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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
八章 精霊の国
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八章十八話 『半端な契約』



 視線の先、いかにも偉そうな人間が座っていそうな椅子に、その女性は腰を下ろしていた。表情から感情を読み取る事は難しく、ただ凍えるような冷たい瞳がルーク達をうつしている。


 頬杖をつき、偉そうな女性にルークは顔をしかめる。一瞬心を奪われかけたとはいえ、偉そうな態度をとってこちらを見下す相手は、ルークの嫌いなタイプなのである。

 ピリつく空気を無視し、


「テメェが王様か」


「あぁ、いかにも。私が精霊の王だ」


「なら話ははえぇ。俺達がなにしにここに来たのか分かってんだろ?」


「分かっている。だが、それがなんだ?」


 冷たく放たれた言葉に、ルークの眉間にシワがよった。分かっていて、下の状況を全て理解していて、あの女はそれがなんだと言った。

 それで充分。

 ルークが王を嫌いになるのは、充分過ぎるほどだった。


「ざけんな、関係ねぇとは言わせねぇぞ。テメェのせいで俺達人間がどんなめにあってんのか知ってんだろ」


「知っているとも。しかし、言葉を訂正しろ人間。私のせいではない、奴が勝手にやった事だ」


「関係ねぇ。精霊のせいでこうなったんなら、王様のテメェが悪いに決まってんだろ」


「責任転換も甚だしいな。私は何度も同じ事を言うのが嫌いなんだ……全ての責任は奴一人にある。私が協力する筋合いなどーー」


 ダン!と床を踏み締める激しい音が響き渡った。

 怒りを堪えきれず、ルークがわざと王の言葉を遮るように一歩踏み出したのだ。しかし、王は眉一つ動かさなかった。ルークの行動に反応したのはーー、


「あまり調子に乗るなよ」


 聞き覚えのある声だった。そして、目の前に現れた男の顔を目にした瞬間、ルークの顔は更に怒りで歪む。

 忘れもしない。忘れられる訳がない。

 この世界に来た直後に、ルーク達を襲ったヴァイスという名の男だった。


「ここをどこだと思っている。あの方を誰だと心得ている。頭が高いぞ、言葉を慎め」


「知るかよんなもん。ここがどこだろうがアイツが誰だろうが知ったこっちゃねぇ。俺が会話してんはアイツだ、部外者は引っ込んでろ」


「やはりあの時殺しておくべきだったか。王よ、私の不手際です。今ここでこの人間を裁く許可を」


 一切怯む気配のないルークを見て、ヴァイスは一旦視線を逸らして王を見た。しかし、王はヴァイスを無視してルークを視界に捉えると、


「下がれヴァイス。その人間の言う通り、私が会話しているのは人間だ。お前の私への忠誠は評価しよう。しかし、場を弁えろ」


「……分かりました」


 王に言われ、最後にルークを睨み付けてから下がったヴァイス。すでに室内の空気は最悪、それを招いた張本人である人間と精霊の王は、まったく気にする様子もなく会話を再び始めた。


