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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
八章 精霊の国
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八章二十五話 『女を賭けた戦い』



 牛とのかつてない死闘を終えたルークは、ズタボロの状態で寝転んでいた。


「ねぇ、私に勝って牛に負けるってどういう事?」


「うるせぇ、武器もなしに牛に勝てる訳ねぇだろ。あのタックル見たでしょ? 三メートルくらい吹っ飛んだよ俺」


「こんな事のために同行してる訳じゃないんだからね」


「回復アイテムが口答えすんな」


「あとでぶっ飛ばしてやる」


 面倒くさそうに息を吐きながら、ルークの怪我を治すレリスト。ルークを見下ろす目は驚くほどに辛辣で、まるで腐った生物を見るかのようである。


 とりあえず、牛との勝負には負けました。

 予想外の突進力、それに加えて細かい方向転換に翻弄され、触れる事すら出来ずに思いっきりぶっ飛ばされて負けました。

 なので、当然食料はなし。

 雑草生活が確定した瞬間である。


 しかし、ルークは手足をバタつかせ、


「もう雑草飽きた! 味ねぇし、全然旨くねぇもん!」


「雑草に飽きたって言葉初めて聞いたよ。でもそうだよね、流石になにも食べない状態で戦うのは危ないよね」


「肉が食いてぇ」


「私の事食べちゃダメだよ」


「…………」


「なんで無言になるの!」


 マーシャルは冗談のつもりで言ったのだろうが、ルークは彼女の顔を凝視しながら生唾を飲み込んだ。別に美味しそうとは思わない。が、肉を目の前にして生存本能が騒ぎ出してしまったのである。


 レリストはルークの治療を終え、最後に一発腹を殴った。


「そんな事言っても、ここら辺に食べる物なんてないわよ。中心まで行けば多少はあるけど、そもそもそこに行くのが目的だし」


「腹が減って力が出ねぇ。もう歩けないからおんぶ」


「こんな冗談じゃなかったしてあげても良かったけど、今はダメ。ちゃんと自分の足で歩きなさい」


「へいへい、分かりやしたよぉ」


 子供の我が儘をあやすように人差し指を立て、優しい声色でレリストが言った。不満は消えないし、歩くのはちょー面倒なのだが、ルークはわざとらしくため息をついてから体を起こした。


