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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
八章 精霊の国
237/323

八章一話 『悩みの種』



八章開始です。





 ルーク・ガイトスは勇者である。


 精霊の少女と契約し、人間離れした力をもってこれまで幾度となく修羅場を潜り抜けて来た。時には潰され、時には腹をぶった斬られ、時には腕をはちゃめちゃに砕かれ。

 死ぬと思った事ーーいや何度も生死の境をさ迷った。


 だがしかし、青年は生きている。

 青年自身の生きる力もあるが、それはひとえに精霊の加護によるものが大きい。精霊の力がなければとうの昔に死んでいただろうし、そもそも精霊と出会わなければ青年はこの大きな物語の主人公となる事もなかった。


 つまり、だ。

 結局のところなにが言いたいかというと、精霊の力がなければただの人間という事だ。

 多少普通の人間より優れている箇所はあるかもしれないが、常人離れした戦闘技術がある訳でもなく、達人と呼ばれる人種と拳を交えれば、三秒ともたずにぶちのめされてしまう程度の人間でしかない。


 まぁようするに、彼が勇者なのは精霊のおかげなのである。


 そんなルーク・ガイトスは、今絶体絶命のピンチに陥っている。

 いつもはしつこく付きまとってくる桃色の髪の少女もおらず、白い頭の精霊もいない。一応離れたところに癖っ毛の女性が立ってはいるが、手を出すつもりは微塵もないらしく、青ざめた顔のルークをニコニコと眺めてもいるだけだ。


 とりあえず、状況を説明しよう。


 ルークが立っているのは石で作られた神殿のような場所だ。ボロボロに欠けた支柱、長い間人が足を踏み入れていなかったのか、足元にはつたや苔のようなものが張り巡らされている。

 ただ、そんな事はどうだって良い。

 先ほどから神殿自体が激しく揺れ、ヒビの入った天井が崩れ落ちて来そうだが、やはりそんな事はどうだって良い。


 ここがどこなのかはルークが誰よりも理解しているし、ここへ足を踏み入れたのは自分の意思なのだから。とはいえ、こんな事になるとは予想していなかった。


「……なぁ、マジで俺一人でやんの?」


 ルークは問いかける。

 青ざめた顔で、ピクピクと眉を痙攣させて。

 すると、傍観している女性が答えた。


「うーん、私も助けたいんだけど、一応決まりだから。ルーク君が一人でどうにかしないと」


「いや無理だろ、お前らとはちげぇんだよ。こちとらただの人間だぞ」


「そんな事言ってもダメなものはダメ。あとで怒られるのはルーク君じゃなくて私なんだから。ささ、試練が始まるよ」


 他人事のように呟き、女性はその場で一回転。誰がどう見ても暇そうである。

 ルークは女性から目を逸らし、自分が向き合うべき『試練』へと顔を向けた。


「…………」


 言葉は出なかった。言いたい事は山ほどあるが、そもそも言葉が通じるのかすら怪しい。


 ーールークの目の前に立つのは、巨大な石の像だ。


 以前、魔王が封印されていた祠へ入った時にも同じようなゴーレムを見たが、それとはサイズが違う。むしろデカ過ぎてまったく別のものかとも思えてしまう。

 推定十メートル。体の至るところがヒビ割れているが、勝手に壊れてくれるーーなんて期待はするだけ無駄だろう。


「こんなのどうすりゃ良いんだよ」


 ルークの呟きに反応するように、ゴーレムの頭部が動いた。巨大な胴体に大きな岩がとってつけたように乗せられており、口や鼻は存在しない。あるのは瞳だけ、赤く怪しげに揺れる瞳だけだ。


 口は存在しない。

 が、音が聞こえた。

 ゴーレムが、喋った。


『これより、第一の試練を開始する。己の身の程をわきまえぬ愚かな人間よ、その力を我に示してみせよ』


 こうして、第一の試練ーー『力の試練』が始まった。


 なぜこうなったのか。

 それを説明するには、かなりの時間を遡る必要がある。


 では、遡って確かめてみよう。

 勇者が、精霊の国を訪れた経緯を。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 とある日。

 ルークはとぼとぼと町を一人で歩いていた。

 基本的に一人でいるのが好きなルークだが、ここ数日、いや数ヶ月は一人でいる方が珍しい。だがしかし、今日は違う。

 正真正銘、一人で町を歩いていた。


「……はぁ、なんか来るところまで来たって感じだわ」


 誰に言うでもない言葉は、町のざわめきに流されて空へと消えて行ってしまった。

 包帯でぶら下げられた左腕を見てため息をこぼし、慌ただしい様子で建物を直す人々を見て再びため息をこぼす。いつもなら手伝うなんて言わないが、今この瞬間だけは、別の事をして気を紛らわしたい気分だった。


