七章五十五話 『激化する戦場』
「先手必勝じゃぁぁ!!」
目の前の魔元帥ーーセイトゥスが名乗るのと同時に、ルークは全力で跳んで剣を振り上げた。当然だが、この行動を卑怯だとは微塵も思っていない。
セイトゥスは腕を水平に上げ、至って冷静な表情で、
「なるほど、見聞きした通りの男だな」
手の動きに合わせ、腕から溢れる泥がルークの剣撃を防いだ。ただ、それで止まるような男ではなかった。
着地し、怒涛の連打を叩きこむ。振り上げ、振り下ろし、凪ぎ払い、剣撃なんて呼べるほど立派なものではなく、端から見ればただ乱暴に振り回しているだけだ。
「オラッ!! でぇりぁ! こんちくしょォ!」
しかし、セイトゥスはそれを全て泥で防御する。
顔色どころか眉一つ動かさず、まるで泥が勝手にルークの攻撃に反応するように。
「ーーっ!」
その背後に、ティアニーズが迫っていた。
目の前で暴れるルークが視界を遮りーーそんな事これっぽっちも考えてはいないのだが、結果的には上手い具合に陽動として働いていた。
セイトゥスの真後ろに回り込み、握り締めた剣をーー、
「な」
その剣が、届く事はなかった。
依然としてセイトゥスはルークの対応をしたままで、ティアニーズには目もくれていない。それなのにも関わらず、彼の足元から溢れる泥が勝手に動き、ティアニーズの一撃を受け止めたのだ。
剣に巻き付く泥を振り払おうと左右に振ってみるが、ギチギチと泥は剣を掴んで離さない。
一瞬、セイトゥスはティアニーズを見た。
その行動の意味を、遅れて理解する事になる。
「え、ちょーー!」
剣を取り戻すのに必死になっていたため、足元が疎かになっていたのだろう。地面を這う細い泥に気付かず、その泥はティアニーズの足首に巻き付き、体を振り回すようにしてぶん投げた。
セイトゥスは僅かに横に逸れる。
それはつまり、直線上にいるルークへと目掛けて飛んで行く事で、
「え」
「きゃッ」
ルークはティアニーズの事なんかこれっぽっちも見ていなかったので、当然反応なんか出来る訳がない。叩きつけるようにして振り回していた剣がティアニーズの体をすり抜け、そのまま激突。二人はもつれあうようにして転がり、見事に吹っ飛んで行った。
「ッてぇな、いきなり突っ込んで来るんじゃねぇよ!」
「わ、私のせいじゃありません! ルークさんこそ、なんで剣を引っ込めないんですか!?」
「別に斬れねぇんだからへーきだろ」
「斬れても斬れなくても危ないものは危ないんですぅ!」
「なら避けろ!」
「空中で避けれる訳ないでしょ!」
腹の上に乗るティアニーズを押し飛ばし、なぜかそのまま喧嘩が開始。別にどちらかが悪い訳ではないのだが、この二人の場合、理由なんかなくても喧嘩が始まるのである。
そこへ、見かねたように、
『おい、喧嘩をするのは構わないがあとにしろ』
「いやダメだ、キッチリ言っとかねぇとコイツはまたやらかす」
「やらかすってなんですか。そもそも、一緒に戦うって時に一人で突っ込む方がどうかしてます」
「俺は今まで通りに勝手にやる。お前は勝手について来い」
「……てい」
「っぶね! お前今マジで斬ろうとしただろ!」
無理難題を押し付けられ、ちょっと苛々しちゃったらしく、ルークの鼻先を剣が通り過ぎた。やる気のない掛け声とは裏腹に、完全にたまをとろうと狙った一撃である。
ティアニーズは猛抗議するルークを宥めるように、
「とにかく、二人で挑まないと勝てません。それはルークさんが一番分かってる筈ですよ」
「う……つっても、どーすんだよ。お前なんか出来んの?」
「出来ませんよ、私弱いですもん。でも、それでもやるんです。やらなきゃダメなんです」
「なんでそこまで偉そうなんだよ」
