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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
八章 精霊の国
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八章二十六話 『三度目の戦い』



 騎士道もへったくれもない卑怯な行動。

 拳で来いと言っておきながら、一番威力を発揮出来るカウンターのタイミングで炎を放った。

 当然、スリュードは回避する事も出来ず、その顔が大きく後ろに跳ねた。


 もしかしたら、その時点で彼の意識は飛んでいたのかもしれない。

 しかし、そんな事を知らないーー否、徹底的にボコりたいルークは胸ぐらを掴み、のけ反った頭を無理矢理引き寄せた。


「もういっちょォォ!!」


 今度こそ、硬く結んだ拳で顔面を殴り付ける。まったく抵抗する気配のないスリュードの口の端から血が流れ、欠けた歯がこぼれ落ちる。続けてスリュードの首を両手で掴み、頭の位置を固定すると、そのまま自分の額を鼻に叩きつけた。


「ふん!!」


 鼻を潰した嫌な感覚が、額を通って全身に回る。

 血液で額を濡らし、完全に意識を失ったスリュードを乱暴に投げ捨てる。スリュードはピクリとも動く事はなく、白目を向いて沈黙した。


 ルークは、男を見下ろして拳を高く突き上げた。


「俺の勝ちぃ!」


 こうして、二人目の精霊との戦闘は終了した。

 勝者はゲス顔で微笑み、そりゃもう満足げに拳を振り回す。


 そんな勇者を見て、マーシャルとレリストはゴミを見るかのような目でこう言った。


「卑怯だよ」

「卑怯ね」


「うっせぇ! 勝負の世界に卑怯もクソもねぇんだよ! ルールがねぇから喧嘩なの!」


 もっともな感想を口にされ、なぜかルークは激怒していた。

 鬼畜も鬼畜、クズの中のクズ。元々クズという言葉を人間の形にしたような男なのだが、これには女性二人の好感度もだだ下がりである。


 ルークはぐったりとしているスリュードに背を向け、遠くから罵倒を浴びせる二人に駆け寄った。

 達成感に満ちた顔で、


「今回は楽だったわ」


「ねぇ、ルーク君、男と男の勝負とか言っといて、なんとも思わないの?」


「思わねぇ。騙される方がわりぃんだよ」


「確かにそうだけど、いくらなんでも卑怯過ぎるよ。なんだか……スリュード様が可哀想」


「どこが?」


「ルーク君は絶対地獄に落ちると思うよ」


 倒れているスリュードに同情の目を向け、ルークにはとっておきの辛辣を送るマーシャル。しかしルークは気にする様子もなく、本気で勝利を喜んでいた。

 一方、レリストはルークを不思議そうな顔で見ていた。


「……どうやら契約は切れてないみたいね」


「契約?」


「アルトとの契約よ。勇者君、まさか人間の拳で精霊を倒せるとか思ってないわよね?」


「お前を倒した」


「私は自分で負けを認めたの。確かに痛かったけど……」


 思い出すように頬に触れ、それから触れた指先でルークの顔を指差すレリスト。ルークがその指を見つめていると、


「勇者君なら分かるでしょ、魔元帥とあれだけ戦ってたんだから。あれは厳密に言えば精霊じゃないけど、体は私達とまったく同じなの」


「……ん?」


「はぁ、呆れた。でも仕方ないか、ずっとアルトと一緒に戦って来たんだもんね」


 なんのこっちゃ分からない顔をしていると、レリストは向けている指でルークの額を弾いた。

