八章八話 『お父さんの気遣い』
いよいよ借り物競争も佳境をむかえようとしていた。
先頭を走るのは謎のマッチョの集団。ゴツい鎧のような筋肉をみにまとい、コースである大通りを並列に走る事で道を塞いでいた。
その後ろ、どうにか逆転の機会を狙うルーク。
そしてさらに後ろに、勇者の命を狙う三人の鬼が走っていた。
「おい、早く抜かないと先にゴールされてしまうぞ」
「るっせぇ、分かってんだよ」
「ならばなぜ本気で走らない」
「んなもん警戒してっからに決まってんだろ。よーく考えてみろ、ティアがさっきから静かだ」
ルークに言われ、ソラは後方を確認。鬼のような表情は変わらないものの、先ほどまでの罵声が嘘のように影を潜めていた。それはティアニーズだけでなく、他の二人もだ。
ソラは一人で頷き、
「なるほど、なにか企んでいるな」
「アイツは俺の事よーく分かってっからな。ゼッテーになにか仕掛けてくる。だからこっちも様子を見るしかねぇんだよ」
「一つ疑問なんだが、ティアニーズ達のお題はなんなのだ? 見たところなにも持っていないように見えるが」
「俺と同じ愛する人だよ。手頃な男がいねぇから俺の事追い掛けて来てんだろ」
「ふむ、なるほど」
納得したように呟き、ソラは顔を再び後ろへと向ける。それから口角をニヤリとつり上げ、挑発するような笑みを浮かべたあと、視線を前に向けた。
その行為で三人の殺気がさらに倍増。
「しかしもう一つのお題は? 仮に貴様を抱えてゴール出来たとしても、お題は二つなんだろう?」
「多分だけど、アイツらもう勇者とかどうでも良くなってる。俺を妨害して叩きのめすために追い掛けて来てる」
「まったく、いったいなにをしたんだ。まぁいつもの事だが」
「そ、それはまぁ、色々だよ色々」
素直に言えば間違いなくボッコボコにされるので、ルークはそれとなく誤魔化した。
ソラはその様子を不審がるように首を傾げたが、右前方に現れた北門を見つけ、
「ルーク、北門だ。残りは一直線だぞ」
「そろそろスパートかけねぇとやべぇか」
「どうするつもりだ?」
「どうするもなにも、やる事は一つに決まってんだろ」
ソラの問いかけを受け、ルークは悪い顔で微笑む。右腕を後ろに回し、自分の頭にしがみつくソラを掴まえると、
「俺達にしか出来ねぇとっておきがあんだろ」
そう言った次の瞬間、肩車していた少女の姿が剣へと変化し、ルークの手の中に収まった。値段のつけようがないほど美しい赤い宝石が輝く、魔獣を殺す事に特化した剣へと。
『分かってはいたが、まさかこんな催しに加護を使うとはな。貴様は精霊の力をなんだと思っている』
「バカ、使えるのに使わねぇ理由がねぇだろ。勇者舐めんなっての」
卑怯というかなんというか、たかが借り物競争ごときにこの力の入れようである。魔獣を倒すための力を己の私利私欲のため(借り物競争)に使うーー恐らくだが、この先未来永劫こんなアホ勇者は現れないだろう。
周りの人間は当然一般人。そんな一般人相手にも一切手を抜かず、徹底的に叩き潰す。それが卑怯だろうがなんだろうが、この男は勝つためならなんでもやるのだ。
まさにクズ。ほんと、なんでこれが勇者なんだろうか。
ルークは剣を握り締め、
「っしゃ、とっととあのマッチョどもを飛び越えて一気にゴールすんぞ!」
『……待て、なにか嫌な予感がする』
「は? 嫌な予感?」
さっさと決着をつけるために加速しようとした瞬間、ソラの言葉でルークはスピードを緩めた。だがしかし、それはダメだった。確かにソラの予感は的中していたのだが、ここは無視して突き進むが正解だった。