「中心についたらまず飯だ。なによりも飯だ、王様ぶん殴るよりも飯」


「人間って面倒だよね。お腹いっぱいにならないと頑張れないんでしょ?」


「バカいえ、うまいもん食った時の感動知らねぇだろ?」


「それを言われると……私も一応食べた事はあるけど、全然美味しくなかったもん」


「なら今度人間の世界に来いよ。そしたらうまいもんいっぱい食わせてやっから」


 ルークは何の気なしにそう言っても、目的地へと足を踏み出した。レリストもそれに続くが、マーシャルはルークを見つめて足を止めていた。

 僅かに目を伏せ、


「もし、ルーク君が王様のところにたどり着いたら、私も人間の世界に行っても良いのかな……」


「今さらなに言ってんだアホ。良いとか悪いじゃねぇだろ、お前が来てぇなら来い」


「……うん! それじゃ、ルーク君にいっぱい人間の世界を案内してもらうね」


 嬉しそうにはにかみ、握り締めた二つの拳を高く突き上げるマーシャル。彼女にとって人間のいる場所は未知の世界で、冒険とロマンに溢れる希望なのだろう。

 しかし、ルークはここで気付く。

 別にルークは人間の世界について詳しくない。第一、お金がまったくない。


 腕を組み、少し考え、


「まぁ良いか、全部終わったら金貰えんだし」


「武器! 人間の作った武器が見てみたい!」


「おう。知り合いのじじいに専門の奴がいるから合わせてやるよ。ソイツの弟子と仲良くしてろ」


「うん。それじゃあ、約束ね」


 そう言って、マーシャルは左手の小指を出した。

 ルークがその小指を見つめていると、


「人間の世界ではこうやって約束するんでしょ? それで、破ったら針を千本突き刺す」


「後半恐ろしい事になってるねそれ。刺すんじゃなくて飲むんだよ」


「そうなの? 人間って針も食べちゃうんだ」


「うんもう良いわ。説明するの面倒だから」


 口元を押さえて笑いを堪えるレリスト。彼女は人間の世界をある程度見ていたらしいので、そこら辺についての知識はあるのだろう。

 とある姫様よりも世間知らずの女の子を前にし、ルークは呆れながらも小指を絡ませた。


「全部終わったらちゃんと案内してやる。だから、お前も俺にために働けよ」


「約束ね!」


 何度目かの指切りを交わし、ルーク一向は再び歩き出した。



 それから約三時間ほど歩いた。

 太陽も時計もないので詳しい時間は分からないが、腹の減り具合と眠気を考えるに、恐らく人間の世界では夜の時間なのだろう。


「そういや、精霊って寝ねぇの? つか、太陽ねぇのに時間とかどうやって確認すんの?」


「しないわよ。精霊には寿命がないから、時間って概念がないに等しいの。一応眠くはなるけど、皆揃って寝るって習慣はない」


「私は好きな時に寝てるよ。眠くなったら寝て、起きたい時に起きる」


「なんだその素晴らしい生活は。俺も精霊として産まれたかったわ。ニートし放題じゃん」


 寝たい時に寝て、起きたい時に起きる。働かずに好きな事を一日中やって、また次の日も同じ事を繰り返す。それは、ルークの望むニート生活そのものだった。

 レリストは、奥歯を噛み締めて本気で悔しがるルークに目を向け、


「飽きるわよ、すっごく。毎日毎日同じ事を繰り返して、それが何千年も続く。人間みたいに明確な終わりがない分、精霊は必死に生きようとしないの」


「なるへそ、だから戦わねぇのか。今までなんもなく平和に暮らしてたのに、いきなり死ぬかもって気付かされた。それが怖いんだろ」


「……そうね。死に対する恐怖は人間よりも強いわ。当たり前でしょ、誰だって死にたくないに決まってる」


 死という言葉が遥か遠くにあったからこそ、精霊は戦う事から逃げている。死ぬのが当たり前で、だからこそ必死に生きている人間とは違う。

 恐らく、それが人間と精霊との決定的な違いなのだろう。


 死にたくないから戦わないではなく、死にたくないから人間は戦っている。

 ほんの小さな差かもしれないが、それこそが人間の強さなのだ。


 特に、この男は。


「ま、別にそれで良いんじゃねぇの。これからは許さねぇけど」


「勇者君が勝ったら私も戦わないとなのよね……。はぁ、なんで負けを認めたんだろ」


「脅えて逃げるよか、その怖いもんを消しちまった方がはえぇだろ。逃げるのは悪くねぇよ、俺逃げるの好きだし」


「格好いいのか悪いのかどっちなのよ」


「逃げたって、逃げ切れる訳じゃねぇ。いつかは必ず向かいあわないといけない時が来る。なら、先に終わらせちまった方が良いだろ」


 例えば、目の前に嫌いな虫が現れたとしよう。

 この場合、対応は二つにわかれる。

 悲鳴を上げて逃げるタイプか、目の前の驚異を真っ先に排除するタイプ。

 勿論、ルークは後者だ。


 ルークが勇者になったのは、そんな小さな理由でしかない。

 覚悟とか、使命とか。

 そんな立派なものは、なに一つもってはいないのだ。


「お前らにも戦ってもらうかんな。今まで逃げて来たそのツケを払うんだよ」


