七章六十一話 『バカ、鬼畜、人でなし』
振り下ろした剣が、魔元帥セイトゥスの体を真っ二つに両断した。
ーーがしかし、ルークは顔をしかめ、若干苛立ったーーいや、かなり苛立った様子で舌を鳴らし、優位な状況だというのに一旦距離をとった。
綺麗に両断された魔元帥を睨み付け、
「んだようぜぇな! なんで斬れねぇんだよクソ!」
「いきなり大きい声出さないでください」
「だって斬れねぇんだもん! あんなの普通苛々すんだろ!」
耳を塞ぎ、冷静なティアニーズを横目にルークは切断されたセイトゥスを指差す。と、完全に真っ二つになった筈の体がなにもなかったかのようにくっつき、あっという間に元通りになってしまった。
ティアニーズは苛立つルークを無視し、
「体自体が泥になってるんですかね?」
「知るかんなもん。つか、体が泥になったら殺せねぇじゃん」
『恐らくどこかに核がある筈だ。泥にまみれて見えなくなってはいるがな』
「だってよ」
「あの、聞こえてる前提で語りかけないでください。私ソラさんの声聞こえてませんから」
突然の『だってよ』に困惑した様子のティアニーズだったが、大体同じ事を考えていたらしく文句を言うだけにとどまった。
完全に再生したセイトゥスの動じない表情を見ると、ルークとティアニーズは顔を合わせた。
「痛みもねぇみてぇだな。完全に泥になっちまったのか?」
「だとしたら厄介ですね、物理的な攻撃が効かない事になります」
「水で固めるとかは?」
「残念ですが、私の魔道具には水の魔法は入ってません。ちなみに、ルークさんの持ってる物にも、です」
自分の手首に巻き付いている魔道具を見つめていたが、疑問を口にする前に答えが帰って来た。というか、水で固めて終わり、なんて楽な決着はあり得ないだろう。
ルークは残念がる様子もなく、視線を腕から魔元帥へと移した。
「粉々に吹っ飛ばすってのはどう?」
「塵一つ残さず出来るならそれでも良いですけど、出来るんですか?」
「やってみないと分からん」
「ならダメです。斬撃だって残り数回しか使えないんですよね? あれはこっちの切り札です、無駄に乱発していざという時に使えないと困ります」
「…………」
「な、なんですか?」
冷静に状況を分析し、真面目な顔でぶつぶつと呟くティアニーズを真顔で見つめていると、なぜか困った顔になってしまった。
ルークはいつになく真剣な眼差しで、
「お前さ、なんか変わった?」
「へ? べ、別にどこも変わってませんよ?」
「なんかさ、なんつーか……大人っぽくなったよな」
端から見れば危機的状況で口説いているようにも見えるが、当の本人は思った事をそのまま口にしただけである。とはいえ、実際ティアニーズの雰囲気は変わっていた。
幼さは残るものの、以前と見比べれば瞳に強さが戻っている。それも全てこの男の仕業なのだが、気付く訳もない。
ティアニーズは少し照れた様子で、
「お、大人っぽい……そ、それって私が成長したって事ですよね!」
「いや知らんよ。なんか変わったって思っただけだし」
「そ、そうですか、大人っぽいですか……」
顔を伏せ、なぜかガッツポーズをとるティアニーズ。
すると、
『おい、別に会話するのは構わんが、この状況を分かっていての事だろうな?』
「あ?」
どこからからソラの声が聞こえた直後、ルークの視界の隅になにかが入りこんで来た。
それがなんなのかは分からなかったが、ルークは寸前で防御の姿勢をとる。
直後、
「うごっ!」
構えた剣に泥の塊が激突した。
なんとか直撃は避けたものの、完全に勢いを殺す事は出来ず、質量に押されて数歩後ずさった。
泥が飛んで来た方向に顔を向け、
「テメェ、今話てる最中だろうが」
「勝手に喋り始めたのはお前らだろ。戦場にいるくせに、まさか卑怯だのなんだのとは言わないだろうな?」
「俺はな、卑怯な事をするのは好きだけどされんのはすげー嫌なんだよ」
「知らんな」
