七章六十四話 『歓声と罵声』
剣がセイトゥスの胸のど真ん中を貫いた直後、ルークは肩を掴んで無理矢理引き寄せると、そのまま乱暴に振り回して地面に叩きつけた。剣がセイトゥスの体を貫通して地面に突き刺さり、泥の体をその場に固定する。
「どーせ殺しても復活すんだろ、ならその度に殺すだけだ。復活させた魔王を恨むくらいに何度もぶっ殺してやる」
「随分とデカイ口を叩くな。まさかこれで俺を殺したとでも?」
「テメェこそ意外とお喋りじゃねぇか。もっと無口な奴だと思ってたぞ」
「人を見た目で判断するなと言われなかったか? あぁ、いや俺は人間じゃなかっーー」
セイトゥスが最後まで喋り終える前、ルークはおもむろに右手を伸ばして彼の顔面を鷲掴みにした。瞬間、手首の魔道具が光ったかと思えば、セイトゥスの顔面を炎が吹き飛ばした。
首から上が粉々に消し飛んだのだが、
「少しは学んだらどうだ、核を壊さない限り俺は殺せない。むやみやたらに攻撃したところで無駄に体力を消耗するだけだ」
「忠告ありがとな!」
剣を胴体に突き刺したまま持ち上げようとするが、セイトゥスの体が波を打った瞬間、無数の泥の針が身体中から放たれた。
一瞬反応に遅れるも、ルークは飛ぶようにして後方へと下がる。
セイトゥスは剣山のように身体中から刃物を伸ばしながら立ち上がると、吹き飛んだ顔面が元の位置に集まり始め、数秒後には完全に再生していた。
ルークは舌を鳴らし、
「やっぱ一回粉々にぶっ壊さねぇとだな」
『核を見つけ出すにはそれが一番手っ取り早い。が、タイミングを見誤ればその時点でつみだぞ』
「どうにかする方法を見つけんだよ。お前も頭回して考えろ」
『私の頭脳は偉大だが、貴様のように奇想天外な案を弾き出す柔軟性は持ち合わせていない』
「だったら今すぐに持ち合わせろ」
無理難題を適当な口調で要求し、ルークはどうにか打開するための策を見つけようと頭を回す。
斬撃でセイトゥスの体を一旦木っ端微塵に砕き、その隙に再生する基準である核を探し、どうにかしてそれを破壊する。
やり方はそれで間違っていないーーそれしかないのだが、ゴールへたどり着くためにはいくつかの山を越えなければならない。
残り一発しかない斬撃を確実にあて、その上彼の体を砕き、なおかつ核を一撃で仕留めなければならない。なに一つ失敗が許されない状況の中、かつてない緊張感にルークは体を震わせた。
「クソ、全然頭が回らねぇ。こうなったら適当に突っ込んで隙を作るしかねぇか」
『戦いながら考えろ。元々貴様は集中して考えるタイプではない。簡単に言えば、ひらめきで生きているような人間だ』
「なんかバカにされてる気分なんですけど」
『褒めているんだバカ者。意識してやるべきではなく、本能に任せろと言っているのだ。そうすれば、おのずと答えは見えてくる』
「すげー適当だな」
『そのくらいが丁度良い。なに、私の相棒がこの程度で死ぬ訳がないからな』
相棒という言葉はまだなれないし、聞くだけでなんだか体がむず痒くなるが、案外悪い気分ではなかった。
ソラの言う通り、ルークは考えて戦うタイプではない。その場の思いつきに身を任せて生きているような人間なので、逆に考え過ぎると上手くいかないのだ。
自分を落ち着かせるために息を吐き、大きく吸い込んだ。
がやがやとうるさい野次馬の声を完全にシャットダウンし、
「うし、やるぞ。ここからはアドリブだ。加護のタイミング間違えんじゃねぇぞ」
『誰にものを言っている? 私が失敗する筈がないだろう』
「そんじゃ頼むぜーー相棒」
僅かに口角を上げながら言い、ルークは飛び出した。
セイトゥスの眉が動く。
苛立ちというよりは、まだ諦める気配のないルークを警戒しているようだった。相手はルークを舐めてはいないし、自分の力を過信してもいない。
