表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
八章 精霊の国
253/323

八章十七話 『精霊の王』



 新しい町というのは、やはり興奮するものである。

 今まで見た事のない景色や聞いた事のない声。特にルークは村に引きこもっていたので、基本的に目にうつるものはほとんど初見だ。


 しかし、ここ数ヶ月の過密スケジュールにより五大都市を制覇した今、ちょっとやそっとの出来事では動じない自信があった。

 そう、動じてはいない。

 目にうつるのは当たり前の光景で、代わり映えのない平凡なものばかり。


 なのだが、


「…………」


 平凡すぎた。

 精霊の国の中心ーー精霊が暮らしている場所と聞けば、普通の人間なら摩訶不思議な生活を想像するだろう。たとえば、空を飛ぶ乗り物があったり、会話はテレパシーだったり、ともかく、ルークはそういった光景を想像していた。


 だが、そこにあるのは平凡だった。

 ルーク達を不思議そうに見つめる精霊の姿は人間そのものだし、家も、並ぶ屋台も、恐らく売り物だと思われる衣服も。そのどれもが、ルークが見た事のあるものばかりだった。


 予想していなかった訳ではないが、これは流石に……拍子抜けというやつだ。


「物珍しそうね」


「逆だっつーの。馴染み過ぎてなんか気持ちわりぃ」


「そりゃ、基本的には人間の真似してるからね。木造建築、レンガ造り、コンクリートの地面、ぜーんぶ人間から学んでるのよ」


「人間には、お前ら精霊ってすげぇ存在ってイメージがあんだよ。なのに……なーんも変わらねぇ」


「買い被りすぎよ。確かに、人間よりは優れてるかもしれないけど、順番的に言えば人間の方が作られたのは最初だし」


 先頭を歩いていた女性ーーレリストはしかめっ面のルークを見て首を傾げ、速度を落として横に並んだ。

 歩く度に揺れるお山に目を奪われそうになったが、後ろを歩く白い悪魔の暴力の気配を感じ、ルークは視線を外した。


「さっきからこっち見てっけどよ、俺が人間だって分かってんのか?」


「うん。勇者君達がここへ来た日に、王が皆に知らせたから。勝手に迷いこむ人間は何人かいたけど、ここに望んで来た人間は勇者君で二人目」


「ったく、なにが珍しいんだよ。見た目同じじゃねぇか」


 こちらへ向けられる視線は、どれも居心地がよろしくない。怪訝な瞳、軽蔑の眼差し、精霊達に悪意はないのだろうけど、向けられているルークに言わせればたまったもんじゃない。

 いつも通り、悪い目付きで周りを見ながら、


「んで、どこ行くんだよ。俺達王様に空いてぇんだけど」


「そんな事知ってる。だから私が迎えに来たの。本当はあのバカに頼んだんだけど……まぁあの様よ」


「放置して来たけど、あれで良かったのか?」


「スリュードはアルトの事になると周りが見えなくなるからね、風に当たって頭を冷やすべきなのよ。そのうち戻って来るでしょ」


 あまり仲間意識はないのか、気絶したスリュードの事を語るレリストの表情はあっけらかんとしていた。

 そしてその後ろ、ルークのあとをついているソラとマーシャルだが、


「どうした?」


「い、いえ……アルト様にスリュード様、そしてレリスト様。まさか連続でお会いする事になるなんて……」


「緊張しているのか。肩の力を抜け、周りの視線など気にするだけ無駄だ」


「は、はい……」


 緊張する要因にソラも含まれているのだが、本人はまったく気付いていないようである。

 とはいえ、下位の精霊がこうして上位の精霊と共に行動する機会は滅多にない。姿を見かける事はあっても、誰も話しかけようとはしないからだ。私なんかが話しかけて良いものかーーではなく、そこにあるのは恐怖に近いものだろう。


「つか、間近で見るとかなりでけぇんだな」


「まだちょっと歩くけどね。勇者君達は空からふって来たんでしょ?」


「おう。そん時に見た」


 視線の先、大きな通りを真っ直ぐに進むと、ルークがこの世界にやって来た際に見えた塔が視界に入って来た。囲う壁もそれなりに巨大だったのだが、塔に至ってたは見上げるという行為がかなり腰に響きそうである。完全にそっくり返ったとしても、その全貌を確認する事は出来ないだろう。


