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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
八章 精霊の国
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八章九話 『精霊の国へ』



「準備の方はどうっすか?」


「元々持ち物なんかねぇよ。丸腰で誘拐されたからな」


「そっすか。一応食料とか軽く持って行った方が良いかもしれないっすね。向こうにも食事はありますけど、食べれるか分からないんで」


「なんで食えねぇんだよ」


「そりゃ、向こうがルークさんを敵と認識したら食べ物なんて与えないでしょう?」


「確かに」


 泊まっていた部屋をあらかた片付け、ルークは扉に上半身を預けているナタレムに目を向けた。元々自分の持ち物はないに等しいので、整理は難なく進む。


「それに、向こうの料理はあんましうまくないっすよ? 人間の真似して料理作ってますけど、実際に本物を食べた精霊なんて片手の指で収まるくらいっすから」


「ふーん。そういや、精霊って腹減らねぇんだっけか? その割にはソラの奴めっちゃ食ってっけど」


「味覚は存在しますからね。空腹って概念がなくても、美味しい物は食べたくなるもんなんすよ」


「なに、そんじゃ胃とかもねぇの?」


「解剖しないとなんとも言えないっす」


 自分のお腹をさすり、それから両手を広げてナタレムは『切る?』的な視線を送る。

 ルークは手を振ってそれを拒み、ぐちゃぐちゃになっている布団を伸ばし始めた。


 借り物競争から早二日。

 それからは何事もなく、体力を回復させる事だけに専念出来た。最初は騒がしく部屋を訪れて来た者もいるが、精霊の国という得体の知れない場所に行くーーそんな前途多難な旅の前なので、多少気を使ってくれたのだろう。


 そして今日、ようやくその日が来た。

 予定より早い旅立ちにはなったが、ルークとしても目的が決まっているので早く終わらせたいのだ。なので、この宿とも今日でお別れ。もっと言えば、地上ともしばらくお別れになる。


「ルークさん、やっぱ辞めるとか言わないっすよね?」


「たりめーだろ。今打てる手は精霊の国に行って協力を得る、それだけだ。しかもそれが出来るのは俺だけで、俺はそれをやらなきゃなんねぇ。今さら辞めるなんて言わねぇよ」


「なら安心っす。いやぁ、そうなると俺の方がまだ覚悟決まってないみたいっすわ」


「精霊は精霊を殺しちゃいけねぇんだろ? なら、少なくともお前が死ぬ事はねぇじゃん」


「死ぬよりも嫌な事なんてごまんとありますよ」


 かわいた笑いを浮かべ、ナタレムは手伝うでもなくルークの片付けを見つめている。

 彼がなぜ精霊の国を出たのかについてはほとんど知らないが、一度出てしまった以上、戻るのにはそれなりの覚悟がいるのだろう。

 親が嫌いだから家出する、とは訳が違うのだ。


 ルークは布団を完璧に直し、部屋の中をぐるりと見渡した。


「うっし、こんなもんだろ。もう行くのか?」


「はい。その前に挨拶とかは良いんすか? 冗談でもなんでもく、戻って来れない可能性もありますよ?」


「んなのねぇよ。俺は必ず戻って来る。まだやりてぇ事が山ほどあるかんな」


「……そうっすか。けど、他の人は違うみたいっすけどね」


 そう言って、ナタレムは寄りかかっていた扉を叩く。扉の向こうから数人の声が聞こえたかと思えば、突然扉が開いて人がなだれこんで来た。


「いてて……」


「なにやってんだお前ら」


 そこには、これまで一緒に旅をして来た仲間達がいた。別に外で盗み聞きする必要もないのだが、入るタイミングを失ったーーといったところだろう。

 ティアニーズは倒れた拍子にぶつけた額を押さえ、


「だって、ルークさんの事だから、誰にもなにも言わずに行くと思ったんです」


「まぁ、そのつもりだったし」


「だから待ってたんです。挨拶もなしに行かせませんよ」


「別にこれで最後って訳じゃねぇだろーが」


「それでも……やっぱり不安なんです」


 ティアニーズの横でエリミアスが何度も頷く。

 すると、部屋の入り口にたまるティアニーズ達をかき分け、朝に弱い筈のソラがキリッとした顔でやって来た。勿論、寝癖もない状態で。


「騒がしいな。準備は出来たんだろう?」


「おう、もういつでも行ける」


「ならば早く行こう。と、言いたいところだが、流石にこのまま行く訳にはいかないか」


 今にも泣き出しそうなティアニーズとエリミアスを見つめ、ソラはしょうがないと言いたげに首を横に振った。部屋の中にはしんみりとした空気が流れ、これから死地にでも赴くかのようである。

