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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
八章 精霊の国
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八章十五話 『始まりの風』



 ドラゴン旅行も二日が経過しようとしていた。

 二日がたって分かった事は、精霊の国に夜はやってこないという事だった。常に朝のように明るく、日が落ちたりはしない。そもそも太陽がないので時間の感覚が分からないが、もしかしたらここは朝と夜という概念すらないのかもしれない。


 最初は動けないくらいのドラゴン酔いに悩まされていたが、トシ蔵と触れあううちに彼女を生き物だと脳が認識したらしく、酔いの度合いも低くなっていった。


 一番問題視されていた食料問題は、結局マーシャルの言葉通りに、雑草を食べるという奇行で凌いでいる。ここまで腹を壊す事はなかったが、とある蒼髪の騎士のせいで不安は拭いきれない。

 だが、そんな不安が吹き飛ぶような出来事もあった。


「ルーク君、あれだよ」


 隣に座っていたマーシャルが突然立ち上がり、進行方向を指差した。ルークはその指先へと視線を向け、


「あれは……」


「私達精霊が生活している場所だよ」


「空から見たまんまだな」


 落ちている最中なので記憶が鮮明ではないが、視線の先には確かに建造物があった。高い壁に囲まれており、その中には家と思われる建物が密集している。その光景は人間の町となにも変わらず、空から見ただけでは違いが分からなかった。

 しかしその中で、明らかに違う存在感を放つ高い塔のようなものが見えた。


「なんか一つだけでけぇのがあんな」


「あれは上位の精霊達が暮らしてるところだよ。王もあそこにいる」


「なるへそ。つー事は、ソラとあそこに住んでたのか?」


「まったく記憶にないが、私に似合う豪華な建物だな。さぞ快適な暮らしを送っていたのだろう」


「バカとなんとかは高いところが好きって言うしな」


 何気なくそう言うと、無言で頬をつねられた。

 だが、ソラの言う通り豪華な建物だ。ルークがこれまで見た建造物で一番大きかったのはバシレの住む城だったが、それを遥かに凌ぐ高さである。横への広がりはほとんどなく、真っ直ぐに上へと伸びていた。


「あそこにトシ蔵で乗り込むの?」


「バカ言わないでよね、そんな事したらどんな目にあうか……。トシ蔵はここまで、下に下りて歩いて行くよ」


「え? やだ、疲れるもん」


「ルーク君達は一応侵入者なんだよ? こんな目立つ入り方する訳にはいかないでしょ」


「クソ……。トシ蔵、このまま突っ込め」


「ダ、ダメですよ。私も怒られるの嫌ですから」


 ここ二日でトシ蔵と話す機会が増え、初対面の時ほどの緊張感はない。がしかし、やはり一人称が私というのは違和感があった。主に名付け親のせいなのだが、なぜトシ蔵にしたのかは永遠の謎である。


 ルークがぶーぶー文句を言っていると、トシ蔵はゆっくりと降下を始めた。こんなデカイドラゴンの上でいくら文句を言っても無駄なのである。全てはトシ蔵の思うまま。


「歩くって距離的にはどんくらいなの?」


「ここからから一日くらいだよ。トシ蔵が頑張って距離稼いでくれたからね」


「一日か……。テムランに向かう時よかマシだな。雑草食べれるし」


「ルーク、一応言っておくが体から変な茸を生やしたりするなよ。契約者が茸男なんて私は嫌だからな」


「変な事言うんじゃねぇよ。え、嘘、精霊の国の雑草ってそんな不思議効果あんの?」


 不安に押し潰されそうな顔でマーシャルに視線を向けると、なぜか満面の笑みで微笑んだ。今のところ体に異常はないが、この未知の世界ではなにがおこるか分からない。ルークが茸男になる覚悟を決めていると、ようやくトシ蔵の足が地面についた。


 三人は黒い鱗を滑り落ちて地面に着地、改めて視界の遥か先の建前へと目を移す。周りはやはりだだっ広い草原になっており、野生の動物(精霊)の姿は見当たらない。


「トシ蔵お疲れ様、また今度お願いね」


「うん。困った時はいつでも呼んでね、どこにいても駆けつけるから」


 撫でて、と言わんばかりり首を曲げたトシ蔵の頭をマーシャルが撫でると、トシ蔵は猫のような声で喜びを現す。喋るドラゴンにはなれたものだが、じゃれるドラゴンになれる事はないだろう。