「こんだけでけぇのに、なんつーか味気ねぇな」


「元々精霊が住むためのものじゃないから。勝手に住み込んでるだけだもの」


「んじゃ、なんのための塔なの?」


「それは秘密。この塔の最上階はね……一番近い場所なの」


 見える筈のない塔のてっぺんを指差し、レリストは少し目を細めて呟いた。

 それからしばらく歩き、ようやく塔の目の前にたどり着いたルーク一行。もはやその大きさについては語る事はないが、建物の大きさに反して入り口は小さな門だけだった。


「さて、到着」


「うし、んじゃさっそく乗り込もうぜ」


「ストップストップ。勇者君達は王に会うためにここに来たのよね?」


 握り拳を突き上げて意気揚々と突入しようとしたのだが、レリストに襟首を掴まれて引き戻された。『うげっ』と変な声がこぼれてしまい、ルークは咳こみながら、


「ちょっと話しに来ただけだっつーの。別にいきなり殴ったりしねぇよ」


「そんな事したらヴァイスに殺されるだけ。一応、王は勇者君に会うつもりはあるみたい。けど……」


 レリストは一旦言葉を区切り、門へと目を移す。三人の怪訝な視線を受けながら、


「覚悟はしといた方が良いと思う。いきなり殺す、なんてバカな事はしないと思うけど……今、部外者をいれる余裕はないの」


「んなの知るか」


「ちゃんと聞いて。昔なら、たまーに人間が迷いこむ事はあったけど、今はそんな事滅多にないの。人間の世界にある入り口はほとんど閉じちゃったし。でも、勇者君達はここへ来た」


「ナタレムに手ぇ借りてな」


「はっきり言っておくわ、君達は歓迎されてない。私を含め、上位の精霊は人間の世界に干渉したくないの」


「……だから、なんだよ」


 ルークの声のトーンが僅かに低くなる。今すぐにでもぶん殴るほどではないが、怒りが込み上げている証拠だ。それに気付いたのか、ソラはルークの背中を叩き、


「それはいつからだ? 干渉したくないのならなぜ私を地上におろした?」


「罪悪感、のつもりなんじゃない。あんな事があって、万が一ここへの入り口を見つけられでもしたら……多分、私達は全員殺される。怖いのよ、死ぬのがとっても」


「自分達が死ぬのは嫌だが、人間ならいくら死んでも構わないという事か? ふざけるな、罪悪感があるのなら手を貸せ。別に私を地上におろした事は恨んでなどいない……が、それで全てを帳消しにしたと思っている貴様らが気にくわん」


「たまーに見てたけど……やっぱ変わったわね、アルト」


 寂しそうに、しかし口元を僅かに緩めながらレリストはそう言った。

 ルークは塔の入り口を睨み付け、


「お前らがなにを思ってるのかなんて知ったこっちゃねぇ。話す必要もねぇよ。俺が行って直接聞く。だからとっととここを通せ、王様に会わせろ」


「覚悟はあるみたいね。ま、勇者君かどうなろうと私は知らないけど」


 手を上げ、お手上げといった様子でため息をつくレリスト。恐らく、今のでルークがどんな人間なのか分かってしまったのだろう。他人の話なんて聞きやしない、自分勝手な人間だと。


 レリストは一旦息を吐き、


「それじゃ、案内する。けど、君はダメ」


「わ、私ですか?」


 指先を向けられ、緊張しまくりのマーシャルの肩が跳ねた。普段会えない存在、しかも自分よりも明らかに身分の高い相手に指を指されるというのは、あまり良い気分ではないのだろう。


「正直言って、人間より精霊がここに入る方が危険なの。アルトは私みたいな上位の精霊ならともかく、君みたいな下位の精霊はね」


「なんだそりゃ」


「そのままの意味よ。もう、ここへは戻ってこれないかもしれないわよ?」


「精霊は精霊を殺せねぇんだろ?」


「体を破壊する事は禁止されてる。けど、他は……心をどんなに弄くっても罪にはならないの」


 言っている意味は分からないが、レリストの目は本気だった。それを向けられたマーシャルの瞳には恐怖の色が浮かび、不安げな目でルークを見た。しかし、直ぐに自分の顔を叩くと、


「行きます。今までずっと目を逸らして来たから、私は真実を知りたいんです」


「自分の全てを失うかもしれないのよ?」


「それでも、私は行きます。それが私の償い方だから」


「……ふーん、下位の精霊でそんな事言う奴がいるなんてね。これも勇者君の力なのかな?」


 マーシャルの言葉の重みを感じ取ったのか、レリストはその原因だと思われる勇者の青年へと目を向けた。ルークは一瞬だけマーシャルへと視線を向け、


「ソイツが自分で選んだ道だ。俺はなんもしてねぇよ」


「そ。じゃあ三人とも行くって事で良いのね」


 最後の確認に、三人はそれぞれ頷いた。

 それを待っていたかのように門が独りでに開かれ、中から一人の男が姿を現した。


「王がお待ちです」


「今から行くってば。相変わらずせっかちなのね」


 からかうようにレリストはそう言ったが、黒髪のポニーテールの男は表情一つ変えずにルーク達に背を向けた。屈強という訳ではないが、その背中には底知れぬなにかが感じられる。この塔の中にいる以上、彼もソラと同様に上位の精霊なのだろう。