「弱くても良いって言ったのはルークさんです」
「俺は強くなれって言ったの」
差し伸べられた手をとり、ルークはわざと引っ張るように力を込めて立ち上がる。バランスを崩しそうになるティアニーズをバカにしたように笑いながら、
「突っ込む、斬る、以上」
「なんですかそれ」
「作戦だ」
「そんなの作戦って言いません」
「ならなんかあんのかよ」
「ありません。なので、仕方ないからそれに従ってあげます」
セイトゥスの能力は泥を操る事なのは間違いない。規模や威力に関しては未知数だが、今までの魔元帥同様、力そのものがとんでもなく理不尽という訳ではない。硬化にしろ強化にしろ、武器創造にしろ、魔元帥が使うからこそ厄介なものばかりだ。
それに加え、魔王の復活の影響で彼らは強くなっている。能力そのもの、もしくは肉体的な強さ。ほぼ初対面なので分からないが、その影響はセイトゥスにも出ているのだろう。
「あの泥、意思を持ってるみたいに動きます」
「らしいな、こっちの攻撃全部防がれた」
「まずはそれを掻い潜らないと奴には届きません。なにか方法は?」
「ある、から今からそれをやる」
「え?」
なにもないと言われると思っていたのか、即答するルークに目を丸めるティアニーズ。
そんな少女の肩を掴んで入れ替わるように前に出ると、
「ぶちかますぞ」
『了解した』
ソラの返答を確認すると、ルークは剣を空に向けて突き上げる。その動作だけでなにをするのか瞬時に悟り、ティアニーズは慌てて退避。
剣に、光が集まる。
周囲の光をかき集め、剣自体も目映い光を放つ。
放たれるのは、必殺の一撃。
「ドッッセェェェイ!!!」
力強い雄叫びとともに振り下ろされ、凝縮された光の斬撃が放たれる。床を切り裂き、風を切り裂き、音を切り裂き、その光は一直線にセイトゥスへと突き進む。
神々しい光に目を細めながら、セイトゥスの顔色が僅かに曇った。
「これは……まずいな」
そして、激突した。
激しい轟音とともに辺りに風が吹き荒れ、歯車や塔を支えていた支柱を何本かまとめて破壊。その破片が風に乗って宙を舞い、壁をぶち破って塔の外へと消えて行った。
当然、その被害はこちらにもある訳で、
「ゴホッ、ゴホッゴホッ……ちょ、ちょっと! やり過ぎです!」
「うるせぇ、手加減とか難しいんだよ。怪我してねぇんだから良いだろ」
砂ぼこりを大量に吸い込んでしまったのか、むせながら涙を流すティアニーズ。ルークを探すように視線を動かし、やがて目的の人物を見つけたのだが……ルークの額を見て、ティアニーズは頬をひきつった。
「あの……非常に言い辛いんですけど、頭から血出てますよ。なにか当たりましたよね」
「……ううん、当たってないけど」
「今拭きましたよね。服に血がついてますけど」
「これはさっきのあれでああなったからついたあれ。だから今回のそれじゃねぇから」
無意味な強がりを見せ、肉体の限界を超えた速度で額に滲む血を拭うルーク。勿論手遅れだし、めっちゃ見られてるし、流れた血が目に入ってちょっと涙目になっていた。
冷めた目を向けながらも、これ以上追及しても無駄だと判断したのか、
「それで、今のでしとめられたんですか?」
「あれで終わるんなら苦労しねぇよ。でもまぁ、一応効果はあるみてぇだな」
塔にデカデカと空いた穴から風が入り、塔内に漂う砂ぼこりをさらって再び外へと出て行く。
視界が晴れ、ルークは肩から血を流す男を見た。
目の前に立つ四枚の泥の壁。あれは恐らく斬撃の勢いを殺すためのものだろう。そしてセイトゥスの背後にある一際巨大な泥の壁。万が一勢いを和らげなかった場合、直撃しても吹き飛ばされないようにと設置されたものだ。