なぜならーー、
「加護を使うの待ってましたよ」
なにかが物凄い速度で横を駆け抜けて行った。通り過ぎた瞬間に甘い香りが鼻を刺激し、鮮やかな桃色の髪が風になびく。一瞬、その美しさに目を奪われてしまうが、なにが起きたのかを瞬時に理解し、
「あ、テメ! ずりぃぞ!」
「加護使ったくせになに言ってるんですか! 油断したルークさんが悪いですぅ!」
『これを狙っていたのか。私が加護を発動した場合、近くにティアニーズがいればその影響がおよぶ。なるほど、確かに貴様を良く理解している』
「呑気に解説してんじゃねぇ!」
他人事のように呟くソラ。
ソラの言った通り、ティアニーズはこの瞬間をずっと待っていたのだろう。このクソ勇者は容赦なんかしない。であれば、どこかのタイミングで必ず加護を使って来る。ティアニーズはその瞬間のために離されないように距離を保ち、ルークを刺すたった一度きりのチャンスを狙っていたのだ。
策士策に溺れる、とはまさにこの事だ。
先日の戦いで多少ながら加護の恩恵を受けられるようになったティアニーズ。状況を冷静に見極め、付き合いの長さからルークの行動を予測し、好機が来るまで息を潜める。
その行動原理が叩きのめす、でなければ格好いいのに。
だが、この程度で諦めるような男ではない。
「残念だったなぁ! 加護の恩恵は俺の方がつえぇ! お前なんざソッコー抜かしてやんよ!」
「やれるものならやってみてくださいよ! ほら、かかって来いバカ勇者!」
「上等だボケ! 今から捕まえてたっぷりとお仕置きしてやらぁ!」
子供のような挑発に乗ってしまい、ルークは剣を振り回しながら速度を上げた。とはいえ、加護の性能的には天と地の差があるので、ルークがティアニーズに追い付く事事態はさほど難しくない。隙をつかれて追い抜かれたものの、取り返すには十分過ぎる距離が残っていた。
ジリジリとその距離をつめて行く。
エロ親父のように、気持ちの悪い笑みで。
「後悔してもおせぇかんな! この俺を怒らせた事をたっぷりと悔い改めさせてやる! 今から楽しみだせぇぇぇ!」
「へ、変態! こ、こっちに来ないで!」
「来いっつったのはお前だろ! 今から行ってやるから大人しくしてろ!」
「な、なにするつもりなんですか!」
「そりゃもう、口では言えないあんな事やそんな事に決まってんだろ! 泣いて謝っても許してやんねぇからな!」
「年下にそんな本気になって恥ずかしくないんですか! 捕まりますよ!」
「残念でしたぁ! 俺はガキだろうがババアだろうが平等にぶん殴れるんだよ! それに勇者だから大抵の事は許されるんですぅ!」
一応、この男は英雄として町に広まっている。だがしかし、観客達のルークを見る目は酷く冷めていた。恐らく人づてにしか話を聞いておらず、本物の勇者がどんな男なのか知らない人間が多いのだろう。『なにあれ、キモーイ』、『女の子襲おうとしてる』、『騎士団の人呼んだ方が良いんじゃない?』なんて声まで聞こえて来る始末だ。
なので、今目の前で勇者と名乗った変態の姿を見て、誰しもが失望と軽蔑の眼差しを向けていた。当たり前である。グヘヘと笑いながら剣を振り回して少女を追い掛けているのだ、逮捕されていない事事態がおかしいのだ。
ただ、そんな周りの目なんて気にせず、変態さんは突き進む。
「俺に歯向かった事を後悔しやがれ! 」
「い、嫌! 来ないで!」
あと少し。手を伸ばせば届く距離まで迫る。
ティアニーズは必死に手足を振り回しているが、やはり加護の差は大きいようだ。
ルークの指先がーー、
