八章四話 『上裸の勇者様』
それから三日ほどの時間が過ぎた。
ルークは精神統一という名目を得て(実際の
ところは完全引きこもりモードだったのだが)、魔元帥との戦いで負った傷を癒す事ためにひたすらゴロゴロしていた。
そして今日、アテナの体調が万全になった事により、待ちに待った治療タイムが訪れたのである。
「待たせてしまってすまなかったな。エリミアスや他の者を治療するので手一杯だったんだ」
「別に良いっての。腕折れてたおかけで部屋にこもってられたし」
「折れていなくても君はひきこもっていただろうに。さ、早く包帯を外してくれ」
「……臭くなってねぇかな?」
「心配するな、私は体臭程度で君を嫌いになったりはしない」
「んな事心配してねぇよ」
相変わらずどこか抜けたような態度のアテナに呆れつつも、ルークは数日間封印していた腕の包帯を外し、上着を脱ぎ、適当にベッドの上に放り投げた。一応風呂に入っていたのだが、年頃の男の子(?)としては不安なのである。
アテナはルークの腕に触れ、
「一応言っておくが、完全に治ったとしても一日は安静にしておくんだぞ。治癒魔法は君の自然治癒能力を高めるだけだ、疲れはたまるからな」
「へいへい。ちゃっちゃと始めてくれ」
アテナの言葉を適当に受け流したところで、ようやく治療が始まった。暖かい光が触れている箇所から溢れ、骨の真まで熱が届くような感覚があった。何度か経験しているが、中々くせになるものがある。
「前に言ってたけどよ、やっぱ俺って魔法使えねぇの?」
「無理だろうな。君には魔法を使うのに必要な魔力庫がない、それは努力云々でどうにかなる訳でもないんだ」
「魔力使えたら怪我しても直ぐに治せんのによ。これからも一々お前に治してもらうの面倒だわ」
「それはあれか? 一生俺の味噌汁を作ってくれ的なやつか? プロポーズなのか?」
「ちげぇよ。つかお前あれだよな、以外と乙女だよな」
「失礼だな、私はこれでも性別は女だ。騎士団団長というむさ苦しい肩書きはあるが、平凡な恋愛に憧れたりはするさ」
性別は女だと前置きを置くあたり、本人も変わっているという自覚はあるのだろう。
ルークはゆらゆらと揺れる光を見つめながら、
「確か遺伝っつってたよな?」
「大体はな。ほとんどの魔法使いが親から魔力庫を遺伝で受け継いでいる」
「大体っつーと?」
「例外もある。親が魔法使いでなくとも、子に魔力庫が宿っている事がたまにあるんだ。その原理は私にも分からないがな」
「なるへそ。ま、俺には関係ねーか。なんで俺の親は魔法使いじゃなかったんだよ、クソ」
恐らく、ルークが両親に対して苛立ちを覚えたのはこの時が初めてだった。捨てられた事に関しては一切文句はないが、仮に親が魔法使いだった場合、今までの戦闘が格段に楽になっていたのは間違いない。
「そういえば、君は両親に捨てられたんだったな」
「らしいな」
「他人事のようだな」
「実際他人事みてーなもんだろ。まったく記憶ねぇし」
遠慮なく訳ありの過去を掘り返してくるアテナだったが、ルークは特に気にする様子もなく答えた。今まで変に気を使う人間が多かったが、ルークとしてはこの方がありがたいのである。
軽く頬を緩ませ、アテナは言う。
「君の両親は、なぜ君を捨てたんだろうか」
「いや知らんけど。貧乏だったんじゃねーの? それかガキの頃からうざかったとか」
「前者はともかく、後者は今の君を見れば理解出来てしまうな」
「うざくてわるぅござんしたねぇ」
「私はそういう君も好きだよ」
「なにそれ、ちょっとときめいたわ」
ストレートな言葉をぶつけられ、ルークは軽く頬を赤くした。アテナはからかうように笑みを浮かべて腕を軽く叩き、それから表情を正した。
「しかし、自分の捨てた子供が世界を救う勇者になるとは……想像もしていないだろうな」
「捨てるくらいだ、俺の事なんか忘れて呑気に暮らしてんだろ」
「あまり良い気分ではないな。私の知る親という生き物は、自分が腹を痛めて産んだ子供を捨てたりはしない」
「俺の知ってる限りだと、近くに俺含めて四人捨てられた奴がいるけどな」