 というのも、この自己中勇者ルーク・ガイトスの旅は、新たな局面を迎えようとしていた。

 そのきっかけとなったのが、精霊ナタレム。


 彼についてはほぼなにも知らないが、古くから王の側近を努めていたらしく、アテナが団長になった時にはもう、側近として王の周りをうろうろとしていたようだ。だが、誰一人彼の正体に気づく者はいなかった。王であるバシレはともかく、幼い頃から面識のあったエリミアスでさえ。


 この際、彼がなぜ地上にいるのかはどうでも良い。

 問題は、彼の提示した『これからやるべき事』なのである。


『俺と一緒に精霊の国に来てください。正直に言いますけど、このままじゃ間違いなく人間は負ける。いくらルークさんが強くたって、貴方一人が強いんじゃ意味がない。数が、戦力が圧倒的に足りないんすよ』


『俺が言って、精霊どもを仲間に率いれろって事か?』


『そゆ事っすね』


『出来んの?』


『まぁ、無理じゃないすか? 精霊の国に行くのは問題ないっすけど、俺ってば勝手に出て来た身だし、もし人間を連れて来たなんて知られれば最悪ぶっ殺されるかも』


『死ぬかもしれねぇのに行くのかよ』


『これは最後の手段なんすよ。他に打てる手は全てうった。勇者が現れて、もしかしたらどうにかなるんじゃ、とか甘い事を考えてた時期もありますけど、ハッキリいってどうにもならない』


『だから最後の手段、ねぇ。つか、俺が行っても平気なの? いきなり殺されたりしない?』


『なんとも言えないっすね。ま、そうならないために、アルトさんも一緒について来てもらいます。失った力も取り戻せるかもしれないんでね。とりあえず、俺から言える事はこれだけっす。もっと詳しい話はルークさんの腕が治ったあとで』


 そんな会話を思い出し、ルークは再びため息をついた。

 精霊の国に行く事自体に抵抗はない。むしろそれを目指していたので願ったり叶ったりなのだが、自分が死ぬかもしれないとなれば話は別だ。


 それに加え、ナタレムの言い方では一番危惧していた、戻って来れないーーという事態を招きかねない。

 とはいえ、ほぼ選択肢はないようなものだ。


「はぁ、俺普通の人間なんだけど。精霊の説得とか無理だろ。つか、そういうの一番苦手だっつーの」


 説得となれば、勿論議論になるだろう。こちらにつく事がいかに有用かを、精霊側に利益があるかを解き、その上、下手に出なければならない。皆さんご存知だろうが、このアホ勇者にそんな事出来る訳がないのだ。


「そもそも、精霊側が特するような事ってなんだよ。お金ないよ俺」


 ルークの良く知る精霊は牛乳一本でどこまでもついて来そうだが、流石にそこまで尻軽ではないだろう。となれば、思い当たるのは金品だ。だが、精霊が納得する金額なんて、それこそ国一つを動かすレベルでなければ意味がない。


「……つか、まてよ。特もねぇのに普通は手を貸さねぇよな? つー事は、なにかしらの特があるから精霊は人間に手を貸してるって事だ。じゃねぇと、ソラがここにいる説明がつかねぇ」


 良く良く考えれば、悲観ばかりではなかった。ソラが地上にいる時点で、多少は力を貸す気があるのは明白。であれば、彼らが人間に力を貸す理由とはなにかさえ分かれば、もしかしたらこのポンコツ勇者でもどうにかなるかもしれない。

 ただ、


「それが分かんねぇから困ってんだろ。なんだよ、誰か教えてよ、精霊が特する事ってなによ」


 辺りを見渡して答えを求めるが、すれ違う人間はヤバい人を見るような目を向けるばかり。

 ルークは考えるのを早々に諦め、目的地へと足を運ぶ事にした。


 しばらく歩き、ルークは指定された場所にたどり着いた。忘れもしない、ルーク達と魔元帥が激闘を繰り広げたせいで、本来の役目を果たせなくなってしまった時計塔だ。でかでかと設置されていた時計は壁をぶち破ったせいで地面に落ち、中の階段は途中で途切れ、観光スポットとしてすら成り立たなくなっていた。