「……なんだろうな、この感覚は」
小さな呟きのあと、左の腕が大きく膨れあがった。肘から先が巨大な丸太くらいにまで肥大化し、一気に放たれる。魔元帥の腕力が加わったそれは、恐らく大砲にも匹敵する威力だろう。
ルークは避ける事もせず、真正面からそれを受け止めた。
「ふんがッ!!」
僅かに押されて靴裏が擦れるも、けつの穴を引き締めてなんとかその場で踏みとどまる。
剣を上に逸らして力を上に逃がすと、腰を屈めて一気にダッシュ。拳の下を進んでセイトゥスの目の前まで迫り、
「勇者ーー」
「…………」
突然現れたルークに驚く様子もなく、セイトゥスは冷静に対象する。胸の辺りがぼこぼこと盛り上がり、そこから数本の槍が放たれた。
だが、
「回転斬り!!」
左足を軸にし、ルークは剣を振り回すようにその場で回転。毎度の事ながらネーミングセンスは置いておくとして、至近距離で放たれた槍を全て凪ぎ払った。
剣を地面に刺し、ギィィィと擦れる音を響かせながら回転を止め、
「その戦い方は前に経験済みなんだよ!」
以前王都でルークは体から刃物を出す魔元帥と戦った事がある。あの時も苛々して苦戦したが、その経験がここへ来て役立ったのだ。
がら空きになった左肩に向け、剣を振り下ろす。
「ーー!」
ぐにょん、と変な効果音が頭の中に鳴り響いた。
剣はセイトゥスの肩を触れる事はなく、その体を通過して空を斬った。肩が奇妙な動きをとり、いきなり凹んだのだ。凹んだ部分を剣が通り過ぎ、僅かに体勢が崩れる。
そこへ、攻撃があった。
肥大化していた筈の腕が元のサイズに戻り、ルークの顔面を捉えた。
「うぶッ」
「まだだ」
次は右のアッパー。
顔を弾かれ、血の味が口内に広がる。
ルークは反撃しようと適当に剣を振り回すが、再びセイトゥスの体が凹み、全力で振るった剣に体を持っていかれる。
しかし、崩れかけたバランスを気合いで保ち、
「こんの、ヤロウ!!」
剣での攻撃を諦め、苛立ちを吐き捨てながら左の拳を突き出した。が、セイトゥスは避ける事もせずにそれを顔で受け止め、そのまま前へと踏み出す。
打撃は通用しないーー直ぐ様攻撃手段を剣に切り替えようとするが、ほんの少しだけ向こうの方が早かった。
セイトゥスの顔面が弾けた。
当然、ルークはなにもしていない。自ら自分の頭部を破壊したのだ。
そして、
「ーーッ!」
小さな泥の塊が四方に射出された。
全身を使った攻撃と比べて規模は劣るが、至近距離距離で殴りあいをしているルークにそれを避ける術はない。
どう足掻いても回避不能。ならば、とルークは覚悟を決めて強く踏み出し、凪ぎ払うように剣を振るい、セイトゥスの腰の辺りを横へ切り裂いた。
ぐらり、と体が揺れ、セイトゥスの上半身が落ちる。だが、それで攻撃が止まった訳ではない。
間に合わないと分かっていながら全力で後ろへと飛び、防御するように腕をクロスした。
その腕へ、泥の粒が突き刺さる。
腕だけではなく、腹や肩、太ももにも。
雨のように前から迫る弾幕を避ける事はできず、ルークはその全てを己の身一つで受けきった。
「ぅ……が、ハァ……」
無意識に息を止めていたらしく、弾幕が終わった直後、ルークは肺にためていた空気を一気に外へと解き放った。
全身に赤色の斑点が刻まれ、加護のおかげで貫通していないものの、どこが痛みの発生源か分からなくなっていた。
崩れるように体が折れ、ルークはその場に膝をついた。
「んだよ、これ。体が上手く動かねぇぞ……」
『当たり前だ、貴様この町に来てからどれだけの傷を受けたと思っているんだ!』
「多すぎて忘れた」
『魔法は万能じゃない。治せるのは傷だけだ、しかも治す訳ではない。本人の自然治癒能力を高めているだけであって、疲労は全て本人が受ける。それを、貴様は何度も……』
