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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
八章 精霊の国
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八章二十四話 『始動』



「マーシャルチョォォップ!!」


「ハブッ!?」


 ようやく地上まで上がった瞬間、マーシャルのクロスチョップが喉仏に直撃した。そのまま後ろに倒れ、上がって来た階段を転がり落ちそうになったが、寸前のところでレリストに腕を掴まれた。


「もう、いきなり走り出さないでよね。どこに行ったか分からなくなるし、ようやく会えたと思ったらボロボロだし。ルーク君はもう少し周りの事を考えるべきだと思うの」


「お、お前はもう少し怪我人の事を考えるべきだと思うの」


 腰に手を当てて仁王立ちするマーシャルを見上げ、ルークは半泣きの状態で必死に声を絞り出す。レリストの腕にしがみつきながら、


「つか、良くここが分かったな」


「そりゃ分かるよ、おっきな氷が暴れ回ってるんだもん。心配したんだからね?」


「へいへい。心配かけてすいませんでしたぁ」


「全然気持ちがこもってないよっ」


「まぁまぁ、とりあえず休ませてあげなさい」


 腕をブンブンと振り回して激おこプンプン丸のマーシャル。ルークを庇うようにレリストが手で静止したのだが、怪我を負わせたのは他でもないレリストである。

 階段を登り終え、ふかふかの草ベッドに寝転がる。その瞬間に一気に疲れが押し寄せ、ルークの意識が途切れそうになった。慌てて頭を振り、


「あっぶね、気絶するところだったわ」


「そりゃ、そんだけ頭血ぃ流してたらそうなるわよ。もっと他に方法なかったの?」


「ねぇよ。あれが俺の中での最善だった」


「最善って……今までどんな事してきたのやら」


 やれやれ、といった様子でため息をつきながら、寝転ぶルークの横にレリストが腰を下ろした。それから腕を捲って掌をルークの体に押し当てる。


「多分、こうやって治してあげられるのは今回だけ。ここから先、私みたいな優しい精霊はいないと思いなさい」


「は? なに言ってんだお前」


「なにって、他の精霊はそう簡単にはいかないって事よ」


「そうじゃねぇよ。お前も一緒に来るに決まってんだろ」


 言葉の意味を直ぐに理解する事が出来なかったのか、口を開けて硬直するレリスト。数秒間の無言ののち、


「……行ける訳ないでしょ。私と勇者君はあくまでも敵同士なの、仲良く肩を並べて王の元に乗り込める訳ないじゃない」


「ふざけんな、一緒に来い」


「なんで私がそこまで面倒みなくちゃいけないのよ」


「俺が怪我した時に困るから」


「どこまで自分勝手なの……」


 現状を冷静に考えると、治療を出来る精霊はほしい。たった一人と戦っただけでこの様なので、多分ーーいや間違いなくこの先もっと酷い大怪我をするに決まっている。となると、それが出来るレリストを放っておく理由がないのだ。