アンドラ、アキン、シャルル、そしてルーク。親に捨てられるというのが珍しいのか多いのかは分からないが、ルークの身近には訳ありの人間が多い。兄弟で捨てられたアンドラ、金のために売られたシャルル、経緯がまったく分からないアキン。理由がどうであれ、異常な行動である事は間違いない。
ルークは突然込み上げて来たあくびを噛み殺し、
「お前の親は?」
「両親は死んだよ。私が騎士団に入って間もない頃、魔獣に殺された」
「ふーん、なんか複雑そうだな」
「別に珍しい事ではない。私の生まれた場所は小さな村でな、村ごと奴らに破壊されたよ」
いきなり重い話になってしまったが、この男はそれを可哀想とか同情したりはしない。顔色一つ変えずに適当な相づちをうち、アテナもアテナで表情を変えずに答えた。
「親を、家族を失った人間は多い。だからこそ理解出来ん、大事な家族を捨てるという行動をな」
こんなんだが、一応騎士団の団長だ。長らく世界を放浪していたらしいが、恐らくその行動にもなにかしらの理由がるのだろう。ただ、まったく興味がないので訊いたりはしない。
しばらく他愛ない会話を続けて五分くらい経過した頃、アテナは額に滲む汗を拭ってベッドから下りた。ルークの腕をペシペシと二回ほど叩き、
「よし、このくらいだろう。もう動かして平気だぞ」
「なんか変な感じだな。ぐっちゃぐちゃになってから動かし辛いわ」
「そこはなれていくしかないさ。利き腕が使えないのは不便だろう? なんなら私が食事を食べさせてやっても構わないが」
「ゼッテーやだ。忘れてねぇかんな、お前のせいで腹壊したの」
「私のせいではない、茸のせいだ」
「とったのお前だろ。つか、今茸が悪いって認めたな? お前食った事あるとか言ってたよね?」
アテナさんは無視をした!!
感覚を確かめるように拳を握るが、やはり違和感がある。動かせないほどではないが、まだ箸を掴んだり細かな動きは出来そうになかった。
とはいえ、治してもらったのは事実なので、
「サンキューな、何度もよ」
「良いさ、今回は私も君に助けられた。私で君の力になれるのなら、いつでも協力しよう」
「クソ! これで中身が完璧だったらドストライクだったのに!」
「ん? なんの話かは分からないが、なぜかバカにされている気分になったぞ」
アテナの髪を耳にかける仕草を目にし、ルークの心臓が急激に鼓動を刻む速度を上げた。これが恋なのか!とか思ったりもしたが、たまーに見せるポンコツが中々にぶっ飛んでいるので、安易な判断は危険なのである。
キョトンとした様子のアテナを、ルークは胸に手を当てながら眺め、
「美人なのに勿体ねぇ。中身をもうちょいどうにかしろ」
「酷い事を言うんだな君は。外見よりも内面を貶される方が辛いんだぞ」
「だったらそこら辺で拾った茸を当たり前のように人に食わせんのを止めろ」
「言った筈だ、あれは私なりの愛だと」
「腹壊す愛がどこにあんだよ」
「良く言うだろ、まずは胃袋を掴むべきだと」
「お前のは掴んで握り潰してんだよ。んで絞りとってんの!」
「私乙女だから分かんなーい」
「もうおせぇよ、今さらぶりっこになっても無意味なんだよ。つか、恥ずかしくねぇの?」
二つの拳を頬に当て、腰をくねくねと動かしながら可愛いを演じるアテナだったが、二十歳過ぎの女性がやってもただ痛いだけである。
アテナもそれに気付いたのか、ほんの少しだけ頬を染めながら咳払いをし、
「ともかく、君が私に好意を抱いている事は分かった」
「俺の発言のどこを切り取ったらそうなるんですかね」
「言っただろう、私を好きだと」
「言ってねぇよ、耳に茸つまってんじゃねぇのかお前」
「そうか、愛してるだったな」
「「あ、愛してる!?」」
瞬間、物凄い勢いで扉が吹っ飛んだ。
鍵を見事にぶっ壊し、扉さんは完全に死亡。扉を下敷きにしてなだれこんで来たのは、桃色の髪の少女とお姫様だった。
二人は同時に体を起こし、目にも止まらぬ勢いでルークに迫ると、
「あ、愛してるってどういう事ですか!?」
「ルーク様はアテナさんをあ、あああ愛しているのですか!?」
「うんうるさい。なんかそんな予感してたけどうるさい」
あわただしい様子の二人とは対照的に、ルークは至って冷静な口調でそう言った。