最後に、体にまとった泥の鎧だ。セイトゥスの全身を覆うようにしてまとった鎧ーーしかし、ルークの斬撃はそれを貫通していた。
鎧はヒビ割れ、殺せなかった斬撃が肉体へ届いた証拠ーー右の肩から血が流れている。
パラパラと、パラパラと鎧が崩れ去って行く。
「……文字通り、必殺の一撃という訳か」
「バカ言え、今ので殺せてねぇんじゃ意味ねぇだろ」
「いや、俺の護りを突破した。それだけで十分警戒するに値する」
「随分と上から目線じゃねぇか。光の斬撃ならテメェに傷を負わせられる、こっちにも勝ち筋が見えて来たんだぞ」
「確かに。だが当たらなければ問題はない。予備動作が大きい上に、初めから出さなかった時点で限りがあると予想出来る」
「…………そんな事ないよ」
隣のティアニーズさんがこめかみを押さえて顔を伏せた。長めのため息も聞こえてくるし。
やっちまった、みたいな雰囲気が流れるが、ルークは力強く拳を握り、
「う、うっせぇ! そうだよ、打てる回数に限りがあるよ! でもなんだよ、当てれば良いだけの話だろーがバーカ!」
「そうか、限りがあるのか。情報提供感謝する」
「…………」
『あとで思いっきり殴ってやる』
殺意混じりの声がどっかから聞こえてきたので、わざと聞こえないふりをして顔を逸らすルーク。
バカというか、アホというか、バカというか。
これにはティアニーズも言葉を失っていた。
気を取り直し、
「どのみち遅かれ早かれバレてた事だろ。つか、当てるしかねぇんだ、別にバレても問題ねぇよ」
『奴は斬撃のみに警戒してくるぞ。当てるのはかなり困難だと思え』
「関係ねぇ。当てなきゃ負ける、ただそれだけの話だ」
『それはそうだが……』
「それに、アイツが俺だけに注意を払ってくれんのは好都合だ」
『ん? それはどういう意味だ?』
ソラの問いかけを無視し、ルークはうなだれているティアニーズの背中を叩いた。もう負けました、みたいな雰囲気を出すティアニーズに、
「行くぞ、とっととアイツ殺らねぇと手遅れになる」
「殺るって、どうやってですか?」
「俺に作戦がある。ちょっと耳貸せ」
強引に顔を近付け、ルークは作戦を耳元で囁いた。時折ティアニーズが体を震えさせたり、なぜか耳を真っ赤に染めたりとしていたが、気にせずに作戦(?)を伝え終える。
全てを聞き終え、頷くティアニーズ。頷いたあとで、
「あの、それって作戦なんですか? それに言ってる意味が良く分からないんですけど……」
「良いから黙ってやれ。なんとかなるからよ……多分」
「今の多分は聞かなかった事にしときます」
思わず漏れた本音にティアニーズの表情がさらに曇る。ルーク自身、考えている事に確証を得られずにいた。というのも、ティアニーズが色々とアレだったので試す機会がなかったのだ。
なので、ぶっつけ本番。なおかつ相手は魔元帥。
不安はある。というか不安しかない。
しかし、
「心配すんな、なんだかんだでどうにかなるから」
「そんな曖昧な根拠信じられません」
「俺とお前ならなんとかなる」
「ーーーー」
「あ? なに?」
「……そういうの、凄くズルいと思います」
何気なく放った一言に、ティアニーズはルークの顔を見つめて固まってしまった。それから段々と顔が赤く染まり、最後には視線を逸らして拗ねたように唇を尖らせた。
ぶつぶつと文句を垂れ流しながらも、
「分かりました、やります。ルークさんの言葉を信じます」
「失敗しても責任はとらねぇかんな」
「失敗しなければ良いだけの話です」
握った剣を見据えてはにかむティアニーズ。
不安がなくなった、という訳ではなさそうだが、覚悟は決まったようである。
ならば、とルークはセイトゥスを見る。
作戦会議が終わるまで待っていたのか、それとも傷の治療に専念していたのか。ともかく、ようやく戦場の空気が戻って来た。
