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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
二章 量産型勇者の一歩
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二章八話 『歴戦の老人』



「おーい、オラ起きろ」


 伸びている男の頬をペシペシと叩き、何とかアジトの場所を聞き出そうとするルーク。手加減しなかった本人が悪いのだが、男は返答する様子が全くない。

 しかし、ルークは手を止める事なく往復ビンタを継続。


「ルーク、テメェ本気で奴らを潰しに行くつもりなのか?」


「たりめーだ。被害者がどうとか町の治安がどうとかは興味ねぇけど、コイツらぶっ潰さねぇとおっさん教えてくれねぇだろ」


「だから本当に知らねぇんだよ」


「またまたぁ、孫のために嘘ついちゃって」


「頭かち割るぞガキ」


 手を振って『あらやだぁ』と噂話をする主婦のように振る舞うルーク。

 ビートはその対応を見て舌を鳴らし、落ちた葉巻の掃除を始めた。


「止めとけ、剣が直って本来の力を使えるんならまだしも、今のテメェじゃ乗り込んだところで殺されるだけだ」


「やってみなけりゃ分かんねぇだろ。ただの不良集団なら蹴散らしてやるよ」


「本当にバカな奴だな、ただの不良集団に憲兵が手を焼くかよ。知らねぇようだから言っとくが、憲兵も何人か殺られてんだよ」


「ふーん、そりゃ大変なこった。町の平和を守って死んだんなら本望だろ」


 他人事のように呟き、ルークは一旦手を止めた。男の頭を掴んで前後にシェイクしたりしてみるが、一向に目を覚ます気配がない。

 掃除を終えたビートが新しい葉巻に火をつけ、


「何が本望だ、思ってもねぇクセに。俺だってただの不良ならぶっ飛ばして終わりにしてた。でもな、それが出来ねぇから家族を人質にとられてこうなってんだ」


「そりゃあおっさんがもう歳だからだろ。あとは俺に任せて寝てろ、こちとらドラゴン倒してんだ。人間相手ならそう簡単に負けたりしねぇ」


「たかがドラゴンで調子に乗るんじゃねぇ。ありゃデケェが大型の魔獣の中でもザコみてぇなもんだろ」


「おっさんドラゴンと戦った事あんの?」


「あるも何も、俺は五十年前の戦争に参加してる。そん時に嫌というほど殺しまくったさ」


 突然の宣言にルークは驚きながらビートへと目をやる。見た目の年齢的に考えるとすれば事実なのだろうけど、歴戦の勇姿とは程遠く、威厳や厳つさなどは全く感じられない。

 というか、ただの偉そうなじじいにしか見えない。


「戦争で使われた武器はほとんど俺が打った物だ。騎士団に雇われてな、無理矢理参加させられたんだよ」


「意外とすげぇおっさんなんだな。なのに抵抗しねぇのか?」


「したくても出来ねぇんだ。ただの人間や魔獣が相手ならこの老体でも何とかなる、でもな……ありゃそれとは別物の化け物だ」


 ビートの言葉に力が入り、持っていた葉巻を素手で握り潰した。

 急に態度が変わり、流石のルークでも何かしらの事情がある事を察する。寝ている男を乱暴に投げ捨てると、


「化け物?」


「あぁ、『魔元帥』って言葉くらい聞いた事あんだろ? 魔王が最初に造り出した八体の生物の事だ」


「……おう、全く知らん」


「本当に知らねぇのか?」


「田舎育ちだからそういうのに疎いんだよ。そもそも、戦争の話なんて自分から進んで聞くような内容でもないだろ」


 多分、とんでもなく恐ろしい生物なのだろう。しかし、本人の言う通り、そして村の村長があまり話さなかったので、ルークは戦争についてほとんど知らない。

 本来ならビックリ仰天するべきなのだろうけど、薄いリアクションしかとれなかった。


「まぁ知らねぇならそれで良い。前の戦争で前線に出て戦ったのは主にその魔元帥だ。人間側はアホみたいに死人を出したが、俺達は魔元帥を一人も殺せなかった……」


「勇者が居たのに?」


「あの野郎は魔王で手一杯だったんだよ。現に殺すんじゃなくて封印するって方法でしか勝ちをもぎ取れなかった」


「……なるへそ、ソイツら今もこの国のどこかに居て、人間に紛れて暮らしていると。そんで、今その話をしたって事は、敵にその魔元帥ってのが居るんだな?」


 ビートは無言で頷いた。戦争について知らないルークでも、その驚異がどれほどのものなのか今の話だけで十分に理解出来た。

 それに、前の戦争は勝ちと呼べるのかすら怪しい事に。

 しかしながら、ルークはあっけらかんとした様子で、


「んじゃ、今回俺が初めて魔元帥を倒した人間になるって事だ。こりゃ金も大量に貰えて一生遊んで暮らせるなぁ」


「……テメェ、今の話聞いてもまだやるつもりなのか?」


「当然だろ。何でおっさん達が勝てなかったからって俺も勝てねぇって決めつけんだ。もしかしたら勝てるかもしんねぇだろ」


「そんな簡単な話じゃねぇんだよ。テメェは知らねぇから呑気にそうしてられんだ」


 ルークはその言葉を一度飲み込んだ。ビートの揺れる瞳を見つめ、『確かに知らねぇ』と前置きをして、


