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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
八章 精霊の国
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八章二十三話 『人間のやり方』



 遮蔽物はほぼなし。戦うための手段はあるものの、今後の事を考えれば出来るだけ温存しておきたい。レリストは遠距離を主体としており、近付かなければダメージを与える事は出来ない。

 その時点で、ある程度の方針は決まっていた。


 大きな問題となったのは二つ。

 一つ目は、レリストが近付いてくれるかどうかだ。

 ルークの力を警戒し、なおかつ自分の力を過信してないとなれば、とどめの一撃も遠距離からーーという可能性があったが、こちらは彼女の性格もあり、特に誘導する苦労もなく成功した。


 そして二つ目は、目的地までどうやってレリストを誘導するか。

 レリストの目的はルークの殺害。しかし、待っていれば必ず来ると分かっている以上、ただ逃げるだけでは意味がない。

 だから、自分の体を犠牲にした。


 致命的な外傷を避け、ダメージを最小限に抑えつつ逃げまくる。この先の事を考えれば無傷での突破が一番好ましいが、そこまで現実は甘くない。

 これがルークの考える最善。


 とはいえ、既に満身創痍と言っても過言ではない状態まで追い込まれていた。加護のない状態では、ルークの体は普通の人間とまったく変わらない。

 しかし。

 それでもこの方法を選んだのは、絶対に殴りたいというイカれた願いがあったからだ。


 そしてーー、


「これがーー人間の力じゃぁぁぁ!!」


 強く握り締めた拳を前に突き出し、レリストの顔面に渾身の右ストレートを叩き込んだ。完全にいひょうをついた一撃を回避する事は叶わず、レリストの体は大きく吹っ飛ぶ。

 そこで、終わらない。


「まだ、まだァ!」


 レリストの体が地面に落ちるより早く、ルークは強く一歩を踏み出した。そのまま宙に浮くレリストの首を鷲掴みにし、地面に叩きつける。のし掛かり、両足で二本の腕を踏みつけて固定し、


「……あ? テメェ、宝石どこだよ」


 そこで、とある異変に気付いた。

 思えば、初対面の時から胸元がザックリと開いている服を着ていた気もするが、彼女の胸にはある筈の宝石がない。

 宝石を探そうと首を掴んでいた手を一旦離し、女性の体をまさぐっていると、


「ちょっと、女の子の体をそんなに触らないでくれる?」


 口角から血を流し、髪を乱したレリストが呆れたように呟いた。ルークの顔を見上げ、痛そうに眉間にシワを寄せる。


「んだよ、精霊って全員胸に宝石あんじゃねぇのかよ」


「そんな訳ないでしょ。てゆーか、弱点を誰でも見える場所に晒してるとでも思ってたの?」


「いや、だってソラの胸にあったし。魔元帥の奴らも胸にあったし」


「作った精霊がそうしただけ。作られた側の意思で変える事は出来ないけど……ともかく、私の宝石は胸じゃなくてお腹」


「早く言えっての」


 言われた通りに服を捲ると、レリストのへその上の辺りに赤色の宝石が埋め込まれていた。白く透き通るような裸に思わず生唾を飲み込んだが、ルークは頭を振って邪念を払う。

 指先で宝石を叩き、


「これで俺の勝ちだ。ぶっ壊せなくたってヒビ入れる事くらいは出来んだろ」


「殺さないの?」


「殺す訳ねーだろ。死んで終わり、なんて簡単な結末で許されるとでも思ってんのか。テメェも大事な戦力の一人なんだよ」


「……勇者君ってさ、デリカシーとかは皆無だし、殺そうとした相手を生かすし……変わってるわね」


「変わってねぇ、これが俺の普通だ」


 抵抗する気配もなく、彼女はされるがままに押さえ付けられていた。その表情には敵意や戦意などはなく、とはいえギブアップをした人間の顔という訳でもなかった。

 レリストは顔を横に向け、口にたまっていた血を吐き出すと、


「聞きたいんだけど、最初からこれを狙ってたの?」


「真正面から普通に戦ったって勝てる見込みがねぇ事くらい俺にだって分かってた。そもそも、この勝負で重要なのは俺がテメェを殴る……じゃなくて、力を認めさせる事だろ」


 ルークはなにも、精霊を殺したい訳ではない。むしろその逆で、生きてもらわなければ困るのだ。

 何度も言うが、死んでおしまい、なんて生易しい展開をこの男は絶対に認めない。あの桃色の髪の少女と同様に、一生をかけて罪を悔いながら苦しんで生きる事をルークは望んでいるのだ。