「トシ蔵ってどこで暮らしてんの? さっき楽器吹いたら飛んで来たけど」


「普通に山で暮らしてます」


「いや普通が分かんねぇんだよ。精霊の常識は通用しませんよ」


「ドラゴンが暮らしてる山があるんだよ。トシ蔵、普段はそこで生活してるの」


 然も当然のように述べるトシ蔵に対し、頭を撫でながらマーシャルが補足を挟む。トシ蔵のようなドラゴンが沢山暮らす山を想像し、ルークの体は無意識に震えた。

 マーシャルはポケットから楽器を取り出すと、


「これはドラゴンにだけ聴こえる特別なオカリナなの。これを吹けば、どんなに離れてたってトシ蔵が来てくれる」


「他のドラゴンが来たりしねぇの?」


「楽器によって音色が違うからね。知らないの? ドラゴンって鼻より耳の方が凄いんだよ?」


「うん知らないよ? だってドラゴンいないもん」


 これが文化の違いか、と一人震えるルークに対し、やはりマーシャルは当たり前のように言った。

 それから別れを惜しむようにしばらく頭を撫で続けたあと、


「また今度ね。今度はいっぱい遊ぼ」


「うん。ルークさん、マーシャルの事お願いしますね」


「へいへい、利用出来るだけするよ」


「酷いなぁもう」


 不満そうに腕を組んで頬をふくらませるマーシャル。トシ蔵はその様子を笑顔(?)で見守ると、巨大な翼を羽ばたかせて空へと飛び立って行ってしまった。まさに一瞬、トシ蔵の姿は見えなくなった。


 去っていったトシ蔵の姿を見送り、


「俺達あれに乗ってたんだよな。良く振り落とされなかったな」


「トシ蔵は背中に私を乗せるのになれてるからね、そう簡単に落ちたりしないよ」


「サンキューな、トシ蔵」


 去っていったトシ蔵に向けて手を振り、ルークは微笑んで歯を光らせる。……実はちょっと吐いたりしたが、それ墓場までもって行くと今この瞬間に胸に誓った。

 三人は揃って体の向きを変える。


「さて、では行くとしよう」


「さて、じゃねーよこの貧乳。なに人の背中にしがみついてんだ」


「この先なにが起きるか分からないからな、いつでも戦えるように密着している」


「歩きたくねぇだけだろ……ったく」


 もはや奥義の域に達しているソラの背中上り。気付かれずに背後に回るそのスキルを、もっと大事な場面で活かして欲しいものである。

 ルークがブツブツと文句を言っていると、二人を見てマーシャルが微笑んだ。


「ねぇ、アルト様っていつもそんな感じなの?」


「大体な。めんどくせーったらありゃしねぇ」


「でも、それって信用されてる証だと思うよ。そうやってアルト様が誰かに甘える姿見るの初めてだもん」


「あ、甘えてなんかないぞっ。こ、これは体力を温存しているだけだ!」


「はいはい。それじゃ、目的地に向けてしゅっぱーつ」


 からかうようにニヤニヤと口角が波打ち、ルークの背中でじたばたと暴れるソラ。思えば、こうやってソラをからかう存在はルーク以外にはいなかった。精霊の国とは、ソラですらもたじたじにしてしまうらしい。