「全部だ、ここで起きた事全部話しやがれ」


「お前には関係のない事だ」


「関係ねぇ訳ねぇだろ。こっちは巻き込まれて騒ぎの中心に立たされてんだ、全てを知る権利がある」


「権利か……。では、全てを知ってどうする?」


 真っ直ぐと向けられた視線。

 ルークは逸らさずに王の赤い瞳を捉え、


「魔王を殺す」


 その言葉を聞いた瞬間、王の目が大きく見開かれた。それは王だけではなく、その場に揃った精霊全ても同じようにルークを見ていた。

 しばしの沈黙のあと、小さな笑い声が聞こえた。

 手で口元を隠し、王は小さく笑っていた。


「まさか、あの男とまったく同じ事を言う人間がいるとはな。なぁアルト、いや……そうか、お前は記憶がないのだったな」


「始まりの勇者の事か」


「勇者……そう、勇者だったか。地上ではそう呼ばれているらしいな。勇気ある者ーー奴に相応しい言葉だ。だが、お前にその勇気があるのか?」


「少なくとも、逃げてばっかのテメェらよりはある」


「これは笑いものだ。半端な力しか持たぬお前がゼユテルを殺す? 無理だ、奴に出来なかった事をお前に出来る筈がない」


「半端な力……?」


 訳が分からず目を細めると、王の視線がソラへ向けられている事に気付いたルーク。

 だが、ソラはうつ向いていた。ルークはおろか、王とも顔を合わせようとしていない。


「人間、お前はなにも知らないようだな。力を勝ち取ったあの男と、ただ選ばれただけのお前では根本的に異なる。アルトが言わないのなら私が教えてやる。お前はーー」


「まて」


 王の言葉を遮るように、ソラの声が辺りに響いた。うつ向いていたソラが顔を上げ、震える二つの瞳にルークをうつす。

 恐怖や不安に押し潰されそうな顔で、唇をゆっくりとーー、


「興味ねぇ」


 喋ろうとしたソラの口を、ルークの掌がすっぽりと覆った。何度も瞼を上下し、なにが起こったのか分からない様子のソラ。

 そんなソラを見て、ルークは小さなため息をこぼし、


「選ばれたとか、勝ち取ったとかんなのどうだって良いんだよ。王様よォ、テメェ話逸らしてんじゃねぇぞ」


「…………」


「俺が言ったのは力を貸せって事だけだ。返事ははいかいいえの二つだ」


 ソラがなにを言おうとしたのかは大方予想出来る。セイトゥスとの戦闘中の態度、そしてアキンの言葉ーーいや、もっと前から気付いていたのかもしれない。加護を使う度に、ルークが感じていた違和感の正体。恐らくあれこそが、ソラの隠している真実なのだろう。


 だが、そんなのはどうだって良い。

 自分がなんだとか、ソラがなんだとか、今はそんな話をしている訳ではないのだから。

 重要なのは、協力するかしないか。


「都合がわりぃから話逸らしたんだろ? 下らねぇ真似してんじゃねぇよ。答えろ、協力すんのかしないのか」


「あぁ、答えてやろう。返事はいいえ、だ。私達精霊は人間に協力しない」


 特に表情を変えずに王が言った。

 その返事が意味するのは、目的達成の失敗。だが、ルークは笑っていた。そもそも、この数分間の会話でこの結果を予想するには充分だった。

 笑い、ルークは王を見た。


「なら……こっちはこっちのやり方でやらせてもらう」


 瞬間、ルークはソラの頭に手を置き、剣の姿へと変えた。こちらをただ見つめる王へと体の向きを変え、全力で走り出す。

 しかし、ルークと王の間に一人の男が侵入して来た。ヴァイスは炎の剣を握り締め、ルークの振り下ろした剣を受け止める。


「なんのつもりだ、お前」


「見て分かんねぇのか? テメェんところの王様が断ったからよ、力付くで言う事聞かそうとしてんだよ……!」


 二人の剣が激突し、部屋に熱風が吹き荒れる。しかし、それを見守る精霊達は手出しする様子もなく、ただ傍観していた。唯一動いたのはレリストで、マーシャルを守るように氷の壁を出現させていた。


「テメェらの事情なんざ知ったこっちゃねぇ。わりぃが断るなんて選択肢はねぇぞ、なにがなんでも協力してもらう」


「王の言葉を聞いていなかったのか? 俺達精霊は人間には手を貸さない。それが答えだ」


「おう、さっき聞いたよ。だからこうしてんだろ、ぶん殴って言う事聞かせるために!」


 剣を傾けて力を横へと逃がし、僅かに体勢を崩したヴァイスの頭上を跳び越える。着地すると同時に一気に加速するが、背後から伸びて来た炎がまるで鞭のようにルークの腕に巻き付き、


「あっつッ!」


「通す訳がないだろ」


 バカみたいな腕力で引き寄せられ、ルークの体は宙を舞った。そのまま振り回されて地面に叩き付けられる。背中を強打して一瞬呼吸が止まったが、直ぐに体を起こして腕に巻き付く炎を切り裂いた。


 今の一瞬で、最悪だった空気がさらに最悪になった。

 その中で微笑むルークを見つめ、ヴァイスは静かに呟いた。


「王よ、この男を殺す許可を」


「……そうだな、さっきの言葉を撤回しよう。今すぐその人間を殺せ」


「御意」


 直後に、ヴァイスの体を炎が包み込んだ。殺意を抑えきれておらず、言葉の通りにルークを殺す気なのだろう。そして、その許可を下した王は、それが当たり前だとでも言いたげな顔で静かに見守っていた。