 コホン、とわざとらしく咳をし、


「勇者君はあんまり気にしてないかもだけど、人間じゃ普通に戦っても精霊には勝てない。魔法っていう戦う手段はあるけど、上級の精霊ともなると難しいわ」


「おう。んで?」


「でも、精霊の力があれば話は別。裏を返せば、少しでも精霊の力があれば精霊と戦う事が出来るって事。上級精霊の力ともなればなおさら。ここまで言えば分かるでしょ?」


「ソラと契約してっから、俺にも精霊の力があるって事か? そんで風野郎を倒せたと。……でもアイツに触れてねぇと加護使えねぇんじゃねぇの?」


「大きい力を得る事は出来ないわね。けど、精霊と契約した時点である程度の加護を受ける事は出来るの。前に言われた事ない?」


 確かに、そんなような話をされた記憶があった。魔元帥の一人であるユラから呪いを受けた時、そんな話をされたような気がするーー程度の記憶しかないが、恐らくそれがレリストの言う加護なのだろう。

 ルークは納得するように頷き、


「でもよ、それって普通じゃね? 契約って死ぬまで切れねぇんだろ? 俺まだ死んでねーよ」


「一つだけ、死ぬ意外で契約を無理矢理切る方法がある。それをやってはいないらしいけど……まったく、やるなら徹底的にやりなさいよね。甘いんだから……」


「んだよ、分かるように言えっての」


「ダーメ、不利益になる情報はもらさないって言ったでしょ」


 ボソボソと歯切れの悪い言い方をするレリストの顔を覗きこんだが、肩を押されて突き返された。

 今の会話のどこら辺が不利益になるのかは分からないが、ひとまず考えるのはあとで良いだろう。額についたスリュードの鼻血を拭い、


「うっし、とっとと行こーぜ。今回は怪我しなくて済んだし」


「えっと、スリュード様あのまま放って行くの?」


「たりめーだろ。傷治せる奴いるし、盾もいるし、これ以上増えても邪魔になるだけだ」


  「私が盾役になってる件について異議を申し立てるよ!」


 両手をブンブンと振り回し、ムキィ!と声を上げながらマーシャルは怒っていた。

 しかし実際のところ、共に戦ってくれる純粋な戦力はいた方が良い。とはいえ、スリュードにその役は難しいだろう。戦力としては申し分ないが、いかんせんルークと合わなすぎる。仮に起こして一緒に行動したとしても、速攻殴りあいの喧嘩をする未来しか見えないのだ。

 よって、スリュードは放置。


 ルークが意気揚々と歩き出そうとすると、レリストが落ち着いた声色で言葉を放った。。


「一応言っておくけど、勇者君は私達精霊に力を認めさせないといけないんだからね。あんまり卑怯過ぎるのはオススメしないわよ」


「……あのな、命のやり取りに卑怯もクソもねぇんだよ。死にたくねぇから出来る事を全部やって、どんな手を使ってでも勝つ。正々堂々だのなんだのって、それで死んだら終わりだろーが」


「それは、そうだけど……」


「みっともなくても、惨めでも、卑怯でも、生きてりゃそれで良い。殺しあいってのは、そういうもんだろ」


 ルークがなぜこんなにも躊躇いなく卑怯な手を使うのかーーそれはただ単に生きていたいからだ。もし、先程の戦いでルークが魔道具を使わなかったら、恐らく殺されていただろう。純粋な力比べですら危ういのに、万が一スリュードが力を使って来たとしたらーーそう考えたからこそ、やられる前にやったのだ。


「俺はこれから先もこうやって生きて行く。戦うって決めた以上、生きるために必要な事はなんだってやる。お前らは死ぬのが怖いんだろ? なら、こんくらいしねぇと生き残れねぇぞ」