 そんな空気を切り裂くようにナタレムが手を上げ、


「とりあえず、場所移動しないっすか? 狭いですし、まだお客さんもいると思うんで」


「そうしようか。全員が入るには狭すぎる。それに、外の風を浴びていた方が話やすいだろう」


 アテナがナタレムの言葉に同意し、とりあえずその場はまとまりを見せた。

 それから全員で宿を出ると、西門を通ってテムランの外へと移動。あんな事があったのでほとんど人の出入りはなく、しかし人に見られるのは困るとナタレムの提案で、少し離れた草原へと全員でやって来た。


 穏やかな風が頬を叩き、照りつける太陽が心地良い。これもしばらく味わう事が出来ないと思い、ルークは名残惜しそうに目を細めた。


「んで、お前らはどうすんだ? 普通の人間はついて来れねぇんだろ?」


「それについては考えてある。私達はこれから王都へ行こうと思う。これまでの事、私が君達と出会う前の事も含め、当事者が直接王に説明した方が良いからな」


「おっさんは?」


「しゃーねぇから行くよオイ」


「大丈夫なのかよ。いきなり捕まったりしねぇの?」


「そこについては私がどうにかするさ。アンドラも当事者であり、大事な戦力だ。まぁ、罪がなくなる訳ではないがな」


「わーってるっての。だから行くんだろオイ」


 アテナにからかうよう笑みを向けられ、アンドラは居心地が悪そうに肩をすくめた。彼の場合、捕まるとかの以前に、恐らくアルフードに会いたくないのだろう。きっと駄々をこねたに違いない。しかしそれを説得したのは、他でもない隣で微笑む弟子の力なのだろう。


「魔王の復活の事もある。それに、メレスが拘束した魔元帥の事も気になるからな。私達も私達で探ってみるさ」


「こっちはお前らに任せる。俺が帰って来る前に全滅とかすんなよ」


「あぁ、それなりに頑張ってみる。奴らもバカではない、王都に直接乗り込んで来るような真似はしないさ。仮にそうなったとしても、私が必ず守ってみせる」


「おう。頼むぜ、団長さん」


「君の方こそ、きちんと戻って来るんだぞ。デートがまだだからな」


 決意のこもった瞳でルークを見据え、アテナは最後に小さく微笑んで見せた。茸入りサンドイッチを食べさせられたトラウマはあるものの、彼女の実力はルークも良く知っている。そのアテナが必ず守ると言ったのだ、任せる他ないだろう。

 最後の一言は聞かなかった事にしよう。うん。


「ルークさん」


「あ?」


 いきなり名前を呼ばれ、ルークはそちらに顔を向ける。ルークを呼んだのはケルトだった。名前を呼ばれるのは珍しく、なんだかむず痒い感覚だった。


「貴方がいないとエリミアス様が悲しみます。どうかご無事で」


「おう。お前こそ、仮面とる練習しとけよ」


「はい。それと、そこの。ルークさんをよろしくお願いします」


「え、そこのって俺っすか? 一応お父さんみたいなもんなんすけどねぇ」


 そこの呼ばわりされ、ナタレムは悲しそうに肩を落とした。

 続いてアキンが前に出た。

 一瞬躊躇うように手を引っ込めたが、意を決したようにルークの手を握った。


「あの! ルークさんが戻って来るまで、僕が皆を守ります!」


「お、おう。なんかやる気だな」


「前に、僕に言ってくれましたよね。守る方も守られる方も知ってる人が、本当に強いって」


「あ、あぁ、うん。そんな事言った気がする」


 興味ない事に関しての記憶力はゴミなので、ルークは誤魔化すように右斜め上へと目を向ける。アキンは気付かず、握る手にさらに力を込めた。


「今回の戦いで、僕は人を守る事がどんなに大変かを知りました。目の前で誰かが戦ってるのに、自分はなにも出来ない辛さも知っています。これで、やっとスタートラインに立てた気がするんです。だから、あとは強くなります! 強くなって、皆を守ります!」