「ケルトさん!」
その時、背後から声がした。
エリミアスの声だった。
自分の友人である精霊を呼ぶ声。朝から姿を見ていないし、勿論レースには参加していない。呼んだら来るなんて都合の良い展開はーー、
「お呼びですか?」
「来ちゃったよ!」
当たり前のようにケルト参上。
どこから来たのかは分からないが、エリミアスの呼び掛けに答え、一瞬にしてその横に並び立つ。
「ルーク様を止めてください!」
「分かりました」
ケルトはエリミアス大好きちゃんなので、疑問なんか持たずに従うのだ。一切の事情を聞かないまま加速すると、一気に飛び上がって宙を舞う。そのままルークとティアニーズの間に割って入り、伸ばした手を鷲掴みにした。
「なにいきなり登場してんだお前! 関係ねぇだろ!」
「エリミアス様が呼べば私はいつでもどこにでも参上します」
「便利な機能ですね!」
腕をいきなり掴まれ、ルークは思わず足を止めてしまう。人間を越えた握力に手首を締め付けられ、みるみるうちにルークの顔が青ざめていった。走る速度も落ち、しまいにはその足を止める。
「退け!」
「断ります」
「なら力付くで退かす!」
対抗しようと掴まれた腕をそのまま振り回そうとするが、やはり精霊の腕力は人間を凌駕していた。とはいえ、本来ケルトは戦闘向きの精霊ではない。戦う事に特化したソラの加護を受けたルークならば、押し返す事は容易だった。
が、
「お先!」
「お先に失礼します!」
「あ、待ちやがれ!」
そもそもケルトの役目は一瞬でも良いからルークを止める事だ。その願いは果たされ、足を止めた僅かな隙にエリミアスとシャルルが前に飛び出した。
ここで、ルークは自分の間違いに気付いた。
「優勝する気満々じゃねぇか!」
「当たり前でしょ! アンタに負けるとか絶対に嫌だもん!」
「卑怯者! 正々堂々一対一で勝負しやがれ!」
「精霊の力に頼ってんのはアンタも一緒でしょ! てか、アンタだけには言われたくない!」
段々と遠さがる二人の背中を目にし、ルークはじたんだを踏んだ。
恐らくだが、女子三人組は借り物競争だという事を忘れている。とりあえずルークに敗北を叩きつけるために必死で走っているのだろう。
そして、このままでは本当に負けてしまう。
『おいルーク、貴様負けたらどうなるか分かっているんだろうな?』
「俺が、負ける訳ねぇだろォ!」
そう、この男は負けず嫌いで諦めが悪い。
勝つためならどんな手段でもとるクソッタレなのだ。そして、こういうくだらない争いの時にこそ、ルークの真の力は発揮されるのだ。
握り締めていた剣を地面に突き刺し、空いた右手をケルトの仮面に向けて迷わず伸ばした。
「お前の弱点なら分かってんだよ!」
ケルトは危険を察知して一歩後退るが、ルークの方がコンマ数秒速かった。伸ばした手はケルトの仮面をしっかりと掴み、そのままの勢いでひっぺがす。
ケルトの顔が晒され、二人の視線が交わった。
「あ、あ……」
「ざまぁみろ! お前は仮面をとったらなにも出来ねぇ! このままゴールしてーー」
口をパクパクと開閉したまま固まるケルト。ルークは腕を振りほどいて走り出そうとするが、そこで異変に気付いた。
自分の腕を掴むケルトの腕力が、まったく弱まっていなかったのだ。
「え、あれ、嘘! お前弱点克服したの!?」
「…………」
返事はない。以前弱点を克服したらなんとか、という約束を交わしたのだが、ケルトはそのために努力をしていたのかもしれないーーとかではなく、単純にそのまま気絶していた。
しかし、彼女の中にあるエリミアスを助けなければ、という思いが体を動かし、意識を失いながらもルークを止めたのだ。
