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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
八章 精霊の国
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八章二十一話 『殴るべき相手』



「ルーク君はさ、どうしてそこまで一生懸命なの?」


「は? いきなりなんだよ」


「ずっと気になってたの。人間の世界の事を聞いて、ルーク君達が精霊の協力を得るために来たっていう事は分かった。でも、ルーク君は誰かのために頑張れる人じゃないでしょ?」


 突然そんな事を言われ、ルークは不服そうに唇を尖らせた。ただ、紛れもない事実である。この男は生まれてから今日までーーいやこれから先も他人のために頑張る事はしないだろう。


「俺自身のためだ。とっとと魔王をぶっ殺して、俺は平和に平凡に暮らしてぇんだよ」


「平和って……そんな事のために命かけてるの?」


「そうだよ、そんな事のためにこちとら命はって戦ってんだ」


 平和、という言葉はとても曖昧だ。

 争いのない世界、涙のない世界、笑顔だけの世界。多くの人間は、そんな幸福な世界を想像するのかもしれない。しかし、ルークは違う。

 ルークの描く平和とは、


「可もなく不可もなく、幸福も不幸も半々で良い。美人の嫁も、一緒に出掛ける友達も、別にそんなもん欲しかねぇんだ。ただ、普通で良い。平凡に暮らしてぇんだよ」


「ますます分からないよ。普通の生活が欲しいから戦うって、普通の人は言わないと思うよ。人間の世界にだって戦ってくれる人はいるんでしょ? その人達に任せちゃえば良いじゃん」


「最初は、俺もそう思ってた。俺なんかよりもつえぇ奴は沢山いるし、そういう奴らに任せとけば良いって。でも、世の中そんなに上手く出来てなかったんだわ」


 精霊の力がなければ、ルークなんてちょっと喧嘩の強い一般人程度の実力しかない。当然、魔元帥や魔王なんて訳の分からない存在と戦う器でもない。ましてや、勇者なんて皆から称えられる存在でも。

 けど、それでもルークは選んだ。


「俺がどれだけ逃げたってアイツらは俺の側に来る。運命とか、んなもん信じちゃいねぇけどよ、こればっかりはどうにもならなかったんだ」


「……だから、戦ってるの?」


「その方がはえぇだろ? 面倒だからって逃げてるよか、自分の手で全部終わらせちまった方がよ。だから俺は戦ってる、こんなところまで来てな」


「辛くなったりしないの?」


 いつものようにやる気のない顔で前を向いて歩いていると、突然マーシャルが視界に割り込んで来た。

 ため息、そしてマーシャルの額にデコピンをかまし、


「辛いに決まってんだろバーカ。毎回毎回死にかけて……つか、多分何回か心臓止まった事だってある」


「私だったら、途中で投げ出しちゃうと思う。元々喧嘩とか苦手だし、私は争いなんて知らない世界で……ううん、ほとんどの精霊はそうだよ」


「逃げたくねぇんだよ。自分の選んだ道を、半端なまま投げ出したくねぇんだ」


 この男は、その場その場で言っている事も行動も百八十度変わる。数分前まで声高らかに宣言していた事を平気で撤回するし、自分に特があるのならさっきまで殴りあっていた相手の仲間にだってなるだろう。適当だし、後先考えないし、平気で他人に暴力を振るうし、当たり前のように人を裏切るし、困ってても助けないし、直ぐキレし……ともかく、人間として立派とは言い難いだろう。


 しかし、そんなクズでも、譲れないものがあった。

 自分の信じた道を、自分が正しいと思った事を、誰になにを言われようと貫く事だ。


「これは俺が決めた事だ。そりゃ、やりたくねぇって今でも思うし、戻れんなら時間を巻き戻してこうならねぇようにありとあらゆる手を使う。けど、それは無理だからよ。ここまで来ちまった以上、俺は俺を曲げたくねぇんだ」


 違う道があったのなら、今からでも違う道を歩く事が出来るのなら、ルークは迷わずそちらを選ぶだろう。口でいくら言っても嫌なものは嫌だし、やりたくない事はやりたくないのだ。

