コイツは俺の喧嘩相手だ」


「……分かった。ならば早くかたをつけろ、首の骨を折るだけで殺せる」



 その様子を、二人は見ていた。

 生きているか、死んでいるかも分からない状態のルークを見て、マーシャルは手で顔を覆った。


「助け、ないと……。ルーク君を助けないと!」


「ダメよ」


 走り出そうとしたマーシャルの腕を掴み、レリストは冷静な様子で呟いた。マーシャルは掴まれた腕を振り払い、


「このままじゃルーク君が本当に死んじゃいますよ!」


「そんなの見れば分かる。けど、これが試練なの。ううん、こんなんで苦戦してるようじゃ本当の試練にすらたどり着けない」


「そんなの関係ありません! だって、だって……!」


 瞳に涙をため、マーシャルはレリストに掴みかかった。


 初めから、この結果は見えていた。

 どれだけ強くたって、人間一人が全ての精霊を敵に回して勝てる筈がなかったのだ。加護があるとか、意思の強さとか、そんなのは関係ない。

 一人である以上、勝ち目なんかなかった。


 ーーなのに、なぜ、自分は期待してしまったんだろう。


 そんな考えが、ふとレリストの頭に浮かんだ。

 あの人間の折れない姿を見て、負けを認めたのは間違いない。それでも、精霊に勝てるなんて思ってなかった。

 なのに、なぜ共に行動すると言ったんだろう。


 うつ向くレリストに、マーシャルは叫ぶように言葉を続ける。


「試練なんて関係ないです! 死にそうなんですよ、なんで助けないんですか!」


「…………」


「私が助けに行きます、レリスト様はそこで見ていてください」


 掴んでいた胸ぐらを乱暴に離し、マーシャルは背を向けた。

 行って、なんになると言うのだ。

 精霊は精霊を殺せないというルールがある以上、マーシャルが死ぬ事はない。しかし、死ぬ事がないだけで、あの二人は間違いなくマーシャルを死ぬ間際まで追い込むだろう。


 マーシャルだって、きっとそれは分かっている。

 けれど、彼女は行こうとしていた。


「待ちなさい、そんな事は許さないわよ。私達の役目は勇者君を試すだけ、力を貸すのはルール違反ーー」


「ルールがなんだって言うんですか!」


 何度目だろうか。

 その言葉を言われたのは。


「ルールも、役目も関係ない! なんでそんなものに拘るんですか! なんで自分のやりたい事をやらないんですか!」


「それが、精霊だからよ。私は、そう作られてるから……」


「だったら、私は精霊じゃなくたって良い! ここでルールを犯して、精霊じゃなくなったって良い!」


 この世界でルールを犯せばどうなるか、そんなの精霊であれば誰だって知っている。今まさに目の前にいるナタレムがその結果だ。

 かつての自分を忘れ、まったく違う自分を作られ、まったく違う精霊として生きて行く。

 命を失った訳ではないが、そんなの死ぬのと一緒だ。


 マーシャルだって、そんな事は分かっている。

 でも、


「ルールは、きっと大事なんだと思います。ルールがなくなったら、きっとこの世界は終わっちゃうんだと思います。けど! 私は見過ごせない! 友達を、絶対に見捨てたくない!」


 友達。そんな言葉、一度も使った事はない。

 何千と生きて来て、友達と呼べる存在が一人でもいただろうか。

 ルールを破ってまで、助けたいと思える相手がいただろうか。


 きっと、あれもマーシャル同じ気持ちだったのだろう。

 だからこそ、許せない。

 同じ過ちをーー、


「友達を見捨てるルールなんか、クソ食らえです! 私は私のやりたいようにやる、たとえそれで私が死んだとしても、そこに後悔はないから!」


 ーー後悔があるとすれば、あの時声をかけられなかった事だ。

 もし、なにか一つでも言葉をかけてあげていれば、こんな事にはならなかったのかもしれない。

 あの精霊ーーゼユテルは、間違った道を歩まずに済んだかもしれない。


「レリスト様が、なにに怯えているかは知りません。でも、私は行きます。きっと、ルーク君ならーー私達を変えてくれるから」


「ーーーー」


 なにか、根拠があった訳ではない。

 何度も立ち上がる人間の姿を見て、レリストも同じ事を思っていたのだ。


 あの日、正しい事をした精霊を間違った道に落としたルールを、恨みから道を間違えてしまった精霊を、あの人間なら変えてくれるかもしれない、と。


「……そっか」


 罪滅ぼしがしたかった。

 周りに流されて、あの日なにも言えずにいた自分に罰を与えたかった。

 それは間違っていると言えなかった後悔が、今でも消えてくれなかった。


 でも、まだ間に合うのなら。

 自分ではもう無理でも、あの青年になら。

 全てを、託せるのならーー。



「さて、殺すぞ。お前の負けだ」


 倒れているルークの首を掴み、スリュードは体を持ち上げた。ルークはなんとか腕を動かして抵抗するが、まったく力が入らない。

 へなちょこパンチを何度打ち込んでも、首を絞める握力は弱まらない。


「中々頑張った方じゃねぇのか? アルトは俺のもんだけどな」


「ざけんな、ソラは俺のもんだ。誰にも渡さねぇよカス」


「この状況でもそんな口が叩けんのか。その度胸だけは認めてやるよ」


 次第に、首を絞める力が強まる。

 呼吸が出来なくなり、意識が薄れて行く。

 腕がダラリと垂れ下がり、殴る事も出来ない。


 その時だった。

 氷の礫が、スリュードの腕を弾いたのは。


「ーー!? テメェ、なんのつもりだコラ」


 慌てて手を離したため、ルークの体が落下する。しかし、硬い地面の感触はいつまでたっても訪れない。その代わりに、柔らかく、暖かい腕がルークを包み込んだ。

 見上げると、そこには微笑む女性がいた。


「責任、とってよね」


「お前……手ぇ貸さねぇんじゃねぇのかよ」


「だから、責任とりなさい。勇者君のせいで嫌な事を思い出して、私はこれからバカな事をする」


 満身創痍のルークを地面に寝かせ、レリストはその前に立ち塞がった。

 そして、マーシャルも横にいた。親指を立て、満面の笑みで笑っていた。


「私はこれからルールを破る。多分精霊を敵に回すから、ちゃんと私の事一生かけて守りなさいよ」


「は? んで俺が……」


「勇者君に、かけてみたくなった。他人任せって言われるかもしれないけど、君に全てを託してみたくなったの。だから、こんなところで死なないで。私がーー私達が守るから」


 そう言って、レリストは敵に視線を移す。

 伸ばした人差し指を天に向けて突き上げ、そのまま下ろして敵に突きつける。


「さて、こっからは私が相手になってあげる。私達の希望を、こんなところで殺させやしない」


 精霊と精霊。

 本来戦うべきではない存在同士の戦い。

 長きに渡る後悔、躊躇いを引きちぎり、一人の精霊は初めて自らの意思でルールを破った。


 しかしその顔は、清々しいくらいの笑顔だった。



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