「は、離しやがれクソ!」
「…………」
「ケルトさん起きて! エリミアスが呼んでるよ!」
「…………」
剣を掴み、加護を受けた状態でもまったくびくともしない。自分の打った渾身の一手が、自分の首を締める結果になってしまった。
前を走る集団はゴール間近。
ティアニーズ達が勇者出来ないとしても、マッチョ達はゴール出来てしまう。
万事休す。
卑怯者には罰が下る、とはまさにこの事を言うのだろう。
しかし何度も言うが、この勇者は諦めが悪い。
追い込まれれば追い込まれるほど、逆境に立ってこそ、勇者としての真価が発揮される。
「……くくくく」
『……ど、どうした?』
「ハハハハハ!!」
肩を落として凹んでいたかと思えば、突然顔を上げて高笑い。その変貌ぶりにソラも驚いたようで、声が上ずっていた。
ルークは腕と融合したケルトを引きずりながら振り返り、
「俺に勝とうなんざ百年はえぇんだよ。勇者の力、テメェらの体でとくと味わいやがれ!」
『ちょ、待て!』
ソラの呼び掛けも間に合わず、ルークは全力で剣を振り回した。刀身は目映いほどの光を放ち、放たれるは魔元帥すらも葬る一撃。
まぁ、こんな町中で斬撃をぶっぱなしたのだ。
幸い背後には人がいなかったため(いたとしても人間には効果がないのだが)、光の斬撃は真っ直ぐに地面に直撃。コンクリートの地面を破壊し、地面に着弾すると同時に激しい爆風を巻き起こした。
ルークはそれに巻き込まれーー否、自ら突っ込んだ。
「爆風ジャァァァンプ!!」
『なにをしているんだ貴様は!』
上手く爆風に乗り、ルークの体は道端の小石のように吹き飛ばされた。とりあえずあとが怖いので腕にしがみつくケルトを手繰りよせ、三人はダイナミックに跳躍。
ティアニーズは背後で起きた爆発に足を止め、振り返り、顔を上げた。
そして、目に入ったソラ飛ぶ勇者を見つけ、
「な、セコい!」
「アハハハハ! 卑怯な手で俺の上を行こうって事事態が間違いなんだよ! そこで指くわえて見てろ!」
「ケ、ケルトさん!?」
「どこまで卑怯なのよアンタは!」
頭上を通り過ぎて行くルークを見送る事しか出来ず、エリミアスとシャルルは足を止めてしまった。
ケルトを抱き締めながらどうにかして体勢を整え、空飛ぶ勇者は先頭集団を余裕で飛び越える。
ゴールは目前。当然、このまま行けば間違いなく一位。なのだが、
「ん? あれ?」
そこでとある事に気付いた。
いつものような、加護を発動している時に感じる違和感がない。
おかしいと思い、自分の右手を確認すると、ある筈のものがそこにはなかった。
「ソラがいねぇぇぇぇ!!」
慌てて辺りを確認すると、空中でくるくると回転する剣が目に入った。爆風の勢いにやられ、恐らく手を離してしまったのだろう。
加護は体の一部がソラに触れていないと効果がない。つまり、
「落ちるぅぅぅぅ!!」
高さは推定五メートル。普通の人間が落下すれば、恐らく地面と融合してしまうだろう。
迫る地面。
ルークは必死に手足をばたつかせ、なんとか落下地点を調整する。
その結果、コンクリートに直撃は回避。
ゴール地点である、巨大な噴水に突っ込んで行った。
「おぶ、ぶはぁっ! あっぶね、死ぬところだった」
水に突っ込んだため、特に怪我などはなかった。ずぶ濡れになりながらケルトを引きずり、噴水から抜け出す。こんな状態だというのに、いまだにケルトは腕を離さない。
ルークは辺りを見渡し、自分以外に人がいない事を確認すると、
「うおっしゃぁぁぁ! 俺の勝ちぃ!」