とんでもない自分勝手な暴論に、セイトゥスは眉一つ動かさずに答えた。顔が赤黒くなっているので眉がどこなのかあまり分からないが、とにかく動いたのであれが眉毛なのだろう。
「ともかく、宝石の場所を探すぞ。あれさえ破壊しちまえばこっちの勝ちだ」
「分かってます」
「よし、行って来い」
「行くなら一緒にです。囮なんてもう二度とごめんですから」
指をさし、突撃を指示するルークだったが、よほど囮にトラウマがあるらしくティアニーズは即決で断った。
行き場を失った人差し指を泳がせ、
「おし、行くぞ」
「はい」
『……まったく、このやり取りに懐かしさを感じてしまう私が嫌になるよ』
どんな場所でもなにがおころうとも、この二人は変わる事はない。それが良い事なのか悪い事なのかは分からないが、ソラの声は嬉しそうだった。
ルークは無意識に頬を緩ませながら、敵へと走り出した。
斬っても斬っても斬れない以上、なにか仕組みがあるに違いない。戦いの中で、その隙を見つけるしかないのだ。
「オォラァァ!」
雄叫びを上げ、ルークは剣を振り下ろす。
精霊の力とは唯一魔元帥に対抗出来る力で、魔元帥や魔獣ならば本能的に回避行動をとってしまう。しかし、そうはならなかった。
セイトゥスは微動だにせず、その剣を受け入れた。右肩から入った切っ先が脇から抜け、セイトゥスの右腕が地面に落ちる。腕が千切れたーーそれなのにも関わらず、セイトゥスは痛む様子すらない。
そこへすかさず、ティアニーズの一太刀が浴びせられる。左の肩から、右の脇腹への一撃だった。
しかしーー、
「なにか策があるかと思えば、無策で飛び込んで来るとはな。アイツらが負けた理由が分からない」
その一太刀も、セイトゥスは避ける事すらしなかった。完全に切断された胴体が地面に落ちると、今度は液体のように地面を這い始める。ルーク達の足元が泥で満たされ、
「やばッ!」
脳ミソが危険を察知した時には、もう動き初めていた。泥がぐつぐつと煮えたような動きを見せた瞬間、地面から無数の針が突き上がる。それは剣山のような光景で、ルークとティアニーズは咄嗟に後方へと飛んだ。
だが、針は追撃するようにしなり、二人の体を串刺しにしようと迫る。
二人は剣を乱暴に振り回し、追撃を払おうとするが、
(クソッタレが、数が多すぎるっての!)
手数の多さを針の数が上回っていた。
それぞれが別の動きをするため、予想して対象する事も叶わない。腕や足、腹を霞め、次第に追い込まれて行く。
ーーだが、そんな中で、ルークはおかしな動きをとる針を見た。
ティアニーズの剣を、たった一本の針だけが避けたのだ。
他の針は粉々に砕けて行く中で、その動きは明らかに不自然だった。
「そういう事かよ!」
とある考えが頭を過った直後、ルークは自分に襲いかかって来る泥の針を全て無視し、ティアニーズの元へと駆け出した。
加護があるルークに比べ、ティアニーズは対処に遅れていた。そんなティアニーズの襟首を掴み、全力で後ろへとぶん投げると、
「邪魔だ退いてろ!」
「え、ちょーー!」
横を通り過ぎるティアニーズの悲鳴を無視し、ルークは先ほどの針へと狙いを定める。無数にある中の一本、全神経をそれを探し出す事だけに使用し、
「そこだ!」
肩に針が突き刺さるのも気にせず、その一本に向けて剣を振り下ろした。針は一瞬だけ回避行動をとる素振りを見せたが、ルークの一太刀はその速度を上回る。
しかしーー、
「なるほど、前言撤回しよう。なぜ負けたか良く分かったよ」
泥の中から声が聞こえた直後、ルークの視線の前に壁が現れた。無差別に暴れていた針が一つにまとまり、大きな泥の波となったのだ。
一瞬身構えるが、この狭い空間では逃げる事も出来ない。
剣を握り締め、斬撃をーー放たず、ルークは体を丸めて衝撃に備えた。
『バカ! なにをしている!』
ソラの声が聞こえた瞬間、ルークの体は泥の波に押し流された。それは当然、背後でなにがなんだか分からずに倒れているティアニーズも同じだ。