「分かってるわよ」


 拗ねたように顔を逸らし、頬を膨らませながら鼻を鳴らしたレリスト。

 ただ、この男の場合、たとえ殺しあいでなくても卑怯な手を使うだろう。ちゃんと定められたルールを当たり前のように破り、その上で掴んだ勝利を本気で喜ぶような男だ。

 なので、一概にルークが正しいとは言えないのである。


 ただまぁ、勝ちは勝ちなのだ。

 乗せたルークも悪いし、乗せられたスリュードも悪い。

 結局、戦いなんてのはそういうものなのだろう。


「とっとと行くぞ。また起きて襲って来られても面倒だし」


「次は殺されるわね、問答無用で切り刻まれるわよ」


「次コイツに会う時はソラも一緒だ。ぜってーに負けねぇよ」


「随分と信頼してるのね、アルトの事」


「たりめーだろ。アイツは俺の相棒だ」


 それは、無意識に口から出た言葉だった。

 遅れて自分がなにを言ったのかに気付き、ルークは少し照れくさそうに頬をかいて顔を逸らす。それでも二人がこちらをニヤニヤと笑いながら見て来るので、視線から逃れるように歩き出したのだった。



 それから数分後。


「つか、上級精霊って何人いんの? お前とアイツで二人だろ、これからどんだけ戦えば良いんだよ」


「王を含めて一五人。ただ、全員と戦う必要はないわよ。勇者君一人に全勢力をぶつけて守りが疎かになるのは避けたい筈だし」


「なら意外となんとかなりそうだな」


「てゆーか、そもそも全員と戦う必要なんてないのよ。君は王の元までたどり着けば良いだけなんだし」


「俺は全員殴る」


「はいはい、たまには自分を曲げないと痛い目にあうわよ」


 ハッキリ言っておくが、ルークでは全ての精霊に勝つ事は出来ない。レリストとスリュードはあの手この手でどうにかなったが、全ての精霊に通用する訳ではないのだ。なので、出来るだけ戦闘は避け、絶対に逃れられない戦闘だけを上手く乗り越えて行くーーというのが頭の良いやり方なのだが、勿論ルークの頭にそんな考えはまったくない。


 言ってしまえば、王の元にたどり着くのはおまけで、精霊をぶん殴るというのがルークの大きな目的なのである。

 レリストは視線を前に向け、


「それに言ったでしょ、これはあくまでも前座だって。王の場所まで行って、勇者君は初めて本当の試練を受ける事が出来る。前の、勇者君と同じ試練を」


「前の勇者? ソイツも俺と同じ事やったのか?」


「ここまでまどろっこしいのはなかったわよ。君みたいに王の前で暴れたりしなかったし、今とはまったく状況が違ったからね」


「その試練ってやつを突破したら協力してくれんの?」


「…………」


 そこで、なぜかレリストは黙りこんでしまった。進んでいた足が止まり、ルークとマーシャルは足を揃えてレリストへと目を向ける。


「勇者君の場合、順番がしっちゃかめっちゃかになってるのよね。精霊と契約した状態でここに来るなんて、今までそんな事なかったもん」


「したくてした訳じゃねぇよ。つか、契約とかいまいち分かってねぇし」


「だろうね、勇者君は自分がどんな状態に置かれているかをまったく分かってない。今さら言うのもなんだけだど、本来なら君はここにいるべき人間じゃないから」


「……なんだよそれ、他に来るべき奴がいたって事かよ」


「その通り。私達の、ううん……あれの筋書きだとルーク・ガイトスなんて名前の人間は登場人物ですらないの。けど、君は現れた。まぁ、それもこれもアルトのせいなんだけど」