 だから、ルークは基本的には命を奪わない。

 レリストは貴重な戦力なのだから。


「力の認めさせ方なんか知らねぇからよ、とりあえずぶん殴る事にした」


「たった一発殴るだけのために、そこまでボロボロになったって言うの? やった私が言うのも変だけど、勇者君、イカれてるよ」


「無傷で勝てるなんて思っちゃいねぇよ。テメェが思ってるよりこっは修羅場潜って来てんだ、ボロボロになる覚悟なんざとっくに出来てるっつーの」


「でも、それだけ怪我してたったの一発。悪いけど、こんなんじゃ君を認める事は出来ないわよ」


 ルークを見るレリストの瞳には、確固たる意志が宿っていた。

 ルークは僅かに微笑み、


「なら、テメェが俺を認めるまで殴り続ける。テメェが参りましたって言うまで拳を振り下ろす」


「一応女の子なんだけどな」


「関係ねぇ。男も女も、子供も老人も、精霊も魔元帥も、神様だろうが俺の邪魔すんならぶん殴る」


「神様、か。大きく出たもんね」


 一瞬、レリストはきょとんとした表情を浮かべ、ルークの言葉を疑うような目をしたが、直ぐに堪えきれなくなったように吹き出した。

 押さえ付けられながら肩を揺らし、


「本当に、そんな事出来るの?」


「あ?」


「神様を殴るってやつよ。知ってるかもしれないけど神様は実在する。勇者君は、殴れるの?」


「たりめーだろ」


 ルークは即答した。

 いまいち神様という存在がどんなものなのか想像出来ないが、仮に目の前に現れたとしたらルークは迷わず殴るだろう。そこに躊躇いなんてない。この男は誰が相手だろうが、決して自分を曲げる事はしないのだから。


 レリストは静かに息を飲み、


「そ。……じゃあ、これから一つお願いをする。勇者君がその望みを叶えられたなら、私は君を認めてあげる」


「なにがお願いだ、テメェ自分の立場分かってんのかよ」


「分かってるわよ。君を審査する立場」


「とりあえずもう一発殴らせろ」


 右手でレリストの頬を軽く叩き、ルークは固定していた足を退けて立ち上がった。

 服についた土を適当に払い、レリストは両手を広げる。それから小さく笑みを浮かべると、


「私を殺しなさい。そしたら、君を認めてあげる」


「……は?」


 訳が分からずに首を傾げていると、レリストは広げた手で服を捲って腹を出した。抵抗する素振りはなく、むしろそれを望んでいるようにも見えた。


「宝石を壊せば私は死ぬ。多分だけど、君のその腕の道具ならそれが出来る」


「なに言ってやがんだテメェ。さっき殺さねぇって言っただろ」


「だから殺してって言ったの。勇者君はどうあっても自分を曲げない、それが君の本当の強さだと思うし、多少なりとも尊敬するわ。でも、だからこそ試す価値がある」


「……マジで言ってんのかよ」


「君が先に進むには私を殺すしかない。けど、私を殺すって事は自分を曲げる事になる。多分、それって君が一番嫌な負け方でしょ?」


 どうやら、ルークは勘違いしていたらしい。レリストは精霊の中でも常識があり、正常な精神の持ち主と思っていたが、十分過ぎるほどにひねくれていた。

 やはり精霊とは、クソみたいな奴らの集まりのようである。


 ルークは舌を鳴らし、不機嫌丸出しで、


「死んだらどうやって認めんだよ」


「私が死ぬと王にそれが伝わる。てゆーか、今もこの状況を見てると思うし。だから心配しなくてもズルはしないわよ」


「テメェ、性格歪んでんな」


「勇者君には負けるよ」


 言うまでもなく、これは最悪の状況だ。

 殺す事自体に抵抗はないものの、レリストは魔王と戦うための貴重な戦力だ。それを一人失う、なおかつ王がこれを見ているという事は、精霊を殺したい人間として認識されるという事だ。