波というよりは、壁に近かった。
飲み込まれる事はなく、そのまま押されるようにして二人は壁に激突。
「がーー」
「うぐ……!」
泥と壁に体を挟まれ、思わず潰れたかと思ったが、距離をとるだけとると、泥の波は直ぐに二人を解放して引いて行った。
バタリと、二人は揃って床に落ちる。
その時間を使い、余裕をもってセイトゥスは人の形へと変わっていく。恐らくだが、今の彼は全身が武器なのだろう。ヴィランやベルトスとは違い、体から泥を出す事はない。体そのものが泥になってしまっているのだ。
『おい、なんのつもりだ。なぜあそこで斬撃を放たなかった』
「バカ野郎、数に限界があんだろ。こんなところで使う訳にはいかなかったんだよ」
『……なにか、思いついたのだな?』
「一応な。でもまだダメだ、今やると警戒される。ここぞという時まで温存しとくぞ」
『分かった、それに従おう。私はいつも通り加護の発動だけに気を配る。言っておくが、かなり疲れるんだからな。自分ならともかく、他人が攻撃される瞬間、する瞬間を見極めるのはーー』
「わーったから、文句ならあとで言え」
話が長くなりそうだったので、ルークは適当にあしらって立ち上がる。横でむせるティアニーズに手を伸ばし、
「なにやってんだよ、もう限界か?」
「そ、そんな訳ないでしょっ。まだまだ全然余裕です!」
呼吸を整え、強がるように姿勢を正し、ティアニーズはルークの手を掴んで立ち上がった。
「それで、なにか思いついたんですよね?」
「あ?」
「ルークさんがこのまま黙ってやられるなんてあり得ませんから。みっともなく足掻いて、最後まで無様に立ち向かうような人ですよね?」
「当たってるけど後半ただの悪口だろ」
「そんな事ありませんよ。私なりにすごーく褒めてるつもりです」
「んだけ減らず口叩けんならへーきだ」
繋いだ手を離し、小さな笑みを交わすと、二人は改めてセイトゥスへと視線を向けた。すでに人間の姿ーーとはいえ泥なのだが、形だけは人間に戻っていた。
その姿をルークは目に焼き付ける。
「とりあえず一発打つ。良いかよーく聞けよ、一度しか言わねぇから」
「囮は嫌ですからね」
その言葉を聞き、ルークは数秒沈黙。
その姿を見るだけでどんな作戦なのかはバレバレなのだが、ティアニーズは横顔を見つめて返事を待つ。
ルークは目をバタフライさせながら、
「……心配すんな、今回は大丈夫だから」
「今回はって事は……前回は大丈夫じゃないって思いながらやってたんですか!?」
「しゃーねぇだろ、囮には危険がつきものなの! 」
「危険があるなら他の方法考えてくださいよ!」
「ならお前が考えろよ! 俺よりも良い案があるんですかぁ!?」
「ルークさんの案はいっつも危険なんです! 他の人が思いついてもやらないし言わないような事を、どうして言ってやろうとするんですか!」
「隙をつくにはそんくらいド派手じゃねぇと意味ねぇだろ!」
先ほどまでの格好良いやり取りはどこへやら、いつものように口論を始めてしまった二人。
今さらだが、ルークは頭がキレる訳ではない。常人離れした思考能力がある訳でもないし、戦場を見極める観察眼がある訳でもない。
ただ一つ、容赦がないだけだ。
普通の人間は、他人を犠牲にする作戦には躊躇がうまれる。これ以上に良いものはないか、誰も犠牲にしない方法はないか、そうやって考えるものだ。
だから危険な作戦は口にしない。ましてや、自分ならともかく他人を一番危険な目にあわせるような作戦は。
だがしかし、この男はそれが出来る。
他人を巻き込む事に一切の躊躇いをもたず、平気で一番危険な場所へと放り込む事が出来てしまうのだ。
ようするに、ただ鬼畜なだけである。
「とにかく、これしかねぇんだからやれ! 囮になって来い!」
「あぁ! 今言いましたね! ハッキリと囮って言いましたね!」