 けど、もう戻る事は出来ない。

 今さら戦わないという選択肢を選んだところで、平和は生活はやって来ない。


 それにーー、


「頼まれちまったからよ」


「頼まれた?」


「俺のーー初めての友達に。あとは頼むって」


 あの青年の願いを、無下にはしたくなかった。

 自分自身、なぜそんな事を考えているのかは分からないけれど、それだけは捨てたくなかったのだ。


「それに……面倒くせぇけど下で待ってる奴がいる。なにもなしに帰ったらなに言われるか分からねぇし、どんな目に……多分ぶん殴られるな」


 主に、桃色の髪の少女が荒ぶる事になるだろう。それだけはごめんなので、なんとしても成果を得なくてはならないのである。

 ルークが思い出すように遠い目をしていると、マーシャルは口元を押さえて吹き出した。


「やっぱ、ルーク君って変わってるよ。普通の人間がどんなのかは分からないけど、すっごく変な人だと思う」


「褒めてんそれ」


「勿論、すごくすごーく褒めてるよ。そんなルーク君だから、アルト様は変わったんだと思う。だから、絶対に取り戻そう! ソラさんの記憶を」


「たりめーだろ。精霊だかなんだか知らねぇけど、俺の道の邪魔したんだ……このまま終わらせてたまるかってんだよ」


 今まで通り、やる事はなに一つ変わらない。

 ルークの歩く道を邪魔していたのが、魔元帥から精霊に変わっただけだ。

 いつも通り、自分勝手な勇者は拳を握り、邪魔なものを取り除くだけだ。


 鼻息を勢い良く噴射し、やる気満々のルーク。

 すると、マーシャルが後ろで手を組み、ルークの顔を見つめながら周りを歩き出した。


「んだよ、頭おかしくなって前も分からなくなったんか?」


「違いますぅ。それで、その下で待ってる人って、ルーク君の彼女さんなの?」


「は? 彼女?」


 突然の質問に思わず言葉が途切れる。

 下で待ってるであろう数人の顔を思い出し、呆れ笑いを浮かべながら高速で手を振り回した。


「ないない。彼女とかぜってーにねぇ」


「そうなの? でも、その言い方だと女の子なんだね」


「俺のストーカーだよ。全ての元凶でもあるクソ野郎」


 何度も言うが、桃色の髪の少女にも、どっかの国のお姫様にも、若干ヤンデレの騎士団長さんにも、お頭大好き僕っ娘にも、ルークは恋愛面での感情を一切抱いていない。

 そりゃ、美人揃いなのでときめいたりはするが、童貞パワーをなめてもらっては困る。


「俺のタイプはボインで包容力のあるお姉さんなんだよ。クソガキに興味はねぇ」


「じゃ、じゃあ私は? ボインかは置いておいて、ルーク君よりもお姉さん」


「お婆さんだろ」


「おりゃ」


 グーパンが飛んで来たが、今のはルークが悪い。頬に食い込んだ拳を払い、


「ねぇな。お前、なんか子供っぽいし、色気が全然これっぽっちもねぇ」


「酷いなぁもう。私だって女の子なんだし、色気がないとか言われたら傷つくよ」


「ねぇもんはねぇんだからしゃーねぇだろ。あれ、もしかしてあるとか思っちゃってた?」


 ルークはマーシャルを指差し、バカにするように鼻を鳴らした。

 大体の精霊に言える事だとは思うが、年齢と容姿はまったく比例しない。恐らく、作られた時の姿から成長する事はないのだろう。


「わ、私だって色気くらいありますぅ。ルーク君なんかいちころなんだならね」


「ほぉ、んじゃ俺を誘惑してみろよ」


「い、良いよ! やってやるもん!」


 腕をまくり、なぜかテンションの上がっているマーシャル。ルークの顔を見つめ、色々と考えるように卯なり声を上げたのだが、


「色気ってどう出すの?」


「知るかんなもん。言っとくが、脱げば全ての男が興奮するなんて思うなよ。衣服を来ている状態、そのなかにも色気というものは存在するんだ」


「じゃあ、私が裸になっても興奮しない?」


「する!」


「やっぱ変態じゃん!」


 そりゃ、ルークだって男の子なので、布面積が少ないのと多いの、どっちが良いですかと聞かれたら勿論少ない方が良いに決まっている。

 しかし、しかしだ。

 脱げば良いという訳ではないのである!