 それから三人は歩き出した。

 途中で地面に生えている食べれそうな雑草(?)をマーシャルの所持していた布袋に押し込み、三人は巨大な塔のある場面へお進む。

 太陽がないので正確な時間は分からないが、それから半日ちょっとが経過した。ようやく目と鼻の先に壁が見えて来た。


「たっけぇな。王都の壁よりたけぇんじゃねぇのかこれ。これ意味あんの?」


「この壁の意味は私も良く分かんない。私が作られた時にはもうあったし」


「お前も千歳とかいってんの?」


「女の子に歳を訊くのは失礼だよ。五百年以上、千年未満とだけ言っておく」


「それでも十分びっくり仰天だわ」


 雑草をむしゃむしゃと貪りながら、三人は壁際まで歩いて行く。見上げてみたところ、食べていた雑草が喉につまりかけたので直ぐに首を戻した。


「監視とかはいないから大丈夫だとは思うけど……一応隠れた方が良いよね。多分もう、ここまで来てる事は知られてると思うから」


「メラメラ野郎が報告してんだろーな」


「メラメラ野郎じゃなくてヴァイス様。怒らせるとすっごく怖いんだからね、ここで一番強いのはヴァイス様だし」


「なら、アイツをぶっ飛ばしゃ全員が言う事を聞くんだな」


「ルーク君てさ、子供みたいな思考回路してるよね」


 なんだったら子供の方がルークよりも大人かもしれない。最近の子供は意外と空気が読めるーーとか無駄話は置いておいて、三人はようやく壁際までたどり着いた。

 中からはざわざわとした声が聞こえ、その声も人間の世界で聞いた都市の騒がしさと変わらない。


 巨大な壁はくすんだ緑色っぽくなっており、あまり手入れはされていないのだろう。

 マーシャルは壁に軽く手を当て、


「さっきの話の続きね。ヴァイス様が報告したのもあるけど、報告しなくてもルーク君達の存在はバレてたと思うよ」


「だろうな。あのメラメラ野郎、真っ先に俺達のところに来やがった。どうやったかは分からねぇけど、完全にこっちの位置を掴んでやがる」


「それが王の力だからね。王は視界は凄く広いの。それこそ、この精霊の世界全てを見渡せるくらいにね」


「つー事は、今も見られてるって事か?」


「うん、隅から隅まで。だからここではルールが絶対なの、ルールを破ったら直ぐに王にバレる。そしたら、ヴァイス様が飛んで来る」


「なんか気持ちわりぃな。見た目とは違って、住み辛い」


「あはは……そうかな? もうなれちゃったよ」


 一日中、どこでなにをしているのか常に監視されている世界ーーそれこそが、この精霊の国なのだろ。ルークからすれば、気持ち悪い事この上ない。なに一つ自由なんかなくて、決められたルールにただ従うしかない。