「分かってる。勇者君が王に認められたら、ちゃーんと言う事訊いてあげる」


「私戦うのは苦手だよ」


「そんなの知らん」


 不安げなマーシャルの言葉を一刀両断した時、辺りに異変が起こった。

 先ほどまでまったくと言って良いほど無風だったのに、突然強い風が吹き始めた。一面に広がる草を揺らし、風はさらに勢いを増して行く。


 最初に足を止めたのはレリストだった。

 辺りを見渡し、静かに呟いた。


「来るわよ、厄介なのが」


 続けてルークとマーシャルが足を止め、レリストの視線の先へと目を向ける。

 こちらに向かって全力疾走している男が見えた。

 逆立った緑の髪、人相の悪い顔つき。その瞳は、ルークだけを睨み付けていた。


「……ったく、だりぃな」


 見覚えのある顔だと気付き、ルークは適当に言葉を吐き捨てた。

 レリストはマーシャルの腕を引き、その場から一歩後退る。


 そして、人相の悪い男がルークの目の前で立ち止まった。


「ようやく見つけたぞコラ」


 ゴキゴキと首の骨を鳴らし、スリュードは嬉しそうに不気味な笑みで口元を満たした。ただ、前回会った時に感じた今にも殴りかかって来そうな気配はない。

 スリュードはレリストに指先を向け、


「とりあえずテメェはあとで一発」


「あのままやってたら勇者君を殺してたでしょ。王の言葉を守らなかったスリュードが悪い」


「るっせぇ、不意討ちで後ろからどつく奴がいるか」


 レリストはルークにチラリと目をやり、やっぱ似てるわぁ、的な目でスリュードを見た。二人の会話はそれで終わり、本題だと言いたげにスリュードは一歩を強く踏み出した。


「とりあえず、もうテメェに用はねぇ。アルトは前のアルトに戻ったしよォ、これで万事解決ってやつだ」


「ならなんで来やがった」


「一応、俺にも面子ってもんがあるからよォ、顔だけ見せに来た。通りたきゃ勝手に通れ」

 

 予想外の事態に、マーシャルとレリストは顔を合わせて驚いたような顔をした。

 これは、ルークにとっても好機である。これから先もズタボロになりながら進まなくてはと思っていた矢先、一番喧嘩が好きそうな相手からのお許しが出た。


 勿論、ここは言葉に甘えて通るべきなのだろう。

 しかし、それではダメだ。

 なぜなら、ルークの目的は王の元にたどり着くだけではないのだから。


 ルークは踏み出し、笑顔を浮かべた。

 いつのも、挑発的な人を小馬鹿にしたような笑顔を。


「なら、テメェの負けだな」


「アァ? なに言ってんだテメェ」


「これは俺とテメェら精霊の勝負だろ。テメェが無償でここを通すって事は、自分から敗北を認めたって事だろーが」


「……ざけんじゃねぇぞクソが。俺がテメェに負ける訳ねぇだろ」


 マーシャルとレリストは同じタイミングで頭を抱え、まったく同じ動作でうつ向いた。恐らく、ルークが通らない事は予想していたのだろう。しかし、まさか挑発するとは……というのが、二人の考えている事だ。


「それともう一つ、ソラは連れて行くぞ」


「もういっぺん言ってみろやカス……!」


「何度でも言ってやるよ。ソラはテメェのものじゃねぇ、俺のものだ」


 ペキペキ、と変な音がスリュードから鳴った。見れば、はち切れそうなほどに額に血管が浮かび上がっている。怒りというか殺意というか、プルプルと震えてもう激おこである。

 だが、ルークは怯まずに言葉を続ける。


「アイツの記憶は必ず取り戻す」


「無理だ、テメェに出来る訳がねぇ」


「やってみなきゃ分かんねぇだろ。それともあれか、またソラが俺の事を思い出すのが怖いのか? そりゃそうだよな、テメェ、ハッキリとフラられてるもんな」


 バキバキ、と変な音がスリュードから鳴った。

 多分、どっかの血管が弾けたのではないだろうか。顔を真っ赤に染め、握り締めた拳からは血が垂れている。

 だが、やはりルークは続ける。


「ソラが選んだのは俺だ。テメェだって聞いてただろ、アイツが俺の事を相棒だって言うのを。相棒の俺が言ってんだ、記憶は戻る。つか戻す」


「ざけんな、アルトはアルトだ。俺の好きなアルトのままで良いんだ、ソラなんて精霊はこの世界には存在しねぇ」


「未練がましい男は嫌われんぞ。ハッキリ言っとく、俺はソラの記憶を取り戻して連れて行く。アイツは、俺の相棒だ」


 プツン、と小さな男がスリュードから鳴った。

 もうどこが切れていてもおかしくはないが、今回のは分かる。堪忍袋のおが切れた音だ。

 スリュードは肩を揺らし、怒号のような笑い声を上げた。


 笑って、笑って、笑って、一瞬にして声が消えた。


「なら、テメェは殺さねぇとなァ。テメェがアルトの記憶を消すってんならよォ、俺の好きな女を奪うってんならよォ、男として黙ってる訳にはいかねぇよな」


 スリュードが地面を踏み鳴らすと同時に、その周りに激しい突風が起こった。栄養満点、貴重な食料である雑誌を根こそぎ吹き飛ばし、風に乗って遥か上空まで上がって行ってしまった。