エリミアスは顔を真っ赤に染め、
「い、いつからそのようなご関係だったのですか!?」
「そのような関係ってなんだよ。別になんもねぇっての」
「で、ですが! 愛していると!」
「ソイツの耳って茸で出来てるらしくてさ、茸語しか通用しねぇみたいなんだよ」
ルークは知っている。ここで取り乱す事は負けを意味すると。なので、ここは別になにもありませんけど?やましい事なんてしてませんけど?と爽やかに口笛を吹いてやるのが正解だ。
すると、ティアニーズがルークの肩を掴み、
「ルークさんの好みの女性はボインなんですよね!?」
「うん、そうだね」
「わ、私の方が大きいですよ!」
「ティアちゃんよ、なんて返せば良いのさそれ。正解が俺には分からないよ」
謎の報告を受けたが、ルークは大人の男性を貫く。ここで知ってるよ、とか触った事あるもん、とか見た事あるもん、とか言えば再び腕をへし折られる可能性が出てくる。なので、やはり口笛を吹くのが正解だ。
「結局、どうなんですか!」
「どうなのですか!」
「はぁ……アテナ、お前からもなんか言ってやれ」
ルークは知っている。こういう場合、自分で無実を証明するよりも第三者に任せる方が良いと。だから、面倒くさそうにしながらもルークはアテナに頼った。
だがしかし、それが間違いだった。
このアテナという女性は、意外とイタズラ好きなのだ。
「私達は、その……」
ティアニーズとエリミアス、そしてルークは絶句した。
どういう理由、どのタイミングでやったのかは分からないが、アテナの服がはだけていたのだ。うなじ、首筋、肩、透き通るような綺麗な肌が露出されており、そして谷間というやつが見えていた。
頬を紅潮させ、なにかありましたよ、けど言わせんな的な雰囲気を醸し出していた。
どこが乙女やねん。
と、ルークは心の中で呟いた。
「「…………」」
目の前にいる二人の少女の首が動いた。
ギギギ、とゆっくりと。まだ表情を確認する事は出来ないが、きっと凄い顔をしているのだろう。そりゃもう、多分見ただけで失神しちゃうくらいに。
「ふぅ」
ルークは考えた。
今まで経験してきた事、そしてその対応策を。
舐めてもらっては困る。これでも勇者だし、魔元帥との戦いを経験しているし、今度は精霊の国とか行っちゃうくらいに凄い男なのだ。そんでもって、この町では英雄として認知されている。
そんなすごーい男は答えを出した。
こんな時、どうするべきか。
「ーー!!」
結論、谷間をガン見した。
今までの経験上、もうこうなったら終わりだ。だから死ぬその瞬間までに、せめて次起きた時に記憶がなくなっていない事を願い、幸福を目に焼き付けるべきなのだ!!
「悪いな、ボインじゃなくてもおっぱいが好きなんだ」
そう男はみんなおっぱいが好きなのだ。
だがしかし、言っておこう。
命と引き換えに求めるべきものではないと。
直後、部屋が赤に染まった。
それから数分後、英雄は大量の蜂に刺されたかのように顔面を腫らしていた。主なダメージ要因は打撃、しかもすっごく硬い肘での打撃だった。
ティアニーズは汚れを払うように手を叩き、
「まったく、アテナさんも人が悪いです」
「フッ、すまなかったな。少し悪戯したくなってしまったんだ」
悪びれた様子どころか、なぜか達成感を感じさせるような顔つきのアテナ。服を正し、いつもの気品漂うような態度をとってはいるが、よくもまぁ、そんな清々しい笑みを浮かべられたものである。
「お二人はなにをしていらしたのですか?」
「あぁ、ルークの腕を治していたんだ。精霊の国に行くんだ、せめて思うように動かせるくらいには回復させてやるべきだと思ってな。それで、君達はいつから盗み聞きしていたんだ?」
「う……ルークさんの部屋に行こうとしたら、たまたま中から声が聞こえてきて、つい……」
「ごめんなさい……」
「一言声をかけてくれれば良かったものを。私とルークはなんでもない、安心しろ」
頭を下げる二人に対し、アテナは爽やかな笑顔で答えた。
すると、超人的な回復速度で意識を取り戻したルークが口を挟んだ。
「待てやゴラ、謝んだったらまずこっちが先だろ。いきなりぶん殴りやがって」
