二章十一話 『受け入れ難い現実』
盗賊と分かっていながら協力する事にしたティアニーズ。目的はデストという魔元帥を打ち倒す事だが、屋敷内の仲間を全て相手にして勝てると思い上がるほどバカではない。
こちらの戦力は三人。戦うにしろ逃げるにしろ、一旦引いて立て直すのが最善だろう。
しかし、脱出する前にやらねばならない事がある。それは、
「地下に大勢の女性が閉じ込められていると思われます! なのでどうにかして地下に下りる道を探しましょう!」
「バカかお前! この状況で他の奴らを助ける暇なんかあるかよオイ!」
「お頭! 助けましょう! お頭と僕達なら出来ます!」
「あぁもう! 分かったよ、探すぞオイ!」
背後から迫る集団から逃れながら作戦を立てる三人。アンドラは逃げる事にしか興味がないようだったが、アキンの一言でもがきながらも了承した。
通路に置かれている花瓶や棚を倒して道を塞ぎながら、
「良いかよく聞け! 捕まったらその時点で終わりだ。地下への道を探すんだとしてもまずは姿を隠す!」
「どうやってですか!?」
「アキン! 炎と水で爆発を起こして奴らの視界を塞げ! 俺達は吹っ飛ばないように威力抑えめでなオイ!」
「や、やってみます!」
走りながら左右の掌に炎と水を出現させ、アキンはそれを追ってに投げつけた。先頭を走る男の目の前で二つが交わり、爆発音と共に真っ白な煙が通路に吹き荒れる。
若干の熱さに顔をしかめながらも、男達が怯んだ一瞬の隙に全力で曲がり角を曲がり、視界に入った適当な部屋に飛び込んだ。
内側から鍵を閉め、荒ぶる呼吸を落ち着かせようと深呼吸。
「こんな古典的な方法で大丈夫なんですか?」
「弱いと思ってた奴に不意をつかれたら誰だって混乱する。相手が三下なら尚更だぜオイ」
「流石ですお頭! ……っと、声は出さない方が良いですよね」
感激のあまり声を出してしまったアキンだが、慌てて口を両手で塞ぐ。
扉の向こうから怒鳴り声が響き、ドタドタと走り回る音が扉の前を通過。その音が数回続き、嵐が過ぎ去ったようにおさまった。
三人は顔を合わせて息を漏らし、
「ひとまずは安心みたいですね……。ありがとうございます、アンドラさん」
「お、おう。やっと俺の偉大さが分かったみたいだなオイ」
「お頭はいつだって偉大です。僕が一番尊敬する人ですから」
「バ、バカヤロウッ、そんなの当たり前だっての」
おだてられて調子に乗るアンドラを他所に、ティアニーズは部屋の中を物色。どうやら倉庫らしく、木箱に大量の武器が詰められている。その他にも爆弾や魔道具と思われる装飾物、鎧などが立て掛けてある。
視線を巡らせて武器になりそうな物を探していると、奪われたティアニーズの剣と籠手が地面に転がっていた。
籠手を腕にはめ、剣を抱き締めると、
「良かった……ここにあった」
「ん? お前の物か? ……つか、こりゃすげぇ量の武器だな。盗んだ物っぽいが戦争でも始める気かよオイ」
「恐らくそれが奴らの目的かと。前の戦争の続きを始めるつもりなんです。もっとも、見た限りの武器と人員じゃ勝負にならないでしょうけど」
「それでもこれだけ集めてるって事は、何かしらの勝算があるって事じゃねぇのか? オイ」
「相手はあの魔元帥ですから、人間には絶対に負けないという自信があるんでしょう。それより、ここで戦えるだけの武器を集めましょう」
「は? 魔元帥ってあの魔元帥か? んなの勝てる訳ねぇだろオイ! とっととずらかるぞ!」
大量の武器を目にして喜びを見せたアンドラだったが、魔元帥という言葉を聞いた瞬間に顔色が真っ青に変色。アキンは話の流れが分かっていないようで、並べられた武器を眺めて少年らしく目を輝かせている。
手頃なナイフや鎖の感触を確かめ、
「逃げるならどうぞ。助けて頂いただけで十分です。後は私の方でどうにかしますから」
「テメェはどうする気だ? まさか挑むなんてバカな事言わねぇだろうなオイ」
「バカではありません、騎士として人間として当然の行動です。これ以上、魔獣に殺される人を見たくありませんから」
「それをバカだって言ってんだよオイ! 前の戦争じゃ一人も殺せなかったんだろ? 俺やテメェだけで勝てるような相手じゃねぇよオイ!」
アンドラの言葉を無視して着々と準備を進めるティアニーズ。勝ち目が薄い事など分かりきっているが、彼女の意地と歩んで来た道がそれを拒む。
叶わないと分かりきっていても、ティアニーズは逃げる事など出来る筈がないのだ。
「お頭、僕達でその悪い奴をやっつけましょう。僕も怖いし取り柄なんてないけど、お頭が居てくれるなら頑張れます。盗賊勇者であるお頭なら出来ますよ!」
「んな事言ったって、今回は相手が悪すぎるんだよオイ。ありゃ人間が勝てる生物じゃねぇ……」
アキンの言葉でさえも頷く事はせず、アンドラは視線を落として後悔するように頭を抱えた。
重苦しい雰囲気が部屋に蔓延しかけた時、ギィィと何かが擦れる音が響いた。
一瞬にして警戒心が跳ね上がり、三人は部屋の中を見渡す。