この戦いでのダメージもあるだろう。
しかし、そもそもこの町に来るまでがあまりにも過酷過ぎたのだ。カムトピアを出ていきなり魔獣の群れに襲われ、その後に訪れた魔獣の村では魔元帥にボコボコにされ、それから数日間飲まず食わずの旅路を行き、ついたかと思えば背中を燃やされたいしこたま殴られたり肩に穴を空けられたりとーー重症なんてレベルの傷ではない。
魔法でどうにかなった気ではいたが、根本的な解決にはなっていなかったのだ。それに加え、加護の発動はルークの体に多大な影響を及ぼす。
限界をむかえてーー否、とっくのとうに限界なんか通り過ぎていた。
そのつけが、今回ってきたのだ。
「ッざけんな、まだ動けるっての……!」
「どうやら俺が手を下すまでもなかったらしいな。外側はともかく、お前の内側はボロボロだ。もう戦える状態じゃない」
「黙ってろ、まだやれるっつってんだろ……」
「…………」
いまだ消える事のない闘志を目にし、セイトゥスの眉がピクリと動いた。誰がどう見ても限界を越えているというのに、諦めるどころかまだ勝つつもりでいる。
ゆっくり、口を開く。
「なぜ、諦めない」
「諦めてなんになるんだよ。どう足掻いても無理なら諦める、けど勝てるんだから頑張るに決まってんだろ」
「何度も言った筈だ、お前は勝てない。以前の俺なら負けていたかもしれないが、アレが目を覚ました今、お前が勝てる見込みなんてゼロなんだよ」
「なんべんも言わせんな、俺が勝つ」
ルークは諦めが悪い訳ではない。
どちらかといえば、直ぐに諦めてしまう方の人間だ。だが、やれると思った事は最後までやり通す。ほんの少しでも活路があるのなら、ルークは意地でもそれを掴みとる。
出来る事はやる、出来ない事はやらない、そういう人間なのだ。
「まだ、余裕だっつーの!」
握った拳を地面に叩きつけ、痛みで揺らぎかけた意識を正す。剣を支えにして体を起こし、間髪入れずにセイトゥスへと走り出した。
「理解出来ないな。お前も、アイツも、なぜ意味のない事をやろうとする」
「アイツ? 誰だよ」
ガキン!!と甲高い音がなる。
セイトゥスの腕が剣へと変化し、ルークの剣と激突した。
「俺達の親だよ。アイツは意味がないと分かっていながらも足掻いている。その行動の結末は悲劇にしか、自分を滅ぼす事にしかならないと知っている筈なのに」
「んなもん知るかよ、俺はほしいもんがあるから戦ってるだけだ!」
「自分が必ず死ぬーーいや、消えると分かっていながらなぜ挑む。あとにはなにも残らないんだぞ」
「だから、なに言ってっか分かんねぇっての!!」
感情を少しだけ露にしたセイトゥス。
ぶつかり合った剣から火花が散り、激しいつばぜり合いの末、僅かにルークが押し負けた。しかし、倒れかけた体を無理矢理建て直し、再び剣をセイトゥスへと叩きつける。
「無駄なんだよ、無駄なんだ! お前もアイツも、やってる事は無駄なんだ! 叶わないと知っていながら、なんでそこまで意地になるんだ!」
「んなもん譲れねぇからに決まってんだろ!」
「ーーーー」
「無駄だとか、意味がねぇとか、それを決めんのは自分自身だろ! どれだけ辛くたって、苦しくたって、これだけは絶対に譲りたくねぇーーそういうもんのために戦ってんだよ!!」
誰かのため、なにかのため、人は理由があるから戦う。
死んでほしくない人がいるから、失いたくない場所があるから、たとえ悪だとしてもそれを守るために自分の信じた道だけを歩く。
ルークの場合、それが普通の生活というだけだ。
可もなく不可もなく、平凡で平穏で普通の生活。
それだけは、なにがあっても譲れない。だからルークは戦っているのだ。相手が国を滅ぼすほどの力をもつ、魔王と呼ばれる存在だとしても。