 ルークは暖かい光に体を預けながら、


「お前は俺に負けた。自分で負けを認めただろーが」


「確かにそうだけど……」


「人間の世界では敗者が勝者の言う事を聞くってのがルールなんだよ。つまり、お前は今から俺の物な」


「そんなルール聞いた事ないわよ」


「私もないよ」


「うっせぇ、人間の俺が言ってんだから間違いないの」


 適当なルールをでっち上げるが、流石に騙されるほどバカではなかったようだ。敵なのか味方なのか分からない反応をしたマーシャルに威嚇し、改めてレリストの顔を見る。


「とにかく、お前は一緒に来い。俺の力を認めて、完全に敗北したんだ。それくらい当たり前だろ」


「私の役目は勇者君の力を判断する事だけ。その先の事には一切関わるつもりはない」


「ダメだ、来い」


「嫌よ、行かない」


「来い」


「行かない」


「来いって言ってんだろ!」


 まったく言う事を聞く様子がないので、ルークは飛び起きてレリストに襲いかかろうとした。が、首から下、腰から上をかっちかちに氷らされ、冷凍勇者の出来上がりである。


「さ、さぶっ!!」


「無駄な抵抗しないでちょうだい。こうやって治療してるだけでもありがたいと思いなさいよ」


 急激な寒さに襲われ、瞬く間に唇が青ざめた。しかし、ガチガチと歯を鳴らしながらも起き上がり、


「お、お前の役目は俺の力を判断する事だろーが。だったら、これも俺の力だ」


「勇者君の力?」


「敵を味方にする、ち、力! お前は俺を認めたんだろ、それを証明するにはお前が俺の味方になるしかねーんだよ!」


「……確かに、それは一理ある」


「だったら……てゆーか、とりあえず氷溶かしてもらえますかね!? 寒くて死にそうなんだけど!」


 あちこちの感覚がなくなり、危うく凍死しそうになったが、レリストが指を鳴らした瞬間に音をたてて氷が砕け散った。

 こんな時、太陽の光がないのは困りものである。


 流石に凍死はごめんなので、ルークは暴れるのを止めて口でどうにかする事にした。

 すると、横で二人の話を聞いていたマーシャルが口を挟んだ。


「あの、レリスト様。多分こうなったらルーク君は意地でも引かないと思いますよ。一緒に来てくれるまでストーカーすると思います」


「それは……嫌」


「レリスト様はこれから王の元に戻るんですよね? それを追いかけられるのは困るんじゃないですか?」


「ストーカーすんぞ。地の果てまで追いかけてやる」


 言葉の通り、逃げられたとしてもルークは地の果てまで追いかけるつもりだ。この男のしつこさは異常な域まで達しているので、並大抵の足では逃げる事は出来ない。たとえ逃げ延びたとしても、絶対に諦める事はしないだろう。


 レリストは悩むように額に手を当て、なにかを言おうと口を開いた。

 しかし、ルークがその言葉を遮る。


「ルールだから、なんてふざけた事言うんじゃねぇぞ。俺の前で二度とそんな言葉口にすんな、今度はマジで泣くまでぶん殴るぞ」


「なんで、そこまでルールが嫌いなの?」


「ルールが嫌いなんじゃない。自分でなにも選ばねぇ、他人任せに生きてるお前らが嫌いなんだ」


「良く面と向かって嫌いなんて言えるわね」


「好きなもんは好き、嫌いなもんは嫌いって言うようにしてんだよ。俺ってば素直だからさ」


「素直って言うより、他人の事を気にしてないだけだよねそれ」


 横から飛んできたマーシャルの的確な突っ込みを一旦放置し、難しい顔をするレリストを見つめる。悩んでいるのか、ルークと目をあわせようとしていない。しかし、ルークが構わずに無言で凝視していると、レリストが突然大声を出した。


「あぁぁもう! 分かった、分かったわよ! 一緒に行けば良いんでしょ!」


「初めからそう言え。悩むだけ無駄だっつーの」


「ただし、条件がある。私は道案内はしない、戦いにも参加しない、不利益な情報はもらさない! あくまでも私がするのは勇者君の治療だけ。それでも良いならついて行ってあげる」


 頭をかきむしり、自暴自棄にでもなったかのようなレリスト。彼女なりに悩み、ルークと共に行動するのは、精霊にとってはかなり大きな決断なのだろう。

 しかし、ルークにはそんなの関係ないので、


「最初から治療だけで良いって言ってんだろ。それ以上はお前になんも求めてねーよ」


「それはそれで凄くムカつく」


「つー訳で、よろしくな」


 ある程度の治療が終わると、ルークは上体を起こして手を差し出した。レリストはその手を見つめ、悔しそうに唇を噛みしめながら、


「……よ、よろしく」


「ちゃんと働けよ」


「なんで上から目線なのよ」


「だって俺勝ったし、実際上だし」


「認めるんじゃなかった……。はぁ、どんな目にあうか分かったもんじゃないわよ。もし私がピンチになったら助けてよね」


「なんで?」


 爽やかな笑顔でルークが首を傾げると、レリストは清々しい笑顔で微笑み返した。握り締めた手がなんだか冷たくなり、右腕がカチコチに凍りつく。ルークの笑顔が段々と険しくなり、勝者のバカでかい悲鳴が辺りに響き渡ったのだった。