その音の正体に気付いたのはティアニーズだった。
アンドラの真下、つまり足元にひかれたカーペットが波打つように動いていた。瞬時に異変を察知し、
「アンドラさん! 下です!」
「え、下……!?」
アンドラが一歩後退った瞬間、カーペットが不自然に浮き上がり剣を振り上げた男が姿を現した。瞬間的に姿を見せた男に驚き、ティアニーズは固まる。剣に手をかけるがこの距離では間に合う訳がなく、呆然と立ち尽くしているアキンも同様だ。
誰もがアンドラの死を覚悟。
恐らく、剣を持った男でさえ確信しているだろう。
しかし、
「俺を殺そうなんざ百年はえぇんだよオイ!」
男の剣を避け、一気に懐へ潜り込むアンドラ。そのまま腰の後ろへと手を回して持ち上げると、全力で男を後頭部から床に叩きつけた。
受け身もとれず、モロに頭を打ち付けた男は沈黙。
その早業に驚いているのは、他でもないアンドラだった。
「あ……っぶねぇなオイ。マジで死ぬかと思ったぞオイ!」
「お、お頭凄いです! 不意打ちを避けて達人のような振る舞い……僕感動しました!」
遅れてアンドラに駆け寄るアキンは、まぶしいほどに目が輝いている。
ティアニーズは二人を見て胸を撫で下ろすと同時に、アンドラの意外な身体能力の高さに驚きながら一歩を踏み出す。が、
「ーーーー!?」
ベキベキ!と今度は何かが壊れる音が響いた。
それと同時に三人の立っている床が崩壊。武器もろとも吸い込まれるように三人の体は浮遊感に包まれて落下を始めた。
どうやら元々ボロかったらしく、アンドラの一撃が崩壊の手助けをしたようだ。
空中でもがきながら体勢を整えて足からの着地に成功。頭上から降り注ぐ刃物の山から逃げるように前方へと全力でダイブし、地面に突き刺さる剣を見てティアニーズは体を震わせた。
足から広がる痺れに悶絶していると、
「いきなりなんだオイ! アキン、無事か!?」
「は、はい! なんとか無事です! 騎士さんは大丈夫ですか!?」
「大丈夫です! お二人も無事でなによりです」
それぞれが生存を確認し、立ち上がると声の方へと足を運ぶ。奇跡的に全員が無傷だったが、それを喜ぶ暇もなく視界に入った光景に目を見開いた。
「これは……」
「おうおう、俺が言えたもんじゃねぇが……酷い事しやがるぜオイ」
頑丈そうな鉄の檻に閉じ込められ、服と呼べるかすら怪しい布をまとう十数人の女性が居た。食事もまともに与えられていないのか、痩せこけて生気のない表情を浮かべて。
流石のアキンでも分かったらしく、
「この人達が……奴隷として売られる……」
子供にとって、この光景は到底受け入れられるものではない。尊厳も人権もあったもんじゃなく、ただの道具としてしか扱われない人間がこの世界に存在するなんて。
ティアニーズはアキンの背中に触れ、出来るだけ平然を装うと、
「貴方は見ない方が良いです。アンドラさん、牢屋の鍵を開けられますか?」
「……今回だけだ。アキンにこれを見せ続けるのは俺としても望むところじゃねぇからなオイ」
盗賊として今まで生きてきた事もあり、アンドラは顔色一つ変えずに鉄の檻へと近づく。
ティアニーズも少女だが騎士団に所属しているという事もあり、これに近い光景は見たことがある。それでも慣れる事は出来ないが、目を逸らさずに倒れている女性に優しく声をかけた。
「もう大丈夫、私は騎士団の者です。貴女達を助けに来ましたよ」
「助け……? 私達……ここから出られるの?」
「はい。家族や友人の元に帰って良いんです、もう泣く必要なんてありません」
彼女達にはティアニーズがどう見えているのかは分からない。けれど、女性の瞳に浮かぶ涙が答えだろう。
だから目を逸らす事は出来ない。
大丈夫だと、もう心配ないと、そう言ってあげる義務があるのだから。
アンドラが鍵を開けると、よろけながらも次々と女性達が牢屋から足を踏み出す。立つ事が困難な人もいれば、片方の目が潰れている人もいる。互いに支えあいながら陵辱にまみれた世界から抜け出した。
アンドラは震えるアキンの肩に触れ、
「おうガキ、これをやってんのは魔元帥なんだよなオイ?」
「ティアニーズです。はい、多分富裕層に売り付けて戦力を強化するつもりだったんでしょう」
「そうか……俺の大事な弟子に嫌なもん見せやがって……」
アンドラは考えるようにうつむき、涙を流すアキンの横顔を見て意を決したように顔を上げる。
「魔元帥を殺すんだろ? 俺にも手伝わせろやオイ」
「良いんですか? あれだけ怖がっていたのに」
「怖くなんかねぇ。俺はいずれ世界に名を轟かせる盗賊勇者だぞオイ。その手始めには丁度良いぜ」
理由はどうあれ、子供にこんな世界を見せた魔元帥に怒りを露にしている。
それはティアニーズも同じだ。
父親を殺し、人間を道具として扱い、再び戦争を起こそうと目論んでいる。そんな奴を許せる筈がない。
許して良い筈がないのだ。
「分かりました、お願いします」
小さく頷き、熱く燃える怒りを瞳に宿しながらそう答えた。