「ほどほどに頑張れ。お前が無理するとおっさんが泣くから」


「お、お頭も僕が守ります! 誰も死なせません!」


「だってよ」


 何気なくアンドラに視線を向けると、娘の成長に感動して涙を流していた。鼻水をたらし、涙で顔面をぐちゃぐちゃにしながら、アンドラは近付いてアキンの頭を撫でた。


「おう! 俺の弟子なんだから強くなってもらわねぇとなオイ。んで、ルーク、お前にも言いてぇ事がある」


「なんだよ」


 鼻水をすすり、涙を拭い、お父さんの表情へと変わるアンドラ。いや、いっつもお父さんでした。


「お前が死ぬとアキンが悲しむ。だから必ず帰って来いよ」


「わーってるよ。ちびっこの事は知らねぇけど」


「なら良い。それと、これは友人としての忠告だ。お前は勇者だけど勇者じゃねぇ、あんま無理すんじゃねぇぞ」


 視線をあわせずにそう言うと、アンドラは背を向けて離れて行ってしまった。そのあとをテクテクとついて行くアキンの後ろ姿を見つめ、二人の成長に思わず笑みがこぼれ落ちた。

 おっさんのツンデレには鳥肌が立ったけど。


 と、一旦離れた筈のアンドラが振り返り、


「親父からの伝言だオイ。ありがと、だってよ」


「なんもしてねぇって言っとけ。そういやシャルルは?」


「あぁ、アイツなら来ねぇぞオイ。お前は放っといても大丈夫だからって言ってた」


「なるへそ、最後までツンデレだな」


 恐らくだが、本当は来たかったのだろう。けれど、彼女にはやるべき事が沢山あるし、それになによりも、顔を見たら泣いてしまうかもしれない。ルークの言う通り、どうしようもないくらいのツンデレなのだ。


 距離をとるアンドラを目にし、ティアニーズとエリミアスが顔をあわせた。意味ありげなやりとりをルークが眺めていると、微笑んだエリミアスが踏み出した。


「お父様に報告しておきます」


「え、なにを? 俺なんもしてねぇけど」


 突然の宣言に、ルークは目を丸めた。

 しかしエリミアスは晴れやかな笑顔で、


「いえ、沢山してくださいました。ルーク様が、私を守ってくださったのです」


「守ってねぇ」


「守ったのです」


「守ってねぇ!」


「守ったのです!」


 そこは譲れないのである。

 謎の意地の張り合いで息を切らしていると、エリミアスが突然吹き出した。楽しそうに、幸せそうに、優しい声で呟く。


「やっと、やっと言い合いが出来ました」


「言い合い? んなの前にもやった事あんだろ」


「良いのです、私にとってはこれが初めてなのです。ようやく、ルーク様とお友達になれたのですから」


「なってねぇ」


「私の名前を呼んでくださったのでお友達なのです」


 言い返そうとも思ったが、このおてんば姫様は以外と、いやかなり頑固なところがある。精霊の国に行く前にあまり体力を消耗したくないので、ルークはしぶしぶ頷いた。

 すると、エリミアスは嬉しそうに手を叩き、


「待っています。まだまだルーク様と一緒に行きたいところがあるのです。だから、お帰りになられたらデートしてください」


 瞬間、ティアニーズの肩が跳ね上がった。そしてなぜかアテナの表情が変わる。なんというか、そう、目に色がなくなっていた。

 しかし、エリミアスはそんな事気にせず、


「約束なのです」


「あのな、国の姫様がデートになんか誘ってんじゃねぇよ。金目当てでホイホイついて行くぞ」


「知らなかったのですか? 私は姫である前に、一人の女の子なのですよっ」


 ルークの耳元で囁き、それからひらりとスカートを翻す。至近距離で揺れた髪からは甘い香りが漂い、ルークの鼻の下は勝手に伸びていた。

 エリミアスはそれを見てクスクスと笑うと、背を向けて走って行き、ティアニーズの後ろに回りこんで背中を押した。


「ちょ、ちょっとエリミアスっ」


「ティアニーズさんの番なのです。ちゃんと言いたい事を言わないとダメですよ?」


「う、うん」


「でも、抜け駆けはダメなのです」


「そ、そんな事しないよ!」


 エリミアスに背中を押され、よろけながらも前に出るティアニーズ。ルークの前に立ち、相変わらずなにを考えているか分からない表情を見て、


「側にいろって言ったくせに」


「おう、言ったな」


「良いですよーだ、どうせルークさんは勝手に一人でどっか行っちゃうような人ですし」


「行きたいところに行くのは当たり前だろ。なんでいちいち許可とらねぇといけねぇんだよ」


「た、たまには心配する側の身にもなってください!」


「なんで俺がお前の気持ちを考えねぇといけねぇんだ。つか、あれ? 心配なの?」


「し、心配に決まってるでしょ!」


 否定されるかと思いきや、ティアニーズは顔を真っ赤に染めながら言葉をひねり出した。予想外の反応にルークがポカーンとしていると、それを見てティアニーズが笑みをこぼした。