「つー訳だ、行くぞソラ」
『残り四発。陽動に使うとはいえ、ちゃんと数を覚えておくんだぞ』
「あいよ。んじゃ、残り三発だ!!」
ノーモーションからの斬撃。先ほどよりも威力や範囲は劣るが、いひょうをつくには十分な効力を発揮した。
僅かに反応が遅れ、セイトゥスは後ろに飛びながら目の前に泥の壁を出現させる。それと同時に、泥の鎧をまとい始めた。
「まだまだァ!」
斬撃が泥の壁を粉砕して進む背後、ルークは一気に飛び出す。斬撃が道を切り開き、切り開いた道をルークが突き進む。
たとえ斬撃を対処されたとしても、そこに生まれた隙へ一気に畳み込む。作戦ではなく、ただの脳筋戦法だ。
「理にはかなっているが、そう何度も同じ手をくらうと思うなよ」
泥の鎧が体を完全に包みこんだ直後、セイトゥスは後退するのを止めて前方へと飛び出した。迫る斬撃に向け、握った拳を突き出す。
インパクトの瞬間、確かにルークは目にした。
肘から拳にかけてを分厚い泥が多い、ベルトスがやっていたように太い腕が完成するのを。
恐らく、それだけで光の斬撃を相殺するのは難しかっただろう。だが、何枚もの壁によって勢いは衰え、さらには斬撃自体が先ほどよりも弱いものとなっていた。それを見極め、一度は自分を傷つけた斬撃に飛び込む度胸と判断力。見かけによらず、以外とセイトゥスはルークに似ているのかもしれない。
「言った筈だ、当たらないと」
振り抜いた拳が斬撃と激突し、まとっていた鎧が、斬撃が、同時に弾け飛んだ。
セイトゥスの腕が露になり、僅かに拳が割けた。
しかし、そこで終わらない。
「なら直にぶった斬るだけだっての!!」
斬撃の背後から飛び出し、鎧の砕けた右腕に向かって剣を叩き付けようとする。しかし、セイトゥスは咄嗟に腕を引っ込めると、もう片方の腕で剣を防御。まとっていた鎧にヒビが入るが、その直後に再生を開始。
同時に、引っ込めた腕に再び泥の鎧をーー、
「腕、引っ込めたな」
「ーー!?」
ニヤリと、ルークが微笑んだ。
瞬間、セイトゥスはルークから目を逸らす。背後に立つ桃色の髪の少女を見て、その目が大きく開かれる。
だが、彼の表情に直ぐに冷静さが戻った。
精霊の力がなければ、自分の体に傷をつける事は出来ないーーそう、思ったのだろう。
ーー精霊の力が、なければ。
「ハァァァァッーー!!」
ティアニーズの剣が無防備になった腕へと迫る。
その切っ先が再生の速度を上回り、服の袖を斬り、皮膚へと到達する。だが、斬れない。幾度となく魔元帥と対峙し、その度に学ばされた。魔元帥の体は人間の剣ではーー少なくともティアニーズの力量では傷をつける事すらも出来ない。
そう、本来なら。
剣は弾かれ、いひょうをついた作戦は無に帰す筈だった。
ーーセイトゥスの腕から、血飛沫が上がった。
「えーー?」
誰よりも驚いたのは、斬られた本人ではなく斬った人間だった。完全に広がる血の雨に目を奪われ、なにが起きたのか理解出来ないといった様子で後ずさる。
続けて表情に変化があったのは、斬られたセイトゥスだ。
「どういう、事だーー」
その中で、たった一人笑っている人間がいた。
訪れた結果が当たり前だとでも言いたげに、追撃の準備へと入る。その男から目を逸らすのは、戦場で一番やってならない愚行だった。
「作戦成功だ」
呟き、ルークはセイトゥスの胸のど真ん中へと剣を伸ばす。その刹那、セイトゥスのまとっていた泥が流動的に動き出した。恐らくだが、これはセイトゥスの意思ではない。泥が勝手に、自己防衛の機能を働かせたのだ。
胸のど真ん中へと泥が集まり、ルークの剣撃を寸前のところで防いだ。しかし、勢いまでは殺せない。ダン!!という衝撃音とともに、セイトゥスの体が壁まで吹き飛ばされる。