「もう、結局色気がなにか分かんないじゃん」


「色気のある奴は意識しなくても周りが感じるほどに出てんだよ。つまり、お前に色気はねぇ」


「なら、ルーク君が思う色気のある人って誰?」


「んー。そうだな、あの氷使ってた精霊。名前なんつったけっかーー」



「レリスト。忘れるなんて酷いわね」



 突然声が聞こえた。

 その瞬間、ルークはマーシャルを抱えて全力で横にダイブした。直後、先ほどまでルーク達が立っていた場所に巨大な氷の塊が落ちた。地面を抉り、風に揺れていた草を引きちぎり、激しい冷風が周囲に巻き起こる。


「な、なにーー!?」


「口閉じてろ!」


 顔を出そうとしたマーシャルの頭をわし掴みにして抑え、二人は風に背中を押されてそのまま数メートル吹っ飛んで行った。

 先にやって来たのは痛みではなく寒さだった。皮膚を突き刺すような痛みのある寒さに顔を歪め、口から白い息を吐き出しながら体を起こす。


 視線を氷へと送ると、巨大な氷の上から一人の女性が飛び降りた。着地と同時に胸を揺らし、


「まだ半日もたっていない筈なんだけど。女性の名前を忘れるなんて……人間は皆そうなの?」


「見ろマーシャル、あれが色気だ」


「こんな時になにいってんの」


 着地して数秒間止まる事なくたゆんたゆんだった胸をキリッとした目で見つめ、ルークは爽やかに歯を光らせた。

 寒さに凍える腕を擦りながら、


「レリスト、だっけか? なにしに来やがった。つかここどこだ、知ってる事全部吐きやがれ」


「質問責めする男は嫌われるわよ? 質問せずに女の言葉を引き出す、それが出来て初めて立派な男になれるの」


「残念だったな、いきなりぶっ殺そうとして来た奴に対してんな気遣いしねぇっての」


「狙ったけど殺そうとはしてない。勇者君なら避けてくれるって思ってたから」


 当たり前のように言葉を交わしてはいるが、ルークの警戒心は最大限にまで高められている。

 いきなり頭上から降って来た氷、あれは間違いなくルークを殺そうとしていた。万が一避けれなかった場合、ぺちゃんこになっていただろう。


 という事は、


「敵って事で良いんだよな?」


「残念ながら。勇者君とはもっと話したかったけど、そう上手くはいかないみたい」


「テメェらなにがしてーんだよ。言ってる事とやってる事が一致してねぇぞ」


「……? どういう意味かしら?」


 とぼけた様に首を傾げるレリスト。恐らく、いや間違いなくルークがなにを言いたいのか分かっていて知らないふりをしていた。


「テメェは俺を殺しに来たんだろ? ならなんで気絶してる間に殺らなかった。こんな面倒な事するより楽だし、リスクも少ねぇ筈だろ」


「意外と鋭いのね。もっと考えずに突っ走るタイプかと思ってた」


「良いから答えろ」


 茶化そうとするレリストだったが、ルークはそんな隙を与えずに強く言い放った。

 レリストは観念したように両手を上げ、


「殺さなかったのはわざと。けど今回は本気」


「……なるほど、そういう事か」


 レリストの怪しげな笑みを見て、ルークは全てを理解した。なぜ自分が殺されなかったのか、今になって殺そうとしているのか。

 全ては、意識が途切れる寸前に聞いた言葉に繋がっていた。


「チャンスって、そういう意味かよ」


「ど、どういう事?」


「話を聞いてほしけりゃ自分のところまで自力で来いって事だろ?」


「正解。王としてもこの事態は好ましくないの。けど、いきなりやって来た勇者君の話に素直に頷く訳にもいかない。当たり前でしょ? 君の地上での動きを見ていたとはいえ、私達は君の力を知らないから」