「でも、大丈夫です。貴方はなんだかんだでやり遂げる人ですから」


「なんだかんだってなんだよ。いっつも俺の計算通りだっての」


「はいはい、計算通り計算通り」


 バカにしたように鼻を鳴らし、手を広げながら挑発するティアニーズ。

 当然、ルークは挑発にする乗るタイプなので、言い返そうと口を開いたが、ティアニーズの言葉がそれを遮った。


「ちゃんと、強くなって戻って来てくださいね。約束破ったらしょうちしませんよ」


 その表情は、ルークの良く知る笑顔だった。

 別にティアニーズに対して特別な感情はない。多少他の人間よりも気にしてはいるが、それは間違っても恋愛感情ではない。

 しかし。

 その笑顔は、好きだった。


 ルークもつられて微笑み、ティアニーズの頭に手を乗せると、


「たりめーだ。お前こそ俺を守れるくらいに強くなってろよ。死んだらぶん殴るかんな」


「死にません。私には、貴方と一緒に戦う責任がありますから」


 旅のきっかけをつくった少女。

 立ち上がるきっかけを与えた青年。

 これまでずっと一緒だった二人だが、しばしの別れに不安などない。

 お互いの強さを、お互いが誰よりも理解しているから。


 全員が別れの挨拶を済ませたタイミングを見計らい、ナタレムが出番だと言いたげに前に出た。


「やっぱ、ルークさんに任せて良かったっす」


「まだ、だろ。まだなにも終わっちゃいねぇ」


「そうっすね。ここから、本番はここからっす」


 覚悟を決めたように頬を叩き、ナタレムは決意に満ちた眼差しで空を見上げた。聞き取れなかったがなにかを呟き、ゆっくりと歩いてルークの横に立つ。

 そして次の瞬間、その手を握った。


「え、なに?」


「なにって、こうしないと精霊の国には行けないんすよ。ささ、アルトさんもルークさんの手を握って」


「あ、あぁ」


 ナタレムに急かされ、若干躊躇いながらも手をとるソラ。故郷に帰る緊張なのか、それとも手を握るという行為自体への緊張なのか。ともかく、三人は仲良く並んで手を繋いだ。


「……そういやさ、俺いっちばん重要な事聞いてなかったわ。どうやって行くの? このまま飛ぶの?」


「あながち間違ってもないっすね。ちゃんと握っててくださいよ、久しぶりなんで途中で行方不明になっちゃうかもしれないんで」


「なに行方不明って。怖いんだけど、安全なんだよね? いきなり爆発とかしないよね?」


「爆発はしないっすけど、ミスったらこの世とあの世の境に吹っ飛ばされたりしちゃうかも」


 冗談っぽく言ってはいるが、その目はマジである。

 繋いだ手が震え、嫌汗がダラダラと額から落ちる。


「そもそも、精霊の国っていうのはあってないようなもんなんすよ。側にあるけど見えない? 的な」


「いやそんなのどうでも良いからさ。え、ちょっと待って、なんか体が光ってんだけど」


「大丈夫大丈夫、ちょっと無重力になるだけっすから。あ、吐いたりしないでくださいね?」


「俺乗り物弱い」


 ガクガクと震えていると、突然ルークの体が輝き始めた。ルークだけではなく、手を繋いでいる二人まで。ーーいや、違う。

 三人が光っているのではなく、空から光の柱が落ちて来ていた。遥か彼方から差し込む光の柱が三人を包んでいるのだ。


 心地よい暖かさなのだが、いかんせんこのあとになにが起こるのか分からないため、もう怖くて怖くて仕方ない。

 しかし、ナタレムは笑った。

 楽しそうに、満面の笑みで。


「そんじゃ、二名様ご案なーい」


「ちょーー」


 次の瞬間、全てが白くなった。

 ルークの意識は吸い込まれて行く。

 手足の感覚がなくなり、呼吸を忘れ、なにも見えず、なにも聞こえず。


 ただ、吸い込まれて行く。

 真っ白な世界へと。

 ただ、ゆっくりと。



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