 とはいえ、騎士団が大急ぎで片付けたため、中や入り口に積まれていた瓦礫はある程度処理されていた。

 辺りに人がいない事を確認すると、ルークは中へと足を踏み入れる。と、


「お、意外と早かったなオイ。迷子になるんじゃねぇかと思ってたぜ」


「アホ、流石に一本道で迷子になったりしねぇよ」


 塔内をフラフラと歩き回っていたアンドラは足を止め、待ちくたびれたようにルークへと呆れ顔を向ける。

 ルークは悪びれた様子もなく辺りを見渡し、


「しっかし、おっさん一人で良く勝てたよな」


「バカにすんじゃねぇよオイ。今までは相手が化け物だったから本当の力を発揮出来なかっただけだ。俺様が本気を出せば、あの程度の三下ちょちょいのちょいよ」


「台詞が三下だぞ」


「俺が言えばどんな台詞でも一流になるんだよオイ」


「さいですか」


 誇らしげに胸をはり、アンドラは良く分からない自慢を口にする。とはいえ、彼の勝利を信じていたーーというよりも、勝ってもらわねば困ると思っていたので、特に驚きはない。アンドラの実力は本物だし、本人と言う通りに並の人間が相手なら負ける道理がないのだ。


「んで、わざわざこんなところに呼び出してなんの用だよ。まさかんなくだらねぇ自慢したかった、とか言わねぇよな」


「用事はある。アテナには言ったが、お前にもはっきりと言っておくぜオイ。ヴィランは殺した。奴の首を切って、俺自身の手で」


「……別に良いんじゃねぇの。死んでも償えねぇくらいの事したんだし、アイツが死のうと俺には関係ねぇ」


「お前ならそう言うと思ってたが、はっきりと伝えておきたくてな。おっと、勘違いするなよ、別に後悔はしてねぇからなオイ」


 ルークがヴィランの相手をしていたら、恐らく命を奪う事はしなかっただろう。それは優しさとか同情ではなく、ただ単に死んで終わり、なんて生易しい真似はしないだけだ。なので、アンドラが殺すべきと判断したのなら、そこに口を出すような事はしない。


「用件ってそれだけ?」


「ちげーよオイ。確かに俺はアイツを殺した。いくら人を殺すのが久しぶりっつっても、それを見間違えるほど落ちぶれちゃいねぇ」


 足元の石を蹴り飛ばし、コロコロと地面を転がる音が響く。壁にぶつかって止まった石を見つめながら、アンドラは唇を動かした。


「死体が、なくなってたんだよ。アイツの死体が綺麗さっぱりな、オイ」


「死体って、アイツのか? 瓦礫に潰されたんじゃねぇの?」


「確かめたがどうやらちげぇみてぇだ。つか、潰される以前に首を切ってんだ、地面に大量の血痕が残ってる筈だろオイ」


「確かに。んじゃ、実は生きてたとか?」


「言っただろオイ、確実に俺はアイツの息のねを止めた。這いつくばって移動するくらいなら出来るかもしれねぇけどよ、それでもこの時計塔から出れるほど軽い傷じゃなかった」


「騎士団が持ってった、って訳でもねぇのか」


「あぁ、騎士団が連行したのはアキンがしとめた二人だけ。他はなーんも見つかってねぇよオイ」


 アンドラを信用していない訳ではないが、死体が一人でに歩いて消えた、などと言われても到底信じられない。ただ、彼は魔元帥と契約していたので、不思議な力が働いたと言われればそれまでだ。

 しかし、もしそうでないとすれば、


「誰かがアイツの死体を持ち去ったって事かよ」


「多分。誰がなんの目的で持ってったのかは分からねぇ。死体の使い道なんて考えた事もねぇからなオイ」


「重要なのは誰が持ち去ったか、だな。心あたりは?」


「アイツに恨みがある人間かもしれねぇオイ。けど、もう死んでんだぜ? しかもアイツは表だって行動してた訳じゃない。アイツがもとじめだって知ってる人間は少ないだろうしな」