「俺は、それを手に入れるまではゼッテー死なねぇ。つか、手に入れてからが本番なんだよ!」
そして、そこがゴールではない。
普通の生活を手に入れた瞬間から、ルークの人生はスタートするのだ。
だから、諦める訳がない。
無理だとか無意味だとか、そんなの関係ない。
なにがなんでも叶えたい願い。
決して譲れないもののために、この男は魔王を倒すと決めたのだから。
「テメェらにそれがあんのかよ。言われたから人を殺して、そんなクソみてぇな人生になんの意味があんだよ!」
「…………」
「テメェ自身、自分のやりてぇ事はねぇのかよ! 言われたまま生きて、意味がねぇって分かってんのに手を貸して、テメェはそれが間違いかもって思ってんだろ!」
「俺は……」
「自分のやりてぇ事も分からねぇ奴に俺は負けねぇよ。間違ってると思うなら言えば良いだろ! 黙って従って、やりたくもねぇ事やって、そんなつまらねぇ生き方してる奴らには、俺は負けねぇ!」
何度も何度も剣を叩きつける度に、セイトゥスの顔色が変わって行く。その度にルークの一撃は鋭さを増し、威力を増し、圧倒的優位にたっている筈のセイトゥスを次第に押して行く。
「間違いだとしても、アイツはそれを望んでいる。とり憑かれたようにそれだけを求めている。俺がなにを言ったって無駄だ、アイツは考えを改めたりなんかしない」
「だったら諦めてそのままでいろよ。文句言わねぇくせに、納得いってねぇみてぇな顔すんじゃねぇよ!」
「お前になにが分かる! 俺は、俺達はアイツの恨みを知っている! それを知っているから、無駄だと知っていても止める事なんか出来ない!」
「アイツアイツアイツって、テメェはどうなんだよ! 他人なんか関係ねぇだろ、テメェ自身がやりてぇ事はなんなんだよ!」
「俺の、やりたい事……だと?」
「俺の知ってる魔獣は、人間として生きようとしてた。魔王がなに企んでんのは知らねぇけど、多分魔獣側では間違いなんだろうよ」
セイトゥスの手が一瞬止まった。
その隙を逃さず、ルークは剣に変わった腕を肩から切り落とした。セイトゥスはすかさずもう片方の腕を斧へと変化させる。
二人の武器が、再び激突した。
「でも、ソイツは幸せそうだった。自分のやりたい事をやって、歩きたい道を歩いて、俺なんかには出来ねぇーー誰かを守るために最後まで戦った」
「ーーーー」
「譲れねぇもんがあったんだよ。テメェみたいにふわふわした考えで生きてたんじゃねぇ、自分の信念のために最後まで立ち向かったんだよ!」
「ーーッ」
「テメェにそれがあんのか!」
ここへ来る前、ゴルークスという名の魔獣に会った。家族を作り、村を作り、必死に人間として行きようとしていた魔獣だ。
彼には優しさがあった。人間と変わらない、誰かを思いやる心があった。守りたいという信念が、人間として生きて罪を償う覚悟があった。
彼がいなければ、ルークは死んでいただろう。
しかし、ゴルークスは最後まで戦った。どこへ逃がしたか言えば生きれたかもしれないのに、それでもゴルークスは魔元帥に挑んで行った。
そんな彼を、ルークは尊敬していた。
たとえなにがあろうとも曲がらない。
彼の、心を。
「俺はアイツよりも弱い。けどな、テメェはもっと弱い。そんな奴が、俺に勝てる訳ねぇんだよ!」
「ぐーー!」
弾き、懐に飛び込む。
腕の再生は間に合わない。
ルークは拳を握った。
全力の拳骨を、セイトゥスの左の頬に叩き込む。
泥の体が宙を舞い、渾身のストレートはセイトゥスを吹っ飛ばした。
二度三度と跳ね、セイトゥスは大の字に寝転ぶ。
「テメェは、誰だ」
一言だけ、そう言った。
倒れるセイトゥスを見下ろし、ルークは静かに問いかける。