「だからって何もしない理由にはならねぇだろ。世界の平和とかそんなデケェもんは知らんけど、俺は俺の生きる道だけは綺麗に掃除してゴミ一つ残さず歩くタイプなんだ 」


「どこまでも自分勝手な野郎だな」


「おっさんだってそうだろ。今、俺の行く平和な暮らしの道の前にあるゴミが魔元帥ってんなら、潰して掃除するだけだ」


 魔王と聞いても、ルークは進む事を止めないだろう。たとえ神様だろうが精霊だろうが、ルークは自分の道をただひたすらに真っ直ぐ歩くだけなのだ。

 そこに迷いなど一切なく、自分には無理だという不安すら存在しない。


 自分が生きるためには剣を直す方法が必要で、それを聞き出すためには魔元帥を倒さなければならない。

 だとしたら、ルークは魔元帥を倒すだけだ。

 それが、ルーク・ガイトスという男だから。


「俺は勇者じゃねぇ。勇者じゃねぇけど、今回だけ特別サービスで世界の敵ってやつを一人ぶっ潰してやるよ」


「大口叩きやがって、行ったところで死ぬだけだぞ? アイツの目的は武器を大量に集めて戦争の続きをおっぱじめる事だ」


「ついでだ、それも止めてやる」


「前の勇者に出来なかった事をテメェがやるってのか?」


「おう。俺の安心安全、平穏無事な暮らしを迎えるためにな」


 ビートはその答えを聞いて口元を歪めた。呆れたように、されど楽しそうに。

 その真意は分からない。ルークを見て何かを感じたのか、それともバカな奴だと思ったのか。

 ビートは転がっている鉄の棒を拾い、それをルークに突き付ける。


「もしお前が失敗すれば俺の家族は死ぬ。剣もまともに使えねぇ奴を行かせると思うか?」


「止めたきゃ止めろよ。でもな、俺は男も女も子供も老人も平等にぶん殴れる。やるってんなら手加減しねぇぞ」


「良い度胸だ。老いぼれちゃいるが戦いの勘ってやつはまだまだ体に残ってるぜ? テメェみたいなクソガキくらいなら軽く伸して捨てる事だって出来る」


「上等だ。魔元帥をぶっ潰す前の準備運動にしてやる」


 二人はにらみ合い、一触即発の空気が流れる。割って入る担当のティアニーズも居らず、居たとしても今のルークを止める事は難しいだろう。

 しかし、その空気をぶち壊すようにビートが笑い声を上げた。


「ガハハハハ……乗ってやろうじゃんか、テメェがどこまで出来るのか俺が見届けてやるよ」


「いやいや、おっさん来たらまずいだろ。家族殺されるし、万が一おっさんが死んだら俺戦う意味なくなるし」


「バカ言え、わけぇ奴に負けてられるか」


「無理すんなって、さっきまでビビってたじゃん」


「誰がビビってんだ、持病の腰痛が痛かっただけだ」


 鉄の棒を投げ捨て、バシバシとルークの肩を叩くビート。中々の威力に体が一回転し、戦いの前に脱臼して戦力ダウンしかねない事態になってしまう。

 手を押さえ、何だったらやり返そうとするルークに、


「寝てる奴を起こせば良いんだろ? ちょっと待ってろ」


「お、おう」


 そう言って、ビートは奥へと消えて行った。しばらくして戻ってくると、手には満タンの水が入ったバケツが握られていた。

 倒れている男の頭上でバケツを持ち上げ、水をかけると思いきやバケツごと顔面に叩き付けた。


 多分、水は重さを増すために入れられていたのだろう。水をかけるとかじゃなく、物理的なダメージで起こすという手段に走ったのだ。

 倒れていた男はあまりの衝撃に目を覚まし、


「ッ……いきなり何しやがんだ!」


「うるせぇ黙れガキ。俺の言う通りにしろ、じゃねぇと指を一本ずつへし折るぞ」


 男の手を踏みつけ、ドスの効いた声で詰め寄るビート。そのビートの姿はイカれたじじいとしか言いようがなく、流石に指をへし折るという発想はルークにもなかった。

 歳を重ね、戦争を経験したからこそ成せる技だと納得し、口出しせずに見守る事に決めた。


「テメェらのアジトの場所を言え」


「ハァ!? バカじゃねぇの、言う訳ねぇだろ!」


「そうか、じゃままず一本いきまーす。いちにのさん!」


「まてまてまてまてまてまて! 嘘、嘘です言います!」


 軽い掛け声と共に自分の手に乗せられた体重に恐怖したのか、男は呆気なく敗北を認めた。

 どうだと言わんばかりに振り返ったビートに、ルークはとりあえず拍手。世の中には上には上がいるのだと悟った。


「町の外れの館っす。そこに俺らのアジトがあるんすよ! ち、地図はポケットに入ってるんで! だから折らないで下さい!」


「よーし、良い子だ。でもよ、今までの仕打ち、俺の家族が味わった苦しみはこんなもんじゃねぇよな?」


「へ?」


 男が何かを発するよりも前に、ビートの拳が振り下ろされた。起きてから僅か数秒、男は再び眠りの世界へと旅立った。

 男のポケットをあさって地図を取り出すと、


「意外とちけぇな。オラ、とっとと行くぞ」


「りょ、了解っす」


 年下と格下にはため口を使うルークであったが、この時ばかりは無意識に敬語が口から飛び出した。



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