 自分の自由のために戦うルークにとって、この世界はこれ以上ないほどに住み辛いのだ。


 確かにルールは必要なものだ。その王の監視がなくなった場合、この精霊の国は荒れ果ててしまうかもしれない。

 だが、それでも。

 ルークは、そんな世界は絶対に嫌だと思った。


 苦笑いを浮かべるマーシャルに、ルークはぶっきらぼうな様子でこう言った。


「心配すんな、んなクソみたいなルール俺がぶっ壊してやる」


「うん、期待してるね、勇者さん」


 安心したように小さく笑みを浮かべ、マーシャルは壁沿いに歩き出した。すると、ルークの後ろからソラが顔を出し、


「まて、それは大丈夫なのか? 全て見られているという事は、貴様が私達に手を貸しているという事も……」


「はい、多分、いや間違いなくバレてますね。けど、なにもしてこないって事は、なにかしらの理由があるんだと思います」


「確かに。私達の居場所が分かっているなら、直ぐにでも刺客を寄越せば良い。それをしないという事は……」


「俺達がここに来るって分かってっからだろ。わざわざ探しに行かなくても待ってりゃ来るんだ、無駄に体力を消耗する必要はねぇ」


「あぁ。いやしかし……」


 ルークの肩を掴むソラの力が強まった。

 捕まったナタレムがなにをされているのかは分からないが、もしマーシャルも捕らえる精霊の一人として認識されているとすれば、それは間違いなくルーク達と接触したせいだ。


 罪悪感からか、ソラの表情が曇る。

 しかし、マーシャルは笑ってこう言った。


「大丈夫ですよ。私はルーク君に利用されるって決めたんですから。……それに、私も知りたいんです。全部を……なにが正しくてなにが間違っているのか」


「……そうだな、すまない。貴様の覚悟を踏みにじるような真似をしてしまった」


「あ、謝らないでください。アルト様謝られるのは……その、なんか気持ち悪いです」


「アハハハハハハ、自分の子供に気持ちわりぃって言われてやんの」


 とりあえずチョークスリーパーをされました。

 照れくさそうにマーシャルは鼻をかき、歯がゆさを誤魔化すように前を向いて早足になった。

 しばらく歩くと、壁に設置された小さな扉が見えて来た。


「ここが入り口だよ」


「こんなでけぇ壁なに入り口ちっちぇな。もっとドデカイ門とかあるのかと思った」


「一応あるけど、出入りする度に開けるのは面倒でしょ? だから最近これを作ったの。アルト様が地上に下りたあとにね」


「ますますこの壁の意味が分からねぇ」


 壁とは本来、安全性を確保するために作るものだ。しかし、精霊は精霊を殺してはいけないというルールがある以上、この世界には外敵がいない筈だ。それなのに、なぜかこんなにも立派な壁を作っている。


 こんがらがって来た精霊の国事情。

 そんなルークを他所に、マーシャルは扉に手をかけーー、


「ちょっと待て」


 伸ばしたマーシャルの手をルークは掴んだ。

 もしかしたら待ち伏せされているかもしれないーーというのは考えれば直ぐに思い浮かぶ。しかし、そうではない。

 ここ数ヶ月で磨かれたルークの危機関知能力が、サイレンを鳴らしていた。


「えっと、どうしたの?」


「下がれ、ちょっとこっち来い」


 マーシャルの手を掴むと、ルークは無理矢理引っ張って扉から距離をとった。空いた左手を後ろへと回し、ソラの頭に触れた瞬間ーー、


「ーー!?」


 激しい爆発音が生じ、風とともに扉が弾け飛んだ。木っ端に砕けた破片が襲いかかって来たが、すでに加護を発動させたルークはそれを難なく払いのける。剣をしっかりと握り締め、マーシャルの前に出た。


「え、え? あ、アルト様が剣になっちゃったのっ? てゆーか、いきなり扉が……!」


「ちょっと黙ってろ。あと邪魔だから下がれ、足手まといだな」


 なにが起きているのか分からず、慌てた様子で剣状態のソラと扉を交互に見るマーシャル。そんなマーシャルの肩を押して突飛ばし、しりもちをつくのを見る事なく扉へと目を向けた。


 煙の中、ゆらりと人影が揺れた。

 直後、激しい突風が巻き起こり、辺りの煙を一瞬にして払いのける。


「言われたから来たけどよ、まさかマジで人間が来てるとはなァ。懐かしい匂いもするしよォ」


 それは男だった。

 天然なのかは分からないが、重力に逆らって真上へと伸びる緑色の髪。鋭い赤い眼光はルークただ一人を捉えており、筋肉質な腕を伸ばして首の後ろを面倒くさそうにかいていた。


 ヴァイスとは違う、どちらかといえばルークに近いだろう。

 その男は、かなり好戦的なタイプだと直感が告げていた。


「何回か見たけどよォ、やっぱ生で見ると全然ちげぇのな。あぁ、今のは人間、テメェに言ったんじゃねぇからな。その姿のアルトを見るのが初めてでよォ」


「いきなりテメェ呼ばわりかよクソ頭。教育がなってぇな」


「テメェこそ口がわりぃな。とっととアルトとそこの女を置いてどっか行け」


 恐らくだが、目の前の男はあの炎の男に匹敵する力をもっている。とりあえず加護の時間は確保出来ているが、まともに戦って勝てる可能性は低いだろう。

 しかし、だからといってこの男は態度を変えたりしない。


 いつものように、挑発混じりの不敵な笑みで、


「初対面の人間になにか頼む時は敬語だろ。偉そうに上から目線で語ってんじゃねぇよ」


「チッ……人間ってのはこうも一人一人性格がちげぇのか? まぁ精霊も人の事言えねぇけど……。最後の忠告だ、さっさと消えろ」


「断る。俺は命令されんのが大ッ嫌いなんだよ。特に、テメェみてぇに偉そうな態度とってる奴の命令に従うのはぜってーにやだ」


「そうか、なら……」


 口元に笑みを浮かべ、挑戦的な態度でこう言った。


「ズタズタに引き裂いて地上に下ろしてやるよ。しっかり踏ん張れ、飛ばされねぇようになァ!!」




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