七章六十二話 『勇者・精霊・騎士』
ティアニーズ・アレイクドルは、色々あって一時期は自分から命を絶とうとしていた。思い悩み、生きる意味も価値も見当たらずそれが正解だと思っていたので、その瞬間には全く恐怖はなかったのだろう。
だが、現在。
ルークの背中にしがみつき、地上数十メートルの空中遊泳をして思った筈だ。
もう二度と、二度と自分から死のうなんてバカな真似はしないと。
「イヤァァァァァァァアァァーー!!」
「うるっせぇよ!!」
耳をつんざくような悲鳴が顔の横で爆発し、ルークは空中でなんとか体勢を整えながらそちらに顔を向けた。ブルブルと頬が揺れ、涙が重力に逆らって空に上がり、少女の顔は見るも無惨なほどのブサイクになっていた。
『よそ見をするなバカ者! 早くしないと核を見失うぞ!』
「わーってる!」
口の中が一瞬にしてかわく中、ルークはソラの声によって意識を引き戻された。甲高い悲鳴から耳を逸らし、目を逸らすと、とある一欠片を中心にして再生しているセイトゥスへと目を向けた。
剣を構え、狙いを定める。
『どうするつもりだ!』
「めんどくせぇから周りの砂ごと一気に凪ぎ払う!」
『失敗したらどうなるか分かっているんだろうな?』
「失敗しなきゃ、良いだけの話だろーが!」
しがみつくティアニーズが邪魔で多少動き辛いものの、こんな空中で文句を言っている暇などなく、セイトゥスの核を目視出来ているこの隙を逃す訳にはいかない。剣に光を集め、核もろとも砂粒を吹き飛ばそうとするがーー、
『待てーー!』
ソラの声により、放ちかけた斬撃は寸前のところで止まった。
核を中心にして再生していく中、奇妙な動きがあったからだ。本体から離れた泥は自動的に核へと集まるーーでは、離れた泥はどの程度操作出来るのか。
それを、一切頭に入れていなかったのだ。
砂粒は風に流される事なく、核を包み込むように球体になった。
だが、その程度で止まるような男ではない。
「しゃらくせぇ!」
攻撃手段を斬撃から切り替え、手首に巻き付いた魔道具を構える。瞬間、放たれた小さな炎の玉が射出され、核を守る砂の壁に直撃し、人の頭くらいの小さな穴が空いた。
ある程度は操作出来るが、どうやら硬度はそれほどでもないらしい。
再び剣の切っ先を向け、
「これでーーしまいだァ!!」
そう言って構えた瞬間、ルークの動きが一瞬だけ止まった。視界の端に入った巨大な炎の翼を見た。だが、それが理由ではない。あれがなんなのかは分からないが、気にしている余裕はない。そう思い、次の行動へと移ろうとしたが、
『なんだ、あれはーー』
問題があったのはソラの方だった。
巨大な炎の翼を見た瞬間、体を包んでいた違和感ーー加護の感覚が消えてしまったのだ。
再生を続けるセイトゥスを見て、ルークは焦ったように、
「なにやってんだ! とっととやるぞ!」
『ま、まて、そんな、そんな事あり得る訳が…………』
「なに考えてんのか分からねぇけどあとにしろ! 今はこっちが優先だろ!」
『ッ! すまない、分かった』
「行くぞ!」
先端から凝縮された光が放たれた。
斬撃ではなく、光線のような光。
範囲は狭まるものの、恐らく貫通力ならば斬撃を遥かに上回るだろう。試した事なんてないし、ルークは今この瞬間に新たな力の扱い方を身につけたのだ。
刻一刻と地面へと落下する中、放たれた一撃は吸い込まれるように穴を抜け、球体の中にある核を貫いたーーが、
「あーー?」
手応えがなかった。
核を守るようにして維持されている球体は消えず、宝石を貫いたような感覚もない。
激しく吹き付ける風に目を細めていると、なにかが顔の横を通り過ぎて行った。
小さな石のような物。
いやーー宝石だった。
『まずい! 避けられた!』
「んな事分かってんだよ!」
人間の体、なおかつ二人分と小さな石ころでは、どちらが先に落下するのかなんて考えるまでもない。どうやったのかは不明だが、ルークが斬撃を放つよりも前、セイトゥスは自分の命の源である宝石だけを上空に向けて放っていたのだ。