 ニヤリ、と口角を上げる。笑みではなく、怒りを表して。


「全言撤回だクソ野郎。テメェは今ここで殺す、アルトの元にはぜってぇ行かせねぇ!」


「なら、俺も男らしくテメェからソラをかっさらってやるよ。フラレた上に奪われて、惨めに部屋の隅で泣きながら失恋しやがれ!」


 まぁ、こうなる事は分かっていたが、お互いこれ以上ないほどにやる気に満ちている。

 レリストは下らない争いにため息を吐き、マーシャルの手を引いてさらに下がった。一方、マーシャルは男女の修羅場を前にして楽しそうである。


 二人の男が睨みあい、拳を強く握り締める。

 静かな風が流れーー、


「死ねェェェェェ!!」


 スリュードが腕を振りかぶると同時に巨大な竜巻が出現。その竜巻が生き物のようにうねり、真っ直ぐにルークへと突き進む。

 当然、当たれば死。全身をズタボロに引き裂かれ、肉片一つ残らないだろう。


 しかし、ルークは避けず、王立ちのまま叫んだ。


「ちょっと待てェェェェいぃぃ!!」


 竜巻が、ルークに直撃する寸前で止まった。

 突然告げられたストップに、スリュードは不機嫌そうに首を傾げる。

 ルークは腕を組み、やれやれといった様子で首を振った。


「ダメだ、全然分かっちゃいねぇよテメェは」


「あ? なにが分かってねぇんだよ」


「これは女をかけた男と男の勝負だろーが。だったら、拳と拳で殴りあうのが普通だろ」


 勝手に賭けられたソラのくしゃみが聞こえた気がするが、ルークは堂々たる態度で言葉を放つ。


「なのに、テメェは力を使った。こっちは拳一つで正々堂々と向かって行こうとしてんのに、恥ずかしくねぇのか?」


「…………」


「ソラだって正々堂々戦う男の方が好きだと思うぞ。なんの力もねぇ人間を、力を使って一方的にぶちのめす。そんな卑怯な男を、アイツが選ぶと思うか?」


「そりゃぁ……確かにそうかもな」


 スリュードは振り上げた拳を下ろし、考えるように目を細めた。

 その様子を見て、レリストが小さく『バカ』と呟いた。しかし、その言葉は耳に入らない。


「テメェも男なら、男らしく拳骨でかかって来いや」


「……おう、そうだな。テメェの言う通りだ、アルトが卑怯な男を好む訳がねぇ。テメェを拳でねじ伏せて、初めてアイツの前に立てるってもんだな」


 どうやら、納得してしまったらしい。

 ルークは怪しく口元を歪め、


「うっし、男らしく殴りあいだ。全力でかかって来やがれ」


「おうよ、テメェをぶん殴って勝つ!」


 今度こそ、二人の男は同時に走り出した。

 己の身一つを武器に、圧倒的な力に挑む。


 だが、すでに勝負は決していた。

 当たり前だ。

 このクソ勇者が、正々堂々戦う訳がない。


「おォォォォォォ!!」

「おォォォォォォ!!」


 声高らかに宣言し、ルークは右腕を前に突き出す。

 お互いの拳が顔面に届きそうな距離で、それは放たれた。

 激しく輝いたのは魔道具。

 放たれるのは、強力な炎弾。


 ルークは笑った。

 クソみたいにムカつく笑顔でーー、


「んな訳あるかバーカ!!」


「なんーー!?」


 至近距離で、ルークの放った炎弾がスリュードの顔面に直撃した。



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