「俺は……」
寝返りをうち、ゆっくりと立ち上がる。
魔王の事情も、魔元帥の事情も知ったこっちゃない。
もしかしたら聞くに耐えない過去があるのかもしれないが、それを知ったところでルークの考えは変わらないだろう。
向こうが譲れないように、ルークにも譲れないものがある。
「俺は……」
立ち上がり、セイトゥスはルークを見た。
そこで、僅かに頬が緩んだ。
「俺はセイトゥスだ。俺はアイツじゃない……俺は俺だ!」
「ちっとはマシな顔になったじゃねぇかよ」
顔つきが晴れやかになったセイトゥスを目にし、ルークは満足げに微笑んだ。
一人でやってやったぜ感を放っていると、背後から大きなため息が聞こえて来た。
「なにやってるんですかもう。敵に塩を送ってるじゃないですか」
「塩なんか送ってねぇよ。俺は言いたい事を言っただけだ」
「それが悪いって言ってるんです。少しは言葉を飲み込む事を覚えてください」
「絶対に嫌」
呆れたように肩を落とし、ティアニーズが横に立つ。しかし、その横顔はほんの少しだけ嬉しそうに微笑んでいた。
ルークは辺りを見渡し、まったく人が減っていない事に気づく。
「誰も逃げてねぇじゃん。なにやってんだよお前」
「それがその、ちゃんと事情を説明したんですけど……そしたら……」
言い難そうに視線を泳がせ、ティアニーズは苦笑い。拳から流れる血を適当に払い、その笑みの意味を問いただそうとした時、こんな声が耳に入った。
「負けんじゃねぇぞ!!」
まったく知らない男の声だった。声だけで年齢を考えるなら四十近くの男性の声。
ルークは声の主を探そうと首を回すが、当然見つけられる筈がない。戦いに集中していたので気付かなかったが、むしろ先ほどよりも人の数が増えていたのだ。
いや、それだけではない。
声の主を見つけられない理由はもう一つあった。
「勇者なんだから勝てよ!」
「魔元帥なんかに負けないで!」
「なに苦戦してんだよ、とっとと勝っちまえ!」
「頑張って、勇者さん!」
ざわざわと人混みが揺れ、次第にその波が広がって行く。一人を声を上げれば二人が、二人が声を上げれば三人が、そうやって声の波がどんどん大きくなって行く。
それは、応援だった。
勇者の勝利を望む声。
「説明したら、皆さん応援するって……」
「んだよ応援って、邪魔なだけだろ。いねぇ方が戦いやすいんだけど」
「私もそう言ったんですけど……なんかこうなっちゃいました」
てへ、と舌を出して可愛らしく首を傾げるティアニーズだったが、ルークはそれを芸術的なスルーで無視。不満げに口を尖らせて不機嫌なティアニーズを横目に、ルークは辺りへと目を、耳を移した。
「守ってくれよ!」
「お前しかいないんだ!」
「勇者しか勝てない!」
「頼んだぞ希望!」
「そんな奴に負けたら承知しねぇぞ!」
「負けんなァ!!」
「勝てェ!」
ざわざわと揺れていた声は、張り裂けんばかりの歓声へと変わる。窓から顔を出す者、少し離れたところで眺めている者、もう少し近くで見たいと危険を承知で接近する者。
人から人へと伝染して行く。
声が。
希望が。
それを聞き、ルークは頬を緩めた。
緩め、大きく息を吸い、
「ごちゃごちゃうるせーんだよバーカ! 外野は黙ってろ、戦いもしねぇくせに無茶な要望ばっか言いやがって!テメェらがいると戦い辛いの、声が煩くて集中出来ないの、分かったら黙ってろこの場から立ち去れクソ野郎どもが!!」
まぁ、こうなるだろう。
人の応援でやる気を出すような人間ではないので、歓声なんてただの雑音でしかない。むしろ集中力を削ぎ落とされるし、些細な音を聞き漏らしてしまう可能性もあるので、ない方が良いと思っている。
やっちまったぁ、と言いたげにティアニーズは頭を抱えた。