 どちらを選んだとしても、最悪の結果になる事間違いなし。


 レリストは表情を変えず、あっけらかんとした様子で言った。


「君は負ける。どんな選択肢を選んだとしても、必ず負ける。さぁ、選びなさい。私を殺して負けるか、私を殺さずに負けるか」


 恐らく、レリストはここから一歩も動かないだろう。一分一秒でも無駄にしたくないこの状況、これから先どれだけ時間を使うか分からない現実、悩んでいる暇なんてなかった。


 レリストは勝利を確信しているのだろう。

 なにを選んでも、どの道を歩いたとしても、間違いなくルークは負ける。もしかしたら、初めからそれが狙いだったのかもしれない。

 であれば、ルークは初めから負けていたのだ。

 力の差ではなく、もっと根底にあるものに。


「…………」


 だが、レリストはーー精霊は一つ見誤っていた。

 この人間がとてつもなくひねくれていて、バカみたいな負けず嫌いだという事を。


 ルークは息を飲み、鼻息を勢い良く吹き出して言った。


「俺は殺さねぇ。けど、この先に進む」


 レリストは口を大きく開けて固まった。子供のわがままのような発言を聞き、しかもそれを正解のようにドヤ顔で述べる人間。

 止まっていた時間が動きだし、レリストは手を振り回した。


「そ、そんなの無理に決まってるでしょっ。私が言った方法以外にここを通る手段はないの!」


「勝手に決めんじゃねぇよ」


「私が審査する側なんだから決めて当然でしょ!」


「んなの知るかボケ。俺は誰かに指図されんのが大っ嫌いなんだよ。よって、テメェに従う理由はない!」


「ひねくれてるって言うより、そんなのただわがままなだけじゃない!」


 両手を使って大きなばってんを作り、断固拒否の姿勢を示すルーク。流石にこれは予想外だったのか、レリストはあたふたとしながら土を蹴飛ばした。

 蹴った土がルークの足に当たり、


「テメ、審判のくせに選手に攻撃してんじゃねぇよ! ずりぃぞ!」


「今さらなに言ってんのよ! そこまで追い込んだの私ね!」


「審判ってのは選手を見守る奴らの事を言うんですぅ! つまりテメェに審判の資格はない!」


「だから! そんなの! 今さらでしょ!」


 肩を激しく上下に揺らし、レリストは息を切らして叫ぶ。完全にルークのペースになってしまい、手の打ちようがないところまで来てしまっていた。

 こうなってしまっては、この男は止まらない。


「大体、なんで俺がテメェらに評価されなきゃならねぇんだよ! こっちはわざわざここまで来てやったんだぞ!」


「は、はァ!? 手を貸してほしいって言ったのは君でしょ!」


「テメェらは人間に手を貸す義務があるっつってんだよ! なーにが力を証明しろだ、んなの抜きにして貸しますくらい言え!」


「力を貸したら私達が死ぬかもしれないの! 力を貸す価値があるかどうか試すのは、普通の事でしょ!」


「こっちはこれまで散々死にかけて来てんだよ! テメェらも同じ思いして当然だろ!」


「そ、それは勇者君が選んでやった事であって、文句言われる筋合いはないわよ!」


「んなの知らん!」


 伝家の宝刀『知らん』が飛び出したところで、レリストは荒ぶった髪の毛を手で整える。それから自分を落ち着かせるように胸に手を当て、