天高く拳を突き上げ、勝利宣言をしたのだった。
それから数分後、遅れてやって来たティアニーズ達。
ルークは渾身のドヤ顔でそれを出迎え(腕にケルトをぶらさげ中)、
「どうだこんちくしょォ、俺に勝てるとでも思ってたのかなぁ?」
「す、凄くムカつく!」
「勝ちは勝ちなんだよねぇ。ま、君達も頑張ったと思うよ? 相手が悪かったけどね」
「一発ぶん殴らせなさい!」
「やーだよぉ」
拳を振り上げて襲いかかって来るティアニーズとシャルルから逃走していると、審判兼開催者であるアンドラがやって来た。
アンドラはルークを見るなり顔をしかめ、
「んだよ、まさかお前が優勝者かよオイ」
「おう。つー訳で、とっとと賞品よこせ」
「まてまて、先にお題の確認だオイ。渡した紙出せ」
「はいはい。いやぁ、やっぱ俺ってやれば出来る子なんだよね」
余裕綽々な態度でポケットに手を突っ込み、ルークはお題の書かれた紙を取り出す。水没してぐちゃぐちゃになってはいたものの、なんとか内容は確認出来た。
アンドラは受け取った紙を広げ、
「えーと、まずは……愛する人だなオイ」
「…………」
「お前の愛する人はどこだオイ」
「うん、ちょっと待って」
ルークは頭を抱えた。
作戦ではソラが愛する人役だったのだが、途中でどっかに落としてしまったのでいない。当選、ティアニーズ達にその役を任せる事は出来ない。
(やべぇ、ソラ捨てて来ちまった! どーする……って、あ)
焦りながらキョロキョロしていると、自分の腕にある謎の重さを思い出した。手を上げ、そこにぶら下がる精霊をそのまままえに突き出し、
「これが俺の愛する人だ」
眉をピクピクと痙攣させるアンドラ。
周りの人間、主にティアニーズ達の表情が変化。エリミアスに至っては頬をふくらませ、本気でルークの愛する人がケルトだと思っているようだった。
アンドラは釣り上げた魚状態のケルトを凝視し、
「誰だそりゃオイ」
「ケルトだ」
「そうじゃねぇよオイ。……お前の愛する人はケルトなのか?」
「うん、めっちゃ愛してる」
「その愛する人がなんで気絶して腕にしがみついてんだオイ」
「それは、あれだよ。俺の魅力にやられて気絶したけど、離れるのが嫌だったんだよきっと」
疑いの眼差しを向けられながらも、ケルトが気絶しているのを良い事にルークは適当な事を言いふらす。外野がなにか言いそうなものだが、呆れてジト目を向けていた。
「お前らいつからそんな関係だったんだ? 全然知らなかったぞオイ」
「俺ってば、誰にも言わずに愛を育むタイプだし、皆に冷やかされると嫌じゃん?」
「……まぁ良い、次のお題を出せ」
流石に無理があると思いきや、アンドラは簡単に引き下がった。その際、なんだか怪しい笑みを浮かべていた気もしたのだが、すでに賞品の事で頭がいっぱいのルークは触れずにポケットに手を入れる。
ガサゴソとあさり、
「もう一つのお題は丸いものだろ? 丸かったらなんでも良いんだよな」
「おう、道端に落ちてる石ころでも丸かったらオーケーだぜオイ」
「なら俺の優勝は決まりだな…………?」
そこでルークの動きが止まった。
ポケットの中で五本の指を激しく動かしても、なにかにぶつかる感触がない。慌てて自分の体をペタペタと触って探すが、やはり石ころが見当たらない。
ルークは気付いてしまった。
爆風で吹っ飛んだ時、落としたのだと。
「…………」
「まてこの野郎、適当な石拾おうとしてんじゃねぇぞオイ」
「は、はぁ? ちげーし、ちょっと落とし物しただけだし」