「だから、力を証明してみろって事かよ。ソラの記憶を奪ったのもそのためか」


「それは……私的には反対だった。これは君を試すためであって、アルトは関係ないもの。けど、あの王様一度言い出したら聞かないのよ。だからしょーがなく、そこの精霊を一人つけた。私がお願いしたんだから、感謝してよね」


 人差し指をマーシャルに向け、その向けた指をくるくると回し始めた。顔は微笑んでいるものの、依然として瞳の奥にあるものは変わらない。いくら砕けた口調とはいえ、このまま素直に通す気はないようだ。


「ソラの記憶は戻んのか」


「やりようによっては。でも結局、君が王の元にたどり着かないといけない事にはかわりないわよ」


「それだけ聞けりゃ十分だ。テメェら全員ぶちのめしてあの塔に行けば良いだけの話だろ」


 不敵に微笑み、ルークは地面を踏み鳴らした。

 まったく引く様子のない態度を見て、レリストはおかしそうに口元に手を添えた。


「言っておくけど、私は本気で君を殺しに行くわよ。手加減なんてしない、これでもやる時はやる女だから」


「手加減なんて必要ねぇ。どのみち精霊は全員ぶん殴るつもりだったんだ、テメェらから来てくれんなら探す手間が省ける」


「アルトなしで勝てるとでも?」


「だからソラの記憶を奪ったんだろ。精霊の力じゃなく、人間の力を見せてみろって事だろーが」


「正解」


 ニヤリと口角を上げ、レリストは心底楽しそうに呟いた。

 ようするに、ルークはまだ信用に足る人物として認められていないのだ。いくら口では勝てると言っても、根拠を見せない限りは信用する事は出来ない。

 だから、この場で人間の力を証明しなくてはならないのだ。


 そして、それが条件。

 王を交渉の場につかせるための、条件なのだろう。


 であれば、


「上等だ、テメェらがなにして来ようが関係ねぇ。全員ぶん殴って王様の元までたどり着いてやるよ。んで、ソラの記憶もきっちりと返してもらう」


 ルークは笑っていた。

 これから先、どれだけの距離を歩けば王の元にたどり着けるか分からない。

 これから先、どれだけの精霊を倒せば良いのか分からない。

 だとしても、ようやくやるべき事が明白になった。


 交渉の場につかせるための条件を向こうから提示して来た挙げ句、精霊全員をぶん殴るチャンスもくれた。

 これが、笑わずにいられる訳がない。


「かかって来いよ精霊。人間の力を存分に味あわせてやる」


「楽しみね。なら、精霊に人間の可能性を見せてちょうだい」


 微笑み、レリストが手を上げた瞬間、彼女の背後にあった巨大な氷の塊が一瞬にして砕けた。光を反射して美しいほどに輝くそれは、風に乗って宙に舞い上がる。

 一定の高さまで上がると、全ての氷の欠片が動きを止め、


「それじゃ、始めましょうか」


 一斉に、ルークに向けて放たれた。


 ルークは踏み出す。横で震えるマーシャルを乱暴に突飛ばし、


「邪魔だから退いてろ。お前は精霊だから殺される心配はねぇ」


「で、でもルーク君が……!」


「言ってんだろ、邪魔だって。ようやく今までの鬱憤をはらせる機会が巡って来たんだ、やらねぇ手はねぇだろ」


 ルークが旅立つ事になった原因、それは間違いなくティアニーズだ。

 しかし、ティアニーズがルークの元へ来た原因を、人間の世界がああなった原因を使ったのは精霊だ。


 であれば、悪いのは精霊。

 恨みをはらすべきも、ぶん殴るべきも、怒るべきも精霊。全部、全部なにもかも悪いのはこのクソ野郎ども。

 そんなまたとないチャンスを邪魔されてなるものか。


 ようやく、ようやくたどり着く事が出来た。

 ルークが、一番怒りを向けるべき存在のところまで。


「こっからが本番だ。今までの分、きっちりやり返させてもらうぞ」


 勇者はーー青年は走り出す。

 ちっぽけな人間は、精霊に向けて走り出した。



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