ルークが顔を後ろに向けるよりも早く、目の前にあった筈の球体が弾け、核へと集約して行く。
じたばたと手足を動かして方向転換しようとするが、
『バカ者! もう遅い、着地に備えろ!』
「バカ言え! このチャンスを逃せるか!」
『貴様だけならそれでも構わない! だが、後ろにティアニーズがいる事を忘れるな!』
「う……、わーったよ!」
言われて気づくと、真横で両目を閉じてなにやらぶつぶつと呟くティアニーズの顔が目に入った。
ルークは再び手足をばたつかせ、なんとか地面の方向に足を向けると、
「おいティア! 舌噛まねぇように口閉じとけよ!」
「あ、え、まさか、このまま着地する訳じゃないですよね!?」
「するに決まってんだろ!」
「な、な、ななななにも考えてなかったんですか、着地の方法!?」
「考えてたっての! 足から下りる!」
「バカ! 本当にバカ! 失敗したらどうするんですか!」
「成功すりゃ良いんだろ! つか、今さら遅い!」
ルークの作戦では、先ほどの一撃で魔元帥を殺していた。なので、最悪着地の際に足が折れても別に良いか、とか能天気な事を考えていたのだが、そうもいかなくなってしまった。
とはいえ、着地した瞬間に前転して勢いを殺すとかそんな専門知識はないし、なおかつ人間を一人背負っているのだ。
となれば、あとは自分の足とソラの加護、その他諸々奇跡とか偶然とか根性でどうにかするしかない。
ルークは地面を見据え、衝撃に備えて息を飲む。
「行くぞ! 着地すっからな!」
「言わないでください! 私目を閉じてますから!」
「あと三秒くらい!」
「言うなって言ってるでしょバカ!」
「着地ぃぃぃ!!」
地面と足が触れあった瞬間、衝撃というよりは電撃が駆け巡った。踵から上り、膝を通過して腹を抜け、心臓に嫌な感覚を与えつつ脳ミソまで到達すると、そこでようやくこれが痛みだという事を理解した。
しかしそれでは止まらず、一旦上がった電撃は再び下がり、最終的には足で爆発するみたいに弾け飛んだ。
「っっーー!!!!」
叫び声なんて出なかった。
痺れと痛み、なにがなんだか分からなくなり、堪えようと奥歯を噛み締めても無くなってはくれない。着地の際に鈍い音が聞こえた気もするが、ルークの全神経は現在足元に集中していた。
「……い、生きてる?」
ルークの後ろで、地面に大の字に倒れていたティアニーズが呟く。着地した瞬間に衝撃に耐えきれなくなり手を離したらしいかが、どうやらそのおかげであまり痛みはないようだ。
五体満足を確認するように動かし、それから体を起こす。
と、そこでティアニーズの動きが止まった。
目の前に立つルークが、立ったまま微動だにせず、ただ前を見つめていたからだ。
「あ、あの、ルークさん?」
返事はない。
なぜなら、今のルークにそんな余裕はないからだ。
どうにかして足の痛みを和らげようと、用いる知識を総動員して爆発的に思考能力を高めた結果、たどり着いた結論は至極単純ーー気合いで堪えるだった。
痺れを通り越して足の感覚がなくなり、一瞬でも気を抜けば倒れてしまいそうだった。なので、とりあえずたったまま血液を下半身へと送り、感覚が戻るのを待っているのが今の状態だ。
とはいえ、ティアニーズはそんなの知る訳ないので、
「ルークさん! 大丈夫ですか!?」
慌てて立ち上がると、まったく動く気配のないルークの前に回り込む。若干涙を流し、どこか一点を見つめて魂が抜けたような様子を見ると、
「……あ、あの、今は話かけない方が良いですか?」
「…………」
「分かりました、とりあえず待ってますね」
この子はとても察しが良いらしい。
一応声は聞こえていたので、無言の圧力でイエスと答えると、ティアニーズはそれを見事理解してくれた。ここはソラが人間の姿に戻って代弁するべきなのだが、剣が手を離れた瞬間に加護の効力が切れてしまうのである。
それから数十秒が経過し、
「め、めっちゃいたい……」
ようやく絞り出せた言葉がそれだった。
もう涙が頬を流れ、声なんか震えちゃっている。
「よ、良かったぁ……」
「良くねぇ、なんも良くねぇよバカ。痛すぎるっての、俺の中の痛み最高クラスを更新したっての」