 ルークが焼け焦げた服を手で払っていると、大きなため息が耳元で聞こえた。


『やるとは思っていたが……どうするつもりだ?』


「決まってんだろ、ぶん殴る」


『毎度の事だが、少しは後先を考えて行動しろ。周りの精霊は手を出すつもりはないらしい……が、あのヴァイスという男一人ですら厳しいぞ』


「心配すんな、今回は後先考えてっからよ」


 不敵な笑みを浮かべて言うと、最後に一際大きなため息が聞こえて来た。

 とはいえ、ルークだってバカではない。ヴァイスとの力の差は分かっているし、ここにいる全ての精霊を同時に相手して勝てると思うほど慢心もしていない。


 そもそも、喧嘩しに来たのではないのだ。いや最終的にはここにいる精霊全員ぶん殴るつもりなのだが、今優先すべきはそこではない。

 第一目標の『お願い』は失敗。

 であれば、次は『交渉』だ。


「アイツはどうあってもお前を殺せねぇ。つー事は、少しは手加減してくれんだろ」


『希望的観測だな。まぁ良い、貴様に任せる』


「任せとけ」


 短く答えると、ルークは剣を握り締めて構える。

 ヴァイスはそれと対照的に右腕を上げ、


「お前ごときに時間をかける必要はない。王の御前だ、燃えカスすら残らないと思え」


 その一瞬で、ルークは走馬灯というやつを見た。ヴァイスの手から放たれた炎が眼前に迫り、今まで体験して来たものが凝縮されて頭を過る。そして、改めて思った。

 もし、自分がこんな面倒事に巻き込まれる原因を作ったのが精霊なんだとしたら、それを許す訳にはいかない。


 あの少女の涙も、父親の死も、あの青年の死も、なにもかもコイツらのせいならば。

 自分がこんなにも辛い思いをしているのに、原因を作った奴らが偉そうに椅子に座って快適に暮らしているーーそんなふざけた事を、この男は絶対に許さない。


 ルークの体が、炎に包まれるーー、


「ようやく会えたな、テメェらのせいで俺がどんだけ辛い思いしたと思ってんだ。クソが」


 硬直していた体を無理矢理動かし、全力で剣を振り下ろした。放たれた光の斬撃は燃え盛る炎を一瞬で凪ぎ払い、ヴァイスの真横を通り過ぎて壁に巨大な亀裂を刻み込んだ。

 恐らく、その結果を誰も予想していなかったのだろう。


「ーーな、に」


 ヴァイスを含め、その場にいた全員の表情が明らかに変わった。

 ルークは真っ直ぐと見据える。

 ヴァイスではなく、その後ろの王を。


「逃がすかよ」


 地面を強く蹴り、加護を全開にして走り出した。動揺したように動きが鈍るヴァイスーーその横を通り過ぎ、一直線に王へと迫る。

 遅れて動き出したヴァイスが炎を放ったが、すでに遅い。大きく跳躍したルークは剣を振り上げ、そのままーー、


「……なんの、真似だ」


 剣は王の顔の横を過ぎ、切っ先は背もたれに突き刺さっていた。この状況で目測を誤った、とかではなく、当然わざと外したのだ。

 ぐい、と顔を寄せ、


「交渉だクソ野郎。テメェらだってアイツを殺してほしいんだろ? でなけりゃソラを地上におろしたりしねぇ。アイツが生きてる事で、テメェらに不都合があるって事だ」


「…………」


「俺が魔王を殺してやるよ。さっき半端な力っつったよな? 見ろよ、その半端な力にテメェら精霊はこの様だ。ビビってんだろ? 自分の力じゃアイツを殺せねぇから」


 そこで、初めて王の表情が変化した。

 煽るのはルークの専売特許。それは人間だけでなく、どうやら精霊にも通じるようである。


「テメェらに無理なら俺が殺ってやる。けど、いくらなんでも俺一人で全部ってのは難しい。だから手を貸せ」


「それで交渉のつもりか? 私達にメリットがない。結局戦う以上、死の危険性はあるではないか」


「たりめーだろ、遠くから見てるだけだとでも思ってんのか? 随分と甘い考えだな、王様」


 誰一人、動こうとはしない。

 いや、動けないのだ。一見冷静に会話しているようにも見えるが、ルークはいざとなれば本気で王を殺すつもりだ。

 それが分かったからこそ、ヴァイスは振り上げた拳を納めたのだ。


「アイツを殺さなきゃ、テメェらはいつまでも怯える事になる。それを俺が解決してやるっつってんだ、悪い話じゃねぇだろ」


「私達が、怯えているだと?」


「いい加減認めろよ。テメェらはルールを言い訳にして逃げてるだけだ。脅威になるならテメェらが直接殺せば良い。間違いなくその方がはえぇのに、テメェらはそれをやってねぇ」