壁に激突するセイトゥスを見つめ、
「クソ、今のも防がれんのかよ。めんどくせーなあの泥」
『……なるほど、そういう事か。貴様、なぜ言わなかった』
「あ? なんの事だよ」
『とぼけるな、ティアニーズの剣の事だ』
「あぁ、それか」
ソラの言葉でようやく思い出し、自分の剣を見つめて放心状態のティアニーズを見た。その刀身には確かに血液が付着しており、今まさに斬ったばかりの新鮮な血だ。
当然、それをやったのは他でもないティアニーズ。
「あ、あああのあのあの! なんでですか! なんで斬れたんですか!」
「い、痛い痛い痛い痛い!」
ゴリラ並の握力で突然二の腕を掴まれ、悶絶するルーク。しかしティアニーズは疑問の答えを求めるのに必死なのか、掴んだ腕を離そうとはしない。
すると、ソラが口を挟んだ。
剣ではなく、人間の姿で。
「その剣、私の力が微かだが感じられる。なにをした?」
「あれだよ、あのクソ魔王を閉じ込めてた石。あの時全部砕けちまったと思ってたんだけどよ、なんか欠片がポケットに入ってた。それをビートのおっさんに使ってもらったんだよ」
「私の剣に?」
「俺も良くは分かんねぇけど、おっさんが上手い具合に混ぜてくれたらしい」
砕いたのか、溶かしたのか、それとも無理矢理ねじ込んだのかは分からないが、ティアニーズの剣を修復する際、封印に使用された石を材料として使うように頼んだのはルークだ。
厳密にいえば、打ち直したのはネルフリアなのだが、彼女にそんな知識があったとは思えない。
ともかく、
「ソラの力がありゃ、魔元帥と戦えんだろ? 上手くいくかは流石に分かんなかったけどよ」
「ソラさんの力があったから、魔元帥の体に傷をつけられた……」
「いや、事はそんなに簡単は話ではないぞ。誰にでも使えるほど、私は尻の軽い女ではないからな」
良く分からない事を口にし、自分の清純さをアピールするソラ。若干照れた様子で咳払いをし、
「これはあくまでも仮説だ。覚えているか? 以前私がティアニーズの体を使った事を」
「はい。イリートさんの呪いにかけられた時ですよね?」
「あぁ。その時、私は一時的とはいえティアニーズと融合していた。そのせいで、ティアニーズに私の加護が働いていると言った事も覚えているか?」
「はい。だから呪いに耐性があるって」
当然、ルークはなんのこっちゃ分からずに首を回す。
以前、ティアニーズは呪いによって命を落としかけた事がある。ソラが自分の作り出した精霊三人の命を使う事で呪いを解いたのだが、その時にどうやら予想外の事態ーーティアニーズの体に加護がついてしまったらしい。加護といってもルークと同等の恩恵を受ける事は出来ず、あっても弱い呪いを防げる程度。
そんな話をしたのだが、ルークは覚えていない。
「それとなにか関係が?」
「私の加護があるティアニーズだからこそ、その剣を使う事が出来るんだ。普通の人間では使えない。もっと言うのなら、私が側にいなければ意味がない」
「ふーん。んじゃ、コイツも身体能力上がったりすんの?」
「それはない。あくまでも私の契約者はルークただ一人だ。出来ても魔元帥を斬るくらい、体はティアニーズのままだ」
ようするに、加護のあるティアニーズだから、ソラの力が宿った剣を使えるーーという認識だろうか。
しかも、ソラが側にいないと効果がない上に、出来る事と言えばただ斬る事だけ。それが当たり前のルークにとってはなんの有り難みもない力なのだがーー、
「……これで、戦える」
剣を見つめ、ティアニーズは嬉しそうに微笑んだ。
今さらだが、魔元帥を斬れるという時点で十分異常なのだ。精霊の力があるルークならまだしも、普通の人間ならば出来ない。それをやってしまう普通じゃない人間もいるのだが。