「生きてるんですから平気です。動けますか?」
「無理。あと一時間は無理。もうこのまま寝たい」
「ダメです、まだなにも終わってませんから。後先考えずに飛び下りた貴方のせいです」
辛辣な言葉を浴びせられ、いつもなら大量の文句をぶちまけるところだが、そんな余裕すら残ってはいない。とりあえず顔を動かし、手を動かし、最後に足をほんのちょっと前に出してみる。
「いぎーーッ」
そりゃまぁ、痛いに決まっていた。
声にならない叫びを上げ、今度は堪えていた涙が洪水のように溢れ出す。
そんなルークを呆れた様子で見つめ、
「それより、魔元帥はどうなったんですか? 私、目を閉じていたので見てなくて」
「知るかんなもん。どうだって良いわボケ、クソカスが」
「口が悪いですよ。どうでも良くないです、倒せたんですか?」
「失敗した」
「…………」
「なんだよその目は。俺のせいじゃねぇぞ、失敗したのは神様のせいだ」
実際、失敗したのはルークのせいではないのだが、ここで誰かのせいにするのがこの男だ。
ちょっとずつ足を動かし、元の感覚を取り戻そうとしているとーー、
「?」
二人の背後になにかが落下した。
ベチャッ!と奇妙な音とともに落ちて来たそれは、赤黒く濁った泥の塊だった。落ちた瞬間に破片が周囲に散らばるが、生きてるかのようにうねうねと動き、大きな塊に吸い込まれていった。
「……高いところから落ちてもへーきなのかよ。こちとらめちゃくちゃいてぇってのによ」
「認めよう、今のは危なかった。流石に焦ったぞ」
泥の塊が蠢き、次第に形を取り戻して行く。
粘土を何度もこねたように、不規則な動きを繰り返し、最終的には人間の形へと戻った。
「空中では地面を這わせて再生する事は出来ない。すなわち、一ヶ所に集まる様子が見え見えという事だ。それに加え、あの瞬間俺は切り離されていた。……まさか飛び下りるとは思わなかったがな」
まったく焦った気配のないセイトゥス。当然怪我をしている様子もなく、泥である体は高所から落ちても問題ないようだ。
作戦失敗を悔いるように舌を鳴らし、
「テメェ、そりゃ反則だろ」
「これが俺の力だ。産まれもったものなのだから仕方ないだろ」
「だったらそれを与えたクソ野郎が反則だ」
「文句があるなら本人に言え。俺ではどうしようもない」
ルークの理不尽な文句にも顔色一つ変えず、淡々とした様子で答えるセイトゥス。
痛む足を庇うように、そして見抜かれないように強がりながら、
「小細工は通用しねぇってか。なら、真正面からぶつかって殺すだけだ」
「残念だがそれは無理だ。今後あのようなチャンスはない。核を狙うと分かっている以上、俺もそれなりの対処はさせてもらう」
「それをどうにかして殺すっつってんだろ。また斬撃でテメェを粉々に砕いて核を見つけてやる」
「そうか、ならやってみろ。残り何発ある?」
その質問に、ルークは思わず顔をしかめた。
セイトゥスは僅かに口元を緩め、
「何度も打てる場面はあった。いや、打つべき場面があった。しかしお前はかたくなに打たず、ここぞという瞬間を選んだ。油断させるための作戦とも考えられるが……それは違う。回数に制限があり、その制限が近いからだろう?」
「ち、ちげーし」
反論する言葉が見当たらず、咄嗟に飛び出したなんの説得力もない言葉。それが嘘だという事は、恐らく子供にだって見抜けてしまうだろう。
「別に答えなくても良い。だが、斬撃もない状態でどうやって俺の核を見つけ出す? 制限がないなら早く打てば良いだろう」
「い、今は足がいてーんだんだよ」
「ルークさん、もう無駄ですよ」
『ルーク、無駄な足掻きはよせ。なんだか私まで恥ずかしくなってきた』
仲間である筈の二人からも見放され、ルークは悔しさと虚しさと恥ずかしさを誤魔化すようにとりあえず笑って見せた。しかしその笑みも長くは続かず、数秒後には無表情になり、
「関係ねぇんだよ。斬撃はあと一発しか打てねぇ……だからなんだ。それでも俺はテメェを殺す」