「残念だけど、君の答えは不正解。君がどれだけ屁理屈を積み重ねたところで、私は絶対に認めないわよ」


「なら俺は勝手に進む」


「行ったたとしても話なんて聞いてくれない。君は私を殺すしかーー」


「テメェが俺の道を決めんじゃねぇよ」


 冷静さを取り戻したレリストの発言を、ルークの静かな声がねじ伏せた。一歩踏み出し、反射的に下がろうとしたレリストに顔を寄せ、


「それしか方法がない? ふざけんじゃねぇ、んなのテメェが勝手に決めた事だろーが」


「当たり前でしょ。それが私の役割だもの」


「俺はテメェの言う事なんかぜってーに聞かねぇ。ハッキリ言っとくぞ、立場が上だと思ってんなら大間違いだ」


 ルークはあくまでも試される立場でしかない。自分の力を証明し、力を貸す価値があるかを精霊に示すーーそして、それを判断するのは勿論精霊側だ。


 しかし、それがなんだと言うのだ。

 そもそもだが、なぜ人間が下手に出なくちゃいけないのだ。精霊のせいで多くの人間が死に、ここにいる青年はやりたくもない事をやるはめになってしまった。

 被害者は人間で、加害者が精霊。

 ならば、言う事を聞く必要なんか一つもない。


「俺は俺のやり方であの場所まで行く。認めさせるとかんなのどうだって良い。元々テメェら精霊を全員殴るって決めてんだ、王の言う事なんか知るかよ」


「ここでは王がルールなの。君は精霊じゃないけど、王が示した道以外に正解はーー」


「テメェらみてぇにルールに従って、一つの道しかねぇと思うほど人間は弱かねぇんだよ」


 レリストの肩を掴み、力付くで乱暴に壁に押し付けた。

 目を見開くレリストに、ルークはさらに言葉を続ける。


「なんで正解が一つしかねぇんだよ。テメェらの狭い視野で物事を勝手に決めてんじゃねぇ。だからテメェらは失敗したんだろ、ルールなんてくだらねぇもんに縛られて」


「…………」


「俺は精霊とは違う、人間なんだよ。言っただろ、人間の力を見せてやるって」


 完全に言い返す力を失ったレリストに顔を寄せる。唇が触れあいそうな距離で、ルークは言った。


「これが、テメェら精霊にない強さだ。自分の道は自分で決める、与えられた道だけを歩いてっからテメェらは弱いんだよ」


 なにがあって、ゼユテルという精霊が魔王になったのかは知らない。しかし、一つだけ分かる事があった。

 初めて魔王に会った時に感じた、自分に近いもの。

 もし仮にルークが精霊で、こんながんじがらめの世界にいたとしたら、グレるのだって理解出来てしまう。


 そして、それを罪だと切り捨て、誰も助けようとはしなかった。

 ゼユテルが悪くないとは言わない。が、その責任は精霊ーーいや、この世界にある。


「俺は俺の信じた道だけを行く。テメェらのルールなんざ知ったこっちゃねぇんだよ」


 結局、この男は人に指図されるのが嫌いなだけなのだ。人に決められ、それかしかない人生なんてきっとつまらない。

 だから、ルークは真っ直ぐに進む。


 それが、この男の勇気だから。


「俺はテメェに従わねぇ。他の方法を意地でも探して王の元までたどり着く」


 黙りこんでしまったレリストに背を向け、ルークはその場から立ち去ろうとする。その背後で、大きなため息が聞こえた。振り返ると、レリストが壁に背中を擦りながら、ズルズルと音を立ててしゃがみこむ瞬間だった。