「アイツ、すっごく無愛想だから気にしないで。話かけても滅多に答えてくれないの。ね、ロルーファス」


「…………」


「自分から話かけてくるくせに、なに言ってもあの調子なの。女の子にもてないぞー」


 言葉の通り、レリストがなにを言ってもロルーファスと呼ばれた男は振り向く事すらしない。いやむしろ、無駄話は良いから早くついて来い、と背中で語っていた。

 レリストは不機嫌そうに唇を尖らせ、


「良いわよ、別に寂しくないから。じゃ、行きましょっか」


 そんなこんなで、ルークはようやく目的地にたどり着く事が出来た。

 精霊の国に降り立った当初はどうなるかとも思ったが、意外と上手く回るように世界は出来ているらしい。



 それからしばらく歩き、ルーク達は塔の中を進んでいた。中は見た事もない鉱石ーー魔王が封印されていた水晶に似たもので出来ており、足音が奇妙なほどに反響していた。床は壁には自分の顔がうつっており、ここで何千年も暮らせば、頭のネジの一本や二本はどこかへ行ってしまうのも理解出来た。


 精霊に変わり者が多い理由を勝手にでっち上げながら、


「んで、まさかあの高さまで階段上るなんて言わねぇよな?」


「そんな事する訳ないでしょ。いくら精霊でも体力が持ちませーん」


「ならどーすんだよ。空でも飛ぶの?」


「それは……ついた、あれで行くの」


 急にロルーファスが足を止め、それにつられてルーク達も足を止める。先ほどからビクビクと完全にビビっているマーシャルの背中を撫で、ソラがなんとか緊張をほどこうとしていた。


「あれで行くの」


「あれってどれよ」


「あれよあれ」


「だからあれってどれだよ、喧嘩うってんの?」


「もう、良いから見てて。ロルーファス、お願い」


 頷く事もせず、足を踏み出したロルーファス。その先は行き止まりになっており、床に奇妙な紋様が刻まれているだけだ。どこかで見た事があるような気もするが、その意味を読み取る事は出来ない。


 ロルーファスはがやがやと煩い四人を気にする事もなく紋様に足を踏み入れーー、


「ーーは?」


 その瞬間、目の前にいた筈のロルーファスの姿が消え去った。床に刻まれた紋様に吸い込まれるように、一旦光の粒となって消えて行ってしまったのだ。

 そんなものを目にすれば、


「行き方は分かった。けどやだよ俺、なに今の、絶対体に悪いじゃん」


「へーきへーき、前に来た人間も大丈夫だったから。ちょっと体がバラバラになるだけ」


「ちょっとってなんだよ、ちょっとでも全部でもバラバラになったらアウトだろ。俺の体はそんな構造してない」


「大丈夫だって、手足が変なところにくっつくかもしれないけど」


「どこが大丈夫なんだボケ。背中から手でも生えてみろ、童貞なのに女の子抱き締められなくなっちゃうよ」


 訳の分からない事を危惧しているルークだが、そんな事はお構い無しにレリストが背中を押す。手足を振り回して抵抗しようとするが、そこへ二人の精霊が加勢。結局紋様の上まで押されてしまい、


「息止めといた方が良いかも。あと、上に行っていきなり暴れたりしないでよね。多分、その場で殺されるから」


「今暴れたいよ俺は」


「諦めろ、階段を上るよりはマシだろう」


「そうだよルーク君っ」


「なんで楽しそうなの君」


 必死の抵抗もむなしく、ルークの右足が紋様に触れる。と、その瞬間だった。

 全身を熱が包み、ルークの意識はそこでぷっつりと途絶えた。



「ーー!?」


 次に目を覚ますと、なぜか膝をついていた。嫌な感覚が心臓を締め付け、長距離を全力で走り抜けたかのように心臓がバクバクと鼓動を刻んでいた。息を吐き出す事だけに集中し、なんとか自分を落ち着ける。

 やがて呼吸がある程度整い始め、ルークはそこでようやく顔を上げた。


 そこは、奇妙な空間だった。

 一切の凹凸のない巨大な四角い空間の中心にルークは立っている。足元には先ほど見た紋様が刻まれており、目立つのはそれだけだ。壁は塔内と同じ水晶で出来ており、どこかまったく知らない場所に飛ばされたーーという訳ではないのだろう。


 次から次へと起こる不可解な現象。ルークの頭はそれを解決するためな動き出したが、直ぐに他の事へと脳ミソを使う事になった。

 ぐるりと辺りを見渡すと、見知らぬ十人ほどの男女がこちらを見ていた。

 その全員が、赤い瞳をもっている。


「大丈夫か、ルーク」


「おう。どうやら、ここが本当の目的地らしいな」


 背後から声をかけられ、一瞬身構えたが、視界に入った白い頭に緊張がほどける。その後ろには震えるマーシャルもおり、額に汗を滲ませてソラの背中に隠れていた。


「ーーよく来た。と、言うべきか。人間」


「…………」


 今度は反対の方から声がした。

 ルークはそちらへと目を向けーー思わず、生唾を飲み込んだ。


 腰まで伸びる金髪、身を包む純白のドレス。顔のパーツは全てが完璧に整っており、完成形と呼ぶに相応しいだろう。仕草も、まとう空気も、その全部が彼女は特別だと叫んでいる。

 ルークが今まで出会って来た人の中で、間違いなく一番の美人だ。このクソ勇者ですら、女神なんてメルヘンな言葉が頭に浮かんでしまうほどに。


 わざわざ問いかける必要はない。


 恐らくーーいや間違いなく、『彼女』が精霊の王だ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