「言ったよ、言いましたとも! お前は囮なの、敵を引き付けるだけの存在なの!」
「バカ勇者! 人でなし! 悪魔!」
「バカで人でなしで悪魔ですよぉ! それって悪い事なんですかぁ!?」
「一回死んで来い!」
流石の魔元帥さんも、二人のやり取りを見て表情が無になっている。恐らく、未だかつて魔元帥を前にして喧嘩する人間など見た事がないのだろう。
恐怖どころか、危機感すら感じられない。
二人は息をきらし、最終的にはティアニーズがため息をついた。
「……分かりましたよ、やれば良いんでしょやれば」
「分かれば良い」
「でも、危なくなったらちゃんと助けてくださいね」
「なんで俺が」
「そ、側にいろって言ったのは貴方です! それに……私はまだ死にたくありませんから」
怒ったり照れたりと忙しく表情が変わる中、最後には優しい表情で微笑んで見せた。そこに絶望はなく、ただ純粋に生きたいという気持ちがつまっていた。
ルークは僅かに視線を逸らし、
「俺は助けねぇ。結果的に助けたってなるかもしんねぇけど、俺の意思ではゼッテー助けねぇ」
「ツンデレ」
「残念だが俺はデレない」
「もう良いです。早くなにすれば良いのか言ってください」
ルークのドヤ顔を見てこれ以上は無駄だと判断したのか、ティアニーズは肩を落として全てを諦めたようだ。
満足気に頷き、ルークは耳元に顔をよせ、自分の思い付いた作戦を口にした。
話が進むに連れ、ティアニーズの表情が曇る。そして終わった頃には、完全に真っ青になっていた。
「……本当に、それやるんですか?」
「おう」
「本当の本当に大丈夫なんですか?」
「おう、任せろ。お前は俺にしがみついときゃ良い」
「本当の本当の本当にーー」
「うっせぇな、大丈夫っつったら大丈夫なんだよ!」
頭がおかしいとしか思えない作戦に、ティアニーズは肩を落として顔を伏せてため息が止まらないご様子だ。しかし、ルークはなぜか成功する事に疑いをもっていない。
だが、それは違う。
不安はあるし、バカだとも思う。
それでも、
「やるしかねぇだろ。お前は俺を信じろ」
「……凄く無理難題です」
「心配すんな、なんだかんだでどうにかなるからよ」
今までもどうにかしてきたから大丈夫、なんて安易な理由だが、ルークは不安を見せずに微笑んだ。
顔を上げ、その表情を見たティアニーズは僅かに口角を上げ、
「はぁ……分かりました。ルークさんを信じます、絶対に成功させてくださいね」
「任せとけ。ソラ、聞いてんだろ? イリートの時と同じだ」
『……分かった、ティアニーズにどんまいと伝えておいてくれ』
「ソラがどんまいだってよ」
言われた言葉をそのまま伝え、ルークはやさぐれるティアニーズの肩を他人事のように叩いた。
作戦会議は終了。なんだかんだ文句を言ってきたが、こうなってはやるしかないーーそう言いたげに、ティアニーズは覚悟を決めて前を見た。
そして、動きがあった。
「よっしゃ、行って来い特攻野郎!」
「変なあだ名つけないで!」
作戦開始の合図とともに、ティアニーズは剣を握り締めて駆け出した。
小細工なしの真っ向勝負。特になにか対策をする訳でもなく、桃色の髪の少女は真っ直ぐに駆け出した。
「…………」
それを見て、セイトゥスの表情が強ばった。
警戒しない訳がない。
いくらティアニーズの剣に加護がついているとはいえ、明らかに警戒すべきはルークの方だ。勇者の力で魔元帥が何人も殺されているのは知っているだろうし、その力を侮っている訳でもないだろう。
「先に向こうを潰そう」
セイトゥスの体が溶けた。
人間の形が崩れて行き、雨が降った次の日のぬかるんだ地面のように変わる。人ではなく、完全に泥の塊となった魔元帥は、触手のように泥を伸ばし、走り出したティアニーズを無視してルークに攻撃を仕掛けた。
だが、
「そりゃ、そうなるよな」
ルークは禍々しい笑みを浮かべ、一歩後ずさる。背後には壁、もう逃げ場などどこにもない。
意識を集中させる。