「私の、力……」
「あぁ、それは貴様の力だ。貴様の歩いて来た道があったからこそ、諦めずに前を向いて来たからこそ、貴様はその力を手にする事が出来た。正真正銘、ティアニーズ、貴様の力だ」
「はい……はい!」
その瞳に、涙が浮かぶ。
彼女がずっと欲しかった力。手を伸ばしても伸ばしても、絶対に届かないと思っていた力。
それは、既に彼女の手の中にあったのだ。
ティアニーズが旅をして、育んで来た繋がりがあったからこそ、その力を手にする事が出来た。
奇跡に近いいくつもの偶然が重なり、ようやく手にする事の出来たーー繋がりという力。
あの時、魔元帥に挑んでいなければ、ビートと出会う事はなかった。
あの時、ルークを守るためにイリートに挑んでいなかったら、呪いにかかる事はなかった。
全て、ティアニーズが諦めずに進んだからこそ、この結果は訪れた。
神様の送り物なんかじゃなく、彼女が自分の手で掴んだーー誰かを守れる力。
「これで、戦える。私はもう、見てるだけじゃない。誰かを守るために……戦える……!」
涙を流すティアニーズを見て、ルークは笑みを浮かべた。なんで泣いているのか分からない。ルークにとってそれは当たり前で、泣いて喜ぶような出来事ではないから。
でも、それでも。
彼女の笑顔を見て、自分も嬉しくなるのを感じていた。
ティアニーズの頭に手を置き、
「いつまでも泣いてんじゃねぇよ。戦えんなら行くぞ。それとも、また泣いて後ろで見てるか?」
「そんな訳ないじゃないですか。ようやく、ようやくここへ来れたんです。やっと、ルークさんと一緒に戦えるんです」
「遅れんじゃねぇぞ」
「そっちこそ、足引っ張らないでくださいね」
「お前の短い足なんか引っ張るか」
「ルークさんだって足短いじゃないですか」
「俺の足は短いけど美脚なんだよ」
「私だって美脚なんです。膝枕だってほんとは……って、凝視しないでください!」
ティアニーズの足がどんなもんか確認しようとしたところ、視界の外から平手が飛んで来た。
平手打ちを放った白い頭の精霊は、
「お、おほん。私も美脚だぞ」
「なるほど、んじゃ今度じっくり」
「変態、死んでしまえ」
「死んでしまえってなにその言い方」
ソラのような口調で、辛辣な言葉を口にするティアニーズ。いつもの雰囲気に、誰からでもなく笑い声がこぼれ落ちた。
だが、笑っている暇なんて本当はない。
セイトゥスが、こちらへと歩みよっていた。
「これは予想外だな。そこの女、脅威にはならないと聞いていたが……まぁ良い、ここで殺せば問題はない」
瞬間、セイトゥスの体に異変があった。
泥が溢れ、体にまとわりつくーーいや、泥と皮膚が融合していた。鎧のようにまとうのではなく、彼自身の体が泥へと変化していく。
肌色だった皮膚が、焦げ茶色に変色し始める。
「そういや、魔元帥っての二つ姿があんだっけか」
「ここからが本番です。気を引き締めて行きましょう」
変化が終わる頃には、セイトゥスの体が完全に泥になっていた。形は人間だがーーそう、まるで泥で作った人形のようだった。変化する事でどんな意味があるのかは分からないが、変化した魔元帥がどれだけ強力かは嫌という程に理解している。
正真正銘、ここからが本番。
「もう少し、魔獣の数を増やそう。さっさと他を殺してここへ来てもらう。お前達二人を相手にするのは骨が折れそうだ」
「そりゃ残念だったな、魔獣は一匹もここへは来ねぇ。来るのは俺の仲間だ」
戦いは、こうして最終局面へと向かって行く。
激化する戦場の中、生き残るのは魔獣か人間か。
そして、一つの戦場で決着がつこうとしている事を、ルーク達は知るよしもなかった。