しゃがんでさりげなく石を拾おうとしたが、当然気付かれて腕を掴まれた。挙動不審な様子で言い訳を口にするが、アンドラはそれを見透かしていたようで、
「なぁルーク、一つ良い事を教えてやるよオイ」
「あ? なんだよ」
「お題をもう一回ちゃんと読め」
「愛する人だろ? んな事分かってんだよ」
無理矢理押し付けられた紙に目を通し、書いてある事を口に出した。ルークの口から『愛する人』という単語が出た瞬間、アンドラは待ってましたと言わんばかりに微笑み、
「そう、愛する人だなオイ。ちなみにケルトは?」
「だから俺の愛する人だって……え、まさか……」
怪しげな笑みを見てルークは勘づいた。
そう、紙には愛する『人』と記されている。
人、つまり人間だ。しかしながら、ケルトは人間ではなく精霊だ。
それが意味するのは、
「ケルトは精霊だからなし! よってお前は失格」
アンドラは両手を使ってばってんを作り、声高らかにそう宣言した。
「ふ、ふざけんな! んなの認めねぇぞ!」
「お前がちゃんと読まずに行動したのがわりぃんだろーがオイ。俺はちゃんと人って書いたぞ?」
「なら捕捉で精霊はなしって書いとけよ! 運営の説明不足だろ!」
「確かにお前の言う事も一理ある。が、なら丸い物を出してみろ。話はそっからだオイ」
ルークは黙ってしまった!
精霊の事ならあの手この手、得意分野である屁理屈でどうにか出来たかもしれないが、圧倒的に難易度の低い丸い物がないんじゃ話にならない。
そう、卑怯な手を使った人間には、必ず天罰がくだるのだ。
自業自得。
ぴったりの言葉である。
ルークはその場に崩れた。
両膝をつき、涙が流れそうになる。
すると、遠くの方から声が聞こえて来た。
「お頭ー!」
楽しそうに手を振りながらやって来たのはアキンだ。どうやら参加していたらしい。息を切らしながらアンドラの前までやって来ると、握り締めた貝殻とペンを差し出し、
「お題集めて来ました! あ、あれ? もしかしてもう終わっちゃいましたか?」
「いんや、まだ終わっちゃいない。けど今終わったぞオイ」
「え?」
なんのこっちゃ分からずに首を傾げていたアキンの手を掴み、アンドラがその手を上に上げる。それから大きく息を吸い込むと、
「優勝はアキンだぜオイ!」
「え、えぇ!? 僕が優勝ですか?」
「おう! 優勝賞品として、あとで好きなもんなんでも買ってやるからなオイ。楽しみにしとけよ」
「は、はい!」
ぴょんぴょんと跳び跳ねながら嬉しそうに笑うアキン。
その横で敗北者は涙を流す。
負けたのが悔しいから?違う。
賞品が得られなかったから?違う。
このあとに待ち受ける、地獄を想像して涙を流したのだ。
「ルークさん、ちょっと話が」
「随分と遊んでくれたじゃない、覚悟は出来てるんでしょうね?」
「ルーク様、ケルトさんは私のお友達です。詳しく教えてください」
いつの間にか囲まれていた。もう顔を見るのも怖い。
そしてその恐怖を煽るように、遠くからアテナの声がした。しかもよく見れば、手にはバカデカイバケットが握られている。
あそこには夢と希望がつまっているーー訳ではなく、絶望と死がねじ込まれているのだろう。
「……さよなら」
最後に空を見上げてそう呟いた。
そのあとの事を、ルークは色々やばかったと語る。
ちなみにだが、この借り物競争は最初から仕組まれていた。
最近元気のないアキンを元気づけるためにアンドラが開催したもので、ルーク達の前を走っていたマッチョ軍団は全てアンドラの息がかかったいわゆるサクラというやつだ。
そんな事も知らずに、太陽のような笑顔でアキンは町へと消えて行くのであった。