 不利益になる情報はもらさない、という協定を守っているため、いまいちレリストの言葉を理解しきる事が出来ない。

 ルークは面倒くさそうに眉をよせ、


「魔元帥にも言われたよ、ソラが失敗したってな。その失敗ってなんなんだよ」


「言えない、少なくとも私の口からは」


「言わねぇと殴るぞ」


「脅しても無駄よ、やる時はやる女なんだから」


 止まっていた足を動かし、ルークとマーシャルの間を通過。そこで再び足を止め、『ただ……』と前置きを置いて振り返り、


「一つ言えるのは、ここは力を得るために来る場所なの。でも、勇者君はすでに力をもっている」


「ソラが勝手に俺を選んだだけだろ」


「そう、そこなのよ、一番の問題は」


 人差し指を立て、正解、と言いたげにレリストはルークに迫った。


「勇者君は力を勝ち取った訳じゃない。選ばれて、与えられただけなの。それが理由って訳じゃないけど、だから勇者君の契約は中途半端なの」


「……なんかそれ前にも言われたわ」


「勇者君が引き出してるアルトの力は、本来の力の半分にしかすぎない。良くもまぁそれで今まで戦って来れたわよね、素直に褒めてあげる」


「なんかムカつくな」


 とはいえ、半分と言われてそれほど驚きはしなかった。魔王を封印していたあの場所で、ルークはソラの力の一端を見たからだ。

 あれだけの大きさの洞窟を作り上げ、訳の分からない罠を設置し、挙げ句の果てには数千のゴーレム。封印に力を使う前は、あの力を全て使えていたーーそう考えると、ソラの力の強大さは嫌でも理解出来てしまうのだ。


「勇者君はさ、アルトの力を使ってる時に違和感を感じた事はない?」


「ある。つか、今でもあんぞ。なんつーか、自分じゃない誰かが体の中に入って来る感覚っつーか……」


「意外と感覚は鋭いのね。でも、それで正解よ」


「正解?」


「おっと、言えるのはここまで。あとは自分の力でたどり着きなさい。王に訊けば、認めてもらえば教えてもらえるわ」


 もう少しで知りたい事が聞けるという状況で、レリストはからかうように微笑んで話を終わらせてしまった。喉に小骨がつっかえたような嫌な感覚が残り、ルークは負けじと迫る。


「そこまで言ったんなら最後まで言えよ。どーせ王に聞くんだ、今話しても一緒だろ」


「だーめ、勇者君が負ける可能性だってあるもん。もしそうなったから、契約は強制的に切られる事になるけど」


「言え、なんかムカムカする」


「そうやってモヤモヤしながら悩みなさい。卑怯な手を使った罰よ」


「ざけんな、言いやがれ」


 両手を上げ、『うがぁぁ!』と威嚇しながらレリストに襲いかかった。しかし、レリストはスカートを翻して一回転し、ルークの攻撃を受け流した。そのまま足を挫いて横を通り過ぎ、地面に激突ーー、


「ぶべ!?」


 とはならず、倒れる直前で顔面がなにかに激突した。涙目になりながらぶつかったなにかに目を向けるが、そこにはなにもない。しかし手を前に出すと、確かな感触がある。

 それはルークの四方に張り巡らされており、パントマイムのように空を触っていると、


「勇者君、お客さんよ」


「あ? 客って……そういう事かよ」


 マーシャルの手を引いてレリストが下がる。それを見た瞬間に、ルークは自分の置かれている状況を理解した。

 そして、この見えない壁にも、覚えがあった。


 一人の男が、こちらに歩いて来る。


「……意外と早かったな、ナタレム」


 男の顔を見つめ、ルークが呟く。

 顔はルークの知っているナタレムそのものだが、彼のまとう雰囲気はまったくの別物だ。

 ウザイくらいのフレンドリーさも、飄々とした態度も、見る影もなく消えていた。


「なんとか言えよ、お前記憶失ってんのか?」


「…………」


「なるへそ、会話する気はねぇってか」


 無言のまま、ナタレムはルークへと迫って行く。

 会話するつもりはなく、ただ殺すためだけに来た、とでも言いたげだった。


 であれば、こちらもそのつもりで行くだけだ。

 いくらここへ連れて来てもらった恩義があるとはいえ、ナタレムも精霊なので殴るリストに載っている。


 それになによりも、


「あん時いきなりぶん殴って来たよな、あの一発忘れてねぇぞ」


 やられたらやり返す、それはルークにとってなによりも優先すべき感情なのである。

 四方を壁に囲まれ、逃げ場のない状況。

 その中で、ルークは笑った。


「ソラの記憶を取り戻す前に試しとくか。殴りまくったら記憶が戻るのかをよ!」



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