目を凝らし、見極める。
「かかって来いや!」
避ける事もせず、ルークは壁をせにして鞭と向かいあった。風を切って不規則な動きをする鞭に意識を集中し、なんとかその攻撃を剣でしのぐ。全てを防げる訳ではない。命に別状がないと思われる攻撃は無視、致命傷になりえる一撃だけを剣で払う。
そして一方、泥の塊に到達したティアニーズは、流動的に動く泥に気持ち悪さを感じるように顔をしかめながらも、塊に向けて剣を突き刺した。
手応えはなかったようだ。避ける気配はない。
鞭で反撃して来る気配もない。
それを見て、ティアニーズは微笑んだ。
笑って、振り返った。
「ルークさん!」
「わーってるよ!」
合図を受け、ルークは全ての真剣を目に集中した。不規則に動く鞭の中から、さらに不規則に動く一本だけを見極める。長くはもたない、次第に押され、体に負う傷の量は増えて行く。
そんな中で、ようやく見つけた。
一本の鞭が、ルークの剣を避けた。
「ーー見つけた」
瞬間、ルークは駆け出した。
暴れ回る鞭を気にせず、その中へと突っ込んだ。違和感のある鞭を含め、数本の鞭を塊から切り離す。
振り返り、背後から迫る無数の鞭に目を向け、
「そりゃ、俺を警戒するよな。でもよ、もうちっと考えるべきだったな」
「なにーー?」
「ティアニーズに攻撃しねぇんじゃ、そっちに核があるって言ってるようなもんだぜ?」
瞬間、ルークの持つ剣に光が集まった。
眩いほどの光が刀身を満たしーー、
「そんじゃま、もっと広いところに行こーぜ」
振り回した剣から斬撃が放たれる。
しかし、ただの斬撃ではなかった。
いつものように一刀両断する斬撃ではなく、イリートと戦った際に無意識に放ったものーー円上の薄い壁のような斬撃だった。
円上の斬撃は真っ直ぐに突き進み、背後から襲いかからんとする鞭を凪ぎはらって行く。
いやーー違う。斬撃は泥をただ破壊するだけではなく、押しやるように切り離した泥の鞭を壁へと追いやる。
そしてーー壁をぶち破った。
薄暗かった空間に太陽の光が射し込む。
空中に投げ出された泥。
切り離された鞭の中で、一本だけが空中でもがくように暴れていた。千切れたトカゲの尻尾のように。
「ルークさん! 再生が始まります!」
不意に呼び掛けられ、ルークがティアニーズの方へと目を向けると、床にあった筈の泥の塊が砂粒のように粉々に砕け、空中に投げ出された泥に向かって吸い込まれるように集まり始めていた。
「やっぱ核を中心に再生すんのか!」
あくまで仮説でしかなかったが、どうやら当たっていたらしい。体そのものが泥になった。そしてその泥の中に核が存在する。
では、再生する時はどこが基準となるのか?
希望的観測でしかなかった。
しかし、目の前にある光景が、その答えだ。
だが、本番はここからだ。
「ティア、来い!」
「ほ、本当にやるんですか!?」
「良いから来い! 俺を信じろ!」
「あぁもう! やりますよ、やれば良いんでしょ!」
一瞬躊躇うように足を止めたティアニーズだったが、意を決したようにルークへと走り出す。そして、もう一度躊躇うように手を止めたが、顔を真っ赤に染めながらもルークの背中にしがみついた。
首に手を回し、若干涙目になりながら、
「し、死んだりしませんよね!?」
「心配すんな! 俺は普通の生活を手に入れるまで死んだりしねぇ!」
ティアニーズを背負い、ルークは全力で駆け出した。
進行方向にはぶっ壊れた壁。
外では現在進行形でセイトゥスが再生を始めている。
「おっしゃ! ソラ、全開で頼むぞ!」
『あぁ、任せろ!』
「あの、違います! ルークさんじゃなくて、私は死んだりしないってーー」
そこで、ティアニーズの声は途切れた。
なぜか?
簡単だ。
走り出したルークは、そのままの勢いで壁に出来た穴から飛び出したからだ。
ようするに、地上何十メートルの高さから飛び下りたのだ。
「いーー」
ティアニーズの悲鳴が、町中に響き渡った。