「いさぎ良いな。悪いがもうお前達に勝ち目はない。一発しか打てないと分かっているなら、俺はその一撃だけに気を配れば良い」
「またテメェの隙をつく作戦を考える」
「どんな作戦を考えても結局警戒すべきなのは斬撃だ。それさえ対処出来れば俺が勝つ」
どこまでも冷静なセイトゥスに、ルークは言葉を発せなくなってしまった。
実際、斬撃がなければ戦えない。いくらルークとティアニーズで挑んだとしても、再生するので二人の手数ではセイトゥスをバラバラに切り刻む事は出来ない。当然反撃だってしてくるだろうし、もう一度粉々に砕いて核を見つけ出し、それを破壊するのは難しいだろう。
圧倒的力でぶっ飛ばす力ーー斬撃がないと、そもそも核を見つけ出す事すら出来ないのだ。
それも、残り一発。
確実に当て、確実に核を見つけ、確実に砕かないといけない。
なに一つ、失敗は許されない。
「諦めろ、勇者。お前達では俺には勝てない。この町が滅びるのも時間の問題だ、お前の仲間もいずれは死ぬ」
「ざけんな、俺は諦めがわりぃんだよ」
「どれだけ抗おうともどうにもならない事はある。お前が俺を殺さなければ、この町を救う事は出来ないんだぞ?」
「テメェを殺しゃ良いんだろ。つか、舐め過ぎなんだよ。俺の仲間はこんなところで死んだりしねぇ」
他の戦場がどうなっているかは分からないが、全員が死に物狂いで戦っているのは確かだ。もしかしたら、死人が出ているかもしれない。いや、死人が出ていないとしたらそれは奇跡だ。大量の魔獣と魔元帥、圧倒的脅威を前にして、人間はあまりにもちっぽけ過ぎる。
本来であれば、これは国全体で対処すべき事案だ。騎士団の戦力をかき集め、事の解決にあたるべき戦いだ。それを寄せ集め集団でなそうとしているのだから、難しいに決まっている。
勝ち目なんて、最初からなかったのかもしれない。
でも。
「私は、もう諦めません。たとえどんな困難でも、絶対に下を向いたりはしない」
「元はと言えばお前にも責任はあるんだぞ?」
「だから戦っているんです。皆を助けるために命を投げ出すーーそんなのは絶対に間違ってるから。戦って、貴方を倒してこの町を守るんです」
「随分と人が変わったな。それも、勇者の力か?」
言われ、ティアニーズはルークを見た。
まったく諦めていない顔を見て、安心したように口元を緩める。それからセイトゥスを真っ直ぐに見据え、
「こんなちゃらんぽらんな人ですけど、私はこの人のおかげで変わる事が出来た。でも、それは勇者だからじゃない……。他の勇者じゃダメだったんです、ルークさんだから、私はもう一度立ち上がる事が出来たんです」
「誰がちゃらんぽらんだ。褒めてんのか貶してんのかどっちだよ」
「そんなの、褒めてるに決まってるじゃないですかっ」
こんな状況だというのに、ティアニーズは満面の笑みで微笑んだ。不安なんて微塵もない、心の底からの信頼を示すような笑み。
それを見て、胸につっかえていた不安が消えた気がした。
「文句ならあとで聞いてやるよ。俺もまだまだ言い足りねぇかんな」
「ま、まだあるんですか?」
「たりめーだろ、どんだけ鬱憤たまってると思ってんだ」
「り、理不尽なのは受け付けませんからね。私だって文句ならいっぱいありますもん」
「なら、とっとと終わらせねぇとな」
「はい。早く終わらせましょう」
ルーク・ガイトスは、とても諦めが悪い。
やられたら必ずやり返すし、どこまでだって追いかける。
ティアニーズ・アレイクドルは、諦めが悪い。
自分の信念を貫くためなら、何度だって立ち上がる。
そんな二人が諦めろと言われ、素直に頷く訳がなかった。
「……そうか、苦しんで死ぬ道を選ぶか。まぁ良い、どのみち他の人間もーー」
そこで、セイトゥスの目が大きく開かれた。
明らかに動揺していた。諦めの悪い二人を目にしたからではなく、空に上がる巨大な炎の翼を見たからだ。
「どういう、事だ……。あの力は……いや、お前まさか……」
揺れる瞳で翼を見つめ、それからセイトゥスの視線はルークに移った。
なにが起きたか分からず首を傾げると、
「なるほど、そういう事か。あの男、俺達に対抗するためにこんな隠し玉を用意しているとはな……」