「なんも分からねぇって事かよ。おっさんの見間違えじゃねぇの?」


「それならそれで良いんだけどな。違った場合……特に根拠がある訳じゃねぇが嫌な予感がする」


 いつになく真剣な顔つきのアンドラに、ルークは減らず口を叩くでもなく小さく頷いた。

 流石に墓を作るために死体を持ち去った、なんて事はないだろうし、そもそもあの男をそこまで思う人間がいるとは思えない。


 ルークはため息をこぼし、


「また、謎が一つ増えた。ったく、ここに来てから分からねぇ事ばっかだな」


「ヴィランの死体はともかく、その謎の大部分は精霊の国に行けば解けるもんなんじゃねぇのかオイ」


「だと良いけどな」


「なんだよ、柄にもなく悩んでんのかオイ」


「そんなんじゃねぇよ。行くしかねぇなら行くつもりだし」


 色々と不安はあるものの、ここまで来て行かないという選択肢はない。ここを逃せば魔王を倒す手掛かりが無くなってしまうかもしれない以上、多少のリスクもやむ終えまい。

 ルークの信条で言うところの、これはやらなきゃいけない事なのだ。


「ま、そっちはおっさんに任せるわ。俺そういう謎解きとか苦手だし」


「俺だって苦手だっつーのオイ」


「話ってそれだけか? んじゃ俺戻るぞ」


「まてまて、これも本題じゃねぇぞオイ」


 とりあえずそういう出来事があった、と頭の片隅に置いてその場を立ち去ろうとしたが、アンドラが駆け足でよって来てそれを阻止。肩を掴まれて振り返ると、なぜか言い辛そうに顔を逸らしていた。


「んだよ、お前まで告白か?」


「気持ちわりぃ事言ってんじゃねぇよバカ。俺が気になってんのはアキンの事だオイ。アイツ、なんか様子おかしくなかったか?」


「……まぁ、俺でも分かるくらいにはな」


 心あたりはあった。あの日、ナタレムがルーク達の前にあらわれた日から、どことなくアキンの様子がおかしい。元気がないというかなんというか、いつもの無邪気な姿を見る機会が少なくなっていた。


「アイツ一人で戦ってたみてぇだし、もしかしたらそこでなにかあったのかもしれねぇ。お前、ちょっと聞いて来いよオイ」


「なんで俺がそんな事しねぇといけねぇんだよ。別に興味ねぇし。知りたきゃおっさんが自分で訊け」


「それが出来ねぇから困ってんだろーがオイ」


「つか、俺よりおっさんが訊いた方が答えてくれんだろ。女々しくしてんじゃねぇよ、キモいぞ」


「あんなアキンの表情を見るのは初めてなんだオイ。すげぇ悩んでるみてぇだしよ」


 お父さんは悩んでいる娘が大変心配のようである。

 目を伏せ、掠れた声で必死に言葉を絞り出していた。と、そこでルークはとある事を思い出した。


「そういや、なんかソラとケルトと話してたぞ?」


「ソラとケルト? 会話の内容は?」


「そこまでは知らねぇ。ちびっこに訊けねぇなら、あの二人に訊け」


「それこそお前に任せる。なんつーか、精霊っつー生き物は苦手なんだよオイ」


「今さらかよ」


「今さらだよオイ」


 ルークは面倒くさそうに目を細め、唇を尖らせた。とはいえ、ルークもソラという存在がいなければ、精霊とは一本線を引いて接していただろう。

 だがしかし、面倒はものは面倒なのだ。


「バカ親子の面倒を見るほど俺は暇じゃねぇの」


「え、やっぱり親子に見えちゃってる? いやぁ、実は俺もそう思ってたーー」


「うるせぇよ、なに勝手にテンション上げてんだ」


 親子と言われてもよほど嬉しかったのか、即座に顔を上げてにこやかな笑顔へと変化。なんか凄くムカついたのでとりあえず額にげんこつをかまし、


「ともかく、知りたきゃ自分で訊け。くだらねぇ悩み事で足引っ張んなよ」


「あ? 足引っ張んなってなんだよオイ」


「だから、精霊の国なんて胡散臭いところに行くんだ、んなくだらねぇ事でうじうじされてちゃ困るんだよ」


「オイオイ、俺達は精霊の国には行かねぇぞ?」


「は?」


 思わず口から変な声が出た。

 しかしアンドラは気にする様子もなく、呆れたように眉を動かし、


「精霊の国に行けんのは、精霊と、精霊と契約した人間だけって言ってたぞオイ」


 それは、また一つ悩みの種が誕生した瞬間だった。



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