「少しやり過ぎました、すいません」
「これで少しとか……。お前一人で魔元帥倒せるよきっと」
殴打の連続であまり覚えてはいないが、ティアニーズの拳は十分化け物レベルだ。ルークは腫れた頬を擦りながら、
「んで、なにしに来たんだよ」
「そ、そうでした! 実はルーク様にお話があるのです!」
思い出したように手を叩き、エリミアスはルークの横に座った。スカートから伸びる色白の二本の足を凝視していたらなぜか後頭部に衝撃が走ったので、とりあえず無表情のままエリミアスへと向きを変えた。
「あのですね、これからお出かけしませんか? 私とティアニーズさんと、三人で」
「絶対に嫌」
「な、なぜですかっ」
「暑い、ダルい、眠い、めんどい、以上」
「ほら、この人はこういう人なんだよ」
バッサリと一刀両断され、エリミアスは悲しそうに瞳を揺らす。ティアニーズは予想出来ていたのか、呆れた様子で目を細めてルークを見ていた。
しかし、諦めの悪い姫様はさらに距離を縮め、
「お願いします!」
「やだっつってんだろ」
「お外を歩けばきっと良いリハビリになるのです!」
「別に部屋の中でも出来んじゃん。それにな、精霊の国に行くために体力を温存しときてぇの」
なんかそれっぽい事を言っているが、単に面倒なだけである。とはいえ、精霊の国でなにが起きるか分からない以上、万全な状態を維持したいというのは本音だ。
しかし、エリミアスは引き下がる気配すら見せず、
「だからなのです! ルーク様が精霊の国に行ってしまったら、次にいつお会い出来るか分かりません。だから、今思い出を作っておきたいのです」
「止めてよ、その言い方だと俺死ぬみたいじゃん」
「お願いします!」
勢い良く頭を下げると、エリミアスの頭がベッドに激突した。一応これでもこの国の姫様なので簡単に頭を下げるべきではないのだが、それほどまでにルークと一緒に出かけたいのだろう。
ルークは面倒くさそうに顔を歪め、次はティアニーズへと目を向ける。
「お前は?」
「わ、私は別に……」
「ツンデレ」
「ツンデレじゃないもん!」
「だったら言え」
「分かってるくせに……」
唇を尖らせ、もごもごと口ごもりながらもティアニーズはルークへと顔を向けた。しかし、直ぐに恥ずかしくなってしまったらしく、顔を逸らしながら、
「私は別に、その……一緒じゃなくても良いですけど……エリミアスがどうしてもルークさんがいないとやだって言うから……」
「そんで」
「だ、だから……一緒に……」
「そんで」
「い、いいいい一緒が良いんです!」
結局本音をぶちまけた。
声を荒げて耳まで真っ赤にし、ティアニーズは言ったあとに後悔するように肩を落とした。
二人の気持ちは分かった。
なにがなんでもルークと出掛けたいらしい。
しかし。
あえて言おう。
そんなものは、
「絶対にーー」
「良し、行こう」
嫌だと答えようとした時、謎の声が横から入って来た。声の主はずかずかと歩いてルークの目の前で止まると、その肩をバカみたいな握力で掴み、
「私も君との思い出がほしい。思えば、ルークと出掛けるなんてなかったからな」
「ふざけんな、休んどけっつったのはお前だろ」
「さっきはさっき、今は今だ」
なんて暴論を振りかざし、アテナはルークの首に腕を回した。そのまま逃げられないようにガッシリと固めると、抵抗するルークを他所にベッドから引きずり下ろし、
「では行こうか。私も友と出掛けるのは久しぶりだから、少しばかり楽しみだ」
「ちょ、まて! 勝手に話進めんな!」
「さぁ、二人も行くぞ」
晴れやかな顔で微笑むと、ティアニーズとエリミアスは駆け足でアテナに続く。本気で抵抗しようとしているのだが、アテナの腕力はルークではどうにもならなかった。
手を伸ばし、
「せ、せめて上着着させて! 俺上半身裸だからさ! 上半身裸の勇者とかまずいでしょ!」
「私は気にしない」
「俺は気にすんの! 裸の勇者で語り継がれるとかイヤァァァァ!!」
そんなこんなで、量産型勇者改め裸勇者はテムランの町へと強制連行。
精霊の国という先行き不安な旅の前に、一つの大きな壁が立ちふさがるのであった。