「あ? なにがなるほどなんだよ」
「可哀想な奴だと思っただけだ。本来ならお前はここにいるべき人間ではない。お前の運命は歪んでいるな」
「なに訳分かんねぇ事言ってんだテメェ」
「本人も気付いていないか。アルト、お前は失敗したな」
可哀想だと言われて額に青筋を浮かべていたが、突然上がった名前を聞き、ルークは顔をしかめた。
アルト、それはソラの本来の名前だ。
魔王が知っていたので特に気にするべき事ではないのだが、その前の『失敗』という単語がどうも気になってしまった。
瞬間、握っていた剣が人間の姿になった。
「失敗ってなんだよ、ソラ」
「分からない。いや……すまない、分かってはいるが確証がない。だが、もし私の考えている事が正しいとなると……」
「んだよ、言いたい事があんならハッキリ言いやがれ」
「ルーク、どうやら私は取り返しのつかない失敗をしてしまったようだ。だが、それについて話すのはあとだ。今は奴を倒す事に専念しろ。そのあとで……私は、貴様にきちんと謝る」
うつむき、珍しく歯切れの悪い物言いに、ルークは違和感を感じたものの考えるのはあとにした。
なにが失敗なのか、ソラがなにに罪悪感を感じているのかは分からないが、今やるべきは目の前の敵を排除する事なのだから。
「ルーク、俺がお前に負ける理由が今なくなったよ。残念だがお前は死ぬ。それも全て、お前を選んだアルトのせいだ」
「…………」
「ルークだけじゃない、お前のせいで大勢の人間が死ぬ。哀れなものだな、力を使い果たし、記憶を失った結果がこれだ。お前の旅は、始まりの時点で失敗していたんだよ」
「…………」
うつ向いたままソラは答えない。
いつもな偉そうな態度はなく、そこにいるのは小さな女の子だった。
「一番の被害者はお前だな、ルーク。お前は本当のーー」
「ごちゃごちゃうるせぇぞ」
セイトゥスの声を遮り、ルークは一歩踏み出した。
足に残る激痛を気合いで抑えこみ、ソラの頭に手を乗せる。
「失敗かどうかは全部が終わってから決めるもんだ。それに、決めんのはテメェじゃねぇ、俺だ」
ソラがなにに悩んでいるのかは分からない。
なにが失敗なのかも分からない。
「コイツは失敗なんかしてねぇ。それを俺が証明してやるよ、テメェを、あのクソ魔王をぶっ殺してな」
もし、ソラの選択が誤りだったのなら。
だったら、ルークがそれを正せば良い。
失敗という絶望をひっくり返す、そんな力がこの男にはーー勇者にはあるのだから。
ルークはソラの頭をぐちゃぐちゃに撫で、
「なにうつ向いてんだ。戦うんだろ? 強くなるんだろ、誰も死なせねぇんだろ、このふざけた悲劇を終わらせんだろ」
「だが、私は取り返しのつかない事を……貴様を……」
「んなの今さらだ。良いか、一回しか言わねぇから良く聞いとけよ」
ボサボサになった頭でルークを見上げるソラ。
ルークは最後に一度だけ優しく頭を撫でると、
「お前が俺を選んだから、こんなクソ面倒くせぇ事に巻き込まれた。それはすげぇムカつくし、ふざけんなとも思う。けど、お前が俺を選んだから、俺をここまでこれた。ようするに、お前のおかげだって事だよ。ーーありがとな」
「ーーーー」
「この旅も、以外と悪くねぇよ」
「そう、か。ふん……ルークのくせに生意気だな」
ソラは頬を緩め、優しい顔で微笑んだ。
いつも通り、ルークは思った事を口にしただけだ。
だが、ありがとう、そんな事を素直に口にしたのは、産まれて初めての出来事だった。
顔を上げ、ソラはボサボサになった頭を整える。
「確かに私は失敗した。だが、後悔はしていない。この男を、ルークを選んだから私はここまでこれた」
雲っていた顔は晴れ、いつもの自信に満ちた表情を浮かべると、
「貴様を選んで良かったよ。やろうか、相棒」
「おう、ぶちかましてやろうぜ」
ソラの体が光を放ち、ゆっくりと形を変えて行く。
やがて光は剣へと姿を変え、勇者の剣は勇者の手に収まった。
切っ先を向け、二人は宣言する。
「勇者の力、舐めんなよ」
『精霊の力、舐めるなよ』