「負け。私の負けよ」


「は?」


「だから、負けって言ったの。そうよ、私が人間の力を見せてみろって言ったのよね」


 崩れた天井から見える空を眺め、レリストは疲れたように笑っていた。その表情に戦う意思はなく、清々しささえ感じられた。


「んだよいきなり。さっきまで意地はってただろ」


「勇者君にだけは言われたくない。でも……しょうがないでしょ、負けたって思っちゃったんだから」


 大きなため息をこぼし、それから立ち上がるレリスト。尻についた土を払いのけ、その際に吸い込んだ土にむせながら、ルークの元へと歩みを進める。目の前で立ち止まり、


「勇者君、君の勝ち。君は見事私に人間の力を証明してみせました、おめでとう」


「なにがおめでとうだよ、いきなり気持ちわりぃな」


「なんでそうやって辛辣な言葉を使うかな。勝ったんだからありがとうくらい言いなさいよ」


「勝った奴が負けた奴になんでお礼言うんだよ」


「……はいはい、ごめんなさい。勇者君ってやっぱひねてくれてる」


 かわいた笑い声を上げ、むすっとした表情のルークの肩を叩くレリスト。

 とはいえ、どうやら勝ってしまったらしい。なぜ勝ったのか分からず、頭の上にいくつものはてなを浮かばせていると、


「精霊ってね、本当は弱いの。決められた道だけをただ歩くだけ。前になにがあるか分かってるから、楽しくないから皆うつ向いてる。それも全部、自分が消えるのが怖いから」


「つまんねぇ人生だな。クソみてぇになげぇのに」


「ほんと、勇者君の言う通り。でも、だから分かった。きっと人間は前を向いて歩いているのよね、なにが起きるか分からないから、なにが起きても良いようにしっかりと目を開けて」


 決められた道だけを歩くのは、きっと簡単なのだろう。自分のやる事に疑問をもたず、たとえなにか起きたとしても責任を擦り付ける事だって出来る。けど、きっとそれは偽物だ。

 そんな人生、楽しくないに決まっている。


「そりゃ、人間が強い訳ね。全ての責任は自分にあって、それを乗り越えるのも自分の力。……それが、勇気なのかな。人間にあって精霊にないもの……少しだけど、分かった気がする」


「そうかよ」


 ぶっきらぼうに答えるルークに、レリストは優しく微笑みかけた。

 すると、崩れた天井の上ーー地上から遅れてやって来たマーシャルが顔を覗かせ、


「おーい、ルーク君! だいじょーぶー!?」


「へーきへーき」


「頭から血出てるよー!?」


 なぜか怪我している本人よりも慌てており、足を滑らせて落ちそうになっていた。

 ルークは上を指差し、


「んじゃ頼むわ」


「頼むって、なにを?」


「上がるんだよ。こんなのよじ登れねぇし」


「……も、もしかして登る事考えてなかったの?」


 なにも言わず、ルークは顔を逸らした。

 まぁお察しの通り、登る方法なんて考えている筈がないのである。

 レリストは肩を落とし、呆れを通り越して可哀想な人を見るような目になった。


「一応、さっきまで勇者君の事を殺そうとしてたんだけど」


「さっきはさっき、今は今」


 そう言って、急かすように両手でレリストの背中を押す。と、その瞬間、開いた左の拳から砂が落ちた。


「……なにそれ」


「目眩まし」


「……それ、私に使おうとしてたの?」


「おう。お前以外に誰に使うんだよ」


「考えるべき後先のベクトルが違うと思う」


 こんな奴に負けたのか、と言いたげに涙を流し、嫌々ながらも氷で上に上がるための階段を生成するレリスト。

 フラフラとよろめきながら階段に足をかけたところで、レリストがルークに手を伸ばした。


「こんなところで倒れないでよね。私は勇者君に託したんだから。まだまだ先は長いわよ」


「誰のせいでこうなったと思ってんだ」


「治してあげるから文句言わないの」


「え、マジで? サンキュー」


 先ほどまで殺しあいをしていたのにも関わらず、ルークはなんの躊躇いもなくお礼を口にした。

 そんなルークを見て笑いながら、レリストは肩を貸す。


「頑張りなさいよ。負けたらしょうちしないから」


「負けねぇよ」


「アルトの事、お願いね。多分、勇者君じゃないと無理だから」


「ソラの記憶は取り戻す。お前ら精霊はぶん殴る。んでそのあとで、たっぷり働かせてやるよ」


「はいはい。敗者は勝者に従いますよ」


 ボロボロの勝者。

 ほぼ無傷の敗者。


 二人は笑いながら肩を貸しあい、ゆっくりと階段を登るのだった。



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