 ずっと、考えていた。

 なぜ精霊は人間に手を貸さないのかを。

 人間では魔王に勝ち目はないし、ソラ一人の力が加わったとしても勝てないのは前の戦争で分かった筈だ。どう考えたって、精霊全員が力を貸した方が早い。


 しかし、精霊はそれをやらなかった。

 精霊のルールなんてのは知らないが、ビビっていたと考えれば納得がいく。

 結局のところ、ただ死ぬのが怖かっただけなのだ。


 本当に腹が立つ。

 そんなくだらない理由で、自分がこれまで苦労して来たと考えると。


「俺が魔王を殺す。それがテメェらの得られる恩恵だ」


 王はルークの言葉を聞き、考えるように頬に手を当てた。

 しばらく無言の間が続き、ようやく口を開き始める。


「……そうだな、私は怯えていた。奴の力は強大過ぎた……なにせ、私の力が通用しなかったのだから。だからこそあれに頼った」


「……力?」


「人間、一つお前に良い事を教えてやる。確かにお前は強い、半端な契約で良くそこまでアルトの力を引き出せたものだ。しかし、足りない。今のお前がどれだけ足掻こうと、奴には勝てない」


 ニヤリと、王の口元が歪んだ。

 なにを見て、なにを思って笑ったのかは分からない。

 直ぐにでも殺されそうな立ち位置にいるというのに、王は少しも怯えていなかった。


「お前にゼユテルを殺せる力がない以上、そもそも交渉として成り立っていない。悪いが、お前の要求は飲まない」


「ざけんな、テメェには協力してもらう」


「往生際が悪いな、人間。しかし、だ。チャンスをやろう」


「……は?」


 一瞬だった。

 気付いた時には、ルークの体が宙を舞っていた。

 遅れて痛みがやって来る。全身を鈍痛が駆け巡った。なにか、見えない壁にでも弾き飛ばされたような痛み。視界がぐるりと一回転し、攻撃を受けたと理解した時には地面に寝転んでいた。


「あ、ぐっーーがぁッ!?」


 うつ伏せに寝転び、必死に酸素を取り込もうと息を吸う。目の前にいた筈の王の姿が遠く、握っていた筈の剣が手の中にない。

 その代わりに、ルークは見た。

 目の前に立つ、見覚えのある顔を。


「おま、え……ナタレム」


 ナタレムは表情を変えずに腕を振り下ろした。

 ガン!!と鈍い音が生じ、加護のない生身の体に激痛が走る。


 抵抗する暇なんてなく、ルークの意識は黒一色に染まった。





 次にルークが目を覚ますと、そこは牢屋だった。

 手足を拘束されている訳ではなく、自由に動かす事は出来る。目の前にある鉄格子と薄暗い空間、そしてボロボロのベッド。牢屋には何度か入った事があるが、やはり良い気分ではない。


「……ッ」


 体を起こすと、後頭部に激しい痛みが走った。思わず踞って唸り声を上げると、隣に横たわる女の子の姿が見えた。マーシャルだった。目立った外傷はないものの、恐らくルークと同様に気絶させられたのだろう。


 チカチカと視界が点滅し、思わず目を細める。

 そこで、再び見覚えのある顔を目にした。

 白い頭の精霊だ。

 しかし、なにかがおかしい。


 彼女は、牢屋の外側に立っている。


「お前、んなところでなにやってんだよ」


 何気なく声をかけると、彼女はこちらに目を向けた。

 その瞳を見て、全身に鳥肌がたった。見た事もないほどの冷たい目で、ルークを見ている。


 白い頭の精霊は鉄格子に手を伸ばし、


「ーー貴様は、誰だ」


 ルークは、ただ彼女の顔を見つめる事しか出来なかった。



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