 それから約三十分後、完全に怪我を治し、小休憩を挟んで体力を回復したルーク。

 三人は肩を並べ、再び目的地へと歩き出していた。


「めんどくさ、なんで同じ道歩かなきゃいけねぇんだよ」


「勇者君が勝手に逆走したんでしょ。自業自得よ」


「今度からはちゃんと前もって報告しておいてよね。いきなり走るから本当に逃げたのかと思っちゃったじゃん」


「バーカ、勝つためには逃げるのも重要なんだよ。それに心配すんな、お前を置いて行ったりなんかしねぇから」


 突然真剣な顔になり、ルークはマーシャルを見つめてそう言った。マーシャルは一瞬だけ戸惑うようにあたふたと左右に首を振り、僅かに頬を染める。


「べ、別に置いて行かれるなんて思ってないけど……」


「お前は俺の秘密兵器だからな」


「秘密兵器?」


「おう。精霊は精霊を殺しちゃいけねぇんだろ? なら、いざという時にはお前を盾にすりゃ良い」


 親指を立て、歯をキラリと光らせて微笑むルーク。まぁ分かってはいたが、この男が誰かを心配するなんて事はあり得ないのである。

 マーシャルは肩をプルプルと震わせ、


「も、もう! なんでそうやって!」


「いててて! 引っ張るんじゃねぇ!」


「ルーク君なんて知らないもん! トシ蔵の餌にしちゃうんだからね!」


「洒落になってねぇかんなそれ!」


「だって冗談じゃないもん! トシ蔵はいっつもお腹空かせてるからね!」


 飛びかかって来たマーシャルに頬を引っ張られ、しっちゃかめっちゃかになる二人。トシ蔵の主食がなんなのかは分からないが、見た目だけなら美味しそうに人間をムシャムシャしてそうである。


 緊張感の欠片もない二人を見て、レリストはこめかみを押さえて肩を落とした。


「ねぇ、私が言うのも変だけど、この状況をちゃんと理解してる?」


「精霊全員ぶん殴って塔に乗り込む」


「じゃあ聞くけど、徒歩だとどれくらいの時間かかるか知ってる? このペースだと三日はかかるわよ」


「…………」


 衝撃的な事実に、ルークは頬をつままれながら固まってしまった。今さら遠いとかは言わないが、人間であるルークにとってそれは重大な危機を意味する。

 そう、つまり。


 食料問題だ。


「ふっざけんな! あと三日って、俺三日も草食わねぇといけねぇの!?」


「精霊はお腹減らないなから大丈夫よ」


「大丈夫じゃねぇから! 知ってる!? 戦の前はちゃんと腹ごしらえしないといけないの! どこの世界に戦いの前に雑草食う奴がいんだよ!」


「そこ」


「人を指差すな!」


 唐突に告げられた事実に、ルークの怒りメーターがぶっ壊れてしまったらしい。こちらに向けられたレリストの人差し指を鷲掴みにしーー、


「また冷凍するわよ」


「ごめんなさい」


 静かに人差し指を離し、ルークは前を向く。

 絶望にうち比しがれていると、背中にしがみついていたマーシャルが声を上げた。


「料理すれば良いんじゃない?」


「どうやって。材料ねぇじゃん 」


「食べた事ないから分からないけど、ルーク君だけならへーきだよ。牛ならそこら辺にいると思うから」


「……いやいや、見た目牛でも精霊なんでしょ? 絶対腹壊すって」


 すると、タイミング良く視界の先に牛が現れた。まだこちらに気付いていないのか、呑気に草を食べている。

 無意識に、ルークの喉がなった。


「栄養とかあんのかな?」


「知らないわよ。食べた事ないし、食べようとも思った事ない。人間で言うと、人間を食べるようなものだから」


 そう言われると、あまり食べたいとは思わない。がしかし、目の前にいるのは牛だ。中身はともかく、外見だけならばルークの良く知る牛肉。

 そう、肉。あれは牛で、牛肉でしかない。

 皆大好きなステーキ。ステーキでしかない。

 肉、肉、肉、肉。

 あれは精霊ではなく、ただの肉。


 肉なのだ。肉なのである。

 肉だから、肉なのだ。

 肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉ーー、


「肉ぅぅぅぅぅぅぅ!!!」


 人間の理性がぶっ壊れた瞬間である。

 ルークは雄叫びを上げ、目を点にする二人を置き去りにして駆け出した。


 勇者VS牛。

 かつてない死闘が繰り広げられたとだけ記しておこう。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 とある場所。