直後、
「なんだテメェ!」
「応援してやってんだから素直に受けとれ!」
「それでも勇者か!」
「口わりぃぞ!」
「私達の応援を返して!」
「誰も応援してくれなんて頼んでませんよぉ、お前らが勝手に応援しただけですぅ。そのくせに返せとか頭おかしいんじゃねぇのかなぁ?」
「こんのクソ勇者が!」
「お前なんか負けちまえ!」
「やっちまえ魔元帥!」
「でも魔元帥勝ったらヤバくない?」
「へーきへーき、他の奴がなんとかしてくれるって」
好き放題に飛び交う罵倒の嵐。
ルークはそれを聞き、ピクピクと眉を動かした。その揺れは肩へ行き、握り締められた拳へと移動。べきべき、と変な音が握り拳からもれ、最後には額に浮かんだ青筋がピキ、と鳴った。
「上等だテメェら、相手してやっからかかって来いや! 魔元帥の前にテメェらを八つ裂きにしてやんよ!」
剣を振り上げ、鬼の形相で人混みへと突撃を開始。
この男なら本当にやりかねない、という間違いなくぶん殴るので、ティアニーズは慌てて後ろからしがみつく。
「お、落ち着いてください! 私達の相手はそっちじゃなくて向こう!」
「うるせぇ、全員敵だ! こんな町俺が滅ぼしてやる!」
「貴方勇者でしょ、それじゃ魔王とやってる事変わりません!」
「なら今日から魔王になる!」
「子供みたいな事言わないで!」
腰に手を回してなんとか魔王の進行を止めようとするが、こうなったルークのしつこさは油汚れよりも酷い。しかしソラは一切関わる気がないらしく、呆れたようなため息だけが聞こえた。
そこへ、ザッと地面を踏み鳴らす音が響いた。
たったそれだけなのに、煩いほどに鳴り響いていた罵声が消え失せる。
「お前の相手は俺だ」
「あ?」
「さっき言ったな、俺のやりたい事はなんだと。今分かったよ、俺はお前に、人間に勝ちたい」
前に進もうとする力が突然消え、ティアニーズは支えを失ってルークの背中に顔面から激突。
真っ赤になった鼻を抑え、涙目になるティアニーズを無視して前に出ると、
「勝てんのかよ」
「勝つさ。それが、俺の譲れないものだ」
「上等だ、ぶちのめしてやる」
小さな笑みを交互に交わす二人を見て、仲間外れにされたのが気に入らなかったのか、ティアニーズは頬をふくらませながらルークの前に出る。剣を構え、
「私も戦いますよ」
「当たり前だ、俺は人間に勝つ」
先ほどとは別人のような雰囲気を放つセイトゥスに、ティアニーズは少し困惑しながらも息を吐いた。
ルークはティアニーズの背中を見つめ、なにか思いついたように手を叩くと、その耳元に口を近付けた。
「おいティア、これから勝つための作戦を伝える」
「ひゃん!」
「あ?」
ビクリ、体を震わせて飛び上がるティアニーズ。その顔は紅潮しており、耳までもが真っ赤に染まっていた。
恐らく耳に息を吹き掛けられてーーというやつなのだろう。ルークはそれを口に出そうとするが、
「黙れ」
「はい」
先に釘を刺されたのでお口にチャック。
改めてティアニーズに近づき、思いついたとっておきの作戦(?)を伝えた。
「……またとんでもない事を」
「これしかねぇ。実力で劣ってんじゃ運に頼るしかねぇだろ」
「私は構いません。どーせ断っても意味ないでしょうし。ソラさんはなんて言ってますか?」
『とても不服だが仕方あるまい』
「すげーやりてぇってよ」
大嘘を口にした瞬間、握っていた剣が勝手に動き、剣の柄がルークの額に激突した。
大勝負の前に額に大きなたんこぶをつくり、
「これが最後だ。決着をつけるぞ」
「はい、必ず勝ちましょう」
『不安しかないが……やるしかないか』
静まり返った大通り。
大勢の人間が見守る中、たんこぶを作った勇者が駆け出した。
テムランでの戦闘は、終結に向けて加速する。