 今にも崩れそうなボロ小屋の中に、それはいた。


「さて、どんな気分だ?」


「どんな気分、とはどういう意味だ? 今さら目新しさなんてない」


「自分の体を痛めてまで新しい肉体を作ってやったのにその態度とはな。父親として悲しいよ」


「父親か……。そろそろその呼び方を変えたらどうだ? お前は俺の父親じゃない。そもそも他の精霊とは製造方法が違う。俺はーー」


「セイトゥス、俺は人間を弱いとは思わない。虫けらとはいえ命を奪う事には多少の抵抗がある。だからこれは戒めなんだ」


「本当にそう思うのなら、今すぐにでもこんな事止めるべきだ」


 微笑する男を前にして、セイトゥスは自分の掌を見つめながら言った。彼の表情に変化はないものの、言葉には多少の棘が見られる。いや、不機嫌なのは明らかだった。

 しかし、男は笑みを崩さない。


 ゼユテルーーその男は魔王と呼ばれている。

 その容姿はどこにでもいる平凡な青年で、見た目だけなら年齢は二十前後。圧倒されるような威圧感もなければ、恐れおののくほどの人相でもない。


「今さら親父が止める訳ねぇだろ。思いとどまるくらいなら、初めからこんな事やっちゃいない」


 次に口を開いたのは赤い髪の男だ。

 名前は知っている。顔も、声も、良く知っている男だ。

 ウルス。

 セイトゥスと同様、魔元帥と呼ばれる存在だ。


 ウルスは握り締めた短刀を壁に向けて放り投げ、


「意味があるとないとかじゃねぇって事くらい、お前にだって分かってるだろ」


「俺には関係のない話だ。やりたい奴が勝手にやれば良い」


「関係ねぇ訳ねぇだろ。実際に味わってなくても、俺やお前には記憶がある。親父が受けた痛みの記憶が」


「それが、なんだ」


 確かに、セイトゥスには記憶がある。自分が生まれるよりも前、ゼユテルという精霊がなぜこんな事をするようになってしまったのかーーその全てを知っている。

 しかし、


「俺はお前じゃない。俺は俺だ」


「なるほど……ルークに会って変わったな、セイトゥス」


 ニヤリと口角を上げ、ウルスはそう言った。

 とある青年の名前が出た瞬間、まったく動じていなかったセイトゥスの表情に僅かな変化があった。


「おもしれぇだろ、アイツ」


「あの男は関係ない。元々お前達のやっている事に疑問があっただけだ」


「でも、前はそんな事言わなかったよな。ルークが関係ないにしても、なにかしらの影響を受けたのは間違いない」


「……黙れ、殺すぞ」


「おお怖い怖い。兄弟で喧嘩なんて止そうぜ、親父の前なんだしよ」


 両手を上げ、戦う意思がない事を示すウルス。彼は気付いていないだろうが、その飄々とした態度がセイトゥスをさらに苛つかせていた。


 ゼユテルは鼻を鳴らし、今にも殺しあいを始めそうな二人の間に割って入った。


「セイトゥス、俺は強要するつもりはない。お前に言う事を聞かせたいのなら、初めからそう作れば良いだけの話だからな」


「ならばなぜ、俺達に意思をもたせた。俺はお前の道具に過ぎない筈だ」


「俺はアイツらとは違う。自分が作ったものにはちゃんと愛情を注ぎ、共に生きていきたいと思っている。自分の血肉をわけた存在ならなおさらな」


「だったら俺に構うな。俺はあの男に負け、一度は死んだ。この世界に未練はないし、今さら生きたいとも思わない」


「悲しいなぁ、俺。まさかお前がそんな事を言うとは思わなかったよ」


 わざとらしく顔を隠し、指の隙間からセイトゥスの様子を伺うゼユテル。こちらを覗く赤い瞳に、僅かな恐怖を感じていた。

 ゼユテルは手を広げ、


「まぁ良い、反抗期というのは誰にでもやってくるらしいしな。お前がやりたい事を見つけたのなら、俺はそれを尊重するさ」


「わざとらしいな。その刻が来たら俺を作り直すつもりなんだろう? ……記憶にある、あの王と同じように」


「……俺とあのクソ女を一緒にするな」


 その瞬間だった。


 セイトゥスが、二度目の死を意識したのは。

 一度目のあの時、桃色の少女に殺された瞬間とはまったく別の感情があった。抵抗する意思すら沸かず、ただ訪れる死を受け入れるしかない。


 全てを塗り潰す恐怖。

 指一本動かす事も出来ず、自分は次の瞬間に死をむかえる。

 声は出ない。震える事すら許されない。

 絶望を与える筈の魔元帥が、絶望に飲み込まれた瞬間だった。


 ゼユテルは手を伸ばす。

 次の瞬間、胸の宝石を破壊されたっておかしくはない。

 しかし、彼は笑った。

 笑って、セイトゥスの肩に手を置いた。


「俺は俺だ、お前はお前だ。違う考えをもったのならそれは仕方ない。だがな、俺は自分を曲げるつもりはないぞ。俺の道は一つしかない、あの女を殺して、あの場所までたどり着く」


 止まっていた刻が動き出したかのように、セイトゥスの全身から一気に汗が流れ出した。

 ゼユテルは笑みを崩さず、さらに言葉を続ける。


「もし、間違っていると思うなら止めれば良い。俺はそれを止めはしない、本気で殺しに来ると言うのなら、俺は真正面から受け止めよう。それが、父親としての役目だ」


「……間違っているとは言っていない。お前のやりたい事は、たとえ達成したとしても意味がない。その先にあるは終わりだ」


「だとしても、俺は止まれないんだよ。正しい事をした奴が断罪されるなんて間違っている。俺が、この世界を変えなくちゃいけないんだ」


 強い意思を前にして、セイトゥスは口を閉ざした。

 ゼユテルは、あの青年に似ている。

 たとえ意味なんかなくたって、間違っていたとしても、自分が正しいと思ったから貫く。


 そこに迷いなんかなくて、己の信念のためにただひたすら前だけを向いて進む強さを持っている。

 あの青年と同じだ。


 自分の信じた道だけを進むーーそんな勇気を、この男は持っているのだ。


「セイトゥス、お前はお前の道を行け。気が向いたらで良い、俺の目的のために力を貸してくれ」


 真っ直ぐな目を向けられ、セイトゥスは思わず目を逸らしてしまった。

 その視線の先に、とあるものがうつった。

 いや、ものではない。

 そこに倒れているのは人間だ。

 しかも、セイトゥスはその人間の名前を知っていた。


「……ヴィラン?」


「ん? あぁ、確かそんな名前だったな。メウレスに頼んで死体を運んでもらったんだ。お前の目を通して見ていたが、この人間は中々面白い」


 ヴィラン。

 その男はかつて、セイトゥスと契約を結んだ男の名だ。あの青年と戦っている最中に契約が切れたので、死んだのは分かっていたが……。


 ゼユテルは新しいおもちゃを見つけた子供のように、楽しそうに微笑みながら、


「そろそろ俺も動くべきだと思ったんだ。しかし新しい戦力もほしい、自分の力を過信するほどバカじゃないからな」


「ヴィランを、どうするつもりだ」


「なに、実験だ。上手く行けば新しい兄弟が出来る。いや……厳密に意言えば俺達全員の息子だな」


 不気味に輝く赤い瞳を動かし、ゼユテルはそこら辺に落ちていた汚い布をヴィランの死体に被せた。

 それから近くにあった椅子に腰を下ろし、


「俺達は今、全ての戦力が揃った状態とは言い難い。メウレスがあの調子だからな、アルトの力を受けてもうあの体は限界だ」


「最近見ねぇと思ったらそういう事かよ」


「まぁ、アイツのお眼鏡にかなう体はそうない。デスト、ユラ、ニューソスクス。アイツらは好きにやってる。そしてケレメデ、アイツは人間に捕まったようだが……さして問題ではない。問題はウェロディエだ」


「ウェロディエ? アイツがどうかしたのか?」


「少し野放しにし過ぎた、俺の失態だ。アイツは今、ここにはいない」


 その言葉の意味を、セイトゥスとウルスは直ぐに理解した。この小屋にいるのはヴィランを除いて三人のみ。であれば、『ここ』という言葉が示すのは小屋の事ではない。

 つまり、


「上に行っちまったのか?」


「恐らくな。まったく、あれほど待てと言ったのに。今の俺達では乗り込んだとしても勝ち目はない。そのために地上でこんな面倒な事をしているというのに……」


「連れ戻すんなら行くけどよ、どうする?」


「放っておけ、お前まで死なれると困る。物事には順序がある、それに……俺はもう二度と、あんな腐った場所には行きたくない」


 少し苛立ったように舌を鳴らし、ゼユテルは握り締めた拳を見つめる。それから短く息を吐き、ゆっくりと顔を上げた。


「ウルス、前に言っていたな。その事で頼みたい事がある」


「あ? 別に良いけどよ、なにすんだ?」


「難しい事ではないさ」


 立ち上がり、割れた窓から外を眺める。

 静かな声で、ゼユテルは言った。


「さて、